防御特化と塔四階5。
「で、どうやって乗るの?すごい飛び回ってるし、何か水の塊飛ばしてきてるし……」
戦闘が始まってすぐ、海亀は作り出した水の道の間を縫うように飛び回りだした。
その巨体の周りには青い魔法陣が輝いており、そこから大きな水の塊が撃ち出されては、盾に乗ってのろのろと移動する二人に直撃していた。
「ダメージはないんだけど……むぅ……とりあえず上から攻めよう!」
メイプルはシロップを呼び出し、巨大化させて浮き上がらせると、盾を操作してシロップの甲羅に着地する。
サリーもメイプルに続いてシロップに移ると、足場が広くなったことで落ち着いたようで、ぐっと伸びをする。
「よし!準備完了!」
「私も、いつでもいいよ」
メイプルはシロップの高度を上げていき、海亀が飛んでいる辺り、空に伸びた水の道が張り巡らされた場所までやってくる。
「すっごい流れてるね……」
「ここ泳げるんじゃないかな?じゃないと普通はボスに届かないし」
「ふむふむ、この周りを飛んでるのはそれでかな?」
「かもね。ま、今は背中に乗ることから!近づいてきた時に糸くっつけようか?」
「うん!できれば丁度下にいる時に!」
二人は呑気に会話しながら近寄ってくるのを待つ。攻撃は続いており、普通ならこんなことをしている暇はないのだが、貫通攻撃でない限りメイプルには何もないのと同じなのだ。
「よしっ、今っ!」
サリーはすいすいと空を泳ぐ海亀の甲羅に糸を貼り付けると、メイプルを抱きしめて、そのまま甲羅から甲羅へと飛び移る。
サリーが糸を収縮させると、少しの衝撃とともに二人は海亀の甲羅に着地することができた。
「成功!」
「ダメージを与えてないから、行動パターンも少ないし。乗るだけなら簡単だね」
サリーはメイプルを甲羅に繋ぎとめ、メイプルは【身捧ぐ慈愛】の範囲から外れてしまったシロップを指輪に戻す。
これで、好きなだけボスの背中で空を飛び回ることができるようになった。
「シロップは飛べる訳じゃないから……すいすい飛べるのっていいなあ」
「普通は空を飛ぼうとするものじゃないからね?メイプルは変な方法で空中移動するけど」
「この羽でも飛べたらいいのになあ……」
メイプルは【身捧ぐ慈愛】のエフェクトによって背中から生えた天使の羽をいじりながらそんなことを言う。
「あと……思ったより快適じゃないかな……」
「うぅ……雨の中みたいな感じだもんね」
相変わらず二人にはバシャバシャと大きな水の塊が降ってきている。ダメージはないものの、快適とはいえない状況である。
メイプルはボス戦開始前に取り出したシュノーケルをつけているものの、潜ることにはならなかったため何の意味もないままだ。
「んー何かあったかなあ……あっ!これとか?」
インベントリを漁ったメイプルはパラソルとビーチチェアを取り出す。
「……何だかんだ色々持ってるね。よくお金ないって言ってるのはこれのせいか……」
「上に置くだけじゃ飛んでいっちゃうから、これも固定して?」
「ん、了解」
こうして二人はボスの背中に拠点を作り上げていく。
大きなパラソルが水の塊を受けてくれるため、二人はとりあえず水から逃れることに成功した。
二人は椅子に座ると、遠くで煌めく水平線を眺める。
「海、綺麗だね……」
「夕焼けとかにはならないんだろうけど。それも見てみたいな」
「いいね!また、どこかの層の海行ってみよう?」
二人は川下りの疲れを癒すようにしばらくそうしていたが、和やかな時間は終わりだというように音を立てて頭上のパラソルが壊れる。
常に攻撃を受けている訳で、メイプルに耐えられるものでもアイテムはそうはいかなかった。
「メイプル、何か変!海に降りていってる!」
「えっ!?ま、まだ何もしてないよ!」
海亀はそのまま高度を下げて海へと潜っていく。サリーはともかく、メイプルはアイテムを使っていてもそう長くは持たない。
サリーが離脱し浮上しようかと考えた所で、ボスの方から水面に向かっていく。
そうして、二人が息の心配をする前に、海亀は水の道が伸びている場所の中央へと浮上した。
「ふぅっ……な、何だったの?」
「空である程度時間が経つと降りてくる……とか?」
二人がそうしているうちに、ボスを中心にして大波が起こり、水の道からは重力など無視して、押し流すように水流が向かってくる。
糸で体を固定しているため流されてはいかないが、心地いいものではない。
「背中でくつろぐなって言われてるね……」
「うぐぐ……じゃあせっかくだし最後に……」
メイプルはそう言ってインベントリから一度も使ったことのないサーフボードを取り出す。
「えっ、使えるの?」
「せっかく大波を起こしてくれてるし!」
メイプルはありがとうと言いながら甲羅を撫でる。
「命綱は繋いでおいてあげるね」
糸の長さは一定のため、【身捧ぐ慈愛】から外れることもない。
「ありがとう!」
「あ、メイプル。この後ちゃんとボス戦だからね?やる気と元気を出しすぎないように!」
「だ、大丈夫!」
「なら、おっけー。私はちょっと休んでるね」
サリーは甲羅の上で横になると、すりすりと甲羅を撫でる。
「ひんやりしてて気持ちいい……」
そんな中、波の音に混じってメイプルが海に沈む音がしていたのだった。




