防御特化と塔四階6。
それからしばらく時間が過ぎて、ボスの行動パターンはまた変化し、空を飛び回り始めた。
ただ、それは時間が経過したからではなく、HPを減らしたからだった。
「お、首は甲羅よりダメージ出るんだ」
「【滲み出る混沌】……」
サリーがザクザクと短剣で攻撃している中、メイプルは寝転んだ状態で甲羅に糸でひっつきながら疲れた様子で攻撃する。
サリーの背後からは絶え間ない銃撃音や、毒の跳ねる音が響いていた。
「もう、元気は残しておくようにって言ったのに」
「う……ごめん。つ、つい」
遊んで戯れて、これ以上ないくらい体を動かして楽しんだメイプルは、サリーに引き上げられる頃には疲れてぐったりしていた。
満足そうな顔をして引き上げられたメイプルはそこでようやくボス戦のことを思い出したのである。
「回復は待たないからねー?」
「うん、でもこれならひんやりしてて疲れが取れるー……」
「……ボス戦とは思えないなあ」
「えへへ、甲羅の上は熟知してますから!」
「ま、現状貫通攻撃もないし、足場と窒息さえケアすれば何とかなりそうだね」
「【毒竜】!」
メイプルが強力な攻撃を加える度、HPがガクンと減り赤いダメージエフェクトが吹き上がる。
背中から押し流す攻撃は、サリーの糸で防がれており、メイプルが居座っている限りはその他の攻撃は無意味だった。
「あ、メイプル。海が荒れてきたよ」
「本当だ!背中に乗ってなかったら大変だったね!」
二人は眼下に広がる景色をたまに確認しつつ、水の塊を受けながらも我関せずと攻撃を続ける。
「サリー今度はボスがビーム出してるよ!」
「シロップも出すし、標準なんじゃない?」
「やっぱりビームは搭載しないとね……うん?あ、サリー!効かなくなっちゃった!」
順調に体力を減らしていた二人だったが、海亀の甲羅や皮が硬質化して攻撃が通らなくなる。
また何か変化したのだろうと二人は攻撃できそうな場所を探す。
「海ももう大荒れだよ?ボートとか沈みそう」
「わぁ……あ、あれの中で戦うのは無理だし、ひっついて正解だったね」
海の方では水が槍のように伸びて、そこにいるものを突き刺そうとしているのが見えた。
「正攻法ではなさそうだけど……よっと!」
「どうするのサリー?」
「上がダメなら、下かなっ!」
サリーは飛んでくる水の塊の合間を見て、メイプルに繋いだ糸を外し一緒に飛び降りると、今度は器用にそのまま腹の部分に張り付いた。
「よっと、固定完了!」
「おー、コバンザメ?みたいだねっ」
「ん、確かに」
読み通り硬質化していなかった腹部に張り付いた二人は、荒れる海と空を見ながら海亀とともに飛び回る。
「シロップでもお腹側からの景色は見たことなかったなあ……」
「綺麗なうちにこっち側に移れば良かったかもね」
メイプルの銃撃音が響く中、海亀は周りに水の柱を伸ばしながら空高くへと上っていく。
二人は攻撃を止めることなく、くっついたまま高度を上げ、そして眼下に広がる海が遠くまで見通せるようになった時。
二人の真下から海は穏やかで綺麗な青に戻っていった。
「わぁっ!ね、ねサリー!元に戻った……よ?」
それと同時。パリンと音を立てて海亀が光に変わって消えていく。
それはつまり、二人を支えていたものが消えるということだった。
「サリー、掴まってっ!」
「うん、頼んだ!」
一瞬の浮遊感の後、二人は海面めがけて真っ逆さまに落ちていく。
メイプルはサリーを抱き締め【身捧ぐ慈愛】の範囲から外れないようにすると、そのままいつもシロップから飛び降りる時のように体勢を整えて着水する。
大きな水飛沫が治った頃、二人は海面近くに浮かせた大盾にしがみついた状態で波に揺られていた。
「ふぅ……終わった?」
「みたいだね。私と相性悪かったから楽できた。次の場所への入口も出てるし、ガンガン行こう」
「休憩とかは……」
「目一杯したでしょ?」
「えへへ、うん!したよ!」
ボス戦のピリピリした緊張感がなかったこと、さらに戦闘も楽に勝てたこともあり、心も体もリフレッシュすることができていた。
「じゃあ、五階へ!さて、どんなところかな」
「楽しみだねー!」
二人はそのまま現れた島へと向かい、そこに描かれた魔法陣の上に乗る。
少しの後、視界は光に包まれて、二人の目の前に五階の景色が広がる。
そうして二人が転移した場所は、仄暗い闇の中、淡く青白い光を放つ古びた墓石がいくつも並ぶだだっ広い荒地だった。
「め、メイプル……きゅ、休憩しよ?」
「……うん、そうだね」
さっきまでの勢いはどこへやら、落ち着きなく辺りを見回すサリーを見て、メイプルは一旦塔から離脱することとしたのだった。