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5:王妃様というお仕事


 秋の風物詩といえば、前世では紅葉狩りであった。

 そして今世で私が生活しているこのユールヴェント王国には、サトウカエデつまりメープル等のカエデ属の広葉樹林が植生していて、秋の社交シーズンの時期には山肌を赤色で染める。

 王都ハンベルクは、ダヌウィウス河の水源の一つのに近いエルヴィニア湖畔に建てられたハンベルグ城から始まった街である。エルヴィニア湖を経由してミトレントス半島東部とも交易できる地の利を活かして発展し、武力を蓄えて周囲の諸侯を従え、今のユールヴェント王国が建国されたそうだ。

 というわけで私は、ハンベルグ城の中庭の東屋でヨーゼフ殿下と一緒に山間の紅葉をながめながらお茶をしていた。


「澄んだ群青の湖の色合いと濃淡のある紅葉が合わさると、静謐な美しさをかもしだされます」

「ほほほ。歳に似合わぬ詩心を持っておりますね、ヒルデルート姫は。ヨーゼフ、そなたも何か思うところはありはしませぬか?」

「ハンベルグの景色については、詩人シェーンボルンがうたっていますね」


 そして子供二人を並べて愛でつつ、絹張りの扇子で口元を隠しながら優雅にお笑いになっていらっしゃるのが、王妃ヘレナ殿下でいらっしゃる。

 お歳の頃は二十台半ばくらいでいらっしゃるお美しい方で、ヨーゼフ殿下は国王陛下より王妃殿下の方に似たのだろう、と思われた。

 なんせ鮮やかなプラチナブロンドを高々と結い上げて真珠で飾り、涼しげな目元では碧色の瞳が知性豊かにきらめき、ミルク色の染み一つない肌はばら色の花びらが差している。

 卵型の柔らかい面差しは、彫りは深く鼻梁は高く、朱を差した唇は肉感を感じさせる豊かさがある。

 お母さまは絶世の佳人でいらっしゃるが、王妃様は随一の美女というところであろう。まあ、美しさで高位魔族と張り合える人間なんてそうそういないので仕方がない。ちなみにまだ八歳の私がどうだかは知らぬ。


「「紅の緞子を纏いし憧れの君よ。白雪の輝きの中にてささめき水瀬の詩をうたいたもう」でしたか」


 正直に言うと私にとって詩歌とは、貴族として社交で必要だから必死になって覚えた代物で、知っている以上の知識はない。

 というかシェーンボルンとかいう詩人の詩だって、よく引き合いに出されるから出立直前にがんばって記憶しただけである。自慢ではないが、来年の社交シーズンまで覚えている自信は全くない。

 というか私の専攻は物性材料系なのだ。詩心を期待されも、その、なんだ、困る。

 だが詩の一節を詠えなかったのが悔しかったのか、ヨーゼフ殿下は、そのまま困ったように黙りこんでしまった。

 済まぬ。だが私も王妃様の前で恥をかかないようにするので精一杯なのだ。殿下のフォローまでは無理である。


「ほほほ。噂とはあてにならぬもの。剣術と魔術のことばかり聞くかと思いきや、詩文にも造詣があるとは立派ですよ」

「おほめにあずかり光栄です。王妃様」

「ヘレナと呼んで構いませぬよ。なにしろそなたはわたくしの娘となるのですから」


 国王御夫妻には娘はいない。というわけで絶賛可愛がられ中である私。いや、可愛がられるのも子供の仕事だからいいんだけれどね。

 そういうわけで必死になって猫をかぶり、笑顔を浮かべて、王妃様のお相手をしたのであった。

 前世で営業マンが接待について愚痴っていたのが今になって理解できた。大変だわ、これ。



 散々愛想笑いをふりまいてから城を辞して王都屋敷に戻った私は、さっそく侍女のマリアが入れてくれたお風呂に飛び込んだ。疲れたときには風呂にかぎるね。そのうち温泉にもゆきたい。


「ご婚約、おめでとうございます。ヒルダ様」

「ありがとう、マリア。婚約できるのは学院に入ってからだと思っていたわ」

「殿下は、どのようなお方でいらっしゃいました?」

「きらきらしいお方だったわ。あと馬鹿じゃなさそうでよかった」


 さらっと不敬ぎりぎりなラインな発言が出てしまうが、まああれだけ気を張った後なので許してくれい。

 それにしても、あと二年もすれば最初の反抗期のはずだが、ヨーゼフ殿下の反抗期とか全く想像できない。よくできたお子様だ。これ一つとっても国王御夫妻が立派な方であるのがわかる。あとはこのまま無事に成長して下さるか、だろう。


「マリアは、婚約者とは上手くいっている?」

「はい、ヒルダ様。しばらくは王都ですから会えませんが、手紙のやりとりを約束しています」


 ぽっ、と頬をそめてはにかむマリアは、やはり美少女だけあって絵になる。眼福、眼福。


「よかったわね、相思相愛で」

「ヒルダ様もきっとそうなられますよ」

「なれると嬉しいけれど」


 正直、いくら大人びているとはいえ、八歳児を相手に恋愛できるほ色気づいている私ではない。そういう話は、せめて第二次性徴期が来てから考えたい。そもそもが、お赤飯もまだなのだ。

 ゼンメルハイム子爵令嬢であるマリアのお相手は、うちの隣の領主であるドーンハイム伯爵に仕えているフークハイゼン男爵のご長男である。

 こうやって自分に仕えている家の子女の結婚相手を世話するのも貴族の義務である。本来ならばそれは夫人の仕事であるのだが、お母さまは王国内にコネが無いのでお父さまがお話をとりまとめている。

 貴族の女性の仕事は、社交でコネを作り、家中をまとめて夫を補佐するものである。

 つまり私は、将来はユールヴェント王国の貴族のご婦人方全てとコネを作ってとりまとめ、ハンベルグ城内をきっちり管理するのが仕事になるわけだ。

 うわ、面倒くせえ。

 私は基本的に研究者というか、ヲタクである。

 興味のあることには寝食忘れて打ち込めるが、興味のないことはとことん無視するタイプである。でなければ、大学に残って研究者になろうなんて思うわけがない。


「王妃様って、大変よ」

「ヒルダ様なら大丈夫ですよ」


 にっこにこに笑いながらマリアはそう言ってくれるが、今になって将来に待ち構えている面倒を考えてげんなりしてしまった。



「お父さま、わたしに婚約のお話をなさらなかったのはなぜでしょうか?」


 風呂からあがって夕食を食べてから、お父さまの私室に移って今日の話となった。


「秘事であったからだ」

「つまり、わが家と王家の間で秘密裏に進めてきたお話ゆえ、わたしの周囲にさとられるようなことがあってはならなかった、と」

「お前は聡くて助かる」


 ふっ、と皺深く笑って雰囲気が柔らかくなられたお父さまであるが、とにかく言葉の足らないところのあるお人なのが困る。

 というかお父さまは、わたしが八歳児であることを忘れられているのではないかと時々思う。


「王家に魔族の血が混じることを快く思わぬ者は多い」

「今回のお話は、やはり国王陛下からもちかけられたのでしょうか?」

「何故そう考えた?」


 質問に質問で返すのは、あまりよろしくないと思うのです、お父様。まあ、こうやって私を教育していらっしゃるのでしょうけれど。


「わが家が王家と結びつきを強くすることに、あまり利益をみいだせません。お母さまが魔族であるということは、王都での政治ではわが家の弱みとなりますよね? 王家と縁つづきになるということは、どうしてもお母さまも政争のタネにされてしまいます」


 お母さまは、幽鬼族の最高位種のキュベレ族の大魔術師である。

 そのこと自体は、魔王国と国境を接しているヴァルトハイム辺境伯領としてはむしろ強みとなる。なにしろ魔族は強き事に至上の価値を見出している種族なのだ。

 あとこの世界には、迷宮(ダンジョン)が存在する。

 どうも神代から存在する代物で、この地上界と冥界や天界を結び付けている通路みたいなもの、という風に考えられている。で、その迷宮(ダンジョン)から魔物がわきだしてくるせいで割りと大惨事が頻発するはめになっている。

 いや、たとえゴブリンやコボルトの群れであっても、武装した集団が人里に押し寄せてきたら、それは大変なことになる。飢えた熊が人里を襲うどころの騒ぎではない。まさに蛮族襲来である。

 ちなみに、魔王国の魔族にとっても魔物の襲来は災厄だそうで、なまじ見た目が同じだから対応も大変だとか聞いたことがある。魔族に言わせると、見た目は同じでも知性が無く凶暴で命知らずな魔物の氾濫は、人間と戦争するよりも面倒な災害なのだそうだ。

 というわけで、大魔術師であるお母さまがいらっしゃると、迷宮掃除が非常にはかどるのである。

 冬場の農閑期には、一山当てようと目論むにわか冒険者とかが迷宮にもぐるのであるが、迷宮掃除がそうそううまく進むことはまれである。

 というわけで領主直轄の軍が迷宮掃除をすることになるのだが、元近衛騎士団長であるお父さまと大魔術師のお母さまがパーティーを組まれると、それはもうさくさく魔物を狩れるらしい。

 実際に一緒に迷宮にもぐったバルバラが、まるで麦を刈っているかのようでした、と感嘆していた。さすがは我が親だぜ。


「そうだ。私が王城に出来る限り出仕しないでいたのも、ヒヨルスリムを政争に巻き込まないためであった」

「ですが、王家としては、魔王国と国境をせっしているわが家が、先代国王様のときの騒動のために国王様との仲が疎遠であるというのは困りごとなのですね」

「本当にお前は聡い。前世という理由があるとはいえ、聡過ぎるくらいだ」


 困ったような表情になられたお父さまは、私の頭をなでようと右腕を上げかけて、そのまま下ろした。いや、ここはなでなでするべきところなんじゃないかと思うのですよ、お父さま。本当に不器用なお方である。だがそこが可愛い、という意見には同意します、お母さま。


「王家としては、優秀すぎるとうわさが流れてくるわたしが魔王国に嫁いでしまうのが最悪。かといってこのまま独り身にさせておくのも危険。ならば王族と結びつけて、王家が自由にできる駒とするのが最善。しかもヴァルトハイム辺境伯に恩を売り、確実な味方とできます」

「そうだ。ヴァルトハイム辺境伯がこれ以上魔王国と近づいては、ユールヴェント王国そのものが「教会」の魔族排斥派に目をつけられてしまう。最悪、異端審問官の派遣などという事態になれば、内紛は必至」

「王家は国内の魔族をきちんと管理できている、と、しめさなくてはならないのですね」


 いやもう、本当に貴族の結婚というのは政治から離れられない代物である。

 それにしても、わざわざ私みたいな地雷を王太子の嫁に迎え入れようというのは、これは国王陛下はさらに一段深い考えがあってに違いない。というか、それくらいじゃないと兄の王太子をクーデターで退けて王位につけるはずがない。

 そして私は、ふと思ってしまったのだ。

 政治的理由で婚約した王太子と大貴族の娘。しかも王太子が惚れない理由はあっても、好きになる理由がない令嬢。そして貴族の義務である学院生活。



 もしかして私、悪役令嬢という役なのだろうか?


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