防御特化と【ラピッドファイア】。
そんな会話は知らないまま、メイプルとサリーは予定通り週末に七層の町に集まっていた。
「また変なスキル見つけてきたね」
「うん、びっくりしちゃった。今までのところにも見落としてることあるかも」
「確かに無いとは言い切れないね。ボスを倒した時に特に何もなかったり、ボス自体が弱かったりしたところは、もう一回行く価値はあるんじゃないかな」
サリーは一例としてベルベット達と言った山を挙げる。メイプル達が強すぎただけとも考えられるが、山一つ使っている規模と配置されたモンスターが釣り合っていないようにも感じられた。
「そういう所にはまだ何かあるのかもしれない。ま、ほとんどノーヒントだけどね」
「むぅ、探索も奥が深いなぁ。あっ、手に入ったスキルはまたどんなのか見せるね。上手く使うの難しくて、サリーならいい使いかたも思いつくかなって!」
「じゃあ考えてみるよ。あ、そうだ。メイプルまだ前回のイベントで手に入れたメダルでスキル貰ってないでしょ。そこにも何かいいのがあるかも」
「うん!ライバルもできたし、いいスキルあるといいなぁ」
「私はもう選んだから今度見せてあげる」
「うんっ、楽しみにしてるね!」
決闘ではサリーが勝ったものの、本当の勝負はPVPイベントになる。勝ちたいならヒナタ対策は特に必要になるだろう。
「これから見に行く人もきっと強いから、スキルとか見れるといいね」
「よーし、サリー行こう!」
「うん、馬用意するよ」
メイプルとサリーはそろそろ向かおうと、話を切り上げて、馬に乗って目的の場所へと駆けていく。
「ベルベットが言うには見たら分かるってことらしいから、結構目立つ見た目だと思う」
「ふんふん」
そうしてメイプル達がやってきたのは穏やかな風が吹く、平原だった。ここは鳥や小さな竜など希少価値が高いわけでない飛行型モンスターの住処となっており、見通しのいい平原の空を自由に飛び回っているのが見える。
「【身捧ぐ慈愛】!」
「うん、ありがとう」
モンスターの数も多く、動きも速い。サリーならそれ全てを避けることくらい容易いが、今日の目的はプレイヤー探しのため、邪魔が入らない方がいいのは間違いない。
「すごそうな人を探せばいいんだよね?」
「うん。ベルベットも詳しい見た目とかは教えてくれなかったし」
初めて見た時に驚いてほしいということなのだろう、ベルベットが教えたのは場所だけだった。それでは普通幾人もいるプレイヤーから見つけ出すことは難しい。それでも見つけられるとするならばメイプルがベルベットと出会った時と同じように、目を惹く何かを持っていることになるだろう。
「ぱっと見て変だなっていうのは分かるから。今のメイプルみたいにね?」
「うぇっ!?」
実のところメイプルは今こうして話している間も、飛び交うモンスターから放たれる風魔法や体当たりなど、様々な攻撃を弾き返している。二人にはいつもの見慣れた光景だが、一般的でないのは確かだ。
つまり、こういう存在を探せばいい訳である。
そうして平原を歩き回っていた二人は、ピンとくるプレイヤーを見つけた。
長身細身の男女二人組。男性の方は身の丈近くある巨大な弓を持った吟遊詩人風の服装をしており、女性の方はクラシカルなメイド服を着てモップを持っている。サリーの言うようにパッと見て異質だと感じる二人組を、遠巻きに見ることにした。
攻撃は基本男性の方が行なっているようで、メイド服の女性は支援に徹しているようだった。
驚くべきは弓による攻撃の威力と速度である。空を飛ぶドラゴンを狙って弓を引き絞ったかと思えば、次の瞬間には空中のドラゴンから赤いダメージエフェクトが弾け、初撃でHPがゼロになる。同じように次々とただ一射でモンスターを的当てでもするように撃ち落としていく。
「すごーい!弓ってあんな感じなの!?」
「あー、周りに弓使いいないもんね。あんな感じではないよ、うん」
当然のように動く相手に全てクリーンヒットしているが、まずそれ自体が異常なのだ。サリーが回避力で生き残っていることから分かるように、矢も当然狙いを定める必要がある。そしてその上で見当違いの方向に飛べば外れるわけだ。
「威力、命中精度、連射速度。単純にどれも高水準だから強いんだと思う。多分あれスキル使ってないよ」
弓にも現実なら不可能な挙動をするスキルがある。複数の矢を同時に放ったり、放った矢の軌道を捻じ曲げたり、そういった力が存在しないただの通常攻撃だとすれば、隠れている分の力は計り知れない。
「でもまあ、ユイとマイのことを考えると流石に威力が高すぎるから、何かしら訳があると思うけどね。おそらくあのメイドの人のバフも相当強い」
極振りにしてSTRに倍率もかかっている二人と同じような破壊力は何かしらのスキルの影響がないとありえない。
「なるほど……」
二人一組での強さ。ベルベットが興味を持っているのも分かるというものである。その後もただの一度の打ち損じもなく、次々にモンスターを撃ち落としていく。
「弓もかっこいいなぁ……」
「うん、あれだけ当たったら楽しいだろうし」
メイプルとサリーがそうして遠目に二人を見ていると、一通り撃ち落とし終わったのか、空に向けて構えていた弓を下ろし、そして歩いて二人の方に近づいてきた。偶然こちらに歩いてきたというわけではないようで、メイプル達の前で立ち止まると、男性の方から話し始めた。
「これはこれは、ずいぶん熱心に見ている方がいると思いましたが」
「そうだね。予想外に有名人だ」
改めて正面から二人を見ると男性の方は物腰柔らかな、女性の方はしっかりと、堂々とした雰囲気を感じる。
「知ってるんですか?」
「ええ、まあ」
「それは勿論。その防具を身につけていれば誰だって分かるはずさ」
今日は七層なのもあって、メイプルもサリーもきっちり最強装備に身を包んでいる。二人の言う通り、この装備を身につけていて、メイプルとサリーだと分からないプレイヤーの方が少ないだろう。
「で、メイプルさんとサリーさんですよね。敵情視察といったところでしょうか?」
「えっと、ベルベットから面白い人がいるって……」
ベルベットの名前を出すと、二人は納得したように頷いた。
「二人だったんですね。先日ベルベットさんがこちらに来たんですよ」
「強いプレイヤーと戦って楽しかったから二人のところにも行くように言ったとね。そうか、メイプルとサリーのことだったのか」
「すごかったです!」
「そう言われると悪い気はしないですね」
「ウィルにとってはあれくらい容易いさ」
と、ここで自分達は名乗っていないことに気づいた二人はそれぞれに名前を伝える。ウィルと呼ばれた男性がウィルバート、メイド服の女性がリリィという名前である。
「私はギルド【ラピッドファイア】のギルドマスター、ま、ウィルに助けてもらっての運営だよ」
「あはは、私もです」
メイプルも作戦立案などはサリーに頼むことがほとんどである、やることといえばそこに最後にアクセントを加えるくらいである。事実、前回のイベント中、自爆して目印になる作戦はメイプル立案なのだ。
「少し話しますか?敵情視察というのもあながち間違いでもないでしょう」
「私達も直接会うのは初めてだからね。少人数ギルドながら好成績を残す君達には興味があるのさ」
「そういうことなら……」
「はい!お話ししましょう!」
こうしてベルベットの紹介により、ギルド【ラピッドファイア】のトップツーと出会った二人は、【thunder storm】の時と同じように交流することになるのだった。
「もう少しすれば今倒し切ったモンスターもまた出現するでしょう。話をするならセーフゾーンへ向かうことが得策ですが……」
「それが噂の防御フィールドってわけだね」
メイプル達が二人を見ている間も、サリーを守るために【身捧ぐ慈愛】は展開し続けていた。第四回イベントの映像は勿論、戦闘でメイプルが目撃される場合、大抵天使の翼を生やしているのだから最早最前線で戦うプレイヤーで全く知らないような者はほとんどいない。
「えっと、仲間しか守れないんです」
「それはそうだろうね。いや、問題ないよ。ウィルも私もここのモンスターに倒されるほどやわじゃあない」
「どこまで行きますか?あまりこっちの方には来ていないので、この辺りのセーフゾーンとなると……」
それなら私達で先導しようと、リリィが前を歩いていく。それに反応してモンスターが襲って来ようとするものの、的確にウィルバートが撃ち抜き一体たりとも近づかせない。
「メイプルが戦うなら、まずは大盾の後ろに隠れないとね」
ウィルバートの狙いは凄まじく正確で、AGIが最低値のメイプルの動きなら多少ステップを踏んだりしても無意味だとサリーは予想する。それだけで止まらず、顔や足が盾から出ただけでもその部位を撃ち抜かれる可能性すらあると直感する。
「うぅ……ほ、本当にそうなりそう」
「私も弓の基本スキルは知ってるけど、撃つ矢の本数を変えたりもできるし、山なりに撃ったりもできるからね」
「ええ、隠すことでもありませんからね。当然私も弓の基本スキルは取得していますよ」
「……ウィルバートさんの場合はそれ以上があるでしょうけど」
「どうでしょう。といっても、その様子だと予想はついているみたいですね」
「何もなしであの威力と速射はあり得ませんから」
「いい観察力だと思います」
「はは、ウィルは強いよ。例えばサリー、君の回避能力は噂に聞く。けれど、気付いた時には当たっているような速度で飛んでくる矢を避けることは難しいだろう?」
「……どうでしょう?」
「言うね?君の力も見てみたくなってきたよ」
ベルベットが言っていたのはこういうことだったのかと一人面白そうにするリリィに、メイプルが話しかける。
「リリィさんの装備いいですよね!」
「これかい?まあ長い間使ってきたからね。そろそろ似合ってきたのかもしれないな」
そう言ってリリィはモップをくるくると回して遊ぶ。
「元々リリィは気に入っていなかったんですが、まあ装備が装備ですから」
「そう!ようやく手にしたレア装備でこれが出てきた人の身になってみてほしいよ」
リリィが纏う雰囲気は奉仕する側というよりは上に立つ側のそれである。そのためギルドマスターになっているのも頷ける。似合わないというのもその堂々とした雰囲気にそぐわないということなのだろう。
「装備としては一級品さ。この服も槍ということになっているモップもね」
「それ槍だったんですか!?」
「ああ、と言っても見た目通り攻撃力はほとんどないんだけどね」
「……結構教えてくれるんですね」
「大したことじゃあない。それに……」
リリィはそこでサリーの方を振り返って、挑戦的な笑みと、強い自信を感じさせる雰囲気とともに言い切る。
「たとえ全てのスキルを知られてもウィルと私なら勝てると考えているからね」
「いつも言いますが、過大評価です」
「いやいや強さとはそういうものさ」
「……私は私にできることをするまでです」
「ああ、ウィル。それでいい。と、そういう訳さ」
「ベルベットと気が合いそうですね」
「ベルベットもかなり自信家だから分かるところも多い。それに実際ベルベットとヒナタは強い」
「次にランキング形式の戦闘があれば勢力図もまた変わるでしょう。と、セーフゾーンはあちらですが……必要なかったかもしれませんね」
話しながらでもモンスターを全て撃墜していくウィルバートと、話しながら歩いていても問題ないメイプルが相方を守っているのだから、どこもかしこもセーフゾーンのようなものである。
「まあそう言うなウィル、腰を落ち着けて話す方が会話も弾むさ」
「それもそうですね」
こうして四人はモンスターが介入してこないセーフゾーンへと行くのだった。




