防御特化と再探索。
夜、空には星が瞬き、フィールドのモンスターにも変化が出てきた頃。メイプルはシロップに乗って空を飛んでいた。
「七層ではサリーの馬で移動してばかりだったから久し振りかも」
周りからたまに鳥モンスターが襲ってくるものの、変なルートで侵入することへの対策として置かれたモンスターでなければ、少し放っておくことで、メイプルの【身捧ぐ慈愛】で守られたシロップをどうにもできず諦めていくため、のんびりとした旅路である。
「えーっと……湖だから……」
メイプルが事前に調べたところ、湖と呼べそうな場所は現在三箇所見つかっている。それらのうちのどれが目的の場所かは、これと言った情報がなかったため分からない。そして、分からない分は足で稼ぐしかない。
幸い、メイプルはシロップと夜空をただ飛んでいるだけでも十分楽しかった。直進すれば辿り着けるように向きを調節して飛び始めれば【念力】での操作も最低限で済む。そうしてできた余裕で、広い甲羅の上に仰向けに寝転がって星を見ながら飛ぶのである。
綺麗に見えるように作られた夜空なだけあって、現実よりも細かな星までよく見え、何も道具を使わずとも夜空を楽しむことができる。
「よーしどんどん回っていこー!」
メイプルは夜空を飛んで、三箇所の湖を回っていく。結論から言って、そこでは特に何も見つからなかった。
湖は綺麗だったが、これだけ分かりやすく存在する湖で何かが見つかるのであれば、他のプレイヤーにもう見つかっているだろう。
「むぅ……簡単に見つかったりはしないよね。じゃあどこだろ……」
本にちゃんと意味があるならどこかに湖と呼べそうな場所があるはずである。
「……あっ!」
メイプルは一つの可能性に思い当たると、再度シロップに乗ってマップの端に向けて飛んでいくのだった。
メイプルがやってきたのは夜の海だった。レベル上げに適しているわけでもないため、特に人影はなく、静かな波の音だけが砂浜に響いている。メイプルはシロップに乗ったまま水上を進んでいき、ヤシの木が一本生えた小島までやってくるとシロップを指輪に戻す。
「あとはゆっくり待つだけだね」
メイプルはそう言うとインベントリからお菓子を取り出して、ヤシの木を背もたれにしてその時を待つ。
「ふんふふーん……あっ!」
そうしてのんびり待っていると、夜の暗い海よりさらに濃い黒の触手が伸びてきて、メイプルの胴体を引っ掴む。
「よろしくねっ!」
そう、メイプルはこの触手が連れて行ってくれた先、地底湖と言うのかは定かではないが、水の溜まった場所があったことを思い出したのである。バシャンと音を立てて水中に沈むと、暗い海に紛れた黒い靄の中に沈んでいく。
そうしてメイプルが目を開けると湿った岩に囲まれた狭い空間が広がっていた。
「よかったー!うまく来れた!」
メイプルはグッと伸びをすると、最奥を目指して進んでいく。前回の攻略で進み方は分かっているため、臆せず次の触手に掴まれてどんどんと奥に進んでいく。
触手に叩きつけられたり締め上げられたりもするが、特に気にすることもなく、ノーダメージのまま進む。
ここではスキルを手に入れたものの、普通ならああいった取得の仕方にはならないため、多くの場合において無報酬ということになる。突入方法が特殊なこのダンジョンにおいて、他にも何かが隠されているのではないかと思いついたのである。
「どんな景色かなあ」
メイプルは星を楽しみにしつつ、また触手に掴まれる。ただ、メイプルはまだ思い至っていない。触手に滅茶苦茶に攻撃されるような場所が観光スポット足り得るのかということに。
メイプルだからこそ無視できているだけで、一般的プレイヤーの防御力ではそこはあまりにも危険すぎる場所だということに。
ともかく、こうしてメイプルは一切傷つくことなくボスまでやってくることができた。
「……?」
前回とは違って夜のボス部屋は黒い水と靄の量が多くなっているように感じられる。ただ、今のメイプルは戦い方が分かっているため特に恐れることなく兵器を展開する。
「まずはお腹の中に入らないと!」
体内に入ってしまえばそのまま倒しきることができると知っているメイプルは、このためではないものの用意していたシュノーケルをつけて潜水能力を高めて、自ら黒い水の中に飛び込んでいく。
「せーのっ、よっ!」
バシャンと飛び込んだメイプルを出迎えるように触手が伸びてきて、より深みに連れて行く。メイプルからするとそれは願ったり叶ったりだった。
一度倒したモンスターに負けることもなく。タコの体内は毒と化け物と銃弾と植物に埋め尽くされて、滅茶苦茶になって爆散した。メイプルは兵器を爆発させて一旦水上に飛び出すと、そのまま一旦地面に上がる。
「倒したけど……むぅ、何も起こらないかあ」
隠された場所でもあったため、何かあるかもしれないと考えていたメイプルだったが、ボスの撃破をトリガーにそれらしいことは起こらなかった。
「水の中もちゃんと探しておこっと」
この真っ黒な水は見通しも悪くどこが底なのかも分からない程である。前回はタコ足で満足して帰ってしまったため、メイプルはライトを付けて水の中へ入り、兵器の爆発で一気に底までたどり着くと、何か目印になりそうなものはないかと見て回る。
すると、ちょうど中央部分により深くまで沈んでいけそうな穴を発見した。
メイプルは穴のサイズを確認して兵器を展開することが難しいことを確認すると一旦浮上する。
「あんなのあったんだ……気づかなかった。位置はこの真下だから……」
爆発で一気に沈んで時間を稼ぐ。これで一気に探索し、息が続かなさそうなら今回は諦める方向に決めた。
「最初にサリーが【水泳】とかのレベル上げるのも大変そうだったし、あんまり深くありませんようにっ!」
メイプルが再度爆発とともに水中に急潜行して縦穴の中に飛び込んでいく、周りが壁なのもあってかまるで目を閉じているかのように真っ暗な中、目の前を泡がポコポコと上っていくことだけは感じられる。
そうして少しして、メイプルは周りに壁がなくなっていること、息ができるようになっていることに気づく。
何もいない真っ暗な空間をゆっくりと沈む感覚が止み、底の底まで辿り着いたらしい。メイプルが遠くなった水面の方を見上げると、ここよりは水が透明に近いせいか、目が慣れたせいか、沈んできた縦穴の向こうが明るく、滲んだ月のように見えた。ただこれは、メイプルが星空を探しているからそう見えてくるだけかもしれなかった。
「むぅ、綺麗な景色って感じじゃないかあ……残念。他に何かあるかな……あっ!あれって!」
メイプルは暗闇の中に見慣れたものを発見する。それは前回来た時は見逃してしまっていたのだろう宝箱だった。
「わー!そっか、分かりやすく目の前に出てきてくれる時ばかりじゃないんだね!次からはもっと丁寧に探さないとなあ……」
メイプルは前回のクリアの分も喜びつつ宝箱を一気に開ける。そこからはいつもの祝福の光ではなく、この暗闇の中でもわかるような黒い何かが噴き出した。この闇を作っているようなそれはメイプルを包み込んでいき、やがてその体の中に染み込んでいく。
スキル【反転再誕】を取得しました。
「……?……??」
どうやら進化するのはシロップではなかったらしく、見逃していたそれは、多くのライバルからすると見つけるべきではなかったものなのかもしれなかった。




