防御特化と闇の中。
どこまでもどこまでも落ちていくような感覚はやがて消えて、メイプルは真っ暗な空間に着地した。
「な、何があったの……?」
メイプルが周りを見渡していると、暗い闇の一部がぼうっと赤く光り始める。
空間を裂いてずるりと姿を見せたのは、今までメイプルが何百と除霊してきた赤い霊が大きくなったようなモンスターだった。
上半身だけが空中の裂け目から飛び出しており、赤い腕はメイプルの体の数倍の長さである。
「ど、ど、どうしよう?」
メイプルはその姿を一目見てこれは除霊できそうにないと尻込みする。
ただ、霊はメイプルを放っておいてはくれないようで、メイプルに向かって腕を伸ばしメイプルを掴もうとしてきた。
「っとと、えっ?お、遅い」
メイプルが走って逃げると腕の届かないところまで離れることができたのである。
メイプルも逃げ切れた経験はほとんどなかったため、驚いて足を止め霊の方を確認する。
霊は腕を伸ばしきるとすうっと消えて、裂けていた空間は元通りになった。
「なーんか嫌な感じが……やっぱり!」
メイプルがくるっと後ろを振り返るとそこでは今まさに空間が裂けていくところだった。
「私の代わりに塩をどうぞっ!」
メイプルは現れた上半身に塩を投げつけると走って距離を取り、ダメージを確認する。
「やった、効くんだ!」
山にいた赤い霊と比べると効きは悪いものの確かにHPは減少していた。
メイプルはそれならなんとかなると、インベントリからアイテムを取り出して次の出現に備える。
「よーしこい。んん?」
メイプルの構える前で裂けていく空間。
ボス格の霊と裂け目の隙間からスルスルと山にいた赤い霊が現れる。
それらは山に出た時と同じように見るからに危険そうな、髑髏を背後に浮かばせてメイプルに近づいてくる。
「そっちは来なくていいよっ【天王の玉座】!」
メイプルは玉座を出してすぐに座り、近づいてくる霊のスキルを打ち消す。
ただ、座っているためにボス格の攻撃から逃げ切りにくくなるということも起こってくる。
「中途半端に逃げるよりこのままの方がいいかな」
逃げないことを決めたメイプルにボスの手が迫り、メイプルを両手で包み込む。
「スキルが使えないのかな?今がチャンス!」
メイプルは包んでいるだけの手にお札を貼り付けてダメージを稼いでいく。
そうして得意げに除霊に勤しむメイプルだったが、そうそう上手くはいかなかった。
「おっと……とと。掴まれちゃった」
メイプルの体を包んでいた両手は、そのままメイプルを掴みしっかりと握った。
「まあいいや……ぁっつ!?」
メイプルの体にピシッと衝撃が走りメイプルのHPが削れる。
玉座の回復を上回る速度でメイプルのHPが減少していくのがメイプルには見て取れた。
霊はそのままじりじりとメイプルの体を締め上げて、メイプルは何とか逃れようともがくがどうにも抜け出せない。
そして霊の行動はそれだけでは終わらなかった。
「えっ……ちょっ、うわあっ!」
メイプルをそのまま持ち上げて上空へと連れ去っていく。
玉座の効果は座っている間だけであり、持ち上げられてはどうしようもない。
「うぅ……いっ、た。は、離してよ……っ!そうだ【暴虐】!」
メイプルが玉座から引き剥がしたということは、同時にメイプルを縛るものを取り去ったことにもなる。
霊の手の中で顕現した化物姿のメイプルは、容易に拘束を振りほどいてそのまま必要以上に距離をとった。
「うぅ……久しぶりに痛かったあ……油断したなあ」
メイプルが解除していないため玉座はまだ地面に残っている。
メイプルが座ればまた変わらず効果を発揮することができる。
「この状態のうちに敵のスキルを確認しておいた方がいいかも……そうしよう」
久しぶりにダメージを受けたことでメイプルは慎重にモンスターを観察することにした。
外皮があるうちはメイプルに直接ダメージは通らないため、痛みもない。
「よしよし、使えるスキルも整理して……大丈夫大丈夫。こういう時の対処法はサリーが教えてくれたんだから」
メイプルは自分に落ち着くように言い聞かせて、常にモンスターとの距離を取り続ける。
しばらく戦って、ボスの霊には【暴虐】形態での攻撃が一切効かないことが分かり、メイプルは嫌な顔をした。
「小さい方は炎を吐けば倒せるんだけど……くうぅ……解除したくないぃ」
メイプルはさらに情報を集めながら、いずれ来る【暴虐】解除の時を憂鬱に思うのだった。




