防御特化と一口。
メイプルは体外へ吹き飛ばされてから、ちらっと上を見てまだ触手が残っていることを確認し、再び口に向かって弾丸のように飛んでいく。
「今度は飛ばされないようにっ……」
メイプルは胃の入り口で【発毛】によって体積を増やし【結晶化】で石のように固くなりきっちりと詰まった。大きな岩でも飲み込んだようなものである。
かわりに全く動けなくなってしまうが、メイプルが【結晶化】した毛玉状態になるということはそれすなわち自爆するということである。
と、ここでメイプルを押し出そうと、羊毛から飛び出ていたメイプルの顔面を、黒い靄から出てきた触手が正面から押す。
しかし引っかかって動かないため、そのままメイプルの顔をグイグイと押すばかりになってしまう。
「食べようとして捕まえたんでしょっ!あんまり逃げようとするとこっちが食べちゃうよっ!」
メイプルは【結晶化】が切れるまでは動けないため、少しでもダメージを稼ぐため、そして仕返しのために、顔に押し付けられているタコ足をかじる。
黒い靄など禍々しい見た目ではあったが、モチーフにしているものがあるだけあって、中身はただの蛸だった。
メイプルのインベントリに詰まっている名前から毒だと分かる果物や、見た目からして食用でないキノコと比べれば真っ当な味がするものだった。
「むぐ……意外に美味しい」
そうしてかじっているうちに【結晶化】の効果が切れる。メイプルはそれに合わせて砲撃を行い羊毛内のすべての爆弾を着火し、体内を滅茶苦茶に荒らして反動で唯一の衝撃の逃げ道となる口から飛び出した。
「ん!」
口の中に黒い靄を出すタコ足を含みながら、上を見ると大ダメージを受けてダウンしているのか触手が消えていた。メイプルはこれならと兵器を再展開して水面まで浮上する。
「ぷはっ……!よーし、今のうちっ!」
メイプルは装備を再装着すると、今度は水の中に引きずり込まれないようにしっかり準備をする。
そして、ダウンから回復した蛸は同じように地面を抉るようにして水を跳ね上げながら触手を振るう。
「【凍てつく大地】!【捕食者】!【毒竜】!」
メイプルの【凍てつく大地】によってぶつかるギリギリで触手の動きが止まる。それに合わせてメイプルは毒の塊をぶつけ、二匹の化物にかじりつかせ、自分ももう一口という風にかじりつく。
噛めば噛むほど味が出るようだった。
一部目的の違う攻撃をして、兵器の爆発によって大盾を構えて動き出した触手に飛び込む。
「わっ!千切れたっ!」
メイプルの【悪食】によって触手が半ばから千切れてその場に転がる。それに合わせて、他の触手もぐったりと浅瀬に横たわる。メイプルはそれを見てチャンスとばかりに大盾を構えて突進する。一本、二本、大盾が触れる度に触手は千切れ飛んでいく。爆発による飛行では複雑な動きはできないが直線なら得意なところだ。
そうしてメイプルが一度のダウンで全ての触手をもぎ取ると、巨大な黒い靄が現れ、そこから水底にいた蛸が同じようにぐったりした状態で転移してくる。
「やった!今のうちに……よしっ」
メイプルはとてとてと口元までいくと、もう弱点は分かっているとばかりに砲をすぽっと差し込む。再び体内で銃弾が跳ねまわりダメージを加速させる中、メイプルは【捕食者】と共にタコ足をかじり出す。
「んふふ、むぐ……あの千切った触手も持って帰れるかなあ」
そうしてメイプルがHPバーを見るともうごくわずかとなっていた。執拗な体内攻めは相当に効いたらしい。
「そうだ!どうせなら最後は……」
メイプルは射撃をギリギリの所で止めて最後に一口タコ足を齧る。
それに合わせて蛸は光となって消え、千切られた触手だけが残された。
ただ、その触手からは黒い靄が吹き出して、食べても食べても減らないサイズとはいかなかったが。
メイプルはそれを全て拾い集めるとスキルを確認する。
するとそこには見覚えのないスキルが一つあった。
【水底への誘い】
触手で拘束または攻撃した対象に麻痺の状態異常を蓄積させる。対象の【STR】の値が自分より低ければ低いほど長時間拘束する。
「よーし!えへへ、手に入れられそうな時は貰っちゃわないとね!えーっと……【水底への誘い】!」
メイプルがスキルを発動しようとするものの、MPが足りないために発動できない。メイプルはどうしようかと考えてから大盾のスキルスロットにセットすることにした。
悪食はMPを使わないため、回数制限のあるMPゼロでの発動にも影響がなく都合がいい。
【STR】に関してはどうしようもないが仕方ないことである。
「よーし……じゃあ改めて!」
メイプルがスキルを発動すると大盾を持つ腕が二メートル近い青黒い触手に変わっていく。黒い靄を吐き出すそれは明らかに人の腕についていていいものではない。
さらに、大盾にセットしたためか大盾ごと触手に変わってしまっている。
「うっ……食べちゃだめだったかな?」
メイプルはスキルを試してみようと、現れた魔法陣に乗って外へと出る。
捕まる前にいた小島に戻ってきたメイプルはシュノーケルを付けて水中の魚に触手を向ける。
「麻痺になるかなー?」
メイプルが左手を動かすと絡みつくような見た目だった触手ががぱっと開いて魚を包み込む。
「よしキャーッチ!」
メイプルがグッと触手を締めると、触手に握り込まれた魚はまるで神隠しにでもあったかのように消失した。
メイプルが触手となった腕を引き上げるもののどこにも魚の姿はない。
そう、このスキルは大盾にセットしたものである。そのため麻痺だとかそんなこと以前に、この触手には【悪食】の性質が残っているのだ。
握り込んだものを飲み込むように消しとばすその様子はどうみても人のそれではなかった。
「み、皆にどう紹介しようかな……?」
上手く日常的なものとして話す方法はないものかと考えたメイプルは、これから少しののち、結局ストレートにありのままを伝えるのだった。