防御特化と獣。
その頃、掲示板で話されていた谷底では、一体の白い獣がモンスターを引き摺り回していた。どうやら攻撃能力はないらしく、一体に噛み付いたままもう一体を前足で掴み爪と牙で滅茶苦茶にしているもののダメージはない。
しかし、そんなことをされればモンスターは当然反撃に出るわけで、咥えられている槍を持ったゴブリンはなんとか顔を突き刺してみせる。それは鎧のような外殻を傷つけ僅かにダメージを与えるが、突き刺す度に地面に光でできた剣が現れ、ダメージが減少していく。
それでも抵抗しようとごく僅かなダメージを与え続けていると、噛み付かれていたゴブリンの体からダメージエフェクトが弾け始める。
光る剣が増えたことにより強化されたステータスは特に防具をつけていないゴブリンの体を傷つけるに足るものとなったのである。
じりじりと死が近づいてくる中、抵抗の度強化される獣を前に単純な攻撃しか持たないゴブリンができることはなかった。
パリンと音を立てて砕ける中、獣はうんうんと満足したように頷く。
「よしっ!もっと試そう!」
そう言って、白い獣の中身であるメイプルは嬉しそうに次のモンスターを探す。メイプルは【反転再誕】によって手に入った新たな体、【天上の守護獣】を使いこなすべく、深山を駆け回っていた。
硬質な外殻によって守られた白い体は【暴虐】から一転して聖なるものの印象を与える。違っている点は手足が二本ずつしかないことと炎が吐けなくなり、STRが伸びなくなったことだ。
メイプルの元のステータスも相まって変化直後はダメージは一切与えられないものの、その分強力な支援能力がある、あるだけでありがたい置物になっている。
「ダメージを受けるたびに被ダメージが減少するフィールドの生成……フィールド内にいる味方のステータス上昇、ふんふんなるほど」
ダメージを受けるたびと言われたため、貫通攻撃を繰り出してくる槍持ちのゴブリンにつついてもらって効果を試していたのだ。
【暴虐】と同じように発生した外付けHPにダメージを受ける度にメイプルの周りに光そのもので作られた剣が刺さり、ダメージが減少する。
「五分しか続かないのもったいないなあ、いつか本当に手に入ったらいいのに!」
対となるスキル自体はまだどこかに隠されている可能性が高い。少なくとも黒い化物が走り回っている話は聞けども、似たような白い化物の話は耳にしない。もし手に入るならすぐに手に入れていつでも使えるようにするものである。
そうしてしばらく見た目の割に非力な体での移動の練習をしていたメイプルだったが、五分というのは早いもので、すぐに元の姿に戻ってしまう。
「もう終わっちゃった。うーん【暴虐】って便利だったんだなあ」
そんなメイプルに運営からお知らせのメッセージが届く。内容はもちろん第八回イベントについてである。
「今回は皆で協力するんだ……フィールドは別にあるけど時間加速じゃないってことはジャングルの時みたいな感じかなあ」
入るためには何かしら条件があるかもしれないが、今のメイプルには分からないことなため、より詳しい情報が発信されるのを待つしかない。
「でもよかったー。協力なら得意だし!」
メイプルは新たな体を操る練習を終えると、一旦町へと戻ることにした。
町へと戻ってきたメイプルはサリーと合流するとイベントについて話し始める。
「まだもう少し先みたいだけどイベント来るみたいだね」
「うん、今回は皆で協力だって!」
「助かったかな。対人だと対策も固まってなかったし」
さらに八層も実装予定となれば、いよいよのんびりとした合間の時間も終わりということになるだろう。
「またやること多くなるねー」
「最後にどこか締めで行っておく?」
「うーん、そのために七層で星モチーフの観光スポット探したんだけど……思ってるのとは違うことになっちゃって」
それらしい情報から手に入ったのはまた妙なスキルであり、メイプルの探していたものとはまた違っていた訳だ。
「そんなメイプルに朗報です」
「はいはーい!何ですかっ!」
「七層の分のヒント見つけちゃった」
「本当!?うぅー、今回は私が先に見つけようと思ってたんだけどなあ……ダメだったかー」
「って言っても七層のは単純に観光って訳じゃなさそうなんだよね」
「浮遊城みたいな感じ?」
「そうそう、いい景色も兼ねてるってだけ。だから、結構強いモンスターが出そうなんだよね」
サリーは少なくともベルベットやリリィ達と行った場所よりは上だとメイプルに伝える。
「大変そう……でも、締めにふさわしいってことでもあるよね!」
「そそ、今回は昼でも夜でも問題ないからいつでも行けるよ」
「じゃあ早速行こー!」
「よしっ、じゃあ決まり。あとメイプルならそう言うと思って用意してもらってるものがあるから、一回ギルドホーム行こう」
「……?うん、分かった!」
メイプルはサリーの後をついてギルドホームまで向かうのだった。
その頃、ギルドホームではイズが様々な製作道具を行き来して何かを作っている所だった。
イベントの発表もあったためか、ギルドメンバーは全員ギルドホームに集まっており、近況について話し合っていた。
「また次のイベントだな。テイムモンスターも結構強くなったし、準備万端ってとこだ」
「私もレベル上げはしてきたが、まだイベントの詳細は分からない。出てくるモンスターは強力だとは思うが……」
クロムとカスミは【楓の木】の中ではレベルが高い二人である。ただ、レベルの高さだけでは有利ではあれど勝てると言い切れないのが難しいところだ。
「協力型にも色々あるだろうし。僕らが八人で参加できるなら早々負けないと思うけど……」
そう言いながらカナデは目の前の盤上の駒を進める。
「あっ!」
「えっと……」
「今回も僕の勝ちだね」
「「うぅ……」」
対戦相手だったマイとユイはがくっと肩を落とすものの、すぐにもう一戦申し込んで、カナデもそれを受け入れる。
「そういえばメイプルとサリーは今日は来てないのか」
「二人ならそろそろここにくると思うわよ。サリーちゃんに頼まれてちょっと作業をね」
その作業が終わったイズが奥から出てきてクロムにそう返す。
「サリーがか、珍しいな。っと噂をすればってやつだな」
話しているとちょうどギルドホームの扉が開いてメイプルとサリーが揃って入ってくる。
「サリーちゃん、頼まれてたものできてるわ」
「ありがとうございます」
そうしてイズはインベントリを操作してサリーにアイテムを渡す。
「二人はこれからどこかへ行くのか?」
「サリーと二人でイベント前最後の観光に!」
「いいね。楽しんでね。あ、お土産とかあると嬉しいな」
「うん、任せて!」
「ついでに面白いスキルとか見つけてきてもいいぞ」
「あはは……それはもう見つけてるみたいですけど……」
メイプルのスキルを知っているサリーは少し遠い目をする。また偶然それを知っているクロムもそういえば一つ知っていたと同じ目をする。
「あぁ、そういやあの堕天……」
「まだあるみたいなので、イベントの詳細が出たらそれを含めて作戦立てましょう」
「おう、そうだな」
「じゃあ行ってきまーす!」
ギルドの面々に手を振って出て行くメイプルとサリーを見送って、カナデとマイユイの二人は対戦に戻るがイズとカスミはクロムの言葉に反応した。
「堕天?何だそれは」
「いや、メイプルは最近フィールド歩き回ってるから俺も直接見た訳じゃないんだが……何か【身捧ぐ慈愛】を真っ黒にしたのを見たってやつがな……」
「見た人は驚くでしょうね」
「ああ、どんなものかは分からないけどな。弱いってこともないと思うが」
「弱かったとしても警戒してくれるだろうな。君子危うきに近寄らずというものだ」
どこで見つけてきたのかは知らないが、ギルドマスターが強くなるなら大歓迎である。
「あ、そうだカスミ。聞きたいことがあったんだよな」
「私にか?」
「ああ。ハクを仲間にする時に谷底を探索したって言ってただろ。その時何か、鎧を着たみたいな白いモンスター見なかったか」
「……いや、そのようなモンスターは見ていないな。レアモンスターか?」
「カスミも見てないならそうなんだろうな、テイムモンスターかレアイベントか」
「ふむ、そんなものがいたなら会いたかったものだな」
そんな会話をしている二人がそれの正体はテイムモンスターでもなくレアイベントでもなくただのメイプルだと知るのは、もう少し先の話。




