防御特化と五層。
狐が完全に光となって消えた後で五層へと繋がる道が現れた。
「ありがとうフレデリカ。フレデリカに何かあったら手伝うから、またね」
「……え、ああ、うん」
まだ悟りの境地から戻ってきていなかったフレデリカが力のない返事をし、それを聞いたメイプルは五層へと姿を消した。
「メイプル、どこで?いや、あそこかー」
フレデリカが一人考えていると、今の今まで棒立ちになっていた隣のプレイヤーが話しかけた。
「どこだ?あのスキルに見当でも……」
次第に回り始めた彼の頭が一つの可能性を探り当て、話の途中ではっとする。
「うん、多分四層の白鬼かなー」
「弱体化させる方法が見つかったのか……?」
「どうだろうねー。メイプルなら……」
弱体化などなしで倒しているのかもしれないとそう思ったフレデリカだった。
確固たる証拠がなくともそう信じられるくらいの信用。
メイプルを強いと思っているが故の確信だった。
「五層、とうちゃくっ!」
メイプルは【楓の木】の面々から少し遅れて五層への第一歩を踏み出した。
少し弾力があるふわっとした地面は一つの汚れもない白。
そこは一面雲の国。天上の楽園だった。
「家のベッドよりふかふかかも」
足から伝わる感触に癒されながら、メイプルはギルドホームへと向かっていった。
「ここが今回の町かあ」
雲の壁を超えた先には眩しいくらいの白の町が広がっていた。
現実には存在出来ない濁りのない壁や道がそこにはあった。
「あれ、でもこれは雲じゃないんだね」
メイプルが家の壁に触れるとつるつるとした感触が伝わってくる。
足下の雲とは違い、磨かれた石材を思わせる質感だった。
「そういえば私も雲の上に立てるし、この層でも探せばいろんな素材があるのかも」
メイプルはこの層に存在するアイテムが必ずしも雲でできているのではないのかもしれないと思いながら歩き、マップも確認しつつギルドホームへと辿り着いた。
メイプルは白い扉を開けて中へと入っていく。
「誰も……いないね。うん、じゃあ私も今日はログアウトしよう。ああ、疲れたー!」
メイプルは青いパネルを出すとトントンとタップしてログアウトした。
現実に戻ってきた楓はベッドの上でぐっと伸びをした。
「本当、今までで一番戦った一日だったかも。でも五層へは行けたし……しばらくはのんびりしようっと」
そうしてこの日はいつもよりも深い眠りについたのだった。
数日後。
メイプルはギルドホームでサリーと話していた。
「ああ……そっち行っちゃってたかー」
「そうだよー。今までで一番疲れたよ……」
「だろうね。なんだか噛み合ってないと思ってたんだ」
「確かに今考えたらそうだったかも」
そしてメイプルは鬼を倒した後どうやって五層へ来たのかを話し始めた。
そしてその途中でメイプルはフレデリカに【百鬼夜行】を見せていたことに気づいた。
「疲れてて何も考えてなかったよー」
苦笑するメイプルにサリーが気にすることはないと伝える。
「まあ、いいんじゃない?もうそれくらいなら驚かないかもしれないし」
フレデリカなどはもう何が出て来てもおかしくないと割り切っているプレイヤーに入るだろうと思っての発言だったが、実のところはそんなレベルには至っていなかった。
サリーが既にその領域に足を踏み入れつつあったためその評価となったのだが、もっとも近くにいたサリーでようやくというくらいだった。
「そっか、じゃあ話は変わるけどサリーはもう五層は探索したの?」
メイプルの質問にサリーは少し間を置いて何かを思い出してから答えた。
「まだ全部ってわけじゃないけどある程度はね。立体構造になっている所が多くて階段の上り下りとか坂道とかが多いフィールドだよ。あとは……」
「あとは?」
「地面の感じが結構違うから走ってたりすると転びそうになる」
「そうなの?気をつけた方がいいかな」
「私にとっては死活問題だからねー」
激しい攻撃や多対一の戦闘よりも、足元が不安定だったりすることがサリーにとっての問題なのである。
微調整しなければ全ての回避が狂ってきてしまうのだ。
「メイプルはこの後探索いく?」
「私はいいかな。一週間分ぐらい戦った気分だから探索はまた今度」
「そっか……自分のペースで楽しむのがいいよ。その方が長続きするし、もっとメイプルとゲームしていたいから」
最初から変わらない、曲がらないその気持ちがサリーの原動力の一つであることは間違いなかった。
「うん、楽しんで遊んでるよ」
「ならよかった。さてと、私は探索に行ってくるよ。どこかメイプルの好きそうな景色の場所とか見つけてこようかな」
サリーは座っていた椅子から立ち上がるとメイプルに対して微笑みかける。
「おー!嬉しい!」
「メイプルの分も探索してくるから期待してていいよー?」
「するする!」
「じゃあいってくる」
「いってらっしゃい」
挨拶を交わすとサリーはギルドホームから出て入口の扉をきっちりと閉めた。
「そっか。勝ったかあ……」
閉めた扉にもたれて空を見上げる。
青く澄み渡った空がサリーの目に映った。
サリーは目を閉じて一度静かに深呼吸すると扉から離れて歩き始めた。
「負けるのは嫌だなあ、うん」
遠くなった距離を詰めるためにサリーは走り始めた。
「誘っておいて、負けず嫌いで……ごめんね」
誰に話しかける訳でもなくサリーは一人呟いた。