防御特化と無音の森。
二人は警戒しつつ階段を上り、何事もなくその頂上へと辿り着いた。
大きな木の枝は二人が立ってもまだ十分な広さがあった。
また、その場所には爽やかな風が吹き抜け、木の葉の揺れる音が響いている。
落ち着く緑と風の中、一本の枝の先に緑色の魔法陣が輝いていた。
「行きますか?」
「ああ、当然だ」
二人はコツコツと音を鳴らして枝の上を歩いていく。そうして接近した魔法陣はキラキラと輝いており、二人を誘っている。
メイプルが魔法陣に触れるとその体は緑の光に包まれて消えていく。
ペインもメイプルの後に続き、二人はどこか別の所へと降り立ち目を開けた。
先程とは一転、恐ろしいほどに静かな森。
立ち並ぶ木、青々とした葉。
瑞々しい赤い果実が輝く茂みに、高い空から見える青。
しかし、いきいきとしたその森には一切の音がなかった。小鳥のさえずりも木の葉のざわめきも、二人の足音さえ鳴りはしないのである。
「ここは……?」
メイプルはここにおいてただ一つ音となる、声をこぼす。
「MP増加スキルだったか?ちょうどいい」
ペインは、よく分かっていないメイプルにここで得られるものの説明をし始めた。
「分かりました。せっかくですし、頑張ります!」
「よし、行くぞ」
この森の中をどこへ向かえばいいのか、既にメモという形でその手に持っているペインは時折それを確認しつつ、無音の森を進んでいく。
「離れるなよ。ルートを外れるとモンスターが出るからな」
そう言ったペインの後ろをメイプルはピッタリとついていく。
ペインは、そのままこの先にいるボスモンスターの話を始める。
メイプルはその話をきっちりと聞いてより容易にボスを倒せるように備える。
そうしているうちに、二人はこの森に一度もモンスターの声を響かせることなく、目的地に辿り着いた。
風に木の葉が舞う広場。その奥には直径一メートルほどの切り株が一つあった。
「ボスが来るはずだ」
「えっ!?はい!」
メイプルがわたわたと大盾を構え剣を抜く。
それと同時、切り株の上で緑の光が形を成していく。そして、それを突き破るようにして全身が木で構成された人間が現れた。
その人間は160センチほどの小柄な体で、ツタと木の葉でできた帽子を被っている。
また、右手には同じく木でできたシンプルな杖を持っており、杖には花のついたツタが巻きついていた。
ボスモンスターが二人が攻撃するよりも先に、その杖を振りかざすと木の葉が舞い上がり二人に迫ってくる。
ペインはするりと木の葉の横を抜けてボスに攻撃するものの、メイプルはそうはいかなかった。
事前に知識を得た上で、回避するための速度が足りなかった。
「きゃあっ!」
木の葉がメイプルを取り囲む。
その効果は、現在の装備をインベントリの中の装備とランダムに入れ替え、戦闘終了まで固定するというものだった。
「っ……と?」
木の葉が消え、閉じてしまっていた目を開けたメイプルが最初に見たのは見覚えのある真っ白な鎧だった。
ペインとは違いメイプルのインベントリにはほとんど装備が入っていない。
装飾品は滅茶苦茶になっており、頭にはジャングルで手に入れた冠が乗っているくらいで、後はサブ装備でしかなかった。
「ん、大丈夫!」
メイプルは短刀を抜き放つと、先行してボスに攻撃を開始しているペインのすぐそばに立った。
「【身捧ぐ慈愛】!」
メイプルがペインに飛んでくる風の刃を代わりに受け止める。それは無力化されメイプルを傷つけるには至らない。
メイプルが盾を担うならば、ペインは矛の役割に集中できる。
金の髪に青の瞳。
純白の鎧を纏う二人はまるで兄妹のようだった。
慈愛に守られた慈悲なき騎士は光り輝く聖剣でもってモンスターの四肢を切り裂いていく。
最高クラスの攻撃力がそのHPを容赦なく奪う。
「短期決戦でいけるな!」
ペインは勢いのままに剣を振るう。
ボスの作り出す木の壁も、ツタの鎧も切り裂いて真正面からその全てを越えていく。
メイプルは砕けぬ盾となり守り続ける。
ボスの撃ち出す風の刃も、木の葉の渦もはじき返して真正面からその全てを踏み潰していく。
二人はこのボスモンスターが、一人きりで勝てる相手ではなかった。
ボスモンスターの木の体は朽ち果てた木に変わって、ボロボロと崩れ落ちていく。
ペインはさっそくスキルを確認し、メイプルは装備を元に戻していく。
そして、【身捧ぐ慈愛】で減ったHPを回復させようとインベントリを開いて、ポーションを取り出そうとしたところでようやく思い出した。
「あー!!回復できないんだった!」
習慣となってしまったいつもの動きが勝手に出てしまったのである。
わーわーと失敗したことを誰にでもなく告げるメイプル。それをペインは眺めていた。
今の様子を見ただけならどれほど勝てそうに見えるだろうと、ペインはそう思っていたのである。




