防御特化と口の中。
予選終了が近づいてきた所で、メイプルも流石に赤い花によるモンスター寄せに飽きてきてしまっていた。途中で【毒竜】や【滲み出る混沌】、【百鬼夜行】に【水底への誘い】まで色々と使い切ってしまったためモンスターの撃破スピードも落ち、今では全身をかじられながら【捕食者】が逆にかじり切るのを待つばかりである。
「あ、そういえば……このフィールド全然回ってないや」
予選用フィールドはかなりの広さである。この規模のものを作って使い捨てということはないだろうが、次にいつ探索することができるかは分からない。
「最後に見て回ろうかな!モンスターはいっぱい倒したし多分大丈夫!」
となれば次は移動手段である。イベントの時間はもうそれほど残っていない。かなりの速度で移動する必要がある。
「うーん……どうしようかなあ。んん!?」
顎に手を当てて、目を閉じて考えていたが、今はそもそもモンスターに襲われている途中である。メイプルは体が浮き上がる感覚で慌てて目を開ける。すると現実では決して見られない十メートルはあろうかというワニがメイプルを口先でつまみ上げていた。
メイプルはそのまま口の中に放り込まれ、噛み砕かれるはずだった。ただ、メイプルの防御はワニの噛みつきよりも当然強固なものである。ダメージが通るはずもない。メイプルは考えを中断されたため、少し仕返しをしようと口の中を見渡す。
「あ、胃の中は入れないんだ。そっかあ……」
メイプルは口の中をペシペシ叩いていたが、この巨体ならもしかしたら【暴虐】よりも早く移動できるのではないかと思い至る。
「どうにかして思ったように動いてくれないかなあ」
メイプルは咀嚼されながらも前の方に進み、歯の隙間から顔を出す。すると、体外にあるメイプルの顔に反応したのかがちがちと口を開け閉めしつつそっちの方向にワニが走り出す。
「やった!じゃあ逆だと?おおー!こっちに走る!」
となれば次は体が咀嚼によって変に動かないように固定する必要がある。メイプルはインベントリからイズ特製の接着剤を取り出すと、ボンッと【発毛】しワニの口と羊毛に塗りつける。
これなら動かされることはないが、自由な移動も確保できる。
「倒しちゃわないように【捕食者】は解除して……プレイヤー対策にレーザーを用意して……準備完了!」
メイプルは臨時の移動手段にワニを選んで、自分の体を餌にして吊り下げることで方向を調整し、フィールドを駆け回る。そうして走り出したところで致命的なことに気づく。
「あっ!!駄目だ!これだと景色みれないっ!」
一つ解決するとまた一つ問題点が現れる。メイプルはとりあえずワニを止めようがないので走らせながら考える。そして、インベントリの中からいつか買った映像記録用結晶を取り出す。
「ちょっと……んぐぐ、体を伸ばして……できた!」
メイプルはワニの鼻先に結晶をいくつか貼り付けて、走り回っている時の映像を撮ることにしたのである。名案だというようにメイプルはワニの口の中で一人頷く。
「ミィがマップに映ってる!よーし、行ってみよー!」
この時、多くのプレイヤーはメイプルが急に動き出したことに驚いて急に進路を変えたりしていたが、そんなことは知る由もない。
「あ、でも止まれないや……速いしどこでも走れるのはいいんだけどなあ」
そもそも移動手段に使うことを想定されていないため、そんなところを責めるのは酷というものである。
メイプルはそうして、進路から逃げ遅れたプレイヤーを普通の人にとっては高いワニの攻撃力で偶然にも轢き殺してしまったりしつつも、フィールドをぐるぐる回ることができた。
「でももう終わりかあ」
メイプルは早かったと思いながら、元のフィールドに転送される時を待つ。何か忘れているような気がして、考えるが思い出せない。そして体が光に包まれ始めた時、メイプルははっとした表情になった。
「最後はワニと走ってただけだし……あ!映像!待って待ってー!」
思い出したが少し遅く、メイプルが鼻先に貼り付けた結晶を回収する前にフィールドから転移することになってしまったのだった。