防御特化と氷腕。
サリーは別の場所へと到着するとすぐに両方のダガーを抜き放ちながらぐるっと周囲を確認した。
サリーがいたのは曇り空の濁った雲で出来たドームである。
足下、天井共に材質は先程までの通路と何ら変わらない。
「……来る!」
何かが動く音を聞き逃さなかったサリーは音のした方を見つめる。
足下の雲の中からずるりと出てきたのは氷で出来た腕である。
サリーの身長の三倍程度のそれは肘から先しかなく雲から生える形で直立していたが、サリーを認識したのか素早く雲に沈み直し、一瞬でサリーの目の前まで移動してきた。
腕は握りこぶしを作ると、その腕でハンマーを振り下ろすようにしてサリーを殴りにきた。
「はっ!」
サリーは振り下ろされる腕を見切り、ほんの少しずれつつ腕の根元へと向かう。
途中振り下ろされる腕を通り魔のごとく切り刻むが防御力が高いのか思っていたよりもダメージは小さい。
そしてここでサリーは予想外の反撃を受けることとなった。
こぶしが床に叩きつけられた直後、そこを中心に数秒だけ移動を制限する揺れが広がっていく。
当然サリーも範囲内にいたため、その効果を受けて足を止めざるを得なかった。
そんな中、腕の周りにもともとあった白い冷気がより量を増していく。
何らかの攻撃が始まることはサリーには簡単に予想出来た。
「っ!よし【跳躍】!」
サリーが動けるようになるほうが若干早く、サリーは全力で腕から離れた。
それを追いかけるように腕の周りの床に氷の棘が広がり埋め尽くしていくが、サリーには後一歩のところで届かない。
氷の棘はボロボロと崩れ床へと溶け込んでいった。
「跳躍と超加速が両方使えない時はあの攻撃へのカウンターは駄目か」
一つ一つ丁寧に確認しつつ戦闘するサリーは、再度接近して拳を振り下ろしてきた腕に対して、今度は攻撃することなく距離をとる。
「【ファイアボール】!」
離れつつ振り返り、魔法を撃つ。
それは手首あたりに着弾し少量ではあるが確かにHPを削った。
「とりあえずこれで様子を見よう」
サリーは長時間の戦闘が苦手というわけではない。ましてや今回は現状一対一、サリーの得意な戦場である。
サリーはこのモンスターを安全を重視してゆっくりと倒すことにしたのである。
氷に炎は良く効いた。
最弱クラスの魔法でも見えるだけの減少量があるのだから、なかなかである。
そうしてサリーは二十五分かけてHPバーを残り六割まで削った。
「はあ……」
サリーは腕の方を見て少し面倒に思う。
なぜなら、その周りから雹を飛ばしてくる雲が二体生成されたからだ。
雹攻撃の避け方もかなり上手くなり苦戦するようなことはないが、面倒かどうかという話とはまた別である。
サリーは集中力ももう一度高めて腕へと近づいていく。
モンスターに感情はない、しかしもしあったのなら全ての攻撃を避けていくサリーのことは恐怖の対象になりえただろう。
攻撃は厳しくなったもののそれでもサリーに当てられる程ではなかった。
【氷柱】も駆使し隠れ場所を作るサリーが被弾するにはまだまだ弾幕も攻撃速度も足りない。
そうしてHPバーが四割を切ったところで雲はさらに四体増えた。
「まだまだ……おっ、と!」
サリーは足下に突然現れた魔法陣に気づき、そこから飛び退いた。
すると、先端の鋭い氷が突き出してきた。
そしてそれは何もせずともすぐに壊れてしまう。
見れば腕は手のひらを天井に向けて開いており、そこから青い魔法陣が広がっている。
サリーの後を追って足下からは魔法陣が展開され続け、立ち止まることは困難になってしまう。
「……」
サリーは少し考えた。
それは今回の戦闘とは直接関係のないものだったが、それがサリーの決断の理由にもなった。
「ダメージは……まあ、受けてもいいか。やってみないと」
サリーは【STR】を上昇させるドーピングシードを限界まで使用し、氷の腕に向かって真っ直ぐに走り出した。
飛んでくる雹を避けて近づく。
距離はすぐにゼロまで縮んだ。
「はあっ!」
サリーの振るうダガーが腕に突き刺さる。
ダガーとは思えないその攻撃力がHPバーを吹き飛ばしていく。
腕の周りをぐるぐると移動しながら攻撃し、腕のHPが残り二割になった時、腕を中心に地面が青く光った。
それでもサリーは攻撃の手を止めず、腕が力尽きるより先に鋭い氷がサリーに突き刺さる。
しかし【空蝉】が発動し、サリーのダメージはなかったことになる。
攻撃のみに集中していたサリーは次の腕の攻撃を受けることなくそのHPバーを削り切った。
そして、サリーへの通知音を最後に戦闘は終了した。
戦闘が終わり、サリーはぐっと伸びをする。
「まあまあ……いける、かな」
サリーは一人頷くと通知を確かめる。
サリーは今回一つのスキルを得た。
「【氷結領域】……」
【氷結領域】
水系スキルを使用した後、十分間使用可能。
魔法、物体を凍らせる。
プレイヤー、モンスターへ直接影響することは一切ない。
敵味方関係なく攻撃に氷属性を追加する。
「ま、そこまでかな。あれを倒せば誰でも手に入れられるみたいだし……今日はそろそろ終わっておこう」
サリーはダガーをしまうと出現した魔法陣に乗って雲の中を後にした。




