防御特化と糸蜘蛛。
「あー!やばいやばい!」
サリーは腹筋に力を入れて体を揺らしてみる。
右足に絡みついた蜘蛛の糸は外れそうにないものの、まだ完全に自由を失ったわけでもなかった。
「思ったよりいける……?」
となれば、あっさりと死んでしまわないように、いつも通りやれることをやるだけである。
しかし、長く考えている時間はない。
糸が巻き付いた木の幹を上ってくる蜘蛛は、もうすぐそこまで来ているのだ。
過去に似たようなことがあった時には、サリーはそのまま死に戻ることとなっていた。
「ああして、こう……考えてられないか!【氷柱】!」
蜘蛛の巣を伝ってほんの近くまで来ていた蜘蛛の体を次々に伸びる氷の柱が突いていく。
「ダメージは期待できないけど……来た」
サリーの視界に入ったのはルートを変更して氷の柱にぴったりと張り付いて動く蜘蛛である。
サリーよりも大きい蜘蛛はそこから直接サリーを狙おうとはしないようでいい的となっていた。
「【ファイアボール】【ウィンドカッター】!」
サリーが放った魔法は貧弱ではあるがダメージは確かに蓄積していく。
「【蜃気楼】」
サリーは別方向に自分の姿を作り出し、蜘蛛は見事にそれにつられた。
離れていく蜘蛛を確認して、サリーは糸が切れないかを試そうと糸に魔法を当ててみる。
しかし、糸には全く変化がなかった。
サリーは幻影を追って地面に降りた蜘蛛の上に浮かぶHPバーを見る。
残り八割半といったくらいである。
「……近くに来た瞬間に一撃で倒すしか」
今までのダメージから遠距離攻撃だけで倒しきることは出来ないと考えたサリーは、蜘蛛が手の届く範囲にまで来たその時に、反撃の隙を与えることなく倒すことにしたのだ。
「ドーピングシード使うか。まだ一回ならダメージ無効化できるし、諦めなくて済みそうかな」
サリーの幻影も倒されてしまったようで蜘蛛は同じように木の幹を伝い戻ってくる。
サリーは急いで【ドーピングシード】を取り出すとそれを口に入れる。
【STR】を上げ【VIT】を下げることで火力を底上げしたサリーはダガーを握りしめ、体を起こす練習を数回するとじっと蜘蛛を待った。
蜘蛛はサリーの真上まで来ると、サリーにつながる糸をスルスルと降りてくる。
「【ダブルスラッシュ】!」
サリーは反動をつけて体を無理矢理に起こすと、今にも右膝辺りにあった蜘蛛の顔や足をダガーで切りつけていく。
ただ、不安定過ぎる場所での攻撃だったのもあり、何発かは外してしまい、仕留め切れずにHPが二割ほど残ることとなった。
当然、反撃が飛んでくる。
蜘蛛の体が一瞬白く光り、溢れ出るように糸がどばっと現れる。
それは蜘蛛の周りでふわっと一瞬浮き上がるとサリーに向かって射出された。
「くっ……」
今のサリーにそれを完璧に避けきることはできなかったものの、左半身でのガードと右手のダガーの投擲によって、右手の自由のみは確保した。
「【衝撃拳】!」
かつてメイプルを巨大イカに撃ち込んだ際に使った空気の弾を放つスキル。
攻撃は蜘蛛の顔に当たり、複数ある小さな目の周りから赤いダメージエフェクトが弾ける。
代わりに蜘蛛から紫の糸が帰ってきて、サリーは気づいた。
あらゆるスキルが封じられたことに。
それは装備にまで及んだようで、朧も呼び出せなくなっていたのである。
これで蜘蛛が倒れていれば関係のないことだったのだが、そうはいかなかった。
「倒れない?本気?」
蜘蛛のHPバーはほんの数ミリだけ残っており、【ダブルスラッシュ】があと一撃当たっていればという風だった。
蜘蛛はサリーを糸で巻きながらサリーの首元までやってきて、いよいよサリーに攻撃しようとする。
「何か……」
打開策を考えるサリーの首を蜘蛛の口もとにある牙にも似た鋭い部位が搔き切る。
【空蝉】が発動しダメージは打ち消されるが次を耐える術はない。
「……!」
サリーがぐっと身をよじり糸が揺れる。
蜘蛛が再度牙を近づける。
一瞬の後、赤いダメージエフェクトが散り、HPはゼロになった。
「ふふ……ざーんねん……」
サリーはそうこぼして。
口を開けてにっこりと笑った。
その舌でコロコロと小さな目玉を転がしながら。
蜘蛛の姿は光の粒となって消えていく。
その時サリーは目元からダメージエフェクトを溢れさせる蜘蛛と目があったような気がした。
「恨むなら……メイプルを恨んでね」
蜘蛛の体がパリンと音を立てて崩れ去る。
「はは、まーずい」
サリーの頭の中に無機質な声が響く。
それは紛れもなくスキルの取得音だった。