【友葉学園】花火と素直とツンデレと
登場人物:
隅田 牡丹 ツンデレ系女子
淀川 菊 単純系男子
堀宮 乱華 ビッチ系女子
ビッチ系女子とはなんぞ
友葉学園 高等部1-C
「あ、あの! 隅田さん……いや、隅田 牡丹さん! 俺と付き合ってください!」
クラス全員が注目する中、告白をする男子生徒。
それに対して私は辛辣な答えを返してあげた。
「……はぁ? あんた本気で言ってるの? 嫌だ」
「……そ、そんな……」
「そもそもクラス全員の前でよくこんなこと言えるわね。気持ち悪っ。そんなの相手が断り辛くなるだけだし、もっとシチュエーション考えたら? まあ私はそんなの構やしないけどね」
見事に玉砕された相手はフラフラとおぼつかない足取りで机に倒れこんだ。
「……す、隅田さん言い過ぎだよ……彼も頑張ってたんだろうし……」
「……いいのよ。どうせ死体回収されるだろうし」
その数秒後、彼の元に駆けつける一人の女子生徒。
「大丈夫ぅ?」
「……ほ、堀宮さん、俺立ち直れないよ」
「だったら、今度二人で遊ばない?」
「えっ?」
すると、彼女は男子生徒の腕を抱きしめるようにして立ち上がらせた。
「ねー、私とイケナイ遊びしようよー?」
「えっ? えっ? えっ?」
その一部始終を最後まで見ることもなく、私は机に頬杖をついた。
「……ほら、アイツがいるから気にすることないのよ。それにあんなフラれてすぐに別の女のところに行くようなやつ、上手く行くわけないじゃない」
「……そうは言っても」
「もう淀川うるさいっ! 相手が悪いって見てわかるでしょ! もうあっち行って!」
「……ご、ごめんね」
……しばらく反応がないと思って顔を上げると、その場にはすでに淀川の姿がなかった。
「ちょ、ちょっと別に本気にしなくても……」
「えへへ〜、彼の番号ゲットした〜。牡丹ちゃんありがとねー」
ため息をつくと、ちょうどさっきの死体回収人こと堀宮 乱華が声をかけてきた。
「……んなの集めてどうすんのよ。ってか何股?」
「うーん……この学年だけでも10人くらいかな?」
なんでこんなビッチがいるんだろう。
しかも、私が玉砕するおかげで、上手に男が釣れるらしい。
私は疑似餌か。
「あれ? 淀川くんどこ行ったのかな?」
「……勝手にどっか行った」
「そっかー、じゃあ私が慰めてこよぉっと」
「や、やめて!!」
私が必死に堀宮の腕を掴むと、彼女はニヤァと笑った。
「わかってるって、淀川くん寝盗ったら牡丹ちゃんから嫌われちゃうからねー」
「……私、淀川から嫌われてるかな?」
「少なくとも苦手だとは思われてるかもね。彼、単純だからツンデレとか分かんないと思うし」
ツンデレ……か。
正直自覚はしている。昔から本心を見られるのが嫌で、つい反対のことを言ったりキツく当たったりしてしまう。
本当なら告白だって、やんわりと断れたらいいんだろうけど……。
「デ、デレるってどうすれば……?」
「素直になればいいじゃん。なんでも言葉を真に受けちゃう彼ならそれで一発だよ。疑うとかもしないだろうからね」
それが出来れば苦労しない。
「……そ、そんなの私に出来ないよ」
「じゃあ他の男で練習を……」
「アンタと一緒にしないでアバズレ」
「くぅ辛辣だね。否定はしないけど」
……だめだ。マトモじゃないから参考にならない。
「仕方ないなぁ。じゃあ牡丹ちゃんにもできる淀川くん誘惑法を伝授してあげよう」
「……あんまり期待してないけど聞かせて」
「まず一言『ホテル行きたいんだけど付いて来てくれる? べ、別にアンタと行きたいとかじゃなくて中が見たいだけなんだからね!!』と言ったら……」
「もういい」
結局そうなるのか。
「……もうワガママだなぁ! ワガママなのはボディだけで充分でしょ! 牡丹ちゃん私よりもスタイルいいんだから、誘惑で行けるよ」
「……そ、そんなの嫌なんだけど」
「そんなこと言ってももう無いよ。あとは今度の花火大会で茂みに誘い込んでハメるしか方法は……」
「……ハ、ハメ……ってアンタ一人の男とどこまでやってるのよ」
本当に堀宮といて良さそうな気がしない……っていうか、あれ?
「……さ、さっきなんか重要な一言が聞こえた気がしたんだけど」
「……青姦?」
そんなこと聞いてない。
「そうじゃなくて花火大会って!」
「うん、今度河川敷でお祭りがあって、そこで花火大会が……」
「そ、それに誘い込めれば……」
「茂みに?」
ややこしいから黙ってほしい。
「ごめんごめん。でもお祭りかぁ。いいね、私も誰か誘って行こうかな」
「……いや、でもそうか……それ以前に誘うにはどうすれば……」
「っていうか、なんで牡丹ちゃん淀川くんのことが好きなの?」
「すっすすすっすっ好きなんて一言も言ってないし! べ、別に好きじゃないし……」
「……そうだよね。ごめんね、隅田さん。嫌いなのにベタベタして……」
いつの間にか帰ってきた淀川に気づかずにまたツンを言ってしまった。
淀川は席に戻ると机に身を任せるように倒れこんだ。
「……あーあ、このままだと本当に疎遠になっちゃうよ?」
「……そ、そえん……」
それはマズイ。幼稚園の頃からお隣さんだった彼と離れるなんて考えられない。それこそ人生が丸ごと変化しそうだ。
「……もう誘惑でも強引でもいいから男子と付き合うコツ教えて……」
「最初からそういえばいいのに。……とりあえず冗談とかそういうのは無しにして下の名前で呼んでみるとかしたの?」
「……し、下の名前……えっと、なんだっけ」
「菊くん。好きな相手以前に、同じ花の名前なんだから覚えてあげてよ」
ぐぅ……幼馴染として有るまじきことだ。
…….まあ堀宮が知ってるのはアレだろ。ビッチだから。
「菊……菊、菊」
「まあ、本人の前じゃなかったらそりゃあ言えるよね……。淀川くーんこっちこっち!」
「ちょ、ちょっと堀宮!」
「な、なに? 堀宮さん」
淀川もなんで来るのよ……。さっきあんだけ拗ねてた癖に。
「……ほら、牡丹ちゃん!」
「……あ、あの……き……き……」
「……き?」
「き、来てんじゃないわよバカッ!!!」
あーもうダメだ。
*****
「……牡丹ちゃん、泣くことないじゃん。多分淀川くんの方がよっぽど泣きたいと思うし」
そりゃそうだ。呼び出した結果、暴言吐くだけ。
相手からすれば泣きたくもなる。
「……でもぉ……私だってキツいんだもぉん……」
「キツイのは牡丹ちゃんの言葉。もっと返すにしても優しく返せないの?」
「……無理だよ。私昔からこんなだし」
「……私と話すときは普通だよ? もしかして浮気症な人と話しやすいのかな。危険な女だね〜」
「何言ってんのよバカ」
「それだよ。その単純な言葉でも牡丹ちゃんが言うと奥までズボッとやられたような感じがするの」
私は言葉だけでレイプは出来ない。
「……とにかく、その口調直さないと難しいかもよ。淀川くん色々弱虫なところあるからね」
それは……流石に知ってる。
*****
放課後、少し遅れて校門を出ると淀川が待っていた。
「隅田さんお疲れ様。じゃあ帰ろっか」
「え、あ、うん……。ね、ねぇ淀川……私のこと嫌いじゃないの?」
まさか待ってるとは思わなかったので、尋ねる。
「え? なんで? ……嫌われてるのは知ってるけど、僕は別に……。も、もしかして、鬱陶しかった?」
「……別に、帰り道一緒だし仕方ないわよ」
嫌われてなかった。 少しホッとしたけど、嫌われてると思われてるというのもなかなかキツイ。
「……そういえば、今年もあるんだよね花火大会」
「……そうね」
「幼稚園や小学校の頃はよく一緒に行ってたよねー」
「……まあ最近はメッキリなくなったけど」
私がそう言うと、淀川は少し残念そうに笑った。
「まあ、お互い他の友達ができたんだから仕方ないよ」
「べ、別に私は残念とか思ってないし」
「ぅ……辛いなぁ」
また真に受けたらしい、どれだけ素直なんだろうか。
冗談でも死んじゃえとか言わないようにしよう。
「……まあまた行ってあげてもいいけど」
「えっ?」
「……なに? やっぱ私みたいなヤツとは行きたくない?」
「あ、いや、そうじゃなくて……逆に俺みたいなヤツといいのかな……って……」
……?
「だって、隅田さん俺のこと嫌いでしょ?」
「……な、な、な、そんなことあるわけないじゃないっ!!」
「あ、あるわけない……? じゃあ俺のこと……」
「好きじゃないわよ!!」
「やっぱりそうなんじゃん……」
ああもうなにしてんの私。
「と、とにかく! 今度、河川敷の近くの公園にいなさい! 時刻は18時! 来なかったら許さないから!」
「え、ええっ!? わ、わかったよ」
*****
「で、誘えたんだ! やったじゃん」
「それはそうだけど……そういえば、アンタ昨日の電話なんででなかったの?」
「ごめんごめん、カラオケ行ってて気づかなかった!」
電話したの確か10時回ってたんだけど。未成年がなにしてるんだか。
「それよりも何かいいかけてたでしょ?」
「あ、うん。 堀宮も祭に来てくれない?」
「……。まあ私も行くつもりだし、合流くらいなら」
「男は捨ててきて」
「えーっ!!? じゃあ無理ぃ!!」
この……糞ビッチが。
「何か屋台奢るからさー」
「じゃあいいよ。財布なかっただけだし」
「アンタ……『パパ』から貰ったりしてないの?」
「してるけど、カバン買ったら消えちゃったー」
アンタにとって男は財布か貯金箱かよ。
*****
そして、当日。
約束の時間より少し早めに来たのに、淀川は先についていた。
「待たせたかしら」
「ううん。でも20分くらいは待ってたかな」
「こういうときは嘘つきなさいよ」
ため息を吐き、手提げの巾着を肩に回す。
「そういえば浴衣なんだ」
「そういうアンタはシャツなのね」
「男はあまり浴衣を着てお祭りに行くことはないから」
「……そういうもんなのね」
……うぅ焦れったい、早く聴きなさいよ私!
「……隅田さん、やっぱり浴衣似合うね」
「え? そ、そう?」
「うん。髪も結ったの?」
「……うん、お母さんにしてもらった」
「可愛いね」
「ハ、ハァッッッッッッッ////////!!!」
あまりの不意打ちに全身の毛穴がカッと開いたような錯覚を覚えた。
「な、なに!? 僕間違ったかな?」
「っ……い、いい。ちょっとトイレ……」
「え、でもトイレはこっちだけど……」
「……が、我慢できないのよ!!」
私は訳も分からずそういうと、茂みに逃げていった。
*****
水道の水で火照った手を冷やし(顔はメイクなので諦める)改めて戻ると、ちょうど堀宮も来たところだった。
「ヤッホー淀川くん!」
「こんばんは、堀宮さん」
……いやいやいやいや
「……ちょっとアンタこっち来なさい」
「えっ? なに? 牡丹ちゃん」
「いいからこっち来いって言ってんのよ!!」
「やだそんな無理矢理されるのは初めて」
意味深な台詞を残した堀宮を連れて、茂みに向かうと私は堀宮に説教を開始した。
「とりあえず時間通りに来たのは褒めてあげる。あと、男いないのも」
「まあ、そこはちゃんと考えてたからね。私偉い!」
「……でもね。その格好はなんのつもり!?」
堀宮は頭の悪そうな膝丈にサイズが合ってないのか胸元を見せびらかすような浴衣ドレスを着ていた。
「別に変じゃないでしょ?」
「アンタにとって全裸以外はまともな格好なのは知ってるわよ! 淀川を誘惑する気!? 胸元とかケダモノホイホイじゃない!」
「あー大丈夫大丈夫、浴衣の色とブラの色揃えたから」
「そういう問題じゃ……もういいわよ」
もう格好のことを言っても、今更どうにもならないだろう。
私は諦めて、淀川のもとに戻った。
*****
とりあえず花火まではまだまだ時間があるので、河川敷沿いの屋台を見て回ることにした。
「あー、満足満足」
「アンタ……奢られるとか言って、たこ焼きとりんご飴とかき氷しか食べないのね」
意外にも財布に優しい堀宮。
「そういえばさっきから思ってたけど、堀宮さん今日すごい格好だね」
「よし、淀川。射撃に行くわよ」
「射撃か。面白そうだね」
そして扱いやすい淀川。素直すぎて心配になる。
「おじさん、2セット」
「はいよ。じゃあ240万円」
「えぇ!? そんなにないよ!」
私は慌てる淀川を無視して240円を台に置き、銃とコルク玉を2セット分の10発もらった。
「さて……細工してないわよね?」
「してないしてない」
無論信用できない。
射撃屋とクジ屋と型抜き屋は三大イカサマ店と言われたりするくらいだ。
私はとりあえず狙いを定める品を選ぶことにした。
「……じゃあ、あのストラップ辺りを」
とはいえ、なかなかの小ささ。
3発撃っても当たらなかったので、近くのドロップの箱で妥協した。
……まあそれでも2発使ってしまったわけだが。
「ほら、淀川。半分使いなさい」
「あ、ありがとう。……残りの239万9760円頑張って払うね……」
「……それはもういいから」
そういえば、淀川のこういうスキル的なものは初めて見る。
考えてみれば淀川の運動も成績も料理やゲームの腕前とかも全く知らない。
……片思い失格じゃないか私。
「隅田さんが欲しかったのって、あのクマイラだよね?」
「……クマイラ……う、うん」
クマイラって言うんだ、あの微妙なキャラ。
「……えいやっ!」
チャリン
「おー! あんちゃん一発目とかやるなぁ。ほら、ストラップ」
「ありがとうございます! はい、隅田さん」
「えっ? あ……うん。悪いわね」
まさか一発目で当てるとは思わなかった。
ということは、まだ4発彼には残ってるということになる。
「じゃああの大きいクマイラも手に入れようかな」
「は?」
いや、どんだけ素直なの。
「え? なにかダメだったかな?」
「ダメもなにも……細工されてるかもしれないじゃない」
「そんなことないよ。ねえおじさん」
「……お、おう。そうだな……」
めっちゃ後ろめたそうなんだけど。
「じゃあ行くよ……」
とはいえ、棚とくっつけてあるのだろうクマイラは弾かれたようにびくりと動くだけで、落ちる気配はない。
「……うぅ最後の一発だ」
「……ね、ねえ淀川くん。私もそろそろ別のにした方がいいと思うんだけど」
堀宮も加勢するが、彼の意志は固いらしい。
「いや、絶対おじさんは悪くない人だから」
「グサッ」
あーもう、悶絶してるよ。
「……ちょ、ちょっと待って。少し配置変えるな」
すると店のおっさんは棚の前で何やらコソコソとして、クマイラを置き換えた。
……なにかマジックテープを剥がすような音が聞こえた気がしたけど、気のせいだろうか。
「おういいぞ坊主」
「ようし……そい」
すると今度は、綺麗に後ろへコトリと倒れた……完全に罪悪感に負けたようだ。
「……アンタには負けたよ。ほら、賞品のぬいぐるみだ」
「やったね! 隅田さん!」
「そ、そうね……」
「そういえば、堀宮さんはしなくていいの?」
「私はいつも別の銃撃ってるから構わないよ」
下ネタか。
「そういえば、おじさん負けたって言ってたけどなんのことかな」
その問いに答える人は誰もいなかった。
*****
ある程度屋台を回ったので、近くのベンチで休むことにした。
「疲れたねー」
「ちょっと堀宮! アンタ真ん中取らないでよ!」
そうしたら、淀川の隣取られてるみたいでヤダ。
「じゃあ僕が……」
「そ、それも嫌!」
それも結局ビッチの隣に淀川を座らせることになるからヤダ。
「じゃあどうぞ牡丹ちゃん」
「……そ、それも何か」
小恥ずかしい……。
「そうだ。 淀川が立っていればいいじゃん」
「えっ!? なんで!!」
「そうしたらみんな救われるの!」
「そうなのか! じゃあ立つよ!」
……ん? 私なにかすごく酷いことしなかった?
「じゃあ、隅田さん。りんご飴」
「……そっか、預けてたんだっけ」
そう言いながら、私はビニールを剥がしてりんご飴を舐めた。
「牡丹ちゃんエローい」
「うるさいわね!」
「うん、色っぽいね」
「……っ」
流石に淀川から言われるのは恥ずかしいので、私は舐めるのをやめてコリコリと齧るようにして食べた。
「あ、牡丹ちゃん。ほっぺ飴ついてる」
私は頬を擦ると、堀宮に再度尋ねた。
「……まだ取れてないね」
「隅田さん、こっち見て」
すると、突然淀川は私の顎を持ち上げながら、頬をハンカチで拭った。
「よし、これで取れたよ」
「な……な……」
「……うん?」
落ち着け落ち着け私、何もなかった何も……
「そんな自然に顎クイなんてしちゃって、しかも、子どもみたいに口拭いちゃって」
「ひ、ひやあああああああああああ!!!!」
私は祭り会場を突っ走り、自宅へ逃げてしまった。
*****
私はベッドに突っ込むと、布団を抱きしめた。
「……あーもう、私本当に情けないなぁ」
なんとか怒らずに済んだとはいえ、逃げてしまっては意味がない。
「……もう諦めよう。私は淀川のことを好きになっちゃダメなんだ」
心で思っていたことを口に出すと、果物を絞り出したようなほどの涙が溢れてきた。
長年の片思い。
結果は……惨敗。むしろ、嫌われる一歩手前だった。
ーーピンポーン
チャイムが鳴る。
こんな時間に来るなんて、相手は決まっている。お人好しの淀川だ。
一瞬立ち上がろうとするが、意識がそれを許さない。
私はベッドに再び倒れて、居留守を行った。
どうせ今日は両親とも祭りの役員でいない。 留守だと思えば、あいつも帰るはずだろう。
*****
数分後、花火の音が聞こえてきた。
確か私の部屋からも見えたはずだ。
私は、お腹に響くようなその音につられて窓に向かった。
「……っ!?」
「あ! 隅田さん!」
窓を開けて聞こえた声に気がつき、私は下を向いた。
「よ、淀川!? あんたまだいたの!?」
「うん。 すこし疑っちゃったけど、当たっててよかったよ」
こういうときに限って、なんで素直じゃないのよ……。
「……バカ」
「え?」
「な、何でもないわよ……。入って来なさい」
*****
私は淀川を家に入れると、窓から屋根に降りた。
「あ、危ないよ……」
「滑らなきゃ大丈夫だから、どうせ落ちても植え込みがクッションになるわよ」
「そっか」
「……素直ね」
屋根からは窓よりもより花火が大きく見えた。
「きれいだねー」
「……そうね。ただの炎色反応なのに」
「ただの炎色反応が、こんなに僕たちを魅了してるんだよ。ロマンだよね」
「……ロマンねぇ」
私は花火を見上げながら、ナトリウムやらリチウムやらモリブデンやら考える。高校は問題が難しい。
「……アンタさ。高校入って何か変わった?」
「……うーん、わかんないな。別に高校デビューとかも考えてなかったし」
「……そう」
まあ、淀川自体はほとんど変わってはいない。
変わったのは私の淀川への見方だ。
「……でも、隅田さんは変わったよね」
「えっ?」
頭で同じことを思っていたので反射的に声出てしまった。
「隅田さん、高校に来てから綺麗になったもん。……好きな人ができたのか、既に恋人が出来たのかは分からないけどそんな感じかな、隅田さん元々が美人だし」
「……」
「……まあ僕はあり得ないけど……。あ、ごめん! 本人の前でベラベラ話すことじゃないよね……」
「……もん」
だ、だめ……言ったらもう……後に引けない……
「……隅田さん?」
「……あり得なくなんてないもん!!」
ああ……もう……
いいや、こうなったら私だって素直になってやる。
「な、何言ってるの隅田さん……」
「私はね! 前からずっとアンタのことがす……好きだったのよ!! なのにアンタはそのことにも気づかずに、自分を嫌ってるとかバカみたいなこと言って! 素直じゃなかった私も責任はあるかもしれないけど、そのくらい気づきなさいよバカァっ!!」
「……」
……はっ!?
「ま、待って! ち、違うの、別に淀川のことをバカとか言ってるんじゃなくて、鈍いとか素直すぎるとか……じゃなくてえっとその……」
「……隅田さん、顔赤いよ」
「……は、花火のせいよ」
ふと顔を上げると、淀川の顔も赤く染まっていた。
「……あ、あんたも人のこと言えないじゃない」
「……そうかもね。花火のせいかな」
照れ臭そうに頬を掻く淀川に私は可笑しそうに笑って言ってやった。
「……花火、黄色いじゃない」
*****
翌日、堀宮から電話がかかってきた。
「びっくりしたよ。突然走っていっちゃったんだもん」
「……悪かったわね」
「で、朝まで夜の打ち上げ花火?」
「ば、ばか! 何言ってんのよ!」
その後はキチンと学生らしく各家に帰ったし、なにもしていない。
……それはそれでザンネンかもしれないけど。
「それにしても、付き合えたのはともかく、告白できたのは凄いね」
「……普通逆じゃない?」
「だって二人、両片思いだったもん」
「えっ!? 嘘!?……キャッ」
訳が分からず、ベッドから転げ落ちた。
「私、ビッチだからいつも会話の初めに好きな人の話聞くんだよねー。で、淀川くん隅田さんのこと言ってたの。まあいつも半端諦めてたけどね」
「つ、つまりアンタは……」
「楽しいものだね。第三者目線っていうのは、面白い面白い」
「ば、ばかぁっ!!!!」