防御特化と逃走。
二人は日を改めて五階へとやってきた。
サリーがまともに歩くことすらできない状態で塔を攻略するには【暴虐】がまた使えるようになる必要があったのだ。
何も起こらないように四階の小島で準備を済ませて、二人は五階へ転移する。
「よーし!一気に駆け抜けるよ!」
「一瞬でお願い……」
化物の姿になり、天使の翼を広げたメイプルの背中には大きな木箱がロープでくくりつけられていた。
何も見えないようにして、木箱の中にいるのは丸まったサリーである。
メイプルが攻略のために一歩を踏み出したところで、青い光を放つ墓石から青白く透けるゴーストが現れる。
「わっ、早速出た!」
「いっ、言わなくていいよ!」
メイプルはゴーストを振り切るように加速して荒地を駆けていく。
その足を止めようとするかのように地面からは腐肉の腕や骨の腕が伸びてくるが、メイプルはそれを蹴り砕いて走り抜けていく。
「っとと、幽霊も増えてきたし……燃えちゃえっ!」
メイプルは炎を吐き出し、ダメージを与えるものの、それだけではゴーストは倒れず逆に反撃してくる。
不意をつかれたメイプルはゴーストの出す黒い霧のようなものをきっちりと受けてしまった。
「ダメージは……なしっ!なら、バイバイっ!」
メイプルは脅威にならないならと、無視して駆け出していく。
しかしどこか力が入らずに、じりじりとその距離が詰まる。
「……?あっ!ステータスがっ!」
普段なら気にする必要がない【STR】と【AGI】の低下だが【暴虐】中ならば効果的なのである。
【VIT】低下は無意味だったが、メイプルはゴーストを振りきれなくなっていく。
そんな中、一匹のゴーストがするりと木箱をすり抜けた。
「ひぅっ!やっ……何でっ!」
「ごめん!すぐ離れるっ!」
メイプルはゴーストの攻撃を受けながらも炎を吐き出し走り出す。
多少ステータスが下がったところでメイプルにダメージはない。
しかし、ただのアイテムであるロープは別だった。
「あっ……」
メイプルの背中が軽くなり、ガタガタと音を立てて木箱が転がる。
「ちょっ、まっ……うわあっ!?」
サリーの入った木箱を拾おうとした所で、メイプルを地面から生えた手ががっしりと掴む。
「うぅっ……はがせない……っ!」
鈍い音を立てて地面が割れ、メイプルはその裂け目に落ちていく。
こうして静まりかえったフィールドに木箱だけが残される。
「め、メイプル……?ねえ……?」
不安になったサリーが静寂に耐えきれず、横を向いてしまった木箱の蓋を少し開けると、真っ黒な眼窩と目があった。
「ふぁぅっ!?」
サリーは体をびくっと跳ねさせると、蓋を跳ね開けて外に転がり出る。
サリーが見ざるを得なくなった景色は地面から生える無数の手と迫ってくるゴースト達だった。
「うぅっ……何で、何で!」
サリーは涙目で駆け出す。この場にはいたくないただそれだけの理由で。
「六層から逃げてこっちきたのにっ!何でぇっ!」
サリーはスキルを使うことも忘れて愚直に駆けていく。モンスターを振り切って目指すのはただ一つ。
「ログアウト!ログアウトぉっ!」
いつにも増して必死の逃走で、メイプルのことも忘れた様子のサリーは荒野を行くのだった。




