防御特化と入道雲。
真っ白な雲の地面は所々出っ張っていたりへこんでいたりして走るには適さない地面である。
サリーと言えども全力の半分程の速度で走るので精一杯だ。
それより速くしようと思うとバランスを崩したりさらには転んだりしてしまうだろう。
「さてと、とりあえず何か見えてきたけど」
サリーの視界に映っているのは空高くまで伸びる雲だった。
夏空に浮かぶ入道雲のような存在感があるそれの下の方、つまりサリーが今いる地面から続く所にその雲の中へと入っていくことが出来る道があった。
「入るか……うん、そうしよう」
サリーは二本のダガーを抜くとそれらを構えて入道雲の中へと入っていく。
狭い入口を抜けると、ある程度の高さのある道が何本も伸びていた。
さながら迷路といった構造にサリーは出会い頭の事故を警戒して一歩一歩進んでいく。
「トラップ……なし。モンスターなし、おっけー」
壁や床をトントンと叩きつつじりじり歩くサリーは、見えてきた曲がり角のその先を壁にぴったりと張り付きながらちらっと窺った。
「おっと」
通路にふわふわと浮かんでいたのは灰色の雲だった。雨雲というような見た目である。
「朧、【瞬影】」
サリーは姿を消して雲へと一気に近づくと両手のダガーで数回の攻撃を繰り出した。
雲の上に浮かぶHPバーはガリガリと削られていき、サリーの姿が見えるようになり雲が反撃をしようとしたその時にちょうどHPバーはなくなった。
「そろそろ【剣ノ舞】が最大値じゃないと一人ではキツイなあ……」
テンポよく敵を倒すことが出来なければ回避しなければならない回数は当然増える。
回避をうまく成功させるためにはある程度の攻撃力は必要だった。
【剣ノ舞】が最大値でも走り抜けるままに敵を倒すことは出来なくなってきていた。
それはサリーのステータスにモンスターが追いついてきたということだ。
「新しいスキルが欲しいな、っと」
サリーが道なりに進んでいくと今度はバチバチと音を立てて放電している雲を遠くに見つけた。
「なるほど……ならさっきのは水で攻撃してきたのかな?」
先程姿を消して瞬殺した雲が雨雲なら今回の雲は雷雲である。
「ちょっと攻撃範囲を確認しておこう」
サリーはいつでも逃げられるように構えつつ雷雲へとゆっくり近づいていく。
ある程度近づいたところで雷雲からさらに小さな雷雲が分離し、周りに散った。
「おっと!」
サリーが咄嗟に分離した雲から離れると少しして本体を含めてそれらに弾ける青白い雷が伝っていった。
空気中を何本も横切る雷の糸はしばらくすると消えていった。
それを確認したサリーは【跳躍】で一気に接近すると【ダブルスラッシュ】と通常攻撃で雲を屠った。
「発動遅いし雷雲は雑魚だね」
メイプルでも事前に準備していれば躱せるのではないかというくらいの攻撃発生速度である。
範囲がある程度広いとはいえ、今回サリーにとっての脅威とはなりえなかった。
サリーは道の中でも坂道になっているものを選んで歩いていた。
ゴールは入道雲の頂点ではないだろうかと考えていたからである。
そして、その考えは当たっていた。
「お?もう抜けた?」
サリーの視界に空の青が入ってくる。
それは雲から出られることを意味していた。
「よっと!」
坂道を登りきったサリーは雲の頂点に出てきた。
「難易度低めかな」
モンスターにほとんど出会うことがなく、道のりも長くない。
サリーも過去の階層で素材集めのためにこのようなタイプの場所を何度も攻略したということもあった。
そこでサリーは足元に白い花弁の小さな花があることに気づいた。
それに手を触れたその時。
花の中心からぽろっと白い球体がこぼれ落ちた。
サリーはそれを拾い上げるとアイテム名を確認する。
「【天まで届けシャボン玉】?」
もう一度取りに来ることは比較的容易と言えるため、サリーはそのアイテムを早速使ってみた。
雲と同じ白の球体がぱちっと弾けて、サリーの周りの地面から次々とサリーが抱きしめられるかどうかといったくらいのシャボン玉が空へと舞い上がっていく。
「掴めるかな?」
サリーが手で表面を押すとそのシャボン玉は一瞬だけぐっと反発したもののすぐに割れてしまった。
「続いている間は見ていようか……綺麗だし」
空からの光を受けてキラキラと光るシャボン玉を見上げながらサリーは呟く。
一分ほどすると地面からシャボン玉が湧き出てこなくなり、空へと昇っていったシャボン玉も見えなくなってしまった。
サリーには有用なアイテムではなかったことに残念に思う気持ちもあったが、仕方ないと割り切った。
「まあ、攻略も簡単だしこんなくらいだよね……あっ、でもメイプルのためにもう何回か取りに来るのはありか」
メイプルならこのアイテムは喜びそうだと思ったサリーはしばらくはここに通うことにしたのである。
メイプルのために色々と探して来るというのもまた目的の一つなのだ。
幸い町からもそう遠くなく敵の強さも量もそこまでで苦にはならないくらいだったのもあった。
「よし、次の見所を探しにいこう」
サリーは入道雲の入口へと向かって雲の道を下り始めた。




