防御特化と鎧。
「ったく……どんだけ出てくるんだ」
クロムは疲れた様子で岩壁を背に座り込む。クロムの予想した通り、このダンジョンには武器を持ったスケルトンやゴーストの類が大量に湧いて出た。一体一体はそう強くないため、ダメージこそ受けるものの回復が間に合うといった状態である。
「サリーちゃんに手伝ってもらおうかと思ったが……こりゃ呼ばなくて正解だったな。随分進んだとは思うが……」
分岐などもあり、うまく進めているか確信はない。とはいえ、行き止まりに当たることもなく道が続いているため、引き返す理由もないのである。
「っと、お出ましか。休んでもいられねえな」
クロムは再び鎌を持ったゴーストと槍を持ったスケルトンが湧いたのを確認して立ち上がる。
「おらぁっ!!【活性化】!【シールドアタック】!」
クロムは複数のスケルトンを吹き飛ばすとそのまま、鉈で斬りつける。クロムの攻撃に合わせてゴーストが一体背後に転移し鎌でその背中を斬りつけるものの、そんなことは構わずに攻撃を続ける。クロムがメダルで取得したスキルは【活性化】である。自身を対象とした回復効果を強化するという分かりやすい効果のそれは、クロムの【バトルヒーリング】による自動回復はもちろんのこと、【魂喰らい】による撃破時回復、【命喰らい】による攻撃時回復、【吸魂】による防御時回復の全てを強化する。
結果、一体のゴースト程度放置しても、目の前のモンスターを攻撃し続けていれば倒されない程になっていた。メイプルとは別方向の耐久性を突き詰めて、じりじりとHPを削る攻撃への圧倒的優位を手に入れたのである。
クロムは振り返ると最後に残ったゴーストの攻撃を大盾で捌ききって、HPを全回復させ攻撃に転じる。
「よし、これで最後だ!……ふぅ」
再び洞窟内に静寂が訪れ、クロムは鉈をしまってまた奥へと進み始める。しばらく進んでいく中で何度か戦闘が発生するが、代わり映えしないモンスターでしかなく、クロムは冷静に処理していく。
「時間はかかるが……安定感も出るしな。スキル選択は間違ってなかったか」
あくまでもクロムは大盾使いであり、攻撃力は最低限でいいのである。ダメージも出るメイプルがおかしいだけなのだ。
「……お、広い場所に出たか。あれは……」
そこはかつては入り江のようになっていたのだろうか、奥には海水が溜まった部分、手前には陸地があり、奥の水上には浮かんでいるのも不思議なほどのボロボロの船があった。
「ああ、そういうことか」
クロムが一つ納得するのと同時に、ボッと音を立てて船上に紫の炎が上がり、野太い雄叫びが聞こえてくる。
それに合わせて、ボロボロの船は動き始め、船体を横に向けると陸地に橋を三つ渡して、大量のスケルトンを送り込み始めた。
「海賊船……幽霊船って言った方がいいのか?ったく、一人で戦う相手じゃねえな!」
とはいえ簡単にやられてやるつもりもないと、クロムは持続回復効果を付与するイズのポーションを始めとして、アイテムでかけられるだけのバフをかけていく。
「おう、どっちの方がしぶといか……比べ合いといこうぜ!」
クロムは鉈を抜き放つと、大盾を構え不敵な笑みを浮かべる。轟音とともに幽霊船の大砲から砲弾が放たれたのが戦闘開始の合図となった。
「【活性化】!【ガードオーラ】!」
クロムは防御力と回復力を上げ自分の方に飛んでくる砲弾にきっちりと大盾を合わせて受け止める。しかしそのまま爆炎が広がり、クロムのHPを削りとる。直撃よりはマシだが、それなりのダメージである。
「ちっ、ダメージは入るのか!」
しかし、近づいてくるだけで三十は超えるだろうスケルトンがいるため【バトルヒーリング】が発動する。さらにイズのポーションでHPはぐんぐんと回復する。
「【死霊の泥】!」
宣言と同時に鉈からは黒い泥がどろりと溢れる。攻撃にHPロス効果を付与するスキルを使い、処理を早くするつもりなのである。
クロムは一体一体モンスターを倒していく、流石に数が多いため、全方位からの攻撃を受けきれずにじりじりとHPが減っていく。
「くそ、砲撃が面倒だな……ぐっ!」
クロムが砲撃を受けるために大盾を構えた瞬間に、背後に回ったゴーストが大振りの一撃を直撃させHPをゼロにする。
しかし、【デッド・オア・アライブ】が発動しクロムの背後に髑髏が現れてクロムのHPを一だけ残して生き残らせる。
「こっちはどうあったって一回は耐えるんだ!おらあっ、HPをよこせ!」
最初の死亡タイミングでは【デッド・オア・アライブ】か【不屈の守護者】のどちらかが発動し、必ず耐えることができる。
となれば、クロムがやるべきことはより攻撃的に動いて、敵を倒しHPを回復させることである。
そして【デッド・オア・アライブ】が発動すれば【不屈の守護者】が温存でき、また強気に攻められるのだ。
何とか耐えることができるため、湧き続けるスケルトンとゴーストを狩っていたものの、いつまでたっても数は減っていかない。
「キリがねぇ!ボスはどいつだ……!」
スケルトンやゴーストにもサイズや武器など個体差はあるものの、どこまでいっても数で押す下っ端の船員という印象が拭えない。
そこでクロムはちょうど渡された橋から増援が陸地に下りたタイミングで、アイテムを取り出しつつ無理やりに包囲を破って橋へ向かう。
「次の増援の前に、船に上がらせてもらうぜ!」
砲弾の雨を受け止め躱して、HPを保って船のへりに手をかけ一気にデッキに上る。
そこには豪華なコートと鎧を身につけて、海賊帽を被り、切れ味の良さそうなサーベルを着たスケルトンがいた。一目で違いの分かるそのスケルトンのHPゲージの横には仲間にできるマークはない。
「助かったぜ、これなら心置きなく倒せるからな!【炎斬】!」
クロムが突撃し、炎を纏った鉈で斬りつけると、ボスも紫の炎を纏ったサーベルで対応してくる。
二人は互いに武器を振るい合うが、ダメージレースは大盾があり、HPを回復するクロムが有利である。クロムなら集団の中でも生き残ることはできるが、真価を発揮するのは一対一である。
そうしてHPを減らしていると、端の方からスケルトン達が戻ってこようとする。
「こっちもそれくらい対策済みだ」
一対一ならそうは負けないことを知っているクロムは救援にこさせないことが大事だった。
つまり、橋に妨害用の地雷くらいは置いてくるということである。
大砲にも負けない派手な爆発音とともにスケルトンが大量に吹き飛ぶ。ゴーストはすっと飛んでやってくるが、クロムはさらに攻撃を加速させる。
「【精霊の光】!」
背後からのゴーストを無視するためにダメージをゼロにするスキルを使用して、さらに攻め立てる。振り抜かれたサーベルは大盾によって外側に弾かれ、ついにその骨だけの首を鉈が一閃した。
それとともにボロボロとスケルトンは崩れ、ゴーストは消えていく。怪しげな紫の炎は消え、入り江には静寂が戻ってきた。
「ふぅ、船長はたいしたことなかったな。さて……何か宝物くらいは期待してもいいよな?」
ボロボロの船はデッキから船内に入っていくことができる。クロムは扉の外れた船室を一つ一つ確認していき、積荷が乗った部屋を発見する。
ほとんどはボロボロになって、箱も開け放たれているが、唯一開いていない大きな箱があった。
「……モンスターの気配はなしか」
クロムは警戒しつつ箱に近づくと鉈でコンコンと叩いてみる。しかし、擬態しているということもなさそうで、意を決して箱を開けることにした。
すると、そこには乱雑に武器や鎧、そして金貨が詰め込まれていた。そのほとんどは換金用アイテムのようでクロムはありがたくそれをインベントリに収める。
「っと、これは……」
クロムは金貨の中に埋もれていた指輪を取り上げる。見間違えるはずもない、それはシロップを借りた時に装備したものと同じものだった。
「とりあえず装備してみるか……?」
周りにモンスターがいないことを不思議に思いつつ装備を変更すると、部屋の中でガチャガチャと音が鳴り始める。
「な、何だ!?って、ん?」
クロムの目の前には、信じがたい光景があった。まるでポルターガイストでも発生したかのようにして、鎧が浮かんでいるのである。それは腕や頭部分、剣や盾の部分がバラバラに浮かんでおり、いわゆるモンスターだと分かる。
コンコンとそれを叩いてみるものの、敵対する様子はない。クロムがそのまま一歩下がるとガチャガチャと音を立てながらついてくる。
「この指輪に対応するのは、お、お前か?」
クロムが能力を確認すると、MPやHPはそう高くなく、ステータスも控えめだった。
「スキルは指輪に戻すやつと……【幽鎧装着】?」
とりあえず発動させてみようとスキル使用を命じると、ふわりと浮かんでいた鎧や武器はそれぞれがクロムに装備される形になって今の装備を強化していく。武器はより鋭く、大きく。鎧や盾はより頑強に。
クロムが相棒にしたモンスターは、主人に装備されながら戦うモンスターだった。
「おお!なるほどな……まあ、この形態で戦うことが多いだろうし……多分、サリーちゃんも大丈夫だろう」
クロムはそうして今日のところはこれで終わりにしようと、鎧の名前を考えながらダンジョンを後にするのだった。