防御特化と西へ。
西へと向かったのはペイン、ミザリー、イズ、カナデの四人である。この四人となると移動手段は自ずとレイに乗って飛んでいくことに決まる。
「ドレッド達が無事にダンジョンを攻略したようだ」
「流石だね。この速さってことはマイとユイも上手くやれたのかな」
四人が向かう先は空に浮かぶ浮遊島である。その多くが行くことのできない場所に、雰囲気づくりのために浮かべられているのに対し、一つだけギリギリ侵入可能な場所に浮かんでいるものがあった。
「一つだけというのは妙ですから。きっと何かあると思いますよ」
「そうね。ただ……やっぱり来たわよ」
ギリギリ侵入可能な範囲ということは当然マップの端であり、空でも強力なモンスターが現れるようになっている。そして四人の予想通り正面からはコウモリのような翼を羽ばたかせて、頭に二本の巻角が伸びた悪魔型モンスターが次々に飛んでくる。
「地上にもいたけど、配下を呼び出すタイプだね。どうする?」
「浮遊島まではそう距離はない。一瞬隙があればすり抜けられる」
「分かった。じゃあそれで決まりだね。ソウ行くよ【スリーピングバブル】【パラライズシャウト】」
本から電撃にも似たエフェクトが弾け、虹色に輝く泡が吹き出していく。カナデが使えるスキルはソウにも使えるのだ。全員に効いたわけではないものの、麻痺や睡眠を受けた悪魔はボトボトと地面に落下していき、浮遊島までの道が開ける。
「レイ【流星】!」
四人が乗っているレイの体を光が包み込み、急激に加速し真っ直ぐに飛んでいく。突進系スキルを発動させることによって、近づいてくるモンスターを跳ね除けつつ高速で浮遊島まで突っ切るつもりなのである。
それは予想よりも遥かに上手くいき、周りのモンスターを振り切って一気に浮遊島まで接近する。
「後ろの牽制は任せておいて!」
「前方のモンスターを倒すのにスキルを集中させた方がいいですから」
イズとミザリーは追いかけてくるモンスターを追い返す役割を担い、ペインとカナデは残るモンスターを払いのける。
「よし、降りられそうだ」
こうして無事浮遊島までたどり着くと、ペインは一旦レイを元のサイズに戻して、辺りを観察する。四人が降りたのはいかにも着陸してくれと言わんばかりに開けた場所になっている浮遊島の端で、島自体はそう大きいものではなく、数分あれば端から端まで歩ける程度の大きさだった。
「目の前の森に入るしかなさそうだ」
「そうね。警戒していきましょう」
ペインを先頭にして、四人で森の中を進む。この森にはモンスターが出てこないようで他の場所とは違っていることが分かる。
「洋館か……」
「いかにもだし、入ってみる?」
「ああ、入らない手はない」
正面の扉を開けて四人が中へ入ると、そこにはエントランスが広がっており、中央では血で描かれたように見える大きな魔法陣が存在感を放っていた。
「早速ね。分かりやすくて助かるわ」
「万が一罠だった時のためにダメージ無効や素性は準備していますので」
サポートも整っており、ダンジョン攻略が目的でここまで来たのだから乗らない理由はない。心配は杞憂で済んだようで、四人の体は見覚えのある光に包まれて転移していく。光が収まるのを待って、目を開けると目の前には石レンガでできた人工的な通路が伸びていた。背後はすぐ壁になっており、分かりやすい一本道のようだった。
「とりあえず進むしかないだろう」
「ええそうね。モンスターの気配もないわ」
同じくペインを先頭にして通路を進んでいくと、三つの扉がある広間に出た。扉にはそれぞれ剣、杖、槍のマークがついており、何かを示していることは間違いない。
「やっぱり、中のモンスターの傾向かしら?」
「私もそう思います。なら最も対処しやすいものを選ぶのがいいかもしれません」
四人は相談して、剣の扉を選ぶことに決めた。そして、扉を開けるとそこは障害物の存在しない決闘場となっており、対面には鎧を着込みヘルムをかぶり、大剣を持ったモンスターがいた。
「やっぱり対応したモンスターが出るので間違いなさそうね」
「ええ、それにもし全て出てくる敵が一体ならやりやすそうです」
そう、この四人の戦略とはメインアタッカーにペインを据えて、それにバフ掛けが得意な三人がバフをかけられるだけかけて一騎当千のプレイヤーを作り出すというものだった。状態異常から回復蘇生、援護射撃まで、ペインへの支援はかなり手厚い。
「ここまでして貰って負けるわけにはいかない。役目を果たすとしよう」
こうしてペインは剣を抜き放つとモンスターと対峙する。まずは戦略が成功するかどうかを確かめるために、三人でペインにバフをかけていく。相手側への干渉はなしで、使うスキルもレアスキルと呼べるものはない。
ペインはバフが乗り切ったことを確認すると、向こうが近づいてくる前に自分から接近する。
「レイ【聖竜の息吹】【破砕ノ聖剣】!」
レイが吐き出した輝く光のブレスがモンスターにダメージを与えつつ体勢を崩す。ペインはそこに一気に駆け込むと剣を振り抜き胴を深々と斬り裂く。返しでの大剣の振り下ろしを横にかわすと今度は肩から腹までをばっさりと斬る。モンスターも当たれば相当なダメージを与えられそうな大剣を怪力でもってブンブンと振るうが、その悉くは受け止められ、躱されて、ペインに傷をつけるに至らない。
バフがかかっているのもあるとはいえ、同じ剣という土俵においてこのモンスターとペインでは明らかに格が違っていた。
「【断罪ノ聖剣】!」
ペインの声とともに剣から光が吹き出て、振り下ろされた剣は相手の上半身と下半身をスパッと別れさせた。こうして結局危なげなく、終始圧倒したまま、ペインは目の前の剣士を斬り捨てたのである。
「想像以上……ね」
「雰囲気は塔十階のボスに近いかなあ。純粋に強いや」
「これなら、本当に一対多になるまではバフのみで大丈夫かもしれませんね」
改めてその強さを実感しつつ、四人は闘技場の奥にある扉をくぐる。すると、今度は二つの扉があり片方には刀、片方には弓が書かれていた。
「どちらにしますか?」
「刀で行こう。射程がある相手より戦いやすい」
次の相手を刀に決めて扉をくぐる。すると、同じような闘技場がありそこには侍が一人、居合の構えで立っていた。
「なるほど。バフが残っているうちに仕掛けてみる。援護を頼めるか」
「もちろんよ」
「いつでも大丈夫」
「回復の準備はできています」
それを聞くと、ペインは片手に剣を片手に盾を持って侍に接近していく。きっちりと盾を構えて正面を守りながら間合いに入った瞬間、ペインの目にも見えない速度で刀が振るわれ、剣と盾のガードが及ばなかった腕や肩からダメージエフェクトが散り、ノックバック効果で吹き飛ばさせる。ダメージはミザリーが即座に回復させるため、被害はないが、睨み合いという状況である。
「なるほど。やはりさっきの剣士とはタイプが違うな」
「じゃあ予定通りいこう」
「ああ、そうするとしよう。【不動】!」
ペインはスキルでノックバック無効を付与すると今度は盾は構えずに突っ込んでいく。
「ソウ【重力の檻】」
「フェイ【絡む草】」
居合の構えのまま動かないのであれば起点指定の魔法もたやすく当てられる。カナデはソウに移動速度を大幅に低下させるフィールドを設置させ、イズはモンスターが踏み入ると移動を阻害する植物を生やし、二人は侍が万に一つもペインから逃げられないようにした。
ペインがそのまま侍との距離を詰めると侍は見えない居合を繰り出してくる。がしかし、そんなことは関係ないとばかりにペインは大上段に剣を構える。当然、体を深く刀が斬り裂くが、ペインはそのままモンスターを攻撃する。
「【治癒の光】!」
ペインの側には人数の有利がある。これを生かさない手はないのだ。ノックバックを無効化したペインがひたすら攻撃し続ければ、本来なら侍が攻撃速度で勝りモンスター故のHPの高さで勝ち切るかもしれない。しかし、ミザリーがいればそれは成り立たない。ミザリーの回復によってペインは沈まず、重い一撃を放ち続ける。
居合をHPで受け切ってくる強力なプレイヤーに勝てるはずもないのだ。
「【壊壁ノ聖剣】!」
光とともに振り下ろされた剣は、ガードされるより速く侍の首元に突き刺さり、侍は光となって消えていった。
元々、一騎当千を地で行くための四人である。モンスターサイドが一人では相手にならないのも当たり前だった。
「さて、次へ行こう。恐らく、敵の人数も増えると考えられる」
こうして四人は倒せるところはさっと倒して進んでしまおうと次の扉へ向かうのだった。
結論から言えば、ペイン達の想定通り敵の人数は増えていった。二人から三人、三人から四人。場合によってはこちらの人数を上回ることもあった。
しかし、それは全く意味をなさなかった。元々ペインが一人で戦い他のメンバーがバフと妨害に専念していても問題ない相手に人数を増やしたところで、後ろで控えていた三人がそれぞれに攻撃能力を発揮し始めるだけなのである。
部屋中に転がる爆弾、次々に取り出される魔導書、全員が攻撃と防御を必要とするようになり、より存在感を増す範囲バフと範囲回復。最強クラスの前衛を突破しなくてはこの滅茶苦茶に場を荒らしてくる後衛陣にたどり着けないとなれば、モンスター程度には荷が重かった。
「ふぅ、ようやくボスか。予想以上の部屋数だった」
「そうね。いったいどんなボスかしら?」
「道中からは想像できませんね。人型のエネミーばかりでしたから、ボスもそうかもしれません」
「入ってみれば分かるよ。んー、倒しやすいのだと嬉しいなあ」
四人はそれぞれテイムモンスターを召喚するとボス部屋の扉を開けて中へと入る。
中は長方形の部屋になっており、入り口から縦に奥へ長く伸びていた。最奥には細かく装飾がなされた巨大な長方形の石板が浮かんでおり、四人の後ろの扉が閉まるとともに、その上にHPバーが表示された。
四人が四人とも予想外の相手だという表情を浮かべる中、石板の周りに道中扉に掘られていたマークが浮かび上がる。
しかもそれはペイン達が倒さなかったルートのものばかりで、マークだけ見ても魔術師や弓使い、砲手など遠距離攻撃のものが並んでいる。
そのマークが光ったと思うと、それに対応するモンスターがわらわらと湧き出てきた。
「……なるほどな」
「遠距離攻撃持ちが大量に並びますよ」
「なら、あの作戦でいくしかないわね」
「じゃあ僕が時間を稼ぐよ」
カナデは一人前に出ると次々に魔導書を取り出す。
「【痺れ粉】【高波】【粘着弾】【魔力阻害】」
淡々と、効果的なものを即座に選択し発動させる。効果の落ちるソウのものではなく、自分の貯蓄した魔導書を使用し、麻痺をばら撒き、ノックバック効果のある大波を呼び出し、地面に繋ぎ止めて、こちらに向かってくる数少ない前衛を足止めする。
後衛の魔法使いには魔法の威力と射程を減少させるスキルによって妨害を行う。
「あー、あの石板、定期的に召喚するのか……」
それはどうにも止められないと、使う魔導書を増やしつつ接近を拒否し続ける。
「【大規模魔法障壁】ソウ【大規模魔法障壁】!」
前衛を止めているうちに増えに増えた後衛から大量の魔法と矢や砲弾が飛んでくる。カナデがソウと合わせて二重に展開した障壁はその全てをしっかりと受け止めて無力化する。
と、ここで発動まで時間がかかるペインのスキルがついに発動する。
「【聖竜の光剣】!」
【楓の木】の拠点でミィとともにモンスターを迎撃する際に使ったスキルは単純に広範囲に超威力の攻撃を行うもので、シンプルだからこその強さがあった。元々、これを使っての一騎当千がこの四人の奥の手であり、大量にモンスターを召喚してくるこの石板相手はまさに絶好の使い所だったのだ。
光と衝撃波が吹き荒れモンスターが消しとばされていく中、その光も止まぬうちに四人はレイの背に飛び乗って【流星】によって一気に石板へ距離を詰める。
「追撃もしておかなくちゃね」
後衛の三人は事前に渡しておいた爆弾をインベントリから取り出して巻きつついくのも忘れない。
石板にレイが突進しダメージを与えると、それぞれが攻撃を繰り出していく。素早い召喚とプレイヤーが避けていた方を呼び出すということに特化させていた石板本体にはそれなり程度の魔法しか搭載されておらず、ミザリーの回復魔法を打ち破れずにゴリゴリとHPが減っていく。
召喚タイプが一撃でモンスターを屠られていては勝負にならないのだ。
「【断罪ノ聖剣】!」
「【ホーリースピア】!」
「フェイ【アイテム強化】【リサイクル】!」
「【トルネード】!」
石板を派手な攻撃エフェクトが包み込み、ペインの強力な範囲攻撃にも巻き込まれていた石板は端から順にヒビが入っていき音を立てて砕け散った。
「戦略勝ちかな?」
「相性がよかったと言える。部屋の形状も俺のスキルに噛み合っていた」
「魔法使いと弓使いがあれだけ並んだ時はちょっと焦ったけれど、豪快に勝てたわね」
「ええ、流石の強さでした」
通知音がして、ペイン達もメダルを手に入れることに成功した。ただ、まだ時間も残っているため四人は次のダンジョンを探しに向かう。日毎に回数にリセットがかかる強力なスキルなどは日を跨ぐ前に使い切って探索してしまうのがもっともいいのだ。
こうして四人はまた元の洋館へと戻っていくのだった。




