防御特化と地下調べ。
二人は一歩一歩警戒しつつ、下へ下へと向かう。
声はどんどん大きくなって来ている。不意打ちに備えてメイプルを前にして階段を下ると古びた扉が見えてきた。
メイプルがドアノブに手をかける。
「……鍵がかかってない。開けるよ」
「おっけー。よし、こいっ!」
メイプルが扉を開きつつ大盾を構える。扉を開けたことで声は鮮明になって聞こえてくる。
「痛い…痛い……あぁあ…あ」
メイプルが大盾から顔を出して中を覗き込む。
部屋には地面に置かれた半ばまで溶けた蝋燭が置かれており。
それが照らし出しているのは、血まみれのまま椅子に括り付けられた男性だった。
「敵意は無さそう…かな?プレイヤーでも無いよ」
メイプルに続いてサリーも恐る恐るメイプルの陰から顔を出した。そしてその痛々しい見た目に顔を顰める。
「どうする?」
「んー…痛いって言ってるし…治してあげたいなぁ…」
「私【ヒール】あるけど?やってみる?」
「うん…お願い!」
方針も決まりサリーが【ヒール】を使用する。
優しい光が男性を包み込み、傷が少しだけ治った。まだまだ全快には程遠い。
「もう一回!【ヒール】!」
サリーは傷の治り具合を確認しつつ何度も何度も【ヒール】を使う。
持ち込んだMPポーションを二本使用したところでようやく男性の傷が全て治った。
二人が満足そうに笑顔を見せる。
「あり……がとう………」
傷の治った男性は微笑むと少しずつその体を白い光に変えて次第に薄れていき、ついには消えてしまった。
「成仏した…ってこと?」
「そうなんじゃない?多分生きてはいなかったんだろうし……ん?」
サリーが男性の座っていた椅子に何かが置いてあるのを見つける。薄暗いこの部屋でそれは蝋燭の光を受けて僅かに輝いていた。
サリーがそれを拾い上げる。
「これは…指輪?」
「おー!あの人からのお礼かな?」
サリーがその真っ黒い指輪の能力を確認する。
【生命の指輪】
【HP+100】
「んー…メイプルのタフネスリングの上位交換かな?取得条件も簡単だったしそこまですごい装備はくれないか…」
サリーはそう言うとメイプルにリングを渡す。
「メイプルにあげる。私はHP増やしてもあんまり意味無いし」
「えっ…でも、いいの?イベント限定の装備かもしれないよ?」
「どうしても、ただで受け取るのに抵抗があるなら貸しってことで。メイプルのいらない装備もこのイベントで手に入るだろうし、それが良さそうなら…」
「分かった!その時はサリーにあげるね!……それじゃあ、これはありがたく装備させてもらってと…」
これでメイプルのHPは百から倍の二百だ。
かなり安心出来る数値になってきたと言えるだろう。
同時に装飾品の枠も埋まってしまったので、ここからはHPも上げにくくなる。
「改めて眠り直そうかな…」
「この森のイベントってこれだけかな?」
「んー…どうだろう?もう一つくらいあるかもしれないけど…時間帯が影響しそうなんだよね。これも十二時になって発生したイベントっぽいし」
他にも幽霊の出現時間などもおそらく時間によるイベントのため、ここでの探索は日数をかけてみないと正確な結果が得られないだろうという結論になった。
「じゃあ、明日は森を抜ける方向で」
「うん、そうしよう」
サリーとしてはこの森にあまり長居したく無いというのもあった。
二人は地下から出ると家具を元に戻して最初の予定通り交互に眠ることにした。
「じゃあ、おやすみメイプル」
「おやすみー!しっかり見張ってるから安心して!」
「ふふっ…ありがとう」
そうして、見張りを交代しつつ夜は更けていった。
二日目。
「よし、今日も頑張ろう!」
「おー!」
二人は軽く朝食を摂ると、廃屋から出て森を突き進む。
時間短縮のため、サリーがメイプルを背負ういつものスタイルだ。
時折、サリーが木に登って山岳地帯の方角を確認しつつ走ること一時間。
ついに森の終わりが見えてきた。
「よっし!抜けた!」
「んー!久しぶりに明るいから眩しいや…」
メイプルは装備を戻して伸びをする。
目の前にはほとんど草の生えていない荒地が広がっている。そしてそれは山岳地帯にまで続いていた。
「この環境の変わり方はゲームじゃないとありえないよねー」
「次にどんな景色が待ってるか分からないのはワクワクするよね!」
二人は荒野を進みつつ会話する。モンスターが近づいてきてもすぐに分かる地形のため、索敵は容易い。
だから、遠くに歩いている三人のプレイヤーらしき人影を見つけることが出来た。
「メイプル。誰かいる」
「装備はどうする?【悪食】は取っておいた方がいい?」
「【悪食】は使えた方がいいかも、即戦闘になるようなら…【カバームーブ】で突っ込んでいけた方がいい…あとは…」
サリーがメイプルに小声でもう一つの作戦を伝える。
「了解」
二人は警戒心を強めつつ進む。メイプルは前回イベントで三位になっているため大抵のプレイヤーはその顔を知っているだろう。
人によっては、メダルを奪うために襲ってくる可能性もある。
そうして進むうちに向こうも二人に気付いたようで立ち止まって相談し始めた。
そして武器を構えることなく、三人は二人に向かって歩いてきた。
プレイヤーは三人とも男性で大剣、短剣、片手剣という偏ったパーティーだった。
声が届く範囲まで来ると三人が口々に話し出す。
「いやー初めて人に会えたと思えば…まさか前回ランカーとは…」
「本当びびったわ…俺らに戦闘の意思は無いんで出来れば見逃して欲しい…!」
「俺達は今から登山だからなあ…無駄にスキルは使いたくないんだ」
「なるほどー。私達も今から登山なんですよね。きっとあの山には何かあると思うんですよ……」
メイプルの発言に三人も同意見のようで、同行させて貰えないかと申し出てきた。
「どうするサリー?」
「………いいんじゃない?」
こうして、五人で山を目指すこととなった。
「じゃあ、私が先頭行くから…メイプルは三人の前に立って守る感じで」
「おっけー!どんなモンスター相手でも守って見せるよ!」
メイプルがぐっと大盾を構えてみせる。
「頼もしいな」
「本当にな」
後ろでボソボソと三人が話しているのを聞きながら歩く。
途中何度かモンスターと会敵したもののメイプルが守るまでもなく、サリーが倒してしまった。
そして、目的地が近づいてきた。
「よっし、もうひと頑張り!」
メイプルが大きく伸びをする。
その時。
「かかれ!【鎧砕き】!」
「【ディフェンスブレイク】!」
「【スルーブレイド】!」
メイプルの後ろにいた三人が一斉に斬りかかる。
防御力貫通スキルがメイプルに迫る。
ずっとメイプルの隙を窺っていたかの様にその連携はスムーズだった。
これ以上ない奇襲と言える。
「【カバームーブ】!」
しかし、その凶刃はメイプルには届かない。
サリーの伝えたもう一つの作戦は三人が同行することになった時にメイプルがわざと隙を見せて、三人の同行の真意を晒させるというものだった。
サリーは同行を申し出てきた場合は攻撃してくる可能性が高いと踏んでいたのだ。
サリーが近くにいる以上、最速の回避手段がメイプルにはある。
絶対に安全では無いとのことだったが、メイプルもサリーの提案に同意した。
そして三人には注意を払っていたのだ。
男達はメイプル達が自分達を観察していることに気付けなかった。
獲物を狙うあまり、自分達もまた狙われているかもしれないということに頭が回らなかったのだ。
「なっ!?」
男達が奇襲が不発に終わったことに驚愕し、動きを止める。
絶対の自信があったのだろう。
「【毒竜】!」
反撃として繰り出された毒竜は容赦なく三人を飲み込み、そのHPバーを削り取った。
「本当に襲ってくるとは…」
「そりゃあ、メイプルは狙われる理由があるし…警戒してて良かったでしょ?」
「すぐに【カバームーブ】発動出来たからね!あれがないと危なかったかも…」
「後は…メダルはある?落としてるかも」
サリーに言われてメイプルが毒の海を進んでいく。三人を倒した辺りの地面を探るが、メダルは落ちてはいなかった。
「一攫千金なんて狙うものじゃないってことだね」
「確かにそうかも」
今回イベント初めてのPvPはメイプル達の勝利で終わった。
「気を取り直して…登山といきますか!」
「おー!」
二人は改めて山を目指して歩き出した。