防御特化と【ラピッドファイア】2。
平原の外れにある大木、それを中心とした一定範囲にはモンスターが寄ってこないため、のんびりと話をしていても問題ない。
「イベントで活躍しているところを見たことがあるだけだったからね。いつか話してみたいとは思っていたんだ。ベルベットにはあとで礼を言っておかないと」
と、そう言われてもメイプルとサリーは、遠目からベルベットの言う面白いプレイヤーがどんな人を確認するために来た程度で、ここまでしっかり話すことになるとは思っていなかったため、特に聞きたいことなど用意してきてはいない。
「ふぅん。ならこちらから一つ聞いてもいいかな」
「はいっ!」
「君達の切り札になるようなスキルを教えてくれないかい?」
そのあまりにも直球な質問にメイプルとサリーは揃って目を丸くする。その表情を見て、リリィはおかしそうにらくつくつと笑うと改めて話し出した。
「半分冗談だよ。それじゃメリットがないからね。だからさ、ベルベットとそうしたみたいに私達ともダンジョンに行くのはどうだろう?」
メイプルとサリーにとってはメリットもある話である。ベルベットとヒナタの強さを思い返すに、【集う聖剣】や【炎帝ノ国】以外にも警戒すべきギルドは増えてきている。
今まで強かったギルドは、すなわちユニークシリーズや強力なスキルのシナジーをいち早く手中に収めたギルドである。時間が経つにつれそれらは増え、二強大規模ギルドという形も変わってきつつあった。
「君達も知りたいはずだ。それに私達も君達の変化を見ておきたくてね」
そう言うリリィの表情から、サリーは意図を読み取った。つまり、【楓の木】のトップツーと言えるメイプルとサリーは変わらず警戒すべきなのか、最早それほどではなくなったのか、それを見極めようとしているのだ。
サリーは一人、リリィはベルベットより正確にこちらが隠しているスキルなどを行動から読み取ってくるだろうと察する。下手な隠し方は効果がないだろう。
「サリーどうしよう?」
「いいんじゃないかな。実際ウィルバートさんの弓を見られるなら、今後の対策に役立つだろうし」
サリーは自分のものはもちろんメイプルのスキル構成もきっちり把握している。その上でリリィ達が知っていそうなスキルは使ってしまってもそこまで情報に影響はない。目の前で戦闘することで戦い方の癖を見られる可能性はあるが、切り札となるようなスキルさえ隠しておけば戦況はひっくり返せる。
あとは、リリィも言っていたように、見せた上で勝ちきれると確信できる、例えば対策の立てようのないスキルなら見せても何ら変わらない。
「ま、メイプルはいつも通り戦って大丈夫」
「分かった!頑張るね!」
メイプルの戦闘を支えている重要なスキルは第四回イベントから変わっていない。いくつか新たに手に入れたスキルによってできることは増えたが、基本は【身捧ぐ慈愛】で守って召喚系スキルと遠距離攻撃系スキルで戦うスタイルだ。
第四回イベントで大注目を浴びたため、いつも通り戦っていればその時のままのスキルを目の前で見られるだけである。
「ではどこへ行きましょうか。ここから近いとなると……」
「あそこにしようウィル。モンスターの量も多いし、絡め手も使うだろう?ベルベットが案内した闘技場よりは難しいが似たダンジョンになる。さ、私達にも見せて欲しいね」
リリィはそれをちょうどいい場所として提案し、メイプルとサリーもそれに反対する気もなかった。そうして四人で近場のダンジョンに向かうこととなったのだった。
道中は何も問題なく進み、無事ダンジョンへと入るための魔法陣の前へとやってくる。そこは緑に包まれた森の中でもさらに緑の濃い場所で、魔法陣を中心に蔦が木々を覆い尽くしており、まるでエネルギーを吸い取っているかのような感じである。
四人はパーティーを組んだため、あとはここに乗れば四人全員でダンジョンの中に突入することができる。
「見た目は危険だけど、問題ない。乗るといい」
「うん、サリー行くよ!」
「はいはい」
メイプルが足を乗せると四人を光が包み込み、ダンジョンの中へと導く、そこは壁や地面が全て木でできた場所だった。
「ここのモンスターは火属性に弱いですが、しかし火を使うとダンジョンの特性によりデバフを受けることになってしまいます」
デバフの内容はステータス低下、与ダメージ低下、被ダメージ増加と、よく見るものが一気にかかる仕様になっている。幸い二人とも、無理に炎を使わずとも戦闘ができるため、このダンジョンでもやりようはある。
「朧のスキルくらいかな。メイプルも大丈夫そうだね」
「うん、炎は特に使わないよ!」
「なら都合がいい。とりあえずまずはお手並み拝見といきたいね」
「任せてください!」
こうして一つ区切りと言えるような場所が来るまで、メイプルとサリーの二人で戦うことになった。リリィ達は【身捧ぐ慈愛】に守られつつ、まずはメイプル達の戦闘を観察する。
しばらく進むと地面に、ここにきたのと同じような魔法陣が展開されそこから全身が木でできた人型モンスターが三体現れる。三体それぞれに特徴があり、一体は両腕が大きくなっており残り二体はそれぞれ木でできた弓と剣を持っていた。
「メイプル、シンプルにいこう!」
「【全武装展開】【攻撃開始】!」
目の前には三体の敵、そしてここは通路の途中。となればやるべきことはただ一つである。メイプルは兵器を生み出すとその全てをモンスターに向け一斉射撃を開始する。
いかにもな雑魚モンスターはしばらく銃弾の雨を浴びて、そのまま爆散した。
「ナイスメイプル!」
「まっかせてよ!」
その後もメイプルとサリーの快進撃は止まらず、モンスター達は、通路いっぱいに広がった兵器によって作られた弾幕を越えることはできずにいた。リリィとウィルバートは後ろからその様子をじっと見て、噂通りの能力かを確かめる。
「どう思うウィル」
「確かに強力ですが、一発ごとの威力はそう高くないように見えますね」
「事実そうさ。ウィル、君ならその弱点を突ける」
「ええ……ただ、戦闘場所を吟味する必要はあるでしょう」
改めて実物を見てみるのは大事なことで、見た目の派手さと強さは必ずしも釣り合うものではないからだ。ウィルバートの弓はメイプルの銃にも負けない速度と、それ以上の威力を持つ。無策で正面から撃ち合うようなことがなければ一撃の重さは生きてくるだろう。
「とはいえ改めて見てもこれをどうにかするのは骨が折れるね。第四回イベントで初めて見た人はさぞ驚いただろう」
そう言っている間にも、メイプルは雑魚モンスターをなぎ倒して一歩一歩進んでいく。モンスター側としても兵器を展開し通路を塞ぎつつ、先制射撃をしてくるメイプルをスルーすることはできないため順に無残に散って犠牲となっていった。
そうこうしているうちに一区切りと言えるような場所が来た。今までの狭い木の通路から変わって、開けた場所に出る。
壁の雰囲気は同じだが、床にはシロップの花園のスキルのように、様々な色の薔薇が咲き、いばらが張り巡らされている。今までとは違い明らかに広く、様子の異なるその空間にメイプルも流石に何が起こるか察する。
「強いモンスターが出てきそう、かも」
「正解!来たよ!」
地面のいばらがみるみる太くなり、部屋の中央で絡まり合うと、一際大きな赤いバラを咲かせる。それは意志を持っているかのように両脇に伸ばしたいばらを操り、鞭のようにしならせている。
「ここを過ぎたら変わろうか。二人でも勝てるだろう?」
「が、頑張りますっ!」
「メイプル、防御は任せるよ。ダンジョンの仕掛けさえ知ってれば、大丈夫なはず」
見た目から火属性の攻撃を撃ちたくなるように誘っているが、二人はこのダンジョンでそれはしてはいけないことだと知っているため、罠にはまることはない。サリーが駆け出したのをきっかけとして、戦闘が始まる。
「【滲み出る混沌】【攻撃開始】!」
中央に咲く巨大な薔薇にメイプルが放った化物が直撃し、それに続いて追撃の弾丸が放たれる。同時に、サリーのためにジリジリと前進して【身捧ぐ慈愛】の範囲内に巨大な薔薇が入るようにする。これでサリーの安全を確保すると、あとは後方からの射撃に徹することにする。
サリーはサリーでメイプルにより守られつつも、貫通攻撃などを受けることによってメイプルにダメージが入ることがないよう、油断なく薔薇に向かっていく。
「ふぅっ……!」
サリーの前から迫ってくるいばらの鞭は計四本。左右から二本ずつ角度をつけて向かってくるそれをサリーはギリギリまで引きつけてすり抜ける。一本、二本。メイプルの【身捧ぐ慈愛】ありきの挑戦でないことは、見ているリリィ達にも伝わってくる。
「へぇ」
「なるほど……」
ベルベット達がそうだったように、直接目の前で見るのでは全く違って見えるものだ。
「どうだいウィル。当てられるかい?」
「ただ速いだけの矢では捉えられないでしょうね。それに……」
後方で地面から生えてきた複数のいばらに締め上げられながらけろっとしているメイプルを見て、ウィルバートは苦笑する。
「あちらも、ただ高威力の矢では無意味でしょう」
「噂通りというわけだ」
再度サリーに目を向けると、六本になったいばらを完璧に避けて斬り返しているところだった。メイプルを今も襲っている地面から突き出すいばらも、サリーを捉えることはない。ただ、スキルを使って攻撃していないため、HPはじりじりとしか削れない。
普通のプレイヤーならギリギリの回避を続けていては、焦って一気に決めにいきたくなるものだが、綱渡りのような回避を当然のように続けるのは、それが最早当然だということを示しているのだろう。
「メイプル!一気に行くよ!」
「うん!」
メイプルは兵器を爆発させて周りのいばらを吹き飛ばすと、そのまま薔薇に向かって突撃する。
「【捕食者】!」
黒い盾を構えつつ、こちらは両脇に化物を携えて薔薇の花に一直線に落下する。
「とうっ!」
全てを飲み込む盾は薔薇の花をもぎ取るようにして引きちぎると、その花にも負けない赤いダメージエフェクトを散らせる。【捕食者】にはいばらと潰し合いをさせて、支えがないメイプルはそのまま後ろの地面に激突して転がっていく。
「ま、貫通攻撃じゃなさそうだったけど。念のため、ね!【クインタプルスラッシュ】!」
片手ごとに五連撃、さらに【追刃】で追加五連撃。誰でも覚えられる短剣のスキルもバフをかけつつ二十連撃まで引き上げれば立派な切り札になる。
メイプルによって大ダメージを受け怯んでいる隙にサリーが追撃を仕掛ける。今まで通りの黄金パターンで花を支えていた茎部分を細切れにすると、パリンと音を立てて薔薇のモンスターは光となって消えていった。
「お疲れ様メイプル。大丈夫?」
「うん!棘だらけだったけど貫通攻撃じゃなくてよかったあ」
「みたいだね。それならもっとアグレッシブに行っててもよかったかも」
地面に転がっているメイプルに手を貸しつつ、鎧についた埃を払っていると、見ていた二人が近づいてきた。
「いいね。実際目にしてみると信じ難い戦い方だったよ。君達の強さはやはりその基礎性能にあると実感したよ」
メイプルの射撃はその常軌を逸した防御力によって完全固定砲台となることができるため、精度を高めやすい。動き回って相手の攻撃を避けるというプロセスが必要ないのは強みと言える。
サリーもまたその回避力があってこそのカウンター攻撃が全ての軸になっている。リリィの言う通り、スキルや立ち回りは二人の基礎性能に強く影響を受けていると言える。
「今度は私達の戦い方を見せようか。そうだな……君達が見せてくれたのと同程度の情報量でね」
「全て見たければ手の内を明かせということですね」
「まあ、そんなところさ。私はいつでも歓迎するよ」
リリィはここに来る前に言っていた通り、見られても問題ないと思っている。全てのスキルを知られても勝てるというのが嘘ではないと仮定するならば、そもそも対策のしようなどない類のもので、メイプル達がスキルを見せれば見せるほど不利ばかりがつくのかもしれない。
サリーは考えた上で、ここは見れるだけ見ておきたいと結論づける。リリィが洞察力に長けているのと同じように、サリーもまたそうである。スキルを隠されていれば雰囲気から読み取れる。
弱点が明確なメイプルと自分のことを考えると、恐らくこういうスキルを持っているという予想も含めて、情報を得ておきたいのだ。
「とりあえず、約束通り次は私達が前を行こう。よく見ておきなよ」
「はいっ!」
「……ふふっ、いや、なんでもない」
駆け引きというよりは純粋にどんな戦い方をするのか興味があるという様子のメイプルに、少し毒気を抜かれたようなリリィはウィルバートを連れて少し前を行きつつ、小声で話す。
「爆発力もある。いいコンビだよ」
「そうですね。それに、やはりメイプルさんの【身捧ぐ慈愛】は対象に取れる数に限りがないように見えます」
「ああ、ギルド総出で来る時が最大出力だろうね。その時は私が相手をするとして……サリーの方に少し気になることがある」
「回避能力でしょうか?」
「そうだね。例えばだ、ウィルが今私に矢を射るとどうなる?」
質問の意図がわからないという様子ではあるものの、ウィルバートは弾かれて無効化されると答える。味方への直接攻撃は着弾と同時に無効化されてしまう、だからウィルバートのように遠距離から攻撃する際は立ち位置も重要になってくる。
「そうだ。さっき見ていて思ったのさ、メイプルの銃撃の狙いは上手いとは言えない。その上モンスターの前には壁になってしまうサリーがいる。なのにどうして順調にダメージが出るのか」
「モンスターに当たる軌道の弾を…………いや、そんなことができるんでしょうか?」
「さあ?私は後ろに目がついてても無理だよ。ともかく、アレは後ろから飛ぶ味方の弾も避けてる。それもあの滅茶苦茶な弾幕をだ。もちろん調子にもよるだろうけど……分かるだろう?」
リリィがそう言うとウィルバートは小さく頷く。
「はい、あのスキルは使わないでおきましょう」
「うん、その上でメイプルがいるからね、難しいよ。対峙するとここまでに見えるとはね……まあ狙い撃ちと速射は私達の得意分野さ。当ててみせようじゃないか」
「はい……そうですね」
ベルベットの紹介に感謝だと口にしつつ、リリィは戦闘のことなど二の次で二人は倒す手順を考えるのだった。




