防御特化と夜。
ズブリと突き刺さったダガーにより、また一人のプレイヤーが光となった。
日が沈んで三時間。
メイプル達は危なげなくオーブを守りきり、ポイントを加速させた。
早めに防衛から抜けたサリーは再びフィールドを駆け回っているのだ。
三時間の内に奪ったオーブは二つ。
倒したプレイヤーは数え切れない。
今も一人のプレイヤーを倒したところである。
「ふぅ、もう九時か……明日の朝までに後いくつオーブを奪えるか……」
サリーがマップを確認する。
そこには夥しい量のメモが書き込まれていた。
内容は武器修理アイテムの場所、地形、ギルドの規模や防衛の基本人数、偵察部隊がよく通る道に、待ち伏せの可能性の高い場所など多岐にわたる。
イベント開始から九時間。
走り回って続けた偵察によって手に入れた情報を元に、ギルドの隙を突いているのである。
サリーがここまでして一日目から全力を尽くしている理由は、倒しやすいギルドが残っている内にオーブを奪いたいからだ。
後半になればなるほどオーブを巡る争いは激化する。
最終日までに小規模ギルドの全滅というのもあり得るのだ。
そうなってはオーブを奪えない。
「先行逃げ切りが唯一の勝ち筋……」
だからこそサリーは走り続ける。
無理と危険を覚悟して。
「次は……よし、ここにしよう」
サリーは再び走り出す。
その頃、あちこちで出来つつある同盟が、サリーに倒された偵察部隊からサリーの存在を知りつつあった。
所変わって【楓の木】ではユイとマイが話していた。
「ねえねえ、マイ。私達、やっぱり普通の攻撃は避けられないね」
「そうだね……でも短剣ならまだ見慣れているからもしかすると一回くらいは避けられるかも?」
サリーの武器である短剣の攻撃動作は、訓練の中で最も目にした回数が多い動作だった。
そのため、他の武器と比べれば通常の攻撃の動きも読みやすいのだ。
と言ってもあくまで比較的読みやすいだけであり、安定して躱せる訳ではない。
「それでね、私思ったの。私達の個性を目一杯使える戦法ってあるかなって」
ユイはフルメンバーでの戦いで全員が個性を発揮しているのを見たことで、自分達も何か出来ることがないか試してみたくなったのだ。
もっとも周りから見れば二人も個性の塊なのだが、とにかく自分というものを発揮して、役に立ちたいと思うお年頃な訳だ。
「うん、なるほど」
「それでね、一つ思いついたんだけど……」
ユイがマイの耳元で小声で話す。
それは思わず目を見開いてしまうような突飛さで、そして二人だからこそ可能になる戦法のように思えて、二人は顔を見合わせてどちらともなく笑い合った。
「すごい!いいと思う!」
「でしょ!ここぞっていう時に上手く出来たらいいなって」
「そうだね!」
二人は作戦の細かい部分を話し合い始めた。
それを少し遠くから眺めつつ話しているのがカナデ、メイプル、クロムの三人だ。
「僕、ちょっと偵察に出てくるよ。二時間くらいになる」
「そう?分かった」
メイプルはカナデの外出を許可した。
防衛戦力も十分。二時間で帰ってくるのなら就寝時間での交代にも間に合う。
止める理由がない。
カナデは初めてギルドから出るとマップを確認して歩き出した。
「サリーに貰った情報通りならこっちかな」
カナデは偵察半分、オーブ奪取半分くらいの気持ちで外に出てきた。
サリーの作り上げたメモで溢れたマップは、八人での戦闘の後に見せてもらっているため完全に記憶している。
「ちょっと無理し過ぎだし、助けてあげないとダメだね」
サリーも無制限に動ける訳ではない。
休む時間を与えるためにカナデもオーブを奪いに向かう必要があった。
カナデは目的の方向へと歩き、そして隠れている森のその木々の隙間から夜闇に輝くオーブを目撃した。
「中規模ギルドのは……あれだね」
カナデは本棚を具現化させるとどれを使うかを吟味し、最終的に二つの魔道書を使うことに決めた。
「思ったより早く帰れそうかな……さて【巨人の腕】」
カナデの声に応じて一冊の魔道書が飛び出てくる。
効果は右腕の変質。
ほんの少しの時間だけ腕を長く太くする魔法。
操作性が悪く、効果時間も短いため細かいことは出来ない。
しかし。
七メートル先のオーブを握り込み足元に投げることくらいは出来る。
「【フレアアクセル】」
カナデは爆炎と共に加速し、オーブ一つを手にしてギルドへと駆けていく。
「お、追えっ!!今すぐだっ!」
カナデの背後から聞こえる声はすぐに遠のいていく。
不意打ち過ぎる一撃に反応が遅れてしまった彼らは魔境にお宝を持ち帰ることを許してしまった。
「これで、少しでも助けになればいいんだけど」
今も走り続けているであろうサリーのことを思い浮かべながら、カナデは【楓の木】の中へ駆け込んだ。