防御特化と幽霊屋敷4。
「ひぐっ……すんっ……っ」
逃げて逃げて、部屋を移って移って。
そうしているうちにサリーは何度もあの冷たい腕に捕まっていた。
そもそもまともに逃げられてすらいないのが現状である。
サリーは霊がオークやゴブリンの見た目をしているなら、触れてくる腕を躱し続けることも容易な程の能力を持っている。
ただ、それを発揮できなければ少し素早い程度のよくいるプレイヤーに過ぎないのだ。
サリーの【AGI】は既に四分の一にまで減少していた。
普段とは違った感覚がただでさえ下がっている回避能力をさらに下げてしまっている。
そのため、サリーの捕まるペースは次第に早くなっていた。
さて、そうして遂に完全に心が折れたサリーは、クローゼットの中に閉じこもって、目を閉じて震えているのである。
メイプルにクローゼットの中にいると、返信はいらないことを添えてメッセージを送り、もう自力生存の文字は頭の隅にもなかった。
「メイプル……すん……きて……」
すんすんと鼻を鳴らして呟くサリーへの返事は聞こえてこない。
この時サリーにはゆっくりと近づいてくるものが二つあった。
一つはサリーを追い込んでいる霊であり、もう一つはようやくサリーのいるフロアに来ることができたメイプルだった。
偶然にもようやく近づいてきたメイプルは一つ一つ部屋を探索していた。
「サリーがどこにいるか分からないよー。部屋を見て回ってるけどいないし……でもやられてもないみたい」
メイプルは行く先にいる霊全てに、まるで除霊のお札を貼り付けるようにしてアイテムを叩きつけてきていた。
そんなメイプルの前に血塗れの子どもの霊が現れてゆっくりと近づいてくる。
「うっ……成仏してくださいっ!うわっ!?」
メイプルがアイテムを取り出そうとすると画面を赤い手形が覆い尽くす。
「びっくりした……っとと、アイテムアイテム」
メイプルは気を取り直してアイテムを出すと子どもの霊に貼り付ける。
それは燃え上がって、静かに消えていった。
メイプルは次のアイテムを用意するためにインベントリを操作しようとした。
そこで、ログアウトができなくなっていることに気がついた。
「これサリーが言ってた……ってことはサリーはここのどこかにいるんだ!」
メイプルはようやく着いたと、小さくガッツポーズする。
「でも……んー、サリー大丈夫かな」
メイプルは今まで探索した場所よりも見た目が怖い霊が出てきたのを見てサリーの身を案じる。
「うん。絶対大丈夫じゃない!探さないと!」
少し考えてこの結論に至ったメイプルは、雰囲気の変わった廊下を、大盾を構えて警戒しつつも急いで進む。
「サリーは……返事しないよね。絶対泣いてるし……」
メイプルはメイプルなりに耳を研ぎ澄ませて、サリーの声がしないか注意しつつ、部屋を隅から隅まで調べていく。
「あ、そうだ!サリーに近くまできたことは伝えておこう!」
メイプルはサリーにメッセージを送ってまた、捜索を再開した。
メイプルが送ったメッセージがサリーに届く。
サリーはそのメッセージを読んで、差し込んだ希望の光に助かったという表情を見せる。
「あ、足音……!メイプル?」
足音は部屋の前で止まり、扉が開く音がした。
扉を開けて右手の壁にはサリーのいるクローゼットがある。
「ちょっとだけ……」
サリーはクローゼットの扉を少しだけ開けて入ってきた人を確認する。
不思議なことに、サリーはこの時入ってきた者をほぼ間違いなくメイプルだと信じていた。
それはもうどうしても助かりたいと思っていたために起こった判断ミスだったのである。
細長い腕、血の気のない肌。
初めて見た顔、長く伸びた前髪の向こうにあるはずの目は既になく、真っ黒な穴からはどろりとした濁った血が涙のように流れ出ていた。
サリーと霊は一瞬ではあるものの確かに目が合った。
合ってしまったのだ。
「ひっ……!」
慌ててサリーがクローゼットを閉めるが、床を踏みしめる音が近づいてくる。
「や、やだ、やだ!」
サリーが震える手で扉を抑えるが、ゆっくりとそれは開いていく。
そして、そこでは霊の暗い暗い目の跡が隙間からサリーをじっと見つめていた。
「あ……」
サリーから一切の力が抜けて、クローゼットの床にぺたっと座り込んでしまう。
扉は開ききり、霊がゆっくりとサリーに手を伸ばしてくる。
霊の周りには黒い影が溢れ出し、眼窩からはどろどろと血が零れ落ちてくる。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「っ!【天王の玉座】!」
サリーがもうどうしようもなくなって謝り始めたとき、開いていた扉から飛び込んできたのはメイプルだった。
広がる光のフィールドは霊の足元まで届き、不気味な黒い影はパッと消えた。
「サリー!大丈夫!?」
「うっ、ううぅ……メイプルぅ……」
サリーはクローゼットから出て、玉座から動けないメイプルにしがみついた。
「よかった……けど、これどうしよう」
メイプルが顔を上げると、サリーの上からあの霊がさらにメイプルにまとわりついてきていた。
「すごい見てくるんだけど!」
メイプルは顔を逸らして両手で霊の顔を押そうとするがするっとすり抜けてしまう。
「うえっ……ぅう……えぐっ……」
「本当、どうしよう……」
メイプルは座ったまま途方にくれることとなった。