防御特化と『thunder storm』3。
決闘専用の空間に飛ばされた二人は、距離をとって向かい合いつつ決闘開始の時を待っていた。
「ふぅ、いつでもいいよ」
「HPがゼロになった方が負けっす。全力で来るっすよ!」
「当然。勝つために必要なら、出し惜しみはしない」
「始まるっすよ」
カウントダウンがなされて、ベルベットは拳を、サリーはダガーを構えて開始を待つ。そして決闘開始の合図と同時に、ベルベットから雷が発生する。
「【雷神再臨】!」
「戦ってるとこ見てるからね。行くよ!」
バチバチと体から雷は弾けているものの、それそのものにはダメージはない事が石像との戦闘で分かっている。楽観視をすることはないものの、あのスキルは雷を操るためのスイッチのようなものだと結論づけた。ダメージを受けなければ纏った雷の影響がないのならば、問題はない。
「【嵐の中心】!」
ベルベットが叫ぶと同時に彼女を中心にして全方位の地面に稲妻が走る。
「【氷柱】!【右手:糸】!」
「いいっすね!」
糸によって上空に避難したサリーは雷が通り過ぎていったのを確認し、すぐさま行動を起こす。
「朧【黒煙】!」
サリーの周りに黒い煙が広がりその姿が隠れたかと思うと、次の瞬間煙の中から五人のサリーが降りてきてそれぞれにベルベットに向かっていく。
「【スタンスパーク】!」
ベルベットからメイプルの【パラライズシャウト】に似たエフェクトが弾け、全てのサリーがばたりと地面に倒れ伏せる。
「【振動拳】!」
ベルベットが地面を殴りつけると衝撃波が発生し、倒れ伏したサリー五人全てに命中し、順に消滅していき、無事全員が消え去った。
「【ピンポイントアタック】!」
「っ、手応えないと思ったっす!」
背後から首元に一撃を受けてベルベットのHPがガクンと減少する中、サリーは雷撃が来る前に一瞬で距離を取る。ダメージ量を見るにベルベットの防御力も相当低いようで、サリーの一撃でHPは半分近くまで減少していた。
「でも、分かったっすよ。一体だけ消え方が違ったっす!」
「よく見てるね」
「そっちこそ、当たらなかったっすか?」
「自分の弱点くらい分かってるからね。スタンは受けられない」
「冴えてるっすね!」
見てから反応して避けるだけでは避けきれない攻撃に対しては予測するしかない。特に、広範囲のスタン、麻痺に関してはサリーは常に攻略法を考えていた。
致命的なスキルはどこかで相手を誘って使わせなければならない。五人全員にヒットしたように見せて、【蜃気楼】で本体だけは距離を取り、発動後に糸、【跳躍】【超加速】で一気に距離を詰めて背後から刺したというわけだ。
「何となく分かってはいたっすけど……駆け引きでは勝てなそうっす!」
「だったら?」
「嵐の中に……招待するっすよ!」
「なるほど……!」
「【落雷の原野】【稲妻の雨】!」
面倒なことは考えずに、超広範囲スキルで焼き払う。一撃当たればそれで全ては終わるのだから、奇襲も何もできない程に、周りに雷を落としてしまえばいい。細かい駆け引きも何も存在しないような純粋な力のぶつけ合いに引きずり込むのだ。
ベルベットを中心に、二つのスキルによる雷が絶えず降り注いでおり、それはベルベットの移動に合わせて範囲を変えている。今のベルベットはまさに嵐そのものと言えるような存在だった。
「どうするっすか?【電磁跳躍】!」
ベルベットが跳躍して急接近するのに合わせて、雷の雨も近づいてくる。
「朧【瞬影】!」
サリーは朧のスキルにより一瞬姿を消し、ベルベットが見失った隙に距離を取って雷の雨から逃れると、再出現と共にさらに様子を見ようと後ろに下がっていく。
「【極光】!」
そんなサリーを逃がさないとばかりにベルベットの纏う雷が強くなり、スキルの発動と共にサリーを中心として地面が円形に輝き、雷の柱が轟音と共に出現する。命中していれば間違いなく消し炭になる威力のそれは、今回も手応えなく消滅する。
「またっすか!?」
ベルベットが辺りを見渡すと降り注ぐ雷の範囲外に、サリーが立っているのが見えた。
「幻ってそんなに上手く使えるものなんすね」
「私にはそれと相性がいいスキルがいくつかあるからね。そろそろ……行くよ!」
「本気っすか?」
「もちろん。雷の雨は……さっきみたいに柱になってないから」
サリーはそう言うと体勢を低くして一気に駆け出し雷の雨の中へと突っ込んでいく。ベルベットはサリーが無策で突っ込んでくるはずがないと、拳を構えながら【蜃気楼】を警戒する。
「ふぅ……っ!」
「……!」
ベルベットの目の前には信じられない光景が広がっていた。サリーがただただ純粋に反射神経と直感によってその全てを避けて走ってきているのだ。幾筋もの雷はただ一つとしてサリーを捉えることはなく、全く避けようのないように思える雷の雨の中を直進してくる。
力には力。これは一見対策法のなさそうに思えるものをねじ伏せる力技。不可能を可能とすれば、相手の戦略を破壊することができる。
「め、滅茶苦茶っす!」
「これくらいできないとっ……隣には立てないから、ねっ!」
「【紫電】!」
突き出したベルベットの腕から放たれた紫の雷が紙一重で落雷を避けていたサリーに正面から襲いかかる。雷らしく発生の早いそれが適切に放たれたことで前後左右全ての逃げ道が雷によって塞がれる。
「なら……!」
前後左右が塞がれたならとサリーは跳躍して紫の雷を飛び越えようとする。空中に足場を作ることができるサリーなら、三次元的に動いて活路を見出すことができる。
「【超加速】【跳躍】【連鎖雷撃】!」
ベルベットはそれを待っていたとばかりに一気に加速し、跳び上がる。いかにサリーに空中での機動力があろうとも、それは地上のそれよりも遥かに劣るのだ。ベルベットは電気が溜まりバチバチと音を立てる拳を叩きつけ、接近を許したサリーの体に、より激しい音ともに電撃が走る。
「嘘っすよね!?」
ここしかないと繰り出した必殺の一撃は、三度不発に終わる。サリーの姿は揺れて空気に溶け、ベルベットは同時に背後から確かな気配を感じる。
「【放電】!」
「【超加速】【跳躍】!」
ベルベットの体から大量の雷が放出されるが、背後にいたサリーは即座に空中を蹴って、スキルで加速し電撃の範囲から逃れる。
「攻撃を無効化するスキル……っすね。自分は【紫電】を無効化して、幻は囮っす」
「どうかな?でもようやく今までの戦闘で見た危険なスキルは使わせられた」
ベルベットのHPの減り方からすると、あのタイミングでサリーが一撃を加えることができればそれでゲームセットだったことは間違いない。だからこそ、ベルベットはあの不利な体勢でもサリーを確実に押し返すスキルとして、周囲に雷を撒き散らす【放電】を使う必要があったのだ。
「いいっすね。楽しいっす!」
「はは、こっちは綱渡りだけどね。でも、これで静かになった」
【放電】の使用とともに雷の雨は止み、ベルベットから発せられていた青白い稲妻も停止した。大ダメージを与えられるものの帯電状態を解除してしまうスキルだが、今回は身を守るために使うしかなかったのだ。
「すごいっす!本当に避けるっすね。後でコツとか教えて欲しいっす!」
そう言って、ベルベットは再び拳を構える。その表情は自信に満ちており、苦境にあるようには見えない。
「まだ、奥の手があるってことかな」
「あるっす!」
「ははっ、本当裏表ないね」
サリーには奥の手と呼べるような一発逆転を起こすスキルはない。ただ淡々と、勝ちへの道筋を歩き続けるのみである。
読み切って空振らせることでしか避けられない攻撃はいくつもある。ベルベットの言う奥の手がどう言ったタイプかを見極めなければならない。決して誘い込まれることのないように。サリーは常に死と隣り合わせなのだ。今までの有利もたった一撃当たれば一瞬でひっくり返ってしまう。
電撃のなくなったベルベットだが、あると言い切ってきた以上切り札はあるのだとサリーは判断する。こんな所でちょっとした駆け引きを仕掛けてくるタイプではないからだ。
サリーは慎重に距離を取りつつも【雷神再臨】が再使用可能になる前に仕掛けようと機を窺う。
「下手に動きはしないか……なら朧【黒煙】!」
視界を遮るだけのスキルなためすぐに再使用可能になるのを生かして、サリーは再度揺さぶりをかける。
黒煙を突き破って出てきた一人のサリーは真っ直ぐにベルベットへと向かっていく。
三度引っかかった【蜃気楼】は真っ直ぐに向かってくるサリーへの対処を鈍らせる。迷えばそれだけ隙が生まれ、本当に【蜃気楼】を使うことで裏をかける。そしてその上で、このままただ直進したとしても攻撃をただ躱し切るという力技があるため問題はない。迷いながら繰り出された攻撃を躱せないサリーではないのだ。
前進と後退を天秤にかけつつベルベットにダメージを与えに行く。
「…………」
後数歩の距離まで来ても動きを見せないベルベットを警戒しつつ、それでも進むサリーの前でベルベットは唐突に構えを解いた。
「【雷獣】!」
【極光】とは逆で、ベルベットの体内から電気が漏れ出し、真っ白い柱となって辺りを照らす。
サリーは【蜃気楼】を発動させ、【大海】と【古代ノ海】でAGIを下げて一気に離れる。【空蝉】は最後のひと押しにも使えるダメージ無効化スキルなため、【神隠し】での回避ができない今、貴重なものだ。それをうっかり使ってしまうことなどあってはならない。
サリーは予想外の出来事を冷静に距離をとって観察する。光の柱が消えた時、そこには体に電気を纏い薄く発光する白い毛並みの巨大な虎がいた。
「むぅー当たんないっすかー」
「何か狙ってるって分かってたからね……っていうかそういうの、メイプル以外で初めて見た」
「どうっすか?今度はこっちから行くっすよ!」
メイプルの【暴虐】と同じくらいのサイズ。圧倒的な存在感と、復活した電撃。いつまた雷の雨が降ってくるか分からない中、しかしサリーは笑っていた。
「うん、試せる。いいスキル持ってるね」
「……?」
「攻めるのは、私だよ」
本来臆すであろうタイミングでサリーはぐんと加速して獣化したベルベットに向かっていく。予想外の反応はほんの一瞬、ベルベットの初動を遅らせた。
「【鉄砲水】!」
「うわっ!?」
慌てて足を踏み出した所で、軸となる足を水が跳ね上げる。いくら重量があろうと、巨体だろうと関係のない打ち上げ効果によってバランスが崩れ、スキルが使えないその一瞬でサリーは体の下に潜り込む。
「朧【火童子】、【ダブルスラッシュ】!【水の道】【氷結領域】!」
そのまま硬直時間内に動きが完了するスキルでダメージを与え、HP自体が増えていることを確認して次の動きへ移る。サリーは瞬時にベルベットの周りに水を張り巡らせると今度は冷気を纏いそのまま水を凍らせる。それは枷となって一瞬ベルベットが自由になるまでの時間を稼ぐ。
「くぅ……」
「【氷柱】!……スキルを使わないのは、きっとその姿に何か制限があるからでしょ」
サリーが生み出した五本の氷の柱は普段なら何というこということもない壁でしかないが、巨体となったベルベットは適切に自分を挟んで囲むように配置された氷の柱の隙間を抜けることが出来ない。
「【氷柱】は壊せないよ。だからその体じゃ脱出できない。そういう風になってる」
「まさかここまで一方的に封じ込められるとは思わなかったっす。完敗っすね」
「そっか、素直に受け取っておくね」
拘束してしまえば範囲外から一方的に魔法を連打するだけでいい。ベルベットの言うように、全て読み切られ封じ込められて、勝負はそのまま終わりを迎えるのだった。
決闘が終わり、感想戦に移ったベルベットとサリーはまだ二人で決闘エリアの中にいた。ベルベットはあれはどうしてああやったか、これは何でこうなったかとサリーに質問を繰り返す。今回の結果とその過程に興味深々といった感じだ。
「んー、でも不思議っす。いくら読みが鋭くてもあんなに避けられるものなんすか?【雷獣】は初めて見たっすよね?」
「……今日の勝ちにはちょっと秘密があるから」
「え?なになに、なんなんすか!」
「普通ならここまで一方的になんてならないよ。ベルベットはちゃんと強いし、私はそこまで相性も良くない」
「うーん、それはそうだと思うっす。サリーが一撃を入れるより私が一撃入れる方が簡単なはずっす」
しかし、結果は逆になっている。であればサリーの言っていることにはまだ大事な続きがあることになる。
「ベルベットはさ、どこか……似てる」
「似てるっすか?」
「うん。強力な広範囲攻撃に当たっちゃダメな状態異常、超近距離での強さ、遠距離攻撃手段。で、獣化」
それを持つものの答えはサリーが戦闘中に自ら口にしているのだから、ベルベットにも察しがついた。
「ベルベットの危険エリアはメイプルに似てる」
「なるほど……味方として一番見てるから自然と危機察知ができたってことっすね?」
「もちろんそれもあるかな。でも、ちょっと違う……メイプルには言わないでよ?」
「……?分かったっす」
ベルベット答えると、サリーは少し間をおいて話し出した。
「私はいつかメイプルとも戦いたい。メイプルを倒すなら私がいいし、初めて倒されるならメイプルにやられたい。メイプルへの勝ち方も負け筋も、きっと誰より考えてきた」
つまり、誰より近くで見ているというだけでなく、誰より多くメイプルを倒す方法をシミュレートしているから、似た動きのベルベットにそれが応用されたと言うわけだ。
「んー!相手が悪かったっすね……相棒でライバルってことっすか」
「ま、一方的だけどね。メイプルはそう言うの好きって訳じゃないから本当に戦うかは分からないけど、その時まで私は負けないし、メイプルは守りきる」
「……負けられないと思う分だけ動きが洗練されてるんすね」
「そういうこと。でも、次はこんなに上手くはいかないだろうけど」
「私もまだ奥の手があるっすからね。今回はやり込められちゃったっすけど。それに、ヒナタと二人で戦うのが一番強くなれるっすから」
いつかはベルベットとヒナタ、メイプルとサリーの二対二をすることもあるかもしれない。
「勝つよ。負けられないし」
「こっちこそっす!今回は色々聞けてよかったっすよ」
「…………ちょっと、話し過ぎたかな」
自分でも自覚していた通り、どこかメイプルに雰囲気が近かったからなのかもしれない。今までこんな風に話すことはなかったのだから。
「戻るっす。ヒナタも待ってるっすから」
「そうだね」
ベルベットはフレデリカと同じようにいつか再戦することを約束し、サリーの決闘仲間がまた一人増えることになった。
「いつか……戦えるといいっすね」
「……うん、今回が唯一かもしれないし」
こうして決闘を終えて、妙に仲良くなった様子で出てきた二人に何があったのかと首をかしげるメイプルとヒナタなのだった。