防御特化と谷。
しばらくして体が元に戻ったカスミは四層に戻り、撃破を報告しに向かった。
「へえ……やるじゃないか。分かった分かった。続きを話そう。あれは遠い地の谷でのことだ……噂の正体を確かめるためにどれだけ探したかはしれないが……いつの間にかたちこめた霧、その霧の中に二つの赤い光を見てな」
と、そこまで言ったところで蛙は口を閉ざす。
「どうした?」
カスミが思わず聞き返すと、蛙は小さく笑って調子を変えて話し始める。
「ケケッ、それより先はなーんにも覚えてねえ。気づいたら逃げ帰って、いつの間にか戻って来てた」
それを聞いて、これ以上は何もなしかと肩をおとすカスミに一枚の紙切れが差し出される。
それは簡素な地図で、目的地と思われる場所に赤いバツ印がつけられていた。
「どうしてもってんなら自分の目で確かめな。ただし死んでも知らねえからな」
そう言ったっきり、蛙は飲み物を飲み始めた。
今度こそこれ以上の情報がないことを確信したカスミは、次なる目的地を探すために地図をまじまじと見る。
「これは……どこだ?……山に……森に、泉か?それでこの印の場所が谷だとすると……」
カスミは各層のマップを表示すると、この簡素な地図と地形を比べ合わせる。
すると、とある場所で地形が完全に一致した。
「……七層のあの谷か!」
ただ、そこにはカスミも行ったことがあった。その時はもらえる経験値の高いモンスターも、仲間にできるめぼしいモンスターもいなかったため探索を切り上げて帰ったのだった。
「これでフラグが立ったと考えるべきだろうな」
いよいよここからが本番だと気を引き締めて、カスミは最前線である七層に戻る。
七層で完結するクエストということは、期待もできるというものだ。
疲れを期待が上回ったのか、そのままの勢いでカスミは地図に示された谷に直行する。
「……変わらないのか?」
谷は深く幅も広い。崖を上手く下りた底には深い森が見える。ただ、その見た目はカスミが前回来た時と同じだった。深い霧のようなものはなく、クリアに谷底の木々が見える。
「とにかく下りてみないことには始まらないな」
そう言うと、カスミは軽い身のこなしですいすいと崖を下り、特に何の問題もなく谷底に辿り着いた。
「相変わらずモンスターも全然いないな……」
不気味なほどに静まり返ったその森ではモンスターの気配がないどころか、鳥の声や木々のさざめく音も聞こえない。
「手当たり次第探してみるしかないか……」
蛙に貰った簡素な地図では谷が目的地なことは分かっても谷のどこなのかまでは分からない。
今カスミが持っている情報では、地道にローラー作戦でこの森を探索して回るしかできることはなかった。
「何か変化があるといいんだが」
クエストが終わったと言う表示も出ておらず、必ずこの谷に何かあるだろうと歩き回るが、特別なものは見つからず、時間だけが過ぎていく。
どこをみても深い森が続くばかりであり、依然として何かがいる様子もない。
「……場所を間違えただろうか。まさか何か見逃した……?」
カスミはその後もしばらく探索を続けるも、期待とは裏腹に変化はないままである。
変化がないと疲れも出てくるもので、探索のペースも落ちてくる。
「ふぅ、今日は終わるか……ん?」
諦めと共に目を閉じ一瞬下を向いて、ログアウトするかと顔を上げたカスミの前に広がったのは濃い霧に包まれた森だった。
「これは……よし!……っ!?」
変化を喜んだのも束の間、カスミは背後に凄まじい殺気を感じて咄嗟に刀に手をかけ振り返る。
一歩先も見えないような深い霧の中怪しく光る二つの赤い光。
「動けっ!麻痺か!?」
その光が次第に近づいてくる。しかしカスミの体は全く動かない。
そして光の正体がカスミにも理解できた。それはただの光なのではなく目だったのである。
赤く光る両目。無音の森に響く這いずる音。濃い霧に同化するような白い鱗。
カスミよりも遥かに大きな蛇が、ガパッと口を開けたのがカスミが見た最後の光景だった。
諦観と共に目を閉じ、少しして目を開ける。すると予想通りカスミは七層の町に戻ってきていた。
「……本当に蛇が出るとはな。さて、どうしたものか」
恐怖などではなく、間違いなく何かバッドステータスを受けたことで動けなくなったと考えられる。しかし、ログにはバッドステータスの表記はない。
「麻痺じゃないだと?対策できないのか?何か試すにしても……」
カスミが表情を曇らせる。出会えた条件も曖昧な上、対策が失敗する度に再出発するしかない。
なかなか大変な攻略になることは間違いなかった。
「だが、白蛇か……そうか。うん、いいな」
曇っていた表情も何処へやら、いいものを見つけたとばかりに頷くカスミはとても嬉しそうだった。




