防御特化と地底。
日が変わって、今日もまた二人で観光することに決めたメイプルとサリーは二層の石造りの町の喫茶店で話をしていた。
「へぇ、フレンド」
「うん!ちょうど次はどこへ行こうかなって色々探してて、休憩中に偶然!」
メイプルの言うフレンドとはベルベットとヒナタのことである。
「【thunder storm】っていうギルドで、ギルドマスターしてるんだって!」
「そのギルドなら私も知ってる。第四回イベントの時に相当暴れたらしくて、雷使いってことなら振り返り映像のアレかなあ」
「アレ?」
「うん。すごい雷が柱みたいになってて、プレイヤーが見えないくらい真っ白だった」
その中心にいたのが恐らくベルベットだったのだろうというわけだ。プレイヤーの姿が見えなかったのならメイプルが顔を知らなかったのも当然である。
「すっごい強かったんだー。あ!あとね、サリーみたいにモンスターをパンチしてたよ、こう!」
メイプルは拳を握るとシュッシュッと両手を交互に突き出してみせる。
「まあ私の【体術】スキルは回避に関連して偶然手に入ったやつだし、ちょっとわけが違うけどね」
「あ、そうだったんだ」
それなら私は真似できないと、メイプルは少し残念そうにする。サリーはメイプルから二人が使っていたスキルについて聞くと、うんうんと頷く。
「強いね。ヒナタっていう子がデバフに専念してベルベットがその分超火力で何とかするのか……」
超高威力の拳も広範囲の雷撃も弱点はある。前者はレンジの短さ、後者はスキルによる無効化や範囲外への脱出である。
ただ、隣にヒナタがいるとなると話は変わってくる。
「メイプルもさ、動かない相手にスキルを当てるのは簡単でしょ?」
「うん、サリーには当たる気しないし……」
「だから動きを完全に止めて必中にできるのは強いってわけ」
「うんうん」
「まあ、つまり私は相性が良くないとも言うんだけどね」
サリーはどこまでいっても近距離攻撃主体なため、雷撃とデバフのレンジ内に踏み込む必要がある。ベルベット達は一対一では厳しいタイプの相手になるだろう。
「真っ正面から戦うのが好きってことみたいだし、気をつければ戦闘は避けられそうだけどさ」
「最初会った時の印象と全然違ったから、ダンジョンの後で話した時はびっくりしたよ。今度サリーも一緒に合わない?」
「ん、まあ興味はあるかな。聞いてる感じベルベットは密かに情報収集っていうのは好きじゃないかもしれないけど、やっぱり情報は大事だからね」
反射神経頼りで攻撃を避けるのには限界がある。スキルの攻撃範囲を知っておくのは重要になってくるのだ。
「じゃあまた今度会いにいこー!あっちも二人だしこっちもサリーを紹介しないと!」
「ふふっ、それは相棒ってこと?」
「うん!そうだよ!」
すっと言い切るメイプルにサリーはすこし笑みをこぼして、改めてメイプルの方を見て返答する。
「……なら、私も相棒に相応しいところ見せないとね」
「ふふふー、期待していますよサリー君」
「うん、任せたまえメイプル君」
他愛ないやり取りをして、二人は今日の本題に入る。今日は二層観光の予定なのだ。二層は三層以降と比べると一つ前の層と大きな差異がなく、一層二層合わせて初期のオーソドックスなフィールドという位置付けである。二層の情報収集はサリーに任せていたため、メイプルはどんな場所へ行くのだろうとワクワクした様子で次の言葉を待つ。
「で、まあそんなメイプルに一つ面白そうな場所を。って言っても解放される時間に制限があるから少しのんびり向かうことになるかな」
「なるほどー」
「まあ、ちょっと遠いからね」
「じゃあ、何かお弁当買って早速行こう!」
「そうしよっか」
こうしてメイプルとサリーは日の沈んだ夜のフィールドへと出向くのだった。
二層も一層と同じく、二人が全力を出すほどの相手はいないため、目立たないよう服装を変更し、サリーがメイプルを背負って目的地まで走っていく。
「どんなところだと思う?」
「んー、夜じゃないとだめなんだよね?」
「そうそう」
時間が指定されているイベントはメイプルも何度か体験したことがある。第二回イベントで夜だけ出るモンスターが変わったり、その先でイベントが発生したりしたのと同じようなことだろう。
「でも、幽霊とかだったらサリーが紹介したりしないし」
「……まあ、そうだね」
「それで夜でしょー」
「なんとなく分かったかな?」
答え合わせは現地ですることにして、二人はフィールドを進んでいく。そうしてサリーがやってきたのはぽっかりと口を開ける洞穴の前だった。光のない洞窟内部を入り口から覗く分には道は下り坂になっているようだった。後ろ側が山になっているわけでもないため、転移の魔法陣でもなければこのまま地下へと向かうことになる。
「あれ?地下かあ……」
「ん?予想とは違った?」
「うん、星空を見るのかと思った。ほら、あの髪の色とかが変わっちゃうご飯食べた時も夜だったし」
「ふっふっふ……まあ、じゃあ行ってみよう!」
「うん!」
「明かり出すからね」
サリーはインベントリからランタンを取り出すと暗い洞窟の中を照らして進んでいく。
「一応モンスターも出るから気をつけてね」
「うん」
と言っても無視できるようなレベルなことに変わりはないため、メイプルが【身捧ぐ慈愛】を発動させる。
「……ランタンいらない?」
「そうかも」
【身捧ぐ慈愛】によって光り輝く地面を見て、サリーはランタンをしまおうとする。それを見てメイプルは少し考えて提案する。
「……ねえサリー、やっぱり【身捧ぐ慈愛】無しでもいい?」
「ん?まあ、ここのモンスターならそれなしでも私は大丈夫だと思うけど」
サリーは何故メイプルがそんな提案をしたのか意図が読めないという様子である。
「ほら、なんていうか今回はダンジョン攻略じゃなくって綺麗なスポットが目的だから、途中の雰囲気も大事かなぁって!」
「洞穴も探険みたいに楽しむってことでいい?」
「そう!」
「なら……はいっ!」
サリーはインベントリから新たにアイテムをいくつか取り出すと、メイプルの前に並べる。
松明にヘッドライト付きヘルメット、ロープやピッケル、大きいリュックなど、ただしどれも探険というテーマに合ったものがよりどりみどりである。
「インベントリがあるしリュックは無くてもいいと思うけど、ほら雰囲気あるでしょ?」
「うんうん!流石サリー!」
きっちり二つずつ用意されたそれらを二人はフル装備する。リュックはサリーが時折つけるポーチのようなもので、いくつかのアイテムをインベントリの外で保管しておけるものなため、メイプルはそこにロープやピッケルをしまって準備を終えた。
「それっぽくなったんじゃない?まあ、服はちょっと場違いかもしれないけど」
二人は初期層での観光はフィールドでも町で遊ぶ時の服装のままなため、ただの洋服と言っているようなものなのだ。
「今度はそれも用意してこようかな」
「アリかもね」
「えっと、一番奥まで行けばいいんだよね?」
「うん、それで問題なし」
「よーし!れっつごー!」
メイプルは松明をぐっと突き上げると、意気揚々と洞穴を進んでいく。二層なのもあってか複雑なギミックもなく、強力なモンスターもおらず、快適な探索が続く。サリーの魔法も二層なら十分な威力があるため、向かってくるモンスターは近づく前に倒れることになる。
「滑らないよう気をつけてね」
「うん!足元照らして……ずっと下りだね」
「そろそろちょっと変化が出始めるかな?メイプル、一旦松明消してみて」
「分かった!」
二人が周りにモンスターがいないことを確認して明かりを消すと、辺りは一気に暗闇に包まれるが、しっかりと地面を確認すると、所々明かりをつけていては分からない程僅かに光っていることが分かる。何
かが光を放っているというよりは光そのものが不思議な力でその場にとどまっているという風で、メイプルはしゃがみこんで光をじっと確認する。
「おっ、見えるね。これが目印ってわけ」
「なるほど……これも普通に探索してたら見逃しちゃいそう」
「くまなく探索したつもりでも見落としなんて多いものってね。きっと本当に誰にも見つかってない場所もまだまだあるよ」
「んー、また頑張って歩き回ってみないとだね!」
その時はまたサリーと一緒にと満面の笑みを浮かべるメイプルに、サリーははいはいと笑顔で返す。
「目印があるのは分かったでしょ?あとは分かれ道で確認したら大丈夫」
「おっけー!じゃあまた松明松明!」
目印さえ見つかれば迷うことはない。サリーの言ったように分岐ごとに確認を入れて、迷わないように暗い洞穴を進んでいく。入り口と比べると次第に道は細くなり、姿勢を変えて移動する場所も増えてくる。
「ふぃー、結構進んだかな?」
「うん。少し行ったところの縦穴を降りればすぐのはず」
「おー!いよいよだね!よしっ、頑張ろう!」
「うん、落ちないように……する必要ないかもしれないけど、一応ね?」
「お願いしまーす!」
サリーはメイプルを背負うとロープで身体を固定して近くの岩に、もう一本別のロープを括り付けて縦穴へと垂らす。いつもシロップから飛び降りたり、自爆飛行で着地は防御力任せにして墜落しているメイプルなら恐らく問題なく落下できるだろうが、それならばここまでの道程で松明など使ってはいないだろう。
「しっかり掴まっててね」
「もしモンスターが来たら麻痺させるね!」
「ありがと。よし、降りるよ!」
メイプルはサリーにしがみついたまま、しっかりと短刀を使えるようにして、【パラライズシャウト】をいつでも発動できる準備を整える。準備ができたことを確認するとサリーはロープをピンと張って、壁に足をつけてスルスルと降りていく。
ゴツゴツとした岩肌は湿り気がなく、サリーは滑る心配もなく順調に縦穴を攻略する。時折ヘッドライトで下を照らして安全を確認しつつ、飛んでくるコウモリのモンスターはメイプルによって適宜麻痺させて地面に叩き落とし、無事に穴の底へと降りることに成功した二人は、まず麻痺したコウモリを処理すると、モンスターの気配がないことを確認して一息つく。
「ふぅ、お疲れ。下ろすよ」
「うん!」
サリーはモンスターを魔法で倒し切ったところで、メイプルを下ろす。縦穴を攻略した二人の前には細い横穴が続いており、その地面や壁には目印となる光があちこちに見られた。
「蛍みたい」
「確かに。ここを抜けたら目的地だよ」
そう言うとサリーはヘッドライトを切り、メイプルにもそうするように促す。目印となる明かりはもはや微かなものではなくなっており、それだけで十分な明かりが確保されているため、移動も問題なくできるだろう。
そうして光る横穴を歩いて行き、二人はついに目的地、洞穴の最奥へと辿り着いた。
ドーム状になった空間には、色取り取りの光の玉が淡い光を放ちながら浮かんでおり、道中がそうだったように、天井や床を彩る光はその数を増して、二人はプラネタリウムを見ている時のように感じつつ、空間の中央まで歩いていく。
部屋の中央には天井と地面をつなぐ柱が一本あり、柱からは一際強い光が放たれていた。近づいてそれを見てみると他の浮かぶ光とは異なり宝石が光っているようだった。
「メイプル、手にとってみて?」
「うん……わっ!取れたよ!えっと……【手の中の天体】?」
メイプルの手中に収まる輝く球体は、特にこれといった効果はないようだったが、メイプルは目を輝かせてそれを見る。
「おおー綺麗!探険した甲斐あったね!」
「ふふっ、そう?なら良かった。それ自体は今の所使い道は見つかってないんだって」
「へえー」
「ここに来るの大変だし、綺麗だけど人気はないみたい」
「じゃあ、穴場ってことだね!」
「そういうこと。思う存分のんびりしていけるよ」
静かな空間に二人は腰を下ろすと夜空のように見える天井を見上げる。と、ここでメイプルは予想が当たっていたことに気がついた。
「あ、やっぱり星空だったんだ!」
「そ、地下の星空。調べた感じだと各層に一つは夜空がモチーフになったスポットがあるみたい」
「へー、じゃあ全部コンプリートしたいね!」
「いいね。メイプルが楽しいと思ってくれるなら、いつでも探険に行くよ。それに、全部見て回ったら何かあるかもよ?」
「あったらもっといいね!でも、なくてもいいかな……」
「そう?」
「うん、ここまで来るのも楽しかったし!」
メイプルにとってはこの景色と二人でわいわい探険した道中が何よりの報酬だったのだ。そして、それは今後も変わらないだろう。
「そっ、か。うん、私もそうかな」
「あっ!そうだ、サリー!今回は記念品一つしか手に入らなかったし、どうしよう?」
「……メイプルが持っててよ」
「私?」
「うん、いつでも思い出を振り返れるようにさ」
「それだったらサリーも欲しいんじゃない?」
「ふふっ、私は忘れないからいいの」
「えー?私もそんなに忘れっぽくないよー!」
「そうかな?」
「そうだよっ」
二人はどちらともなく顔を見合わせると、暗がりでも分かるように笑い合う。のんびりとした緩やかな時間が過ぎる中、二人は地底の星空を見上げて、買ってきたお弁当を食べるのだった。




