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6:華麗なる黒歴史の幕開け


 私は基本的に喧嘩っ早い。基本的に負けず嫌いな上、勝つための努力が楽しい人種なのだ。

 というわけで売られた喧嘩は基本的に財布の底をはらっても買うことにしている。自分で言うのもなんだが難儀な性格をしていると思う。

 で、目前には練習用の木剣を両手で持って構えている男の子がいて、私をものすごい目つきでにらみつけてきている。

 ちなみに私は、右手に長めの木剣、左手に短めの木剣を握っていて、だらんと腕をおろしたまま軽くひじを曲げた状態で切っ先を男の子の顔面に向けている。


「いまならあやまればゆるしてやるぞ!」

「年下の女の子に負けるなどはずかしいですものね」

「うるさい! 女の子だからとやさしくしてやれば!!」

「はいはい」


 さて、顔を真っ赤にして怒っていらっしゃるお子様は、レーメンベルグ公爵様の嫡男でいらっしゃるエリク様でいらっしゃる。

 健康的な小麦色の肌を真っ赤に染めていらっしゃって、癖のある栗色の髪を眉と背中にかかるくらいに伸ばしている美少年だ。濃い紫色の瞳が怒りでぎらぎらと光っていて、せっかくの美少年ぶりが残念なことになってしまっている。

 レーメンベルグ公爵様は、お父さまの古くからの友人だそうで、今回王都に出仕したこともあって再会を楽しみにしていらっしゃった。そして、公爵様のご家族に私のことを紹介して下さるおつもりであったそうな。

 というわけで親子二人でご挨拶にうかがったわけであるが、嫡男であらせられるエリク様を紹介された際にハプニングが起きたわけである。

 で、こうして御嫡男と決闘まがいのまねをするはめになってしまったのは、エリク様がお母さまのことを侮辱したせいである。


「なんだおまえの目の色は。まっ赤でヴァンパイアみたいだな」

「お母さまと同じ瞳の色です。わたしは気に入っておりますので」

「なんだ、おまえ、けがらわしい魔族の血がまじっているのか」


 この時点でレーメンベルグ公爵様の顔色は真っ青で、お父さまはぴたっと口を閉じられてしまった。

 そりゃあそうだ。ほぼ十年ぶりの旧友との再会の席で、自分ちの後とり息子が、自分の旧友である辺境伯の奥方を面とむかって侮辱したのだ。本来ならばこの瞬間、お父さまから手袋を叩きつけられても仕方がない状況である。

 というわけで、普段括約筋をあまり使わないせいで笑顔が苦手なはずの私が、それはもう自分でも判るほど素晴らしい笑顔で坊やの横っ面を手袋で往復びんたかましたのも仕方がなかった。

 こういうところで反射的に空気読んで反応してしまうのは、私の前世が日本人だったからに違いない。


「なにをするっ!?」

「わたしのお母さまを侮辱したのです。当然でしょう。でも、わたしは心が広いので、これで許してあげます」

「ふざけるな! 決闘だ!!」


 だがこの馬鹿息子は、自分がなんでひっぱたかれたのか、まったく理解できなかったらしい。

 まあ、魔族に対する偏見と差別はごくごく当たり前に普通なことなので、一概にこの子だけが悪いというわけではないのだが。

 で、私も血の気が多いものだから、にぃ、っとばかりにとってもイイ笑顔でお返事を返したわけである。


「では、木剣を用意してください。稽古をつけてさしあげましょう」


 どこまでも上から目線の私って、きっと長生きできないにちまいない。でも反省はしない。



 ところで私は、二天一流の剣士である。つまり宮本武蔵が著した「五輪の書」を元に立ち上げられた流派の剣を使う。

 さて「五輪の書」では何を一番重要視するのかご存知であろうか? それは相手の体捌きを把握する「見」と、相手の打ち込まんとする精神の動きを把握する「観」である。

 そして、相手が打ち込まんと心を動かした瞬間の身体と精神の動く一瞬の間である「空」に乗じて、必殺の一撃を打ち込むことが二天一流の剣の極意なのである。

 そのために、姿勢を真っ直ぐにして揺らぐことなく立ち、身体の力を抜いて平常心を保たねばならない。


「ほんとうにドレスのままでいいのか?」

「わたしが冷や汗一筋かいたら負けでかまいませんので。それに負けた時のいいわけになるでしょう?」

「いいわけなどしない!!」


 というわけで相手の身体を力ませ、平常心を崩すために煽る煽る。レーメンベルグ公爵様は今にも倒れそうな御様子でいらっしゃるのは申し訳ないとは思うが、お父さまがエリク様をぶん殴るのよりはましのはずであろうし。

 しかし九歳児を相手に大人気ないな、私。まあ、親に会うては親を斬り、仏に会うては仏を斬る、のが剣の道と但馬守もおっしゃっていたはず。剣を持ったら一切手加減はなしだ。


「それでは公爵様、合図をお願いいたします」

「そうか、始めたまえ」


 え、の響きと同時にたん、と床を蹴って一足一刀の間合いを超え、交差させた双剣の切っ先をエリクの首筋に打ち込む。

 中段に構えていた長剣を慌てて立ててそれを防ごうとするのを、こちらの切っ先が触れる寸前で左右に離し、そのままするりと踏み込んで二本の切っ先を彼の頚動脈のあたりに当てた。


「歩法は学びましたか?」

「くそっ!?」


 ばっと後ろに飛び退って、今度は上段に構え直したエリクに向かって、今度は左手の剣を中段に、右手の剣を上段に構えてするすると近づく。

 そして、向こうの一足一刀の間合いをすぐ外側で足を止め、右足を軸足に、切っ先をエリクの喉元に向けたまま、左足を前後にステップを踏み、左手の肘を曲げては間合いを前後にゆさぶる。

 上手く間合いがつかめず焦った彼は、掛け声とともに一歩踏み込んで真っ向正面から木剣を振り下ろした。

 打ち込まれる切っ先を、こちらから左手の木剣の棒鍔元で受けてそらし、同時に右足を踏み込んで、エリクの左わきの下に切っ先を突きつける。

 後でお父さまにお聞きしたところ、この瞬間の私の笑顔は、それはもう邪悪なものであったそうだ。反省。


「攻撃線はそらされるものと学びませんでしたか?」


 構えられた剣の切っ先が打ち込まれる線を、こちらの世界の剣術では攻撃線と呼ぶ。こちらの剣術は基本的に幾何学的であり、いかにして相手の攻撃線から外れ、こちらの攻撃線に相手をとらえるか、が剣術の技術の基本である。

 ここら辺は前世の剣道剣術でも基本的に同じで、まあ宮本武蔵レベルの達人になったらまた別であるが、普通に剣道の試合をやるのとそう感覚的に違うところはない。

 というわけで前世では国体でベスト8入りし、大学も剣道部で四段までいった私である。

 その記憶があるからといって、そのまま前世と同じように剣が使えるというわけではないが、バルバラから型稽古を許してもらってから王都に参上するまでの数ヶ月、ひたすら日本剣道型と円明流十一の太刀と二天一流五の型を繰り返し練習した。

 型稽古と侮るなかれ。型には一つ一つ意味があり、それを繰り返すことで見えてくる剣の境地というものがあるのだ。

 そして、自らの一足一刀の間合いをつかめたところで、今回の王都行きとなったのである。うん、まにあって本当によかった。


「くそっ! くそっ!!」

「かけ声ばかりで、剣筋が乱れています」


 エリク君もきちんと基礎から剣を学んでいるのであろう。それは、今にいたるも踏み込みに乱れがなく、型稽古の通りに上下左右から剣を打ち込んでくるのを見れば判る。

 だが、相手が悪かった。この手の試合での駆け引きなら、彼では足元にも及ばない私が相手なのだ。そりゃあもう、いいようにあしらって差し上げた。


「なんでっ! なんでだよっ!!」

「わが剣の才はお父さまより受け継いだもの。わたしはまぎれもなくユールヴェント王国の貴族の血筋に連なるものです」


 まあ、実はエリク君が私に一打なりとも打ち込めなかったのには、一つ大きな理由がある。

 私が、ドレス姿で足さばきを一切見えないように捌いたからだ。

 剣道の試合は胴衣袴でおこなうわけで、まあ袴さばきのコツがあって、それで相手に足さばきを見せないで間合いを押し引きしたものである。

 というわけで、今回もドレスを使って間合いの押し引き入れ外しをやらせていただきました。いやあ、面白いようにはまるはまる。

 もう、なんというか格ゲーでハメ技かけている感覚だったね。いやあ、楽しかった。



「見事な剣技であった」

「おほめにあずかり光栄です、公爵様」


 あれからエリク君が泣き出してしまって決闘どころの騒ぎではなくなり、彼が連れ出されてから私とお父さまは、公爵様の書斎へと移動した。

 で、公爵様より謝罪の言葉をいただいて、全てを無かったことにしたのでした。ちゃんちゃん。


「ですが、これより十年きたえて、ようやく一人前になれるかどうかです」

「そうか。さすがはゲオルグの娘御だけはある。十年先が見えているのか」

「はい。お父さまの剣を見させていただいていますから」


 実際には、前世に通った道場の師範や先輩方のことが記憶にあるからなのだが。

 一刀での剣が全盛の剣道が主流の時代、あえて二刀流を学び極めようとしているような方々である。色々とぶっ壊れた方ばかりであった。あの当時の私では全く相手にもなりませんでした。


「娘の剣才は私より上かもしれぬ」

「お前ほどの剣士がそう言うか」


 お父さまは割りと親馬鹿でいらっしゃるので、まあ話半分に聞いておくとしよう。何しろ今回の私の勝利はチートによるものなのだ。


「そういえば、王太子殿下との婚約がなったそうだな。まずはお祝いを申し上げる」

「うむ、ありがとう。もっとも結婚まであと六、七年はかかろう。その間にどれだけ必要な事を学べるかだ」


 公爵様のお祝いの言葉に一礼した私を誇らしげに見下ろしたお父さまは、照れ隠しかそのようなことを仰った。

 いや、今から考えるだけで気が重いのですが。


「しかし、息子とて決して鍛錬を怠っていたわけではないのだが。いいようにあしらわれて終わったなあ」


 しみじみと呟かれた公爵様に、お父さまと私はそろって眉を落とした。

 折角旧交を温めるはずの場であったのが、このような騒動になってしまってまことに申し訳なく思う。だが反省も後悔もしていない。


「お母さまが魔族であるというだけで、このようにあつかわれるのですね。気をつけます」

「そうだな。どんな些細な落ち度でも、それをヒメムシアのせいにして難詰してくる者がいよう。気を抜くでないぞ、ヒルデルート」

「はい、お父さま」

「息子の無礼は、私からも厳しく叱っておく。二度とこのような真似はさせぬ」


 身の置きどころのなさげな公爵様のお姿に、私も親を嘆かせるような真似はするまいと決意をあらたにした。

 でもやらかすんだろうなあ。なにしろ売られた喧嘩を買うのが大好きなのだ、私は。

 この根っからの負けず嫌いで、私は身を滅ぼすに違いない。でも後悔も反省もするつもりはない。

 だって、勝つのって最高に楽しいし。

 うん、親不孝者でごめんなさい、お父さま、お母さま。



 というわけで、私の華麗なる黒歴史の幕が上がったのを自覚したのは、随分と後になってからのことであった。

 本当に後々、この頃の調子こいていた自分をぶん殴れるならぶん殴って大人しくさせたくなったものである。

 後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。

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