俺の彼女は飯マズ美少女
「あの…敷島クン。お弁当作ってきたんだけど…」
もじもじと、木附箱庭が二段式の弁当箱を取り出した。
「………!!!! ま、まじか………」
その様子を見つめていた男子の表情はなぜか引きつり、青ざめている。
「よかったら、ていうか断られたら死んじゃうかもしれないけど食べて!」
「……今、強制されたような気が」
「彼女がお弁当を作ってきてくれたんだよ、彼氏なら、よろこんで、くれる、よね」
「分かった。わかったから箱庭。頼むから句読点を怪しい個所にぶち込んで会話するのはやめろ!!」
「…ありがとう!敷島くん!後で感想聞かせてね…!」
箱庭から手渡された弁当の放つ異様なオーラに敷島は身震いしそうになる。
「あ、わかってると思うけど、残したり、捨てたりしたら、すごく困ったことに、な、るとおもうよ。」
「と、当然そんなことしないよ。ありがとう。」
「うん。敷島くんは本当やさしいね、そこが好きだよ」
箱庭が妖艶に嗤う。
俺は弁当を見つめながらごくりと唾をのみこんだ。それは決して空腹のサインではなかった。
冴えない普通の俺と東崎坂高校最強の美少女かつ稀代の変人と悪名高い木附箱庭が付き合っている。
周囲はこの事実に驚愕した。相手が俺であるということや、入学早々発生したカップルがよりにもよってこれかよと辟易していたが、俺のほうはウハウハだった。
彼女が変人であることは理解できた。
学校を突然、一身上の都合で帰宅したはずが部室にいたり。
休み時間の最中魔法陣を組んでいたり。
デートの最中に「完全殺人事件ファイル」とかいう小説ですらない、鑑識が作るような犯罪の記録用紙が何千ページもつづられた本を購入して(させて)満足そうにほほ笑んでみせたり。
保健所の犬猫をうっとりとした表情で見て回ったり。
たまたまやっていたヒーローショーの悪役にガチの舌打ちを浴びせたり。
友達なら絶交してるレベルだ。
だが箱庭は超絶美少女だ。現金なもので、嫌なものを見た後も彼女の姿を見ればなんとなく許したくなってくる。
今日ではその変人要素すらも慣れてきた。
ていうかあの腰つきとかマジ殺人的にエロい。
だが、彼女が変人と呼ばれる最強の所以が弁当にあった。
彼女が弁当を持ってくるたびに俺は愛を確認させられている。
命を懸けて。
昼休み、5分前。
授業は早めに終わり、教員もそそくさと職員室へと戻る。
誰もがさっさと食事にしたいのだ。
この俺、敷島守以外は。
ついにこの時間がやってきてしまった。
静かに目を閉じ、そして、気を練る…。
目を開き、それと同時に丹田から全身へとパワーが伝達されていく。
よっし。
「………あの。敷島クン?」
「いたのか、竹原」
「そりゃあねえ、一緒に飯食うかって話になってたらいるよね」
「そうなのか?」
「お前が誘ったんだろうがッ!この野郎!…で、ちなみに何をやってたんですか」
「今日から始めたが、空手の呼吸法の基礎らしい。箱庭の弁当の前に気合を入れないと死ぬ」
「ああ…また今日もきちゃったのか弁当。つかあれ拷問の一種だろ」
悪友、竹原すら戦慄するその物、俺今から食うんだぞ。
つか、お前それ聞かれたら消されかねんぞ。
まぁ実際の話、拷問弁当って感じだが。
「いやあ、敷島の愛妻弁当で今日も飯がうまくなりそうだ」
竹原は敷島の持参したそれを眺めて心底愉快そうだ。
二段ほどの重箱に詰め込まれた亜空の瘴気、討伐ショーを見られるのはこの教室だけだった。うれしくない。
「…てめえ、ほんとに友達か」
「一応応援はしてやるよ敷島」
ボケに40%の突っ込みと120%のボケで返礼するこの変態は竹原忍。
名前的には草系忍者って感じだけどそんなアホなことがあるわけない。
ごく普通の高校生だと思う。箱庭とは違うベクトルの変態だけど。
そう思いたい。
そして女子のほうが水門流。完全に水系能力者。名前だけは。
俺の幼馴染で、もはや腐れ縁というべき女。貧乳。
「なんか今。不当な扱いを受けた気がするな敷島」
「気のせいだ、水門」
時計を見るとすでに食事時間が5分ほど過ぎている。いかんいかん。
「んじゃそろそろはじめよっか。」
水門が重々しくストップウオッチを取り出して、こちらに目配せした。
何の弱みを握られたかわからないが、水門もこの拷問に強制参加させられている。
彼女は俺が弁当を捨てたり他人に分けたりしていないかジャッジする役目だ。
さあ、始め。
開始の合図だ。
イッキに弁当のふたを開ける。
目の前に現れたのはみちみちに詰め込まれた白米。限界以上まで圧縮され糊かモチみたいになってる。
「うわッ」
竹原が悲鳴を上げる。
確かにこれは尋常じゃない。
だがこの程度でひるんではいられない。
二段目のふたを開けようと手に取った瞬間気が付く。その異様さ。
!?
「なんだ…これ…ッ」
二人が怪訝な顔をする。
「お…………おもいッ!」
白米も重かったが、それにましてこれは重い。一体何が入っているのか。
「虎穴にいらずんばなんちゃらだッ!!おりゃ!!」
中に詰まっていたのは、
肉肉肉。
決してラノベ作家の名前ではない。これまたはちきれんばかりの肉が詰め込まれていた。
盛り付けなど一切考慮されていない。強引に押し込んだ感満載である。
「食事…いえ、アレはそんなんじゃない、パンドラの箱っていうか具台的には魍魎の箱とかネウロとか鈴川とかその辺の狂気を感じる代物でした」
『当時の状況を思い出した』風に竹原が茶々を入れる…が、正直それに突っ込む余裕は完全に消え去っていた。
血の滴る肉の塊。そのおぞけさに水門は思わず顔をそむける。
「すげえ…肉と米…字面で見れば高校男児歓喜の組み合わせなのにまったくうれしくない!!!想像以上の弁当だが、敷島…やれるのか!?」
シンプルだが驚くほど邪道。さすが悪魔の娘と名高い木附箱庭のお手製兵器。いや弁当である。
「問題あるまい…!竹原よ!俺のこの鼓動を聞け!空腹の音を聞け!!すべては愛のためよ!!!こんな弁当食ってやるさ…俺に米を与えたことを後悔させてやるぜッ!いくぜ!!愛妻弁当ぉ!!」
箸を持つ手に力を入れ白米へと突き刺す。が、ゴムのような感覚に箸の先がはじき出される。
ぞっとする。一体どういう密度で詰め込めばこうなるのだろうか。
「……ッ うおおおおおおおおおおッ」
今度はためらわない。全身の力で白米を打突。ガッと弁当箱の底へと到達したことを衝撃にて確認する。所詮白米、一度崩れれば後は脆い。
引き上げるのもさほど苦ではない。
がしゅっ もぐもぐもぐもぐ
「!?…ぐおおおおおおおおおおおお」
「ど、どうした敷島ァ!?」
「す、す…」
「敷島クン!?」
「酢飯だこれ!!」
「……うわあ」
「エグイ、こういう発想ができるって人間マジ怖いわ。がんばれ、敷島」
あまりの外道っぷりに遠巻きに見ていた外野が一気に凍りついた。
あくまで酢飯を感づかせないためにフタや器には匂い消しが施してあるようだ。肉の圧倒的な匂いも仕掛けの一部だったのだ。
「あじな真似を…!だが、初撃を防御きればこっちにも勝機があるッ」
酢飯の後味を粉砕するために肉を一切れ口に掻き込む。
思っていたより肉はまずくない。むしろちょうど良い柔らかさで、噛むほどに肉汁があふれてくる。
だが、そこに一瞬違和感を感じ取った彼がふた切れ目を口に入れるのを躊躇したおかげで肉の仕掛けに気が付くことが出来た。
「…………………………………噛み切れないッ……!」
「あッ。こ、これ全部筋が残って……いや、そんなあまっちょろいもんじゃねえ!!!!筋を選んで入れてある!!!悪魔の下準備だッ!!!」
「しかもみょーに生臭いと思ったら全部レアだ…」
水門は、もはやあきれるしかない。といった表情を浮かべた。
つか弁当にレアとはいかがなものだろうか。腹壊しそう。
「一切味付けされてないのにもあくいをかんじずにはいられない……」
今度から塩コショウを持ち歩こう。あとガスバーナー。そう心に決めた。
「んぐッ ごぼっ んんんもぐもぐもぐ…」
酢飯のいやな酸っぱさが、スジ肉に絡まっていつまでも口に残留する。まぎれもない拷問である。
男だよ、お前男だよ… 竹原が涙する。
脳みそを空っぽにしてひたすら嚥下。
咀嚼は二の次。喉の奥が固形物を送り出すたびに無理やり拡張され、ダメージをうけていく。
口の中がひりひりと腫れ上がる頃には弁当は残り四分の1ほどになった。
しかし、俺の腹の許容量もすでに限界ギリギリだ。
「ぐぶ…やるな…箱庭…」
箸さきが白米に突き刺さったまま抜けない。それを杖のようにして俺は白米にもたれかかる。
周囲からはおい、水飲むか。とか、休むな、入らなくなるぞ!!。とか、エチケット袋を用意しはじめるクソやろうとか、ある種の応援のヤジが飛び交っている。
「おーい、敷島吐くなよ。」
竹原はスマホをいじりながら席をはなす。
地味にひどい。
ちなみに弁当を吐いた時には、箱庭から非難のメールが殺到する。
初日にウナギの生け作り弁当を戻したとき、30通以上もあったメールを全部返信し切れたのは奇跡にも等しい。
きっとあの時、神は言っていた。まだ死ぬ時ではないと。
というか返信しきれなかったら、マジでどうなってたんだろう。考えるだけでも恐ろしい。
「がんばれー敷島―。私のためにもがんばれー」
俺が食べきれなかった時には水門にも何かペナルティがあるのだろう。
割と深刻な問題らしい。ひらひらとした気の抜けた応援ながら、俺は顎に最後の踏ん張りを込める。
ついには最後の一切れを口に突っ込み、噛まずに飲んだ。
食道にて存在感を示すそれを全身の筋肉をフル稼働させて胃へと落下させる。
「…ふ」
「あ、倒れた。」
床に倒れこんだまま、ガッツポーズ。
クラス中が英雄に拍手する。気が付けば、五時限目の教員まで混じっていた。そんなすごいもの見たみたいな顔すんなよ。大人ならあいつを止めてくれよ。
「45分ぎり。ま、今日のはすごかったからね」
「………なあおい。敷島。お前がそこまでして箱庭ちゃんの弁当喰う理由ってなによ」
「………ごめん、竹原……
今これ以上しゃべったらヤバい。物理的に」
「ほんと吐くなよ…?」
こうまでして、俺が超ド級のヤンデレ、木附箱庭と付き合うのはまあ単純に言えば箱庭が超絶美少女でそんな子と付き合える機会なんてめったにないから。
という消極的な理由なのだったが。
今は違う。
この弁当、殺人弁当(失礼)に負けられない。
心底に流れる俺の男としてのくだらない意地が食せと仁王立ちしているからでもある。
彼女も実は練習の途中なのではないだろうか。
酢飯や筋も、おいしく仕上げるための方法をどこか根本から間違えているだけなのではないだろうか。
ならば男として彼女の成長をしかと見届けてやるのが筋だ!
そういう期待を込めて、俺は彼女と戦い続けている。
目下裏切られまくっているが。
次の授業まであと15分、わずかな安息の時間を敷島は教室の片隅で静かに座って過ごした。
「……はああああ、敷島くん今日も食べきってくれた…」
コの字になっている校舎の向かい側、ちょうど敷島の教室がのぞける屋上から双眼鏡を手に箱庭は恍惚の表情を浮かべる。
「酢飯ショックもスジだけ肉もきつそうだったけど、まだぬるかったわかしら。もう少し厳しくしてもいけそうね…」
「それにしても………」
「苦しそうに食べる敷島クンほんッッッッッッッとかわいいーーーーーーーーーーーーーーッッッ」
残念なことに箱庭はこういう人間なのであった。
「明日は超ぬるぬるでせめて見ようかしら…ああ、到底人間の食事と思えないような弁当を見た彼の顔がはやくみたいわ………」
本当に残念なことに彼女はこういう外道なのであった。
そりゃ美少女でもモテないわけである。
敷島がこの拷問から解放されるのはまだ当分先のことだろう。
箱庭は、手帳にびっしりと書き込まれたレシピを見て舌なめずりした。