防御特化とライバル。
ボス部屋へ入った三人を迎えたのは薄い紫の包帯に全身を覆われた、メイプル達の三倍近い背丈があるミイラだった。
道中のものと同じように包帯の隙間から覗く赤い目は巨体に合わせた大きさで、遠くから見ても分かる不気味な光を放っている。
「よーし、勝負っ!」
メイプルは真っ先にパタパタと走っていくとミイラがベルベット達の魔法の射程に入るよう部屋の中央で【天王ノ玉座】を発動し玉座に座ってボスの方を見る。
ボスは不気味な呻き声を上げそれに応じて地面からは道中のミイラと、ゴーレムが現れる。ただ、ミイラは新たに黒いオーラを、ゴーレムは何体かが砂岩でできた槍を持っていた。
「うっ、や、槍かあ……ベルベットさん!槍を持っているゴーレムを先に倒して欲しいです」
ベルベットも貫通攻撃を嫌ったのだろうということはすぐに理解し、そうすることを約束する。
メイプルは玉座に座っている間は主力スキルがいくつか封じられてしまうため、攻撃方法も変わってくる。
「【挑発】!シロップ【赤の花園】【白の花園】【沈む大地】!」
玉座を中心として広がっていた光るフィールドに白と赤の花畑が広がっていく。メイプルに寄せられたモンスター達は見た目は綺麗な花畑に踏み入ると同時に地面に沈みながらデバフを受ける。
「【毒竜】!」
スキルで生み出された花々は毒で萎れることもなく依然として咲き誇り、それを彩る紫は確かにモンスターのHPを削り取る。近づいてはいけない場所、踏み入ってはいけない場所。モンスターはそれが分からないことが最大の弱点なのだ。
メイプルが群がってくるモンスターを絡め取っているうちにベルベットとヒナタが、ボスとゴーレムに魔法を撃ち込んでいく。
「よしっ!いい感じ!」
モンスターには行動パターンがある。それら全てがメイプルを倒すのに不適だった場合、行動パターンが増えるまでは一方的な勝負になる。ボスのミイラは攻撃力上昇のバフを撒いているようだが、それは有効打にならず、デバフ系のスキルは玉座によって発動を止められているようだった。
「と、【トルネード】!」
「よーしこっちも!」
ヒナタが放った竜巻が雑魚モンスターを巻き込みつつボスのミイラにダメージを与える。メイプルの兵器による射撃も加わって、ボスのHPが半分を切る。
三人がさあ何か起こるかと構えていると、ボスが大きく呻いてボス部屋がグラグラと揺れる。それと同時に冷気のような白い風がボスから発せられ、部屋を吹き抜ける。それは先頭にいたメイプルから順に三人を包みこみ、発動していたスキルやかかっていたバフを全て解除していく。
「わっ!?嘘っ!?」
メイプルのスキルはどれも強力なスキルであるものの、その分再使用までに時間がかかる。強力なフィールドを即再展開するのは不可能だ。それと同時に先程まで玉座によって抑えられていたボスを含むミイラのデバフが一斉に襲いかかり、【身捧ぐ慈愛】によって守りきれなくなったため、三人全員のステータスをガクッと低下させる。
それでもメイプルには大した影響はないのだが、後ろの二人はそうはいかない。
「【挑発】!【暴虐】!」
メイプルはデバフが切れるまでの間何とかするために再度【挑発】を使い、さらに【暴虐】により外皮を纏ってモンスターの中で暴れ回る。デバフによってメイプルの【暴虐】状態の攻撃力は皆無になっていると言っていいが、即死することがないというメリットがあるため無理をするにはちょうどいい。
予想通り貫通攻撃だったゴーレムの槍をできるだけ躱しつつ、ボスが二人に攻撃を仕掛けないよう体でルートをカットする。玉座によるスキル封印がなくなったボスはメイプルが接近すると両手を地面について、黒い靄のような、沼の様な、不気味な何かを広げてくるがメイプルにできることはない。二人も同様で、モンスターをいなしつつ、反撃の機会を窺う。
「うぅ、どうしよう……へっ?」
靄が急速に部屋全体に広がった直後、メイプルは足元の床が抜けたような感覚と共に黒い靄に飲み込まれる。そして、一瞬の後に視界が元に戻ると、先程まで目の前にいたボスは遥か遠く、さらに前方には二人の背中が見えた。
「わっ!い、入れ替わっちゃった!?」
モンスターの中にはベルベットとヒナタ、後衛の位置にはメイプル。モンスターを用意し、スキルを解除しデバフをかけて陣形を滅茶苦茶にする。これがこのボスの強力な動きだったわけだ。
「カバームーブ……は届かないっ……!」
デバフによる移動速度低下が効いて、【暴虐】で走って行くのも、解除して自爆飛行で飛んでいくのも間に合わない。
それでも走ってメイプルが向かうものの、モンスターに囲まれた二人に駄目押しとばかりにドス黒いオーラを纏ったボスの拳が振り下ろされる。二人にとっては急に周囲の状況が一変し、突然の総攻撃を受ける形である。
そんな中、ベルベットはヒナタを庇うよう反射的に一歩前に出ると日傘を投げ捨てて拳を構えた。
「ハッ、甘いっすよ!【雷神再臨】!」
ベルベットが高らかにそう叫ぶと、轟音とともにベルベットから青白い極太の稲妻が発生し、地面を走りモンスターとボスを次々に焼き払って続く動きを封じる。
バリバリと音を立てて放電しながら、ベルベットは、やってしまったというような表情をしてヒナタの方を見る。
「とりあえず脱出するっすよ」
「……はい」
ベルベットはヒナタを抱え雷と共に跳躍すると、容易くモンスターの包囲網を飛び越えて、驚いて足を止めたメイプルの元に着地する。
「えっ?えっ!?」
「んー、詳しいことは後で話すっす」
「きっとまた……ギルドの人に馬鹿正直過ぎるって言われると思います……」
「メイプルさんにはいろいろ見せてもらったし、守ってももらったっすからね。今度は私達の番っすよ!」
「えっと、が、頑張ってください?」
事態をいまいち飲み込めていないメイプルの前でベルベットは装備を一部変更する。服装などは何も変わっていないものの、唯一、彼女の武器が何かを明確に示すものがそこにあった。
それは両手を覆う巨大なガントレットである。素手の数倍のサイズの鋼鉄の拳を握りしめて、変わらず青白い稲妻を発生させながらベルベットは不敵に笑う。
「ヒナタも全力でサポートお願いするっす!」
「は、はいっ!すー……いきます」
ヒナタは勇気を出すように人形をぎゅっと抱きしめると駆け寄ってくるモンスター達に向けてスキルを発動する。
「【星の鎖】【コキュートス】」
ヒナタがスキルを発動すると同時に、歩み寄って来ようとしていたモンスターが地面に縫いとめられたように動かなくなり、それに続いてヒナタから発生した白い靄がパキパキと音を立ててモンスターを氷漬けにしていく。
モンスターは強力な移動阻害効果によって二人に触れることも許されない。
「【災厄伝播】【重力の軋み】【脆き氷像】」
ヒナタが言葉を発するたび、全く動けなくなった全てのモンスターに主に被ダメージ増加のデバフが重なっていく。それ自体はモンスターに一切ダメージを与えることはない。しかし、効果が切れて動き出そうとしたところでまた別の移動阻害、攻撃阻害とヒナタは全てのモンスターを拘束し続ける。
であれば、ダメージを出すのは誰か。それは自明である。
「【嵐の中心】【稲妻の雨】!」
ベルベットから再度稲妻が走り、地面を滅茶苦茶に焼き焦がし、それと同時に上空からの大量の落雷により無差別に範囲内のモンスター全てが撃破されていく。
ヒナタによって拘束され続けている限り、分かっていても範囲から逃れることはできない。たとえそれがモンスターだろうとそうでなかろうと。
唯一生き残ったボスの前まで行くとベルベットはその拳を大きく振りかぶる。
「【連鎖雷撃】!」
完全に動きが停止したボスに対して突き刺さった拳から空気を割く音と共に電撃が弾ける。電撃を放った回数に応じて増加し強まる雷撃が、ボスの体を焼き焦がし、そのままHPゲージを吹き飛ばした。
「お、おおー!!すごーい!!」
鮮やかにモンスターを倒す二人を見て、メイプルは化け物のまま無い目を輝かせてぶんぶんと四本の腕を振るのだった。
ダンジョンから出た三人はモンスターが発生しないセーフゾーンに腰を下ろすと話し始める。
「ベルベットさん、魔法使いじゃなかったんですね!」
「ベルベットでいいっすよ。というか私もその方が楽っす」
最初の印象と異なり、活発そうに笑顔を見せるベルベットはどうやらこちらが素のようだった。メイプルもそれならと普段通りに接することにして、ベルベットの話を聞く。
「色々と隠していて悪かったっす。ギルドの皆に強いプレイヤーの情報を集めた方がいいって言われてるんす」
「やっぱりプレイヤー同士で戦う時のため?」
「そうっす!そこで有利にするため……今日は色々見せて貰ったっすね」
「うっ、確かに……」
メイプルは自分のスキルの多くを見せてしまったうえ、ボス戦では弱点も明確に現れていたと言える。
「もちろんそういう準備も大事っすけど、私は正々堂々正面からぶつけ合って勝負!って言うか……」
ボス戦では故意に見せようとしたという風ではなかったが、ベルベットとしてはあそこで全力を出さず負けたとしても問題はなかったのだから、言っていることが本心なのだろうとメイプルにも察せられる。急にピンチになったのはきっかけでしかなく、いつ全力でやろうかずっと考えていたのである。
「ギルドの人からはもう少し隠すようにと……言われているんですけど……」
「すごかったもんね!」
一切対策無しに戦闘を開始すれば、何か行動する前にヒナタによって動きを封じられ、ベルベットの広範囲雷撃と超至近距離の肉弾戦で好きなようにやられてしまうだろう。
スキルを隠しておくことが戦闘を有利にすることは間違いない。
「やるならフェアな状態で戦いたいっす!もちろんメイプルもライバルっす」
ベルベットはそう言って自信ありげに、そして挑戦的に笑ってみせる。
「でも、本当に大丈夫?ギルドの皆はダメって言ってたって……」
「一方的にバレたんじゃなくて相手のスキルも見てるなら大丈夫っす!」
物は言いようということを表しているように、複雑そうな表情をして少しうつむくヒナタを見て、メイプルはベルベットはいつもこうなのだろうと理解した。
「でも、私達にはまだまだ見せてない切り札もあるっすから」
「うん、私だってあるよ!」
「ええっ!?まだあるっすか!?」
どれも切り札級のスキルだったとベルベットは驚くが、なおのこといつか戦える時が楽しみになったと笑う。
「どこかで会いたいと思ってたから、よかったっす」
「会ったのは偶然だったもんね」
今思えばメイプルが見た雷はベルベットが発生させたものだったのだろう。あの雷はダンジョンで見たものより規模が大きかったため、切り札がまだあると言っていた通りなのかもしれない。
「あ、じゃあ口調とかが違ってたのもベルベットだってことが分からないようにってこと?」
武器はガントレットを装備した拳だと分かったが、服装は戦闘中も変わらなかった。メイプルがそうだったようにメインの装備は別にあるのかもしれない。
「これが私の1番の装備っす!」
「ボスから手に入れたもので……ベルベットはそれに合わせておしとやかになろうと練習中なんです」
「な、なるほど……」
特にギルドの戦略としての深い理由はなく、ベルベット個人の話だったようだ。
「んー、難しいっすね。普段も元気すぎるって言われるっす」
服装に合わせて髪型などは変更してみたものの、そもそもの戦闘スタイルがそれと真逆の肉弾戦と無差別殲滅のエキスパートなのだから、本来の性格も相まってすぐにボロが出る。ただ、本人としては別にそれを気にしている感じはなく、今も胡座をかいて面白そうに笑っている。
「まあ、そういうわけっす。次の対人戦がいつかは分からないっすけど、その時は全力で戦うっすよ」
「うん!お、お手柔らかに……」
「あはは、それはできない相談っすね」
「むぅ、じゃあ私も【楓の木】の皆と頑張るね!」
「ならこっちもギルドの皆と頑張るっす!」
「その前に……あの、スキル色々見せたことを言わないと……」
「ん、それはそうっす」
「ほ、本当に大丈夫だったの?」
「大丈夫っす。それに私がギルドマスターっすから、皆もなんだかんだ分かってくれてるっす!」
ベルベットがギルドマスターだったことに驚いて、目を丸くするメイプルにベルベットは自分のギルド名を告げる。大規模ギルド【thunder storm】第四回イベント前に急成長し十位以内に入ったギルド、二人はそのツートップだった。
「また、一緒に遊ぶっす!その時はまだまだ見せたいスキルがあるんすよ!」
そう言って目を輝かせるベルベットを見て、ヒナタがこっそりメイプルに耳打ちする。
「本当のところ……せ、正々堂々というだけではなくて、かっこいいスキルを見てもらいたいんだと思います」
「ちょっと分かるかも」
ベルベットには自分が楽しい、いいと思ったものを共有したいという単純で純粋な考えが根本にあるわけだ。メイプルにも近しいものがあるためか、メイプルはヒナタの言葉にうんうんと頷いてみせる。
メイプルはベルベットから提案されて、二人とフレンド登録をすると行きと同じように馬の背に乗って町へと戻っていく。
「ライバルかあ……」
メイプルはこのゲームを始めるまではそんな風な人が現れたことはなかったと思いつつ、サリーは昔からこんな風だったのだろうかと想像するのだった。




