4:王子様と婚約
最初見たとき、キャラうっすいなあ、と思わず心の中で鼻を鳴らしてしまった。まさに淑女とは思えぬはしたない真似である。反省。
もし内心の声がだだ漏れになっていたら、即刻不敬罪でお手打ちになっていたであろう。
それくらい我らがユールヴェント王国の王太子殿下は、典型的な乙女ゲーチュートリアルキャラのような、これといって尖ったところのない方であった。
で、事の起こりは、社交シーズンになって王都に参上したお父さまと私が国王陛下にご挨拶申し上げにうかがった時から始まる。
「国王陛下におかれましては、御機嫌うるわしゅう存じます」
「久方ぶりであるな、ヴァルトハイム辺境伯。面を上げよ。卿の尽力により、我が王国と魔王国の間は静謐を保っている。大義である」
「もったいない御言葉にございます」
謁見の間は、王室の権勢を誇るように漆喰ぬりの壁を金銀緞子でかざってあって、キラキラしくてまことにファンタジックである。で、広間のあちこちに廷臣たちがグループをつくってはうわさ話に興じている。
さしずめ今一番ホットな話題は、ほぼ十年ぶりに伺候した我が父と、ともなわれてきた私ではなかろうか。
謁見の順番がきたお父さまと私は、触れ係の声とともに壁ぎわから進み出て国王陛下の前で膝をつき、頭をたれ御言葉を賜るのを待つ。
まずはお父さまと陛下のやりとりである。
「娘よ、面を上げよ。直答を許す。名を何という」
「ヴァルトハイム辺境伯ゲオルグ・ヴォルズニアの長女ヒルデルートと申します、陛下」
続いて顔を上げることを許された私は立ち上がり、スカートの裾をちょんとつまんで左足をななめ後ろ内側に引き、右ひざを軽く曲げて背筋はまっすぐ伸ばしたまま軽く頭を下げる。
顔を上げることが許されたといっても、目元はふせて言葉は少なめに。王族の顔をまじまじと見るのは不敬なのである。
「歳はいくつになる」
「八歳になります」
「そうか、ヨーゼフと同い歳か」
ちなみにヨーゼフとは王太子殿下のお名前である。そうか、私と同い歳か。一瞬なんか嫌な予感がしたぞ。
「ゲオルグよ。卿の娘は噂に違わぬ利発さであるな。さすがである」
「もったいない御言葉でございます」
うむ、と国王陛下は鷹揚にうなずかれ、右手を上げて「下がってよい」とのたまわれる。
そしてお父さまと同時に一礼してから後ずさり、また元いた壁際へと戻った。
いや、たったこれだけのやりとりだというのに、手の平は汗びっしょりである。博士号審査の論文審査員相手の質疑応答だってここまで緊張はしなかった。
と、一息つく暇もなく、侍従が我ら親子を呼びに来る。どうやら陛下は、我ら親子に内々でお話がおありのようである。
そういうわけでお父さまと私は、できる限り目立たないように謁見の間から離れた。
「ゲオルグよ。仕方が無かったとはいえ、卿が騎士団長を辞して領地に引きこもってからは、まことに大変であったのだぞ」
「あの当時は他に選択肢はございませんでした。お許しを」
「判っている。判ってはいるのだ。だが、あの頃、何度卿がいればと思ったか数知れぬ」
別室に通され、お茶を出されて待つことしばし。国王陛下は、幼い男の子を連れていらっしゃった。
さて、今私が生活しているこの王国の文明程度は大体中世くらいである。つまり地位と立場に応じて着るものも変わってくる世界なわけだ。
ちなみにお父さまは、右半分が赤色で左半分が灰色の上着をお召しになっている。この身頃左右で色違いの上着は、転生前の中世ヨーロッパでも流行したものであるが、こちらの世界ではきちんと理由があっての色使いである。
この世界の貴族は基本的に全員魔術が使える。そして、自分がどの魔力相を使えるのか着衣で示すのが万国共通の伝統なのである。
お父さまは「火」と「風」の魔術をお使いになられるので、赤色と灰色。ちなみに「水」が青色、「土」が鋼色、「光」が黄色、「闇」が紫色である。白色と黒色は「教会」の司祭様が使うので、一応皆遠慮している。
ということで全魔力相コンプリートの私は、最低限公式の場では六色使ったドレスを着ないといけない立場にいたりする。面倒くさいったらありはしない。
ちなみに今日のドレスは、シルクのパールホワイトの裾と袖が広がるタイプのもので、襟と袖と裾からのぞくレースに「火」「水」「風」「土」「光」「闇」それぞれの紋章をそれぞれの色の糸で編みこんである。
見て判る相手が判ればいいのだ。六色使ってシュールレアリズムの人物画みたいになるのは、まっぴらごめんこうむる。
「卿が兄の王位継承を支持しつつ、しかし軍が動かぬようにらみを利かせてくれたが故に、余は王位につくことができたのだ」
実は国王陛下は、次男坊であらせられたそうな。
普通は長子相続ということで、兄の王太子殿下が王位につかれるはずであったのだが、まことに残念なことにこの王子様は明々白々にぼんくらであらせられた。
しかも当時は国王も死の床にふせっており、外国と紛争が起きていて、ついでに宮廷には佞臣がはびこっていたという。
そして当時の王太子殿下は、その佞臣にかつがれていたお御輿の上、敵国と通じている奸臣の娘を妻にしていたという駄目駄目っぷりを発揮しておられた。
というわけで志ある貴族らが密かに通じ合ってクーデターを画策したわけであるが、その時はお父さまは近衛騎士団長としてあくまで王太子支持を表明しつつ、しかし軍部をがっちり抑えこんで一切動かさせなかったそうである。
おかげさまで今上陛下は宮廷クーデターに成功、当時の王太子殿下は臣籍に降りられた上で田舎の王領に妻とともに蟄居させられたとのこと。
「近衛としての筋を通しただけのことにございます」
王太子派と第二王子派に分かれての内戦の危機を防いだお父さまは、今上陛下が登極なされるとすぐに近衛騎士団長の職を辞して領地に引きこもられた。まあ、王太子殿下も蟄居させられたわけで、王太子派を表明していた以上はしかたのない身のふりようであったと思う。
さて、お父さまはヴァルトハイム辺境伯でいらっしゃる。つまり国境防備の責務を負う立場にいらっしゃるわけで、領地に引きこもった以上はそのお役目を完璧にこなしてみせないとならない。
しかもヴァルトハイム辺境伯領が国境を接している相手は、魔王国である。
「そうか。奥方は息災か?」
「娶ってよりこの方、相変わらずでございます」
「息子が生まれたそうだな」
「母子ともに健やかに。これもひとえに陛下のご威光の賜物にございます」
そこで何故かお母さまの登場である。
お母さまは、元々は魔王国の王立大学の教授でいらっしゃったという。それがいかなる理由があってのことかは教えていただけていないのだが、色々あってはるか南の田舎の内陸国であるユールヴェント王国にやってこられた。
亡命してきたお母さまを保護したのが、当時最初の奥様が亡くなられて独り身であったお父さまで、幽鬼族の高位種ということで討伐されかかっていたのをなんとかかばい抜かれたそうな。さすがだぜお父さま、そこに痺れる憧れる。
ちなみにそこらへんの具体的な内容については、お母さまがせっかくの魔術の授業を潰して一日四時間三日間にわたってのろけられるので、以下略ということにさせていただきたく。
私にとっては幸いなことに、お父さまと前の奥様との間に子供はなく、おかげさまでヴォルズニア家の長子としてつつがなくやってこれたわけである。
「さて、今日、卿を呼んだのはほかでもない。嫡男ができたのであれば、そこのヒルデルートを嫁に出しても問題はなかろう」
「はい、陛下」
「というわけでだ、卿が娘をヨーゼフの嫁にはくれぬか?」
きたよきたよ。嫌な予感ほど当たるものなんだ。
実は私は、嫁として迎え入れるには色々と条件が悪い。
まず母親が高位魔族である。それも魔王と伝があるとかならばともかく、単なる学者である。「教会」との関係もあって、魔族の血を引く娘を嫁に迎え入れようという物好きは普通はいない。下手をすると「教会」内での派閥争いにまきこまれる。
次にお父さまの立場というものがある。なにせ国王陛下のライバル派閥に所属していて、社交界にほとんど顔を出さなかった引きこもりである。しかも辺境伯として国境防備の役目を背負っているわけで、立身出世をしたいお方にとってはうま味がない。
さらに私自身の女としての魅力である。お父さまとお母さまの良いとこどりをした廃スペックな顔と肢体と頭脳の持ち主ではあるが、おかげさまで歳相応の可愛げというものが無いマセたガキである。なんせ前世の分も加算するならば中身は立派なアラフォーとなってしまう。
「ヒルダよ。そなたはどうだ?」
ここは、一度戻って家内とも相談させて頂きたく、と返事をするべきシーンだろう。と、内心でぶーたれるが、そこは前世は「空気」を読まないと社会的に抹殺されるいじめ大国日本の生まれの身である。
つまり返事は、はいか、イエスか、二つに一つしかない。
「この身はふつつかものなれば、全ては陛下のお心のままに」
そう答えて一礼するしかないではないか。
で、私の答えに満足なされたのか、陛下は随分と御機嫌斜めならずなご様子で、近こう寄れ、と手招きなされた。
「ヒルデルートよ。今日よりそなたは我が息子ヨーゼフの婚約者である。余を父とも思うがよい」
「ありがとうございます、陛下」
「ヨーゼフよ、そなたの婚約者となったヴァルトハイム辺境伯の娘のヒルデルート姫だ。才色兼備の言葉とはこの者にためにあるようなもの。末永く仲良くするのであるぞ」
「はい、お父様」
うん、ヨーゼフ殿下ね。
八歳児でありながら、将来を垣間見せるキラキラしくお美しいかんばせをなさっていらっしゃるお方である。国王陛下と同じプラチナブロンドがキラキラとしていて、多分王妃殿下からうけつがれたであろう碧眼もキラキラと輝いていらっしゃる。
白磁の肌にばら色のほほという、栄養状態もよろしいお子様で、ついでにきちんと身体を動かしていらっしゃるのか無駄なお贅肉などついておられない。
で、お召しになっていらっしゃるのは青色と紫色の身頃左右で色分けされた上着である。つまり「水」と「闇」の魔術が使える可能性があるお方である。
「ヒルデルート姫、僕はユールヴェント国王レオポルト・ハーベンバウムの息子ヨーゼフです。今この時より、死が二人を別つまで末永く共に」
「ヨーゼフ様、私はヴァルトハイム辺境伯ゲオルグ・ヴォルズニアの娘ヒルデルートと申します。婚約者としてふさわしきを努めさせて頂きたく」
馬鹿じゃあないし、見た目も良いし、色々とあって問題児な私でも妻にしてくださるありがたいお方である。
だが、どうにもキャラが薄い。どうしても、父親二人が濃すぎてキャラが喰われまくりなのだ。
ついでに私もキャラだけは濃い。多分スプーンが立つコーヒーくらいには濃い。
婚約できた喜びよりも、これからヨーゼフ殿下は大丈夫かなあ、という心配ばかり先に立つ出会いであった。




