防御特化と幽霊屋敷2。
メイプルがサリーを連れて洋館へと飛び込むと、背後で扉がバタンと閉まった。
「はーい、サリー立って立って!目的のものがあるんでしょ?」
「あ……うん。メイプル……離れないでね」
「もちろん!」
メイプルはサリーの手を掴んで立ち上がらせると辺りを見渡した。
随分と大きな洋館のようで、今いるエントランスらしき場所から、入り口とは別に正面と左右に扉が三つ。
さらに階段があり、二階にも扉が見えた。
天井にはボロボロのシャンデリアがある。
また、壁に取り付けられている燭台の上で小さくなった蝋燭がゆらゆらと小さな火を灯していた。
「広いねー。で、どこへ行ったらいいの?」
メイプルがサリーに尋ねる。
「えっと……あれ?……ちゃんと調べられてない」
サリーの調べた情報にはいくつも穴があった。
それはまだ情報が集まりきっていないからというよりは、いつも通りの情報収集ができていないからであった。
「ならー、全部見て回るしかないか」
メイプルがそういうとサリーは首をぶんぶんと横に振った。
「ちゃんと調べてもう一回来ようよ。そうしよう?今このまま探索しても効率が悪いし、モンスターも弱くはないよ。戦闘回数も増えるだろうし最短距離を確認してから……」
そう話し始めたサリーをメイプルが目を細めてじっと見るとサリーは口を噤んだ。
「だーめ。ささっと探索して終わりにしよう?ほら、私がいるから大丈夫!」
「うん……」
メイプルがいるうちは発動しっぱなしの【身捧ぐ慈愛】によって、基本的に全ての攻撃から守ってもらえる。
サリーの足が生まれたての子鹿のように震えていても、やられる可能性は極めて低いのだ。
「じゃあ私の勘で……右っ!」
メイプルが右の扉まで歩いていき扉を開ける。
すると、少し埃が舞い上がった後で扉の向こうに伸びる廊下が見えた。
メイプルは耳に手を当てて廊下の向こうに聞き耳を立ててみるが、特に物音はしなかった。
「うん。何もいないかな」
メイプルはそう言って廊下を進んでいく。
長い廊下には左に曲がることができるところがいくつかあった。
またそれだけでなく、部屋につながっているのだろう扉もあって調べる場所は多そうだった。
「どこから行こうかな……うわっ!」
メイプルが足に違和感を感じて下を見る。
すると、歩き出そうとしたメイプルとサリーの足を、地面から伸びる無数の透けた白い手が掴んでいたのである。
手は少しずつ伸びて体を掴んでくる。
そして、道中にもいたあの女性の霊が壁からするりと抜けて二人に近づいてくる。
「めっ、めめめ、めっめメイプル!」
「待ってね!」
メイプルは兵器を剣に絞り、短刀を握った右手を大きな剣にし、足元の手を攻撃して払いのける。
これもまた倒せはしないもののすっと消えていった。
メイプルはしがみついてくるサリーの足元も丁寧に斬り払い、女性の霊も再展開した兵器による銃弾で撃ち抜いた。
「ふぅ。よし!もう大丈夫だよ?」
「うん……メイプルと一緒でよかった」
ひたすら弱々しいサリーは既にもう半分心が折れているようだった。
サリーが言っていたように一度駄目だと思ってしまえばそれで最後なのである。
「急いで探索して帰ろう!」
メイプルが歩き出した所で足元が鈍い青色に光る。
いつものサリーならばメイプルを避難させ自分も逃げることくらい容易いことだっただろう。
光は大きくなり、気づいた時には二人は転移していたのである。
光に包まれる中、緊急事態を察したサリーの感覚は、知りたくないことを鮮明に伝えてきた。
それは、掴んでいたメイプルの手がすうっと消えていく感覚だった。
光は薄れて、サリーが目を開けた時には目の前には知らない廊下が広がっていた。
「め、メイプル?ど、どこ……?ひっ……!」
震える声でメイプルを呼ぶサリーの左肩が、背後からポンと叩かれた。
サリーはビクッと背筋を伸ばして硬直し、本能的に左肩を確認してしまう。
そこには明らかに生きている人のものではない白く細い手があった。
そのまま異様に冷たい細い腕が目を見開いて硬直するサリーを背後から抱きしめてくる。
「あっ……あ、あ、やっ、わあああぁあっ!!」
サリーが叫びながら走り出すとその腕はするりと通り抜けることができた。
サリーはそのまま逃げて一つの部屋に飛び込んだ。
「は、はっ、はっ。ろ、ログアウト……」
サリーがログアウトをしようとパネルを出した瞬間、パネルに赤い赤い手形がドンドンと音を立てて現れる。
「ひうっ……」
一周回って生まれたサリーの冷静な部分が情報を思い出す。
一部エリアでのログアウト制限、そしてそこにいる徘徊モンスターの性質である。
触れられる度に【AGI】を減少させられ、それがゼロになった時に即死攻撃が飛んでくるというものだ。
そこは、普通に動ければ脱出は容易なエリアだった。
「お、追いかけてくる……」
猶予は長く、止まることなく注意して屋敷を歩き回れば捕まることもそうそうない。
もっとも、サリーにとってそれが容易でないことは自明であった。




