防御特化と塔八階。
翌日、二人は宣言通り準備を整え、いよいよ八階へと足を踏み入れることにした。
「どんな感じかな?」
「行ってみてのお楽しみ、かな」
二人は揃って一歩を踏み出し、七階の魔法陣から八階へと転移する。
目の前を覆う光が薄れていくと、そこに広がったのは深い森だった。
イベントでのジャングルエリアを思い出させるようなその場所には明確な道はなく、前にも後ろにも同じような森が広がるばかりである。
「えっと……どっちに行けばいいんだろう?」
「転移した時に向いてた方向……かな?」
二人とも自信はないものの、このまま立ち止まっていても埒があかないと、とりあえず正面へと歩き出す。
その瞬間。
「っ!?」
「サリー!?」
サリーから【空蝉】発動時のエフェクトが発生した。それはサリーが何者かにHPをゼロにされる攻撃を受けた証である。
サリーはバッと反転すると、二本のダガーを抜き放ち鋭い目つきで木々や茂みを凝視する。
「み、【身捧ぐ慈愛】っ!」
それに少し遅れてメイプルがサリーを守るためのフィールドを展開する。
しばらく二人は背中合わせになって周りを警戒していたものの、追撃は飛んでこなかった。
サリーは一旦ダガーを収めて一息つく。
「はぁ……ありがとうメイプル」
「ううん、それより大丈夫?」
「何とかね……あー、全く気配も感じなかったのに」
「何かの罠かな?」
「どうだろう、まだ何とも言えないけど。私は多分あの攻撃は避けられないから……」
「うん、任せて!ちゃんと守るから!」
【身捧ぐ慈愛】さえ発動していればサリーがもう一度攻撃を受けても問題ない。
当然のように躱しているため、感じさせないでいるが、サリーはどんな攻撃でも続けて二回被弾すればそれだけで死んでしまうのである。
「と言ってもやられっぱなしは嫌だし、犯人を見つけたいね」
「私も警戒しておくね!」
メイプルはそのまま武装を展開し、いつでも攻撃できる準備を整えて進んでいく。
そうしているうち、猿のモンスターが爆発する木の実を投げてきたり、地面からボコボコと根が伸びて来たりもしたが、メイプル相手には無力である。
「モンスターがいないと気楽に探索できるんだけどなあ」
「だね。それに、私を攻撃した何かも正体を掴めないし……」
サリーもいつも以上の警戒を続けているため落ち着けないままなのだ。モンスターも遠くから攻撃してくるものばかりで反撃に出ることもできないでいた。
「どのモンスターもすぐ逃げていっちゃうね」
「そう……だね。経験値もくれないし。んー、斬りに行けないのもどかしいなあ。」
ボスが分からない以上、無駄に攻撃する理由もない訳で、二人は敵の攻撃を無視しつつボス部屋らしき場所を探す。
すると、そんな二人の前に草木に侵食された古い石碑が見えてきた。
「あ、サリー!何かあるよ」
「魔法陣もないし、ボス部屋って訳じゃなさそうだけど、とりあえず見に行ってみようか」
二人が石碑に近づいていくと、そこには文字が書かれていることが分かった。
「狡猾な森の主を倒した者の前に道は現れる、か」
「ボスのことかな?」
「だろうね」
「じゃあ倒さないとぉっ!?」
話している途中で唐突にメイプルが前につんのめって石碑で顔を強打する。
何者かに後ろから攻撃されたのだ。
サリーがとっさにその方向を見ると巨大なカメレオンが木に引っ付いており、伸ばした舌を元に戻してすっと透明になって消えていくところだった。
「あいつか……!」
「うぇっ、何?何かいた?」
「うん、多分最初に私を攻撃したカメレオン。あと、これは予想だけど。もうボス部屋の中だと思う。っていうかフィールドをボスが動き回ってる感じ?」
「じゃあ追いかけないと駄目なのかな」
「おそらく。けど!透明になってるし、かなり大変そうだなあ……さっきのはイベントでの顔見せっぽいし」
メイプルの遠距離攻撃もこれだけ木々が多くては効果も半減である。サリーも気配も何もないカメレオンの攻撃は避けられないため、いつものように速度を活かしての偵察もできない。
「さて、追いかけっこといきますか」
「色々試してみないとねっ!……すぅ」
そう意気込んだところでメイプルの瞼がすっと閉じられてそのままずるずると石碑に寄りかかるようにして眠ってしまう。
「……メイプル?……あっ、【睡眠】!」
ダメージを受ければ解除されるものの、20秒の間行動不能になる強力な状態異常。
先程の見えない攻撃にはそれを与える効果があったのだろう。
そして、それを待っていたかのように頭上からは爆発する木の実が大量に落ちてきて炸裂する。
「狡猾……ね。【身捧ぐ慈愛】があって助かった……」
ただ、こんなものではメイプルはダメージを受けないため【睡眠】も解除されない。
「しばらく待つしかないか」
サリーは気持ちよさそうにスヤスヤと眠るメイプルを見ながらどうやってカメレオンを捕まえるかを考えるのだった。