防御特化と延長戦。
書いていたらいつもの倍の長さになりました。
なんででしょうね?
メイプルがしばらくそうして霊に見つめられたまま座っていると、サリーも徐々に落ち着いてきた。
「メイプル……まだいる?」
サリーが顔を上げずにメイプルに聞く。
「うん、まだいる」
「うぇぇ……早くどこか行ってくれないかな……」
そういうサリーの声は少し震えが残るもののいつもの調子に戻ってきていた。
「どう、落ち着いた?」
「落ち着いたけど。滅茶苦茶恥ずかしいから顔は見ないで……」
サリーはメイプルに泣き顔をばっちりと見られた訳で。
隠れていないサリーの耳は真っ赤になっており、顔も同様かそれ以上に赤くなっていることはメイプルにも想像できた。
「分かった。けど……そこまでして欲しいスキル?だったの?」
「止めておけばよかったと後悔してるところです……本当に。もしかしたら大丈夫かもって思った自分を殴りたいよ……」
サリー曰く、スキルに目が眩んだとのことだった。
「珍しいね、サリーが見誤るのって」
「あんまりにも欲しいものが並んでたからつい、ね。でもいいや、落ち着いて頭冷やしたらなくてもまあ何とかなるスキルだし」
「結局サリーの欲しかったスキルってどんなの?ちゃんと聞いてなかったよね」
メイプルがそう言うと、サリーは欲しいと思っていたスキルやアイテム、ここで起こったあれこれなどについて知っていることを話し始める。
メイプルはそれを聞いて、自分に役立てられそうなものは少ないことが分かった。
必要ないものは取りに行かないでよくなるため、今後の探索の効率を上げることができる。
しかしメイプルは探索そのものを楽しんでいるところがあるため、行かないとも言いきれなかった。
面白そうと感じたなら出向くこともあるかもしれないのだ。
こうして話をしている間に霊がどこかに行ってくれないかと思っていたメイプルだったが、霊は頑なに動こうとしない。
「玉座から離れたらまずいよね……攻撃はできないかな?」
メイプルが手を伸ばしてアイテムを使うと、霊の体を風が切り裂く。
すると霊は少しよろめいて後退した。
ただHPゲージはなく、ダメージという概念がなく倒せないだろうことがメイプルには分かった。
呻き声を上げて、顔を両手で覆っていた霊は少しするとまた二人に近づいて触れてくる。
「怯ませているうちに脱出……サリー、できる?私は多分追いつかれるし」
メイプルはサリーだけでも逃げられないかと提案してみたのだ。
「えっと……だめそう」
それは【AGI】がゼロになっているからというだけではないことは間違いなかった。
「どうしようかなー?えっ?」
メイプル達からなかなか離れようとしなかった霊は、突然二人からふらっと離れてそのまま部屋から出ていく。
メイプルは突然の変化にそれをぼーっと見守るしかなかった。
「チャンスだ!行こうサリー!」
「えっ、えっ?う、うん!」
顔を伏せていて状況が飲み込めていないサリーの手を引いて。
二人は初めて同じ速さで駆けていく。
背後からは代わりに霊の餌食になってくれた者の声が聞こえてくる。
新しく入ってきた誰かが狙われて上げている声に、サリーは自分もああだったのだろうとまた少し顔を赤くした。
「っ、だっしゅーつ!」
メイプルは覚えていた道を最短で帰って、とうとうログアウト可能な場所まで戻ってきた。
「ありがとう、メイプル」
「えへへ……どういたしましてー!」
戻ってきたことを喜ぶ二人。
その背後から、冷たい腕が伸び二人をまとめて抱きしめる。
「ひっ……!」
「んっ!」
二人が驚き一瞬固まったところでスキル獲得の通知がきた。
「えっと……【冥界の縁】?あ、サリーがアイテム効果が二倍になるって言ってたスキルだ」
メイプルがスキル内容を確認する。
その場にへにゃっと座り込んだサリーも、同じスキルを手に入れることができているようだった。
スキルに書かれているフレーバーとして、時折背後からそっと手を貸してくれる誰かとの奇妙な縁というものがあった。
「う……そんな縁いらないよ」
「どうするサリー?次の探索まだ私付き合えるよ」
「ログアウトする。帰る」
即決でサリーが答える。
「だよね、じゃあバイバイ?」
メイプルが小さく手を振ってみる。
「今日はありがとう。埋め合わせは必ずするから」
「いいよいいよ、今までいっぱい手伝ってもらってたし!ようやく一つ返してあげられたかなーって」
メイプルがそう言って笑うと、サリーも少し表情が明るくなった。
「ありがとう。じゃあ、また七層が出た時にでも」
「そう言ってまた戻ってきたりして」
「しないよ……流石にね」
この会話を最後にしてサリーはログアウトして帰っていった。
喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉がある。
いつ喉元を過ぎるかは別の話ではあるが、多くの場合過ちは繰り返されるものなのだった。
現実世界へと戻ってきた理沙はベッドから起き上がり、ゲームを終えて片付けた。
「んっ……汗が、お風呂……ま、まだいいか!ご飯も食べてからでも」
理沙はそう言うと、いつもよりそっと扉を開けて一階へと降りていく。
そのままリビングの方まで行くと丁度晩ご飯の支度をしている母親がいた。
「理沙?晩御飯はまだよ?」
「うん、ちょっとテレビ見にきたの」
理沙はそう言ってテレビをつけるとソファに座った。
ただ、テレビにはあまり興味がないように、流し見ているだけというような調子である。
理沙がそうしてリビングで晩御飯を待っていると電話の着信音が鳴り響いた。
理沙がくるっと向きを変えて音のなった方を見る。
「あら……はい、白峯です。はい」
「…………」
母親はしばらく誰かと会話をしていたが、やがて電話を切って理沙に話しかけた。
「理沙?お母さんちょっと急用が入っちゃって、行かないといけないの。お父さんも今日は遅いみたいだし……ご飯冷めちゃうから食べておいて」
「え……う、うん……」
理沙は歯切れ悪く返事をしたところで、母親は支度をするために急いで部屋を出て行った。
「なるべく早く帰れるようにするから」
「……分かった」
そうとだけ言って母親は出かけていった。
外はもう暗く、静かな家にはテレビの音だけが流れている。
「ご、ご飯食べよう」
理沙は母親を見送った後、玄関から戻ってご飯を食べ始めた。
「……」
理沙はテレビのリモコンを手に取ると音量を上げていく。
椅子に座っている中、足は落ち着きなくふらふらと揺れて、目は若干細められている。
箸の進みも遅かった。
「ごちそうさまでした」
理沙は食器を片付けて、テレビのチャンネルを適当に変えていく。
天気予報では今夜は雨になるらしかった。
そうして何とはなしに時間を過ごしていたが、誰かが帰ってくることはない。
「お風呂入らないと……でも……」
いつもより幾分速い鼓動、落ち着かない感覚。
原因など分かっていた。
「ちょっと……っ怖い……」
言葉にすると余計にそう感じられるもので。
理沙は、カーテンや扉などを隙間なく閉めるとソファーに置いてあったクッションを抱きしめて体を縮こまらせる。
「……そうだ!」
何かを思いついたのか、その顔には少し明るさが戻っていた。
所変わって、理沙同様ログアウトしていた楓は自室で勉強していた。
すると着信音が鳴り響く。
「もしかして……やっぱり」
楓が携帯電話を手に取ると、そこには理沙の文字が表示されていた。
「もしもし?」
「あ、楓?今大丈夫?」
「んー……大丈夫だよ、何?」
「いや、今日は迷惑かけたなーと思って。ちょっと話さない?」
楓は理沙が電話をしてきた本当の理由に薄々気が付いていたものの、触れないまま理沙と会話を続けていく。
「ん?」
そうして話しているうちに、楓は理沙の声以外に何か水音が聞こえることに気が付いた。
「お風呂かトイレかなー怖がりだし……あっ」
楓はうっかり口を滑らせて、思っていたことをぽろっと言ってしまう。
理沙も聞こえていない振りをすればいいものの黙り込んでしまった。
「り、理沙?」
そして少しの沈黙の後理沙の声がまた聞こえてくる。
「……楓、今私家に誰もいなくて」
「うん」
「ちょっと……心細いっていうか……」
「うん」
「しょ、正直……怖いからっ……電話続けてていい?」
楓が駄目だという筈もなく、そのまま会話は続けられる。
そうして話していると、楓はそういえば昔にも一度こんなことがあったと思い出した。
「前にもあったね、こんなこと」
「そうだっけ?」
「うん。あの時は今みたいにお風呂からかけてきてはなかったけど。次の日は私、寝不足になってたよー」
「あ、小学校の頃?うわー……私成長してないかも」
こうして話をしていれば、怖さも少しは薄れてくるもので。
お風呂から出て、話も盛り上がっていく中でベッドに入る頃にはもう随分と理沙の気分は明るくなっていた。
「おやすみ理沙」
「うん、ありがとう。おやすみ楓」
理沙はいつもより数時間早くベッドに入った。
電気を切って、頭まで布団の中に潜り込んで目を閉じる。
外からは降り始めた雨の音が聞こえてきていた。
いつもより早くベッドに入っても、それだけ早く眠れるわけでもない。
三十分、一時間と時間が過ぎていく。
時間が過ぎていくごとに薄れていた感覚も戻ってきてしまっていた。
「んっ……んー……」
理沙はベッドの中で落ち着きなくもぞもぞと動き、しばらくして意を決したのか電話をかけた。
相手など決まっている訳で。
楓を叩き起こしてまた話をしながら、理沙は起き上がって電気をつける。
「あはは……前にもこんなことあったねー」
「本当……ごめん楓……」
そして、次の日楓が寝不足になったのは言うまでもないことである。