防御特化と大決戦2。
近くで見るとそれは凄まじいサイズで、注意しなくては足元を歩くだけで移動に巻き込まれて倒されてしまいそうなレベルだった。メイプルはシロップを少し離れた位置に下ろすと、今度はカスミが呼び出したハクに乗って近づいていく。
「じゃあ、作戦通りにやってみよう!」
「うん、危なかったら引くつもりで」
「じゃあソウやろうか」
「【暴虐】!」
「「「【幻影世界】!」」」
メイプルの体が悪魔のものとなり、さらにそれを朧、カナデ、ソウの三人が分身させる。第四回イベントの時は七体だったメイプルは本体を含め十体になってそれぞれに駆け出していく。
それはボスの足元で爪を立てると、そのまま体をよじ登っていく。
「メイプル!炎には気をつけて!」
「うん!」
サリーの声を聞きながら、メイプルは体の燃えている部分をうまく避けつつ、分身とともに体を引き裂きながら頭を目指していく。
「っとと!危ない危ない」
巨大な悪魔が足元のプレイヤー達を攻撃している中、メイプルは身体中に傷跡をつけていく。しかし、流石の巨体なだけあって、HPバーはほんの僅かずつしか減少していかない。
分身は三分間しか持たないため、まずはここでできる限りHPを削るつもりなのだ。
そうしていると、メイプルの存在も知覚され、メイプルの足元が紫に発光し、炎が噴き上がる。
「うっ!?やっぱりダメージが……」
分身も対応する炎に焼かれていく。しかし、それだけではまだ【暴虐】は解けはしない。
「どんどん削っちゃうよ!」
今もペインやミィ達が弱体化のために頑張ってくれているのだから、こっちは攻撃を引きつけなければならない。
事実巨大な悪魔の足は止まっており、大きな腕も他の【楓の木】の面々を狙っているようだった。
「皆、頑張って!」
また新たに傷跡をつけつつ、メイプルは七人のことを思うのだった。
メイプルは一旦暴れさせておいて、残りの面々は三人と四人に分かれて攻撃を開始した。
落下による事故死を防ぐため、マイとユイは地上で足を攻撃することになった。そしてそんな二人を守るのはクロムである。
「防御は任せとけ!今は足も止まってる、やってやれ!」
「「はいっ!」」
二人はドーピングシードを使い、ツキミとユキミに乗って突撃するとそのまま大槌を振りかぶる。
「「【ダブルストライク】!」」
メイプルの攻撃の比ではないダメージが入り、凄まじいダメージエフェクトが弾ける。
「「【ダブルインパクト】!」」
二本持ちの大槌と最高クラスの攻撃力が叩き出すダメージは凄まじく、本来生き残っているプレイヤーが何人も集まってようやく出せるダメージを一撃ごとに与えていく。攻撃に専念できるなら、それはより強力なものとなる。
しかし、それを許してもらえるはずもなく、当然二人を簡単に薙ぎ払えるサイズの悪魔の腕が一本振り抜かれる。
「【マルチカバー】【ヘビーボディー】!」
「「クロムさん!」」
その巨体からノックバックを警戒したクロムはスキルを使いがっしりと大腕を受け止め、盾で受け流す。腕は炎に包まれており、受け止めたクロムを燃やすものの、クロムは驚異的な回復力で次々に振り下ろされる腕での攻撃を耐えて生存を続ける。
「ははっ、普段はメイプルがやってるからな。たまには俺にも守らせてくれ!」
「「ありがとうございますっ!」」
そうしてまた力強く何度も大槌が振るわれ、一度今までよりも大きな轟音が響いたかと思うと、片足が傷だらけの見た目に変わり、悪魔はがくりと片膝を突く。
「なるほどな……!でかした、効いてるぞ!」
ならば次は逆側の足である。クロムはツキミに乗せてもらうと、三人でもう片足を破壊するために駆けていくのだった。
クロム達と分かれたサリー達はハクの頭に乗って、体の周りに巻きついて足場になって貰ったところで切りつけていく。
「【武者の腕】!【四ノ太刀・旋風】!」
「【クインタプルスラッシュ】!」
カスミとサリーが攻撃を加え、マイの姿を取ったソウがさらにダメージを加速させる。
カナデとイズはそれに対応して噴き出る紫の炎からそれぞれ魔法による防御と、アイテムによる回復で全員を保護する。
「背中側ならやりやすい。腕の触れない場所で戦うぞ!」
「そうだね、って言っても、そこまで優しくないみたいだけどっ!」
サリーが上を見ると見覚えのある紫の魔法陣が展開されており、直後、サリー達に大量の炎が降ってくる。
「【火炎の体】!【守護の輝き】!」
カナデが使った魔法は炎の塊よりも先にテイムモンスターを含めた全員を赤い炎で包み込む。炎属性に対する強力な耐性を得ることができるが、これではサリーは生き残れない。そこでサリー単体にはダメージ無効魔法を使い全員を生存させる。
「助かった!ありがとうカナデ!」
「大丈夫、まだ対応できるよ」
「回復は私に任せて。攻撃をお願いね!」
そうして攻撃していると悪魔の体勢が崩れる。それはマイとユイによる攻撃が片膝を突かせたためだった。サリーは傷ついた足を見ると、おおよそこのモンスターの対処の仕方を理解する。
「カスミ!私は上に行く!翼を傷つければ炎も止まるはず!」
「ああ、分かった!」
サリーは空中に足場を作ると、【水の道】の中を泳いで一気に背中あたりまで泳いでいく。するとそこには、背中に対して【悪食】を発動させつつ銃弾を撃ち込むメイプルがいた。
「メイプル!もう戻っちゃったか」
「あ、サリー!こっち来たんだ!」
サリーは翼を攻撃しに行くことを伝え、メイプルとともに行くことにした。
「【身捧ぐ慈愛】!」
「いいの?」
「うん、サリーを守るって言ったでしょ!」
それならダメージを受けてしまわないうちに倒してしまおうとサリーは意気込みメイプルとともに翼の方へ向かう。
「足場作るよ!よっ、と、これで!」
メイプルは【救いの手】により宙に盾を浮かべると、翼の周りに配置する。サリーならこれを足場にして上手く戦ってくれるからだ。
「じゃあ行くよ!」
「うん!」
メイプルの射撃に合わせてサリーが羽の根元から先に向けて水の道を通り抜けつつ斬りつけていく。それを追うように炎が噴き上がるがサリーの速度にはついていけない。翼の周りに伸びる水の柱を泳ぎまわりながら、体を回転させ次々に羽を斬り裂いていく。二本の翼を二人で攻撃して、何とか翼を破壊しようとする。
しかし、そこで今までとは明らかに違う兆候があり、モンスターの体全体から紫の光が発され始める。
「サリー!こっち!」
サリーは空中のメイプルの盾を経由してメイプルの元に飛び込み、メイプルはすぐさまシロップを召喚し空中に浮遊する。その直後悪魔の全身が発火し、ギリギリのところで二人はその炎を逃れる。
しかし、これはここからが本番だということは二人も分かっていた。この後、空から炎の塊が降ってくるためである。
悪魔が炎を纏うと同時に咆哮を上げる、エフェクトとともに近づく音の波は貫通ダメージを発生させ、メイプルはシロップと朧、サリーの分のダメージを一気に受けることとなった。もう一度【イージス】を使うこともあるかと考えていたメイプルは盾以外は大天使装備だったものの、それでもHPを削りきられて、【不屈の守護者】が発動する。発生源からのあまりの近さに回避ができず、一気にHPは危険域に落ちる。それは二人にとって予想外だったようで、いつもは冷静なサリーも驚きを隠せない。
「うぅっ……!」
「【ヒール】!メイプル、ほらポーション!」
サリーは慌ててメイプルを回復させる中、空からは炎の塊が降ってくる。
避けるにはあまりにも大きく【イージス】は今はない。朧やシロップに庇わせるなど、サリーはメイプルが倒されない方法を考える。一度目は無効化したため、威力やダメージ範囲も不明、絶対と言える方法はない。
「【超加速】!」
「わわっ!」
サリーが咄嗟にメイプルを抱えて走る中、背後から炎の光が近づくのが分かる。ダメージフィールドをメイプルに直撃させるわけには行かないため、サリーが狙うのはギリギリまで引きつけ、メイプルを放り投げて地面の炎上範囲から逃すことだった。メイプルを守れば、サリーはスキルで何とか生き残れる可能性がある。
しかし、その分の悪い賭けに出る直前、ダメージを与えていた両の翼を豪炎と白光が貫き、破壊したかと思うと、それはそのままこちらにやってきて、それぞれ二人を掴むとギリギリのところで空中へと非難させる。
「ペインさん!」
「ミィ!」
「ああ、ちょうどいいタイミングだったな。しかし、随分弱らせたな。八人とは思えない」
「これなら、総攻撃でいけるかもしれない」
飛んできたのはレイに乗ったペインとイグニスに乗ったミィだった。
二人は特殊モンスターの撃破をギルドメンバーに任せ、こちらに飛んできていたのである。というのも、この大型モンスターは体力を減らすことで定期的に特殊モンスターを生み出しており、特殊モンスターにかかりっきりでもどうしようもないことが分かったからだった。
二人は突き出される腕を上手く回避しつつ、飛行して距離を取る。
「あの炎の雨を早く止ませなければ不利になる一方だ。今はまだプレイヤーが残っているが、数が減ればおそらくあれを連打してくる」
「隙ができ次第俺達で頭を狙う。二人も構えてくれ」
頭を狙いに行けば今も振るわれている太い腕や魔法陣から放たれる炎は四人を襲うことになるだろう。しかし、どこかでそれをくぐり抜けなければ大きなダメージも見込めない。
メイプルも攻撃に備えて装備を変更し、兵器を展開し、シロップにも【精霊砲】の準備をさせる。
しばらく回避を続けていると、再びHPがガクンと減少し、片足を引きずっていた状態だった悪魔は、もう片方の足からも力を失い前に倒れ込み、幾本もある腕を使って体を支える。
そこで、再び炎が充填されかけるが、ギリギリのところで特殊モンスターから供給されている炎が停止する。ばらけていたドレッド達によって、三度目の炎の雨の直前で、特殊モンスターは狩り尽くされたのだ。
訪れたチャンスを見逃さず、四人は一気に接近する。飛んでくる炎をすり抜けて、それでも伸ばされた腕を避けて、顔のない頭に最接近した所それぞれが一気に大技を放つ。
「【聖竜の光剣】!」
「【殺戮の豪炎】!」
頭の横をすれ違うようにしてペインとミィが凄まじいダメージを与えていく。その直前、レイから飛び降りたサリーはスキルで空中を蹴って正面から近づくと、大きく開かれた口を上に避け、頭部を射程内に捉える。
「【クインタプルスラッシュ】!」
青いオーラを纏ったサリーの連撃がボスの頭部を深く斬り裂く。そして、イグニスから飛び降りたメイプルはシロップに移って、そのまま武器を向ける。このタイミングなら他人を巻き込まずに全てをぶつけられる。
「【攻撃開始】【毒竜】【滲み出る混沌】シロップ【精霊砲】!」
ミィの攻撃により燃え、ペインの攻撃により浄化されるようにボロボロとダメージエフェクトを散らせる中、サリーの連撃に追い討ちまでされていたのである。
そこに降り注ぐ大量の銃弾と毒、レーザー。そして最後にメイプルは大盾を構えると、背中の兵器を爆発させた。
「行くよっ……!」
大きく口を開け、メイプルを噛み砕かんとする悪魔の口に、こちらも全てを飲み込む大盾を構えて突撃する。
メイプルは鋭い牙に直撃すると、それを全て飲み込んで、そのまま喉の奥を貫き、大量のダメージエフェクトと共に背中側に転がり出る。
連撃を終えたサリーはちょうどそのメイプルを見つけて抱きかかえると、糸と足場を使いその場を離れる。
「ど、どうなったの!?」
「ナイスメイプル。ほら」
メイプルが悪魔の方を見ると、HPバーはゼロになっており、紫の炎は徐々に収まっていき、その巨体は光となって消えていった。
それと同時に、薄暗かったフィールドは元通りの空を取り戻す。そして、蔓延っていた悪魔型モンスターも全て消えていった。
予想外だったのは撃破したことによって、メダルが得られたことである。
「サリー!メダルだよメダル!しかも三枚!」
「ははは……まあ三枚だと割りに合わない気もするけど。よかったね」
そんな二人の元に、【楓の木】の六人がやってくる。六人も何とか無事だったようで、消耗してはいるが脅威が去って安心したという様子だった。
「おーい、みんなー!よかったー」
メイプルが六人と合流した所で、ブザーが鳴り、三日目が終了したことが告げられる。
メイプル達は無事に三日間の生存に成功し、また元のフィールドに戻っていくのだった。
イベントを終えて、運営陣は結果を振り返っていた。
「あれ、あれ?アイツ普通にやられちまったな?」
「そうですね……え、HPを見誤りましたね。あまり高すぎてもと思ったんですが」
マップ全体への超強力攻撃など、中々の殺意を持ったモンスターであり、その巨体から手を出しに行きたいとは思えないのではないか、そうすれば炎の雨の中逃げ惑わせられるという考えだったが、HPある者は殺せる者である。
全力で突撃して来られるとそれはそれで巨体が邪魔をして繊細な攻撃ができなかった。
「次回大型モンスターを出すときはまた考えますか……」
「だなあ……もうちょっと攻撃力は下げてHPも考えてだな」
こうしてイベントが終わった後も運営陣の試行錯誤は続くのだった。




