防御特化と『thunder storm』。
ここの所毎日各層を駆け回っているメイプルとサリーだったが、今日は待ち合わせがあるため七層の町で相手を待っていた。
「そろそろかな?」
「ん、来たみたい。ほらあの二人でしょ?」
サリーが示す先にはこちらに向かって歩いてくるベルベットとヒナタがいた。メイプルから聞いていた特徴通りだったため、サリーにもすぐに分かる。
「思ったより早く予定が合って良かったっす!」
「そちらが、えっとサリーさん……?」
「うん。よろしくね」
「時間が惜しいから、話しながら行くっすよ!」
「いいよー。サリーもいいよね?」
「大丈夫」
こうして四人はフィールドへと歩いていく。今日の目的は交流。そして裏の目的としては、スキル等の戦闘能力を測ることとなっているが、サリーのそれとベルベットのそれの性質が違うことは明確である。
四人は他愛無い話をしつつ、ちょうどいいモンスターが出る場所まで移動する。今日はサリーの馬に乗ることができるため、メイプル一人移動に困ることもない。そうして移動しているとベルベットが唐突にサリーに切り出す。
「あ!よければ後で決闘したいっす!」
「私と?フレデリカみたいなこと言うね……まあ、メイプルから話を聞いた時に言いそうだとは思ってた」
ベルベットは目を輝かせて返答を待っている。サリーは少し考えて該当する。
「……やるとして、今日の予定が終わった後でね」
「なるほど!まずはボスモンスターで肩慣らしってことっすね!」
「でも、メイプルじゃないんだね。出会った時に色々見たからもう十分?」
「うーん、正直なところ……サリーと戦いたいだけっすね」
スキルの情報を得るだとか、そんなものは二の次で。メイプルから聞いていた通り、ベルベットはただ純粋に強い相手と戦いたいのだ。そして、メイプルではなくサリーを選んだ理由は、サリーの方がメイプルより自分に近しいものを感じたというだけだった。
「本当に聞いてた通りなんだね。ま、メイプルよりは対人に積極的だよ。勝てる限りは勝つし、負ける勝負はしない。だから、今日の戦闘を見て勝てなそうなら遠慮しようかな?」
サリーはそう言うと冗談っぽく笑い、ベルベットはそれに対してなんだって真っ直ぐにやってみないと分からないと返す。
「でも勝てない勝負はしないのは本当。私負けられないんだよね」
「サリーはまだ一回もダメージ受けたことないんだよ!」
「えっ!?本当っすか!?んんん、なおさら燃えてくるっすね!」
「対人戦で死亡しないことが条件のスキル……とか、あ、あるのかもしれません」
「どんなスキルもあると思えるくらいだし、ありえるっす!」
「どうだろうね。ただ、そういう訳だから絶対にやるとは言えないかな」
「分かったっす……でも、楽しみにしてるっすよ!」
そうして四人は七層のとあるモンスターを倒しに向かうのだった。
四人が馬を止めた場所、それは岩山の麓だった。目的地に向かうには順路通りに頂上へ向かう必要がある。
「途中にチェックポイントがあって、それを全部突破して最後にボスっす!」
「シロップとか、飛行能力のあるモンスターで飛んでいくと頂上のイベントが発生しないって訳」
「……知ってるんですね」
「ちょっとメイプルとの約束で色々調べてただけ。ここは行かなかっただろうけど」
メイプルが一人ここは観光スポットではないと理解する中、四人は岩山へと歩を進める。岩山は内部を進みつつ、最終的に頂上に出るようにできている。ベルベットの言うチェックポイントは岩山の内部にあると言う訳だ。
「じゃあ早速行こー!」
「そうっすね!」
メイプルとベルベットが先頭を行き、サリーとヒナタそれについていく。岩山の中は今までも何度か探索してきた洞窟になっているものの、モンスターは一切現れない。そのためチェックポイントまで楽に辿り着くことができた。
そこにはボス部屋の扉に似た、細かい装飾がなされた閉まった門があり、一目見てこれがチェックポイントなのだろうと察せられるものになっている。
「着いたっすね!」
「おっきい門だねー……えっと、どうしたらいいの?」
「パーティーから好きな人数選んで、中のモンスターに勝てば進めて、挑戦人数によってモンスターの強さも変わる」
「なるほどぉ」
「ここは私が行くっすよ!」
「……相性がいいっていうよりは、戦いたくって仕方なかったって感じだね」
「当たりっす!」
ここに来るまでは移動だけでモンスターとの不要な戦闘は全て避けてきたため、元気が有り余っているのだ。ベルベットが挑戦人数を自分一人に設定すると同時に門が開く。
「私達も入ることはできます……せ、戦闘には参加できないですけど」
「じゃあ、応援だね!」
「そうなるね」
ベルベットが門をくぐったのに続いて、メイプル達も先へ進む。門の先には円柱状に整備されたエリアが広がっており、中央には二メートル程の人型の石像がある。
ベルベットがガントレットを装備した拳をぐっと握り締めて戦闘体勢を取ると同時に、石像は鈍い音を立てて動き出した。
石像もまた武器を持っておらず、同じように拳を構える。石でできた体はベルベットよりも遥かに屈強で、外見だけを見ればベルベットに勝ち目などないように見えるだろう。
「さて、やるっすよ!【雷神再臨】!」
その言葉とともにベルベットから凄まじい量の電撃が弾け、殴り掛かろうと駆け寄ってきていた石像の動きを一瞬停止させる。
「【電磁跳躍】【ハートストップ】!」
動きの止まったその一瞬、サリーが使うそれよりも遥かに速く跳躍し距離を詰めると、その勢いのまま石像を殴りつける。それと同時に電撃が弾け、動き出そうとした石像が再び僅かな時間硬直する。
「【重双撃】!」
一瞬の硬直に合わせて左右の拳での二連撃が石の体に突き刺さる。華奢な体に似合わない威力のそれは鈍い音を立てて、石像を後方に撥ね飛ばす。
「【疾駆】!」
今度は素手を武器とする際に使うことができるスキルで急激に加速し一気に距離を詰め、再び得意なレンジに持ち込むとその体から青白い電撃を迸らせる。
「【放電】!」
攻撃回数、被弾回数に応じて溜まった電気が吐き出されて、石像を何度も繰り返し焼いていく。その収束と同時にベルベットから弾けていた電気は収まり、石像は地に倒れ伏して光となって消えた。
「んー、流石にもう相手にならないっす!」
「すごーい!前と違ってびゅんびゅんって動いて一瞬で終わっちゃった!」
「何度もここに来てるから、もう倒すのも簡単っす!」
「いいなあ、やっぱり速く動けるのもかっこいいよね!」
「…………」
「……サリー、さん?」
ベルベットとメイプルが盛り上がる中、サリーはじっと目を閉じて先程の戦闘を振り返っていた。メイプルから聞いていた電撃だけでなく、今回は武器種特有の戦闘を間近で見ることができた。そんなサリーは一つの違和感を抱く。
素手のレンジは最も短く、それ故に威力が高く設定されているスキルもある。しかし、それを鑑みてもベルベットの拳はあまりに重いように感じられた。
「リスクは……仕方ないか」
「…………?」
「あっ!どうだったっすか私の戦闘!戦いたくなったっすか?」
「うん、なったよ。後でやろう」
サリーがそう言うと、ベルベットは嬉しそうに笑顔を見せる。
「ま、ただ、そっちにだけ見せてもらうのもね。次は私がやる」
「おおー!いいっすね!」
「それで戦ってもつまらなそうだったら考え直してよ」
サリーはそう言うと、次の門を目指して先頭で歩き始めたのだった。
一つ目の門までがそうだったように二つ目の門への道もモンスターがおらず簡単に進んでいけるものだった。
「そういえばベルベットさっき何度も来てるって言ってたよね?」
「一対一でとことん戦えるっすからね!でも、そろそろ物足りなくなってきたところっす」
良さそうなダンジョンがある度ヒナタを引っ張って突撃していたベルベットは、強力なボスモンスターを探していた。ヒナタと二人で戦えばほとんどのボスは一方的に倒しきることができる。
となれば、ベルベットが望む楽しい戦いはできないだろう。いつもヒナタを付き合わせる訳にはいかず、一人ならまだ強く感じる相手もいると、ベルベットは一人で修行に来ていたわけだ。
「私個人もどんどん強くなってるし、ヒナタと二人なら負けないっす!」
「で、新しい対戦相手に私とメイプルを見つけたってことね」
「二人が強いのは以前のイベントで知ってるっすから!」
「そうそう、二人とはライバルなんだよ!」
会話をしていてサリーは改めてベルベットに裏がないことを確信する。メイプルの言った通りだったというわけだ。
「ライバルって言ってもメイプルは進んでPVPはしないでしょ?」
「うーん……そうかも。イベントの時くらいかな」
「ま、そういう訳だから普段は私の方に来たら?」
既に一人そんなことをしているプレイヤーがいるのだから、もう一人増えたところで大きな差はない。
「ヒナタは私みたいに戦闘ばかりっていう訳じゃないっすから、一対一ができるのは嬉しいっす!」
ヒナタは必要があれば戦うというスタイルなため、一人で好きに戦いを楽しみ続けられる場所を探しているベルベットとはまた違う。
「ベルベットと一緒にいるのは楽しいです……でも、ベルベットを楽しませてあげられる人がいると……嬉しいです」
「サリー責任重大だね!」
「んん、まあまずはあの門の先で、楽しめるくらいかどうか見てよ」
「分かったっす!」
そう言うと、サリーは道の先に姿を見せた二つ目の門に向かうのだった。
「挑戦者は私一人でいいよね?」
「頑張ってサリー!」
「えっと……応援してます」
「しっかり見てるっすよ!」
「じゃあ、行ってくる」
サリーは戦闘人数を自分一人にすると同じく円柱状の戦闘エリアに足を踏み入れる。
そこには最早鈍器と言っていいような石の大剣を持った石像がいた。
「見るからにパワーファイターって感じだね」
サリーは石像と対峙すると二本のダガーを抜いて構える。
「朧【火童子】」
朧によって炎を纏うとそのまま駆け出し、真っ直ぐに石像との距離を詰める。ベルベットの時と同じく体格差があり、今回は武器のリーチも石像の方が上回っている。まず先に攻撃を開始したのは石像だった。
石の体とは思えない素早い振り下ろしで、大剣は一瞬で空間を裂く。僅かに砂埃が散る中、サリーは体の向きを変えてスレスレで回避しており、カウンターとばかりにまず大剣を斬りつける。
「ダメージなし。ならこのまま……!」
石像のすぐ横をすり抜けて、二本のダガーで脇腹に傷をつける。ダメージエフェクトが弾ける中、サリーはそのまま再び石像との距離を取る。
まだ【剣ノ舞】によるSTR上昇値が小さいため、ダメージは最大とは言えない。とはいえ、サリーの攻撃力は決して低くはないのだ。先程と違い僅かに減少しただけのHPバーを見てサリーはベルベットの攻撃力が相当高いことを確信する。
「ふっ!はあっ!」
サリーは振り返ると、今度は横薙ぎに振るわれた大剣を地面に張り付くような低姿勢での突進によって回避し、片足を貫いて再度背後に抜けていく。
何度やっても同じことで、石像が攻撃に転じるたび、逆に石像からダメージエフェクトと炎が弾ける。攻撃は全て隙となり、攻めようとするたびHPは減少していく。
完璧なカウンター。サリーはスキルなど使わずに、ただ純粋な技術のみで石像をボロボロにする。一目見て分かるような強力なスキルを使わずとも、その戦闘には凄みがあった。
「ちゃんと目の前で見るのは初めてっすけど……」
「はい……石像にデバフはかかっていないと思います。えっと、サリーさんは本当に……ただ避けています」
「えへへ、すごいでしょ!」
「すごいっす!」
自分のことのように誇らしげなメイプルの隣でベルベットはじっとサリーの動きを見る。ベルベットから見てもサリーは回避のために特殊なスキルを使っているようには思えなかった。実際そんなものはなく、故にただの基本攻撃と身体能力だけで戦っているサリーはまだまだ全力とは言えないだろう。
「んー!すっごい楽しみっす!」
ベルベットは決闘を楽しみにしつつ、サリーが危なげなく大剣を避けて石像を斬り伏せるところを眺めるのだった。
結果として、サリーはただの一度も攻撃を受けることなく大剣を持った石像を破壊した。使ったスキルは【火童子】くらいである。
「お疲れ様サリー!」
「うん、ありがと」
「お疲れ様っす!俄然……楽しみになってきたっす!」
「それは良かった」
「もっともっと戦っているところが見たいっす!石像じゃ力不足過ぎたっすねー」
当たりさえすれば防御力の低いプレイヤー一人程度簡単に消し飛ばす威力があったものの、連続スタンによる行動不能に全攻撃の回避とくれば二体ともその力を発揮できなくて当然である。
「ボスはそれなりに強いらしいけど?」
「流石に敵わないっすよー。だから、ぱぱっと倒して本題に行くっす!」
「やりきりはするんだね」
楽しそうに話すベルベットとそれに応対しながら次の門へ向かって歩き出すサリーを見つつ、メイプルとヒナタも後ろをついていく。
「仲良くなってるみたい。息ぴったりって感じ?」
「二人は……似ている所があるのかもしれません」
「そうかも!」
出会ってすぐなのにも関わらず二人の息が合っているように思えるのは、二人の性質が似ているためかもしれない。
「チェックポイントっていくつあるか知ってる?」
「えっと……あと一つです。ボスも合わせれば、戦闘はあと二回です」
「ありがとう!じゃあ、サリー達はもう戦ってくれたし、最後は私達の番だね」
「あの、私は一人での戦いには……向いていませんから、よければメイプルさん一人か……えっと私と一緒か」
ヒナタは極端なデバフ特化型である。相手を滅茶苦茶に弱体化させることはできてもそれを倒しきる能力に欠けるのだ。
「じゃあ、二人で!それで、ボスは皆でやろう!」
「は、はいっ……頑張ります!」
「よーし、サリー!次は私達二人でやるー!」
「聞こえてたよ。石像辛そうだなあ」
「次って強いの?」
「あ、ううん。この二人を相手にするなんて石像からすると辛いだろうなってこと」
「そうっすね。ヒナタは強いっすよ!」
「メイプルも強いよ」
「あはは、前によく分かったっす!」
二人はベルベットやサリーにも増して、有利不利がはっきりしている。先程までのような石像なら、結果も見えるというものだった。
頂上が近づく中、最後のチェックポイントまでやってきたメイプル達は、予定通りメイプルとヒナタの二人で挑戦することにした。
「頑張ろー!」
「は、はいっ」
メイプルが大盾を構えて前に立ち、ヒナタを背後に隠すようにして中に入る。今までと同じ見た目の戦闘エリアには、今までとは異なり二体の石像がいた。
一体は石でできた巨大な弓を持ち、もう一体は大きなハンマーを持っている。
「わわっ、二体いる!」
「えっと、えっと、動きを止めます……!」
「やってみて!私は【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルはまずヒナタに攻撃が行かないように【身捧ぐ慈愛】を発動させるとシロップを呼び出して、ヒナタの出方を見る。
「【コキュートス】」
ヒナタから発生した冷気は一瞬のうちに円柱状の戦闘エリアに広がって、二体の石像の動きを停止させる。メイプルの【凍てつく大地】の比ではないスキルにより凍りつき氷像のようになっているうちに、二人はやれるだけのことをする。
「シロップ【巨大化】【白い花園】【赤い花園】【沈む大地】!」
メイプルはヒナタとともにシロップの背に乗ると、地面に自分達に有利なフィールドを広げていく。
「【星の鎖】【災厄伝播】【脆き氷像】【重力の軋み】」
以前ベルベットとヒナタが二人でボスを倒した時と同じスキルによって石像二体にさらなる冷気と重力が襲いかかり、続けて動きを停止させる。
「もっと……【錆び付く鎧】【死の足音】」
ヒナタの人形から溢れる黒い靄が地面を這うように進んでいき、まともに動けない石像を覆ってさらに防御力を落としていく。長い長い拘束時間。一度行動を停止されれば連鎖的に発動される次のスキルが相手のただ一撃すら許さない。
「メイプルさん……えっと攻撃はお願いします」
「うん!【全部装展開】【攻撃開始】!」
体を地面に沈め、凍てつかせ、重力に押しつぶされた二体の石像はメイプルの射撃によって抵抗もできず撃ち抜かれていく。
「わっ!すごいダメージ!」
メイプルが予想していたものをはるかに上回るダメージが出て、石像はみるみるうちにHPを減らしていく。銃撃の音に紛れて時折聞こえるヒナタの声からは何らかのスキルを発動しているのだろうことが分かる。それを示すように動きかけた石像はその度にピタリと動きを止め、その防御力はどこまでも落ち続ける。
メイプルの射撃の威力が変わらずとも、相手の防御力がどこまでも落ちていけば、本来弾幕によって削っていくスキルも、一発一発が凄まじい重さになる。
「メイプルから話は聞いてたけど……それ以上だね」
「ああなったら負けっすねー」
ベルベットとサリーが見守る中、二人の戦いは、ヒナタの重力と氷、メイプルの地形変化と状態異常によって石像がただの的と化すという、ここまでで最も一方的な蹂躙となり終わりを迎えるのだった。




