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7:ライバル認定きました


 貴族の子弟は王立学院を卒業してから一人前の貴族として認められる、というユールヴェント王国の制度は、少なくともこのエルシリル大陸の各国では一般的な制度らしい。

 理由としては、やはり魔法が使えないと貴族として認められないという不文律と魔王国の存在が大きい。そして魔法こそ家庭教師や私塾でなんとかなっても、軍人や行政官の育成のために学校が必要で、そのために王立学院が開校されたそうである。

 お母さまからお話を聞いた限りでは、魔王国は法治国家への途上にある上、教育制度の充実にも力を入れているそうである。少なくともお母さまが教鞭をとっていらした大学は、中世総合大学というよりは前世フランスのグランゼコールのような国策専門教育機関のようなものらしい。

 つまり、魔王国が富国強兵のために教育制度を充実させてきた歴史があり、それに対抗できる人材を育成するために周辺各国も国家の中枢を担う貴族教育に努力している、というところのようだ。


「お話、ありがとうございました」

「いやいや、好奇心旺盛で大変によろしい。こんな老人の話でよければ、いくらでも聞かせてあげよう」


 さて社交シーズンまっさかり、お父さまに連れられてあちこちお邪魔しているわけですが、さすがにエリク君みたいなやんちゃなお子さまはほとんどいらっしゃいませんでした。まあ、いたとしても横っ面ひっぱたいて黙らせて終わったが。

 なにしろ自力救済権というか決闘権が認められている世界なので、舐められたら終りというヒャッハー様上等な仁義亡き世の中なのだ。というわけで家同士の揉め事にならないよう、子供の喧嘩にして終わらせている。

 領主って一族郎党で軍隊を編成できるから、下手に家同士のいざこざに発展したらたとえ王都であっても市街戦勃発である。赤穂浪士のことをとやかく言えやしないのおっかない。

 で、さすがにエリク君の一件は知る人ぞ知るネタになってしまったわけで、王立学院入学以前のお子様方から避けられるようになってしまった。うん、覚悟はしていたけどね。

 というわけで、ご訪問先でお子様方にお相手してもらえないことが多いせいもあって、ご当主以外の大人の方々とお話をさせていただいている。


「それにしても、学生の自治まであるとはすごいです」

「うむ、普通ならば子供に自らを律することができるなど思いもよらぬからな。だが、学院で学ぶのは貴き血筋の者のみ。それくらいできなくては政り事は任せられぬ」


 で、今お話させていただいている先代のゴルトブルグ侯爵でいらっしゃったフレゼリク様は、側頭部に残った髪も丁寧に刈り込まれた口髭もあご髭もま白いご老人で、ユールヴェント王国の歴史について色々とお話してくださっている。

 前世の経験から、おっさんとじいさんは話を聞いてもらいたい人が少なく無いという傾向を利用して、こうして王国やご当家の歴史や噂話をうかがっているわけだ。将来王妃にならなくてはならない私にとっては良い勉強になるのと同時に、ご老人方にこびを売れる一石二鳥の機会である。気分はほとんど前世テレビのインタビューアーだったりする。

 しかし、おっさんじいさんの話はくどくて長い。なまじ若い子に構って貰えない分、こうして話をする機会があるとパワー全開になる。


「儂の若い頃は、皆論文の一つも書いて迷宮(ダンジョン)の一つも制覇してから卒業したものよ。今時の若い者にはそれだけの気概がある者は中々おらぬ」

「そういうものなのですか。さすがは侯爵様でいらっしゃいますね」

「ははは。家督は息子に譲った故に先代侯爵じゃよ」


 なんか、前世で教授にゴマをすっていた時のことが思い出される。生まれ変わって八歳児の身で同じ事をやるとは思わなかった。

 それでもやらなくてはならないのは、高位魔族を母にもった身だからである。こうしてご老人方に少しでも好意を抱いてもらえれば、それだけ私の身の安全につながる。主として王妃になってからの。

 王太子であるヨーゼフ殿下の婚約者になったことは、既に王都では知らぬ者とてなき話である。つまり次の王妃の座を狙っていたおたくからは目の仇にされるというか、いつ暗殺者を向けられてもおかしくはないわけだ。


「あらあら、同じような話ばかりで疲れたでしょう。こちらに来てお茶でもいかが?」

「りがとうございます。お茶をいただいてきてもよろしいでしょうか、フレゼリクさま?」

「うむ、今時の若い娘とは思えぬ礼儀正しい淑女だの。行ってくるとよい」


 今度は先代様の奥様にお呼ばれして、お話をうかがうことになるわけだ。それにしても、おばさまおばあさまもまた話が長くてくどいんだ。

 本当に皆、話相手にうえているんだね。前世でも、おじいさまやおばあさまのお相手をちゃんとして差し上げればよかった。まったく、不孝者でもうしわけない。

 ヴァルトハイムの領地に戻ったら、おじいさまとおばあさまのところにご挨拶にうかがおう。



 ユールヴェント王国で飲まれるお茶は、基本的に香草茶である。さすがに紅茶や緑茶は、輸入品だけあって超のつく高級品なのだ。

 そんな紅茶をさらっと出してきたヘレナ王妃様は、やはり王妃様なだけはある。さらっと王家の格の違いを見せつけられた気分だ。当然、こちらでいただいているお茶は香草茶である。

 で、ゴルトブルグ侯爵のお母さまの昔話をうかがってから、一応お子様方の集まりに顔を出しておく。

 というより、本来はそのためにお父様に連れられてうかがったのであるが、気がついたらご老人方のお相手をすることになっていたのだ。解せぬ。


「ごきげんよう、ゾフィーさま。中座してしまってごめんなさい」

「いえ、おじいさまもおばあさまも大変によろこんでいらしたから」

「いま、ちょうど、ヒルデルートさまのお話をしていたところですわ」


 若い衆向けの談話室でお茶を飲んでいらっしゃるお嬢様方が、笑顔で迎え入れてくださる。ちなみに、いなくなった瞬間にその女の子の悪口が飛び交うのが女子の集まりというものである。


「ごめんなさないね、ついお話がおもしろかったので」

「いえ、お話、長くて大変でいらしたでしょう? さ、お茶をいれますね」


 ふんわりと微笑んでメイドにお茶を淹れさせたのが、このゴルトブルグ侯爵のご息女のゾフィー様である。亜麻色の髪をアップにまとめていらして、茶色の大きな眼が愛らしいお姫様だ。

 しかし顔面偏差値高いな、ユールヴェント王国。まるで二次元の中のようだ。


「わたしのお話なんて、おもしろくもないでしょう」

「そんな、とんでもない。ずっとご領地にいらっしゃったでしょう? どのようなお方か、みなわくわくしていたのですよ」

「そうです。お噂ばかりで、ほんとうにどのような方かお会いしたくて」


 こういう時に、自然な笑顔を浮かべるのが苦手な自分がつらい。

 というわけで、足りない愛嬌を小首をかしげる仕草でフォローだ。ちょっときょとんとした感じに見てもらえると助かる。

 そんな私の仕草に、くすくすと笑って手の甲で口元を隠されるお姫様達でいらっしゃる。

 なお、扇子を持てるのは一人前の淑女と認められてからである。これは男子の帯剣も同じようなものらしい。


「さすがは「紅玉の姫」だ」


 ちょっと離れたところで集まっている男子達の席から、そんな声が聞こえてくる。というより私に聞かせるつもりで口にしたんだろうな。

 ちらと視線を向けると、紺色がかった黒髪をふっと笑って手ではらってみせたお子様がこっちを見ている。


「「紅玉の姫」ですって」

「あら、すてき」

「きっとヒルデルートさまのことよ」


 ほほう、どうやら私のこの真紅の瞳のことを言っているのだろう。「紅玉の姫」呼ばわりなら侮辱にはならないからね。

 しかし、女子の席に聞こえるように噂になっているであろう呼び名を飛ばして、お姫様方は様子見ですか。どうやらお手並み拝見ということらしい。


「「紅玉の姫」ですか。わたしのことなのでしょうか?」

「ええ、ヒルデルート様のひとみは、とてもきれいな赤い色ですもの」


 こちらはアルプレヒト伯爵家のお嬢様のエレナ様が、そう耳元にささやいてくださる。


「ありがとうございます。わたし、紅玉を見たことがないのです」

「わたくし、お母さまが夜会におでになるときにつけられているのを見たことありますわ」

「まあ、すてき。どんな宝石かしら」


 うむ、やはり子供とはいえ女である。光り物が大好きなのはどの世界でも変わらないようだ。

 で、完璧に無視されてしまった例の黒髪の男の子は、わざと聞こえるように舌打ちしてくださりました。ほんとこらえ性のないお子様ばかりだ。


「狼のくせに猫をかぶってやがる」


 うん、上手いこと言ったつもりか? でも無視してお茶を一口いただく。私が反応するのは、あくまで両親を侮辱された時のみであるのだよ。


「暴力女のくせに、すましちゃって」

「王太子さまと婚約したからつけあがっているんだ」


 うはは。本人を前に言いたい放題だな、君達。だが甘いな、こういう場でそういうことを口にするのは逆効果だぞ。


「まあ、ひどい言いよう。これだから男の子は」

「ヒルデルートさま、だいじょうぶでいらっしゃいます?」

「もう、男の子って、なんて下品なのかしら」


 というわけで、女子達から思い切り軽蔑のまなざしで見られ、非難される羽目になった男子共のいたたまれない雰囲気が心地良い。

 こういう時は下手に反応せず、周囲を味方につけるのが女子としての処世術なのだよ。


「みなさま、わたし、気にしていませんから」

「まあ。でも侮辱されたのですよ?」


 うん、ゾフィー様が心配気な表情でそう言葉をかけてくださる。

 それに対して、出来る限り穏やかな微笑みをうかべてみせてから、静かに、だがはっきりと言い切る。


「悪口は、口にした人の品性をあらわしますもの」


 勝利の美酒ならぬ、勝利のお茶が美味い。



 それからしばらく経ってご両親方が帰るのにあわせて子供達の方も散会となった。

 というわけで家格順に馬車が寄せられ退出してゆくわけであるが、例の黒い髪の男の子が帰る番となった。触れ係が呼んだところでは、テリウム侯爵家のご令息のようである。

 で、最後の最後に坊やは、私に近づいてきて挨拶してくださいやがりましたよ。


「先ほどはきちんと挨拶できませんでした。僕はテリウム侯爵ジギスムント・ケルンテルの息子リヒャルトと申します。最後「紅玉の姫君」にご挨拶を」


 一応笑顔は浮かべているが、眼が笑っていない。

 さて、今日初めて会った彼に嫌われるような真似をなにかしでしかただろうか、思い出してみるが、当然のごとくさっぱり判らないわけだ。


「ごていねいな挨拶、ありがとうございます。わたしはヴァルトハイム辺境伯の娘ヒルデルート・ヴォルズニアともうします」


 で、ふと気になってリヒャルト君の服を見れば、黄色と青色で身頃で分かれた上着に、襟や袖の返しが鋼色である。ほほう、「光」「水」「土」の三相持ちか。普通ならば魔法の天才少年扱いなわけだ。

 もしかしてこれは、ライバル認定か? もしそうなら笑ってやるところだが。


「「光」「水」「土」をお持ちでいらっしゃいますね。ご立派です」

「全相をあつかえる姫にそう言っていただけて光栄です」


 やはりそうか。はっきりと判るほど目つきが変わったね。

 だが、君の想いに答えてあげる義理は私にはないのだよ。残念だったな。


「リヒャルトさまは、おいくつでいらっしゃいますか?」

「今年で九才になります」

「では、もしかしたら学院でごいっしょするかもしれませんね」

「その時は、ぜひよろしくお願いいたします」


 うむ、宣戦布告か。

 学院に入学するのは、早くて十二歳、遅くとも十五歳である。私はまあ、ヨーゼフ殿下との関係もあって、殿下と一緒の入学となるだろう。つまりリヒャルト君は先輩になる可能性が高いわけだ。

 私としては、先輩に恥をかかせるのはまことに心外であるのだが、まあ、向こうから売ってくる喧嘩ならば買わねば女がすたる。そりゃあもう全力で買わさせていただきましょう。

 というわけで、溜息をつかれたお父さま、申し訳ありませぬ。あなたの娘はこういう性格なのです。本当に親不孝者で申し訳ない。


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