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3:お母さま、ぱねぇ

 この世界は剣と魔法の世界である。

 しかしながら、寿限無寿限無と呪文を唱えれば、どかんとファイアーボールが炸裂したり血がどばどば流れている傷も一瞬で直ったりするRPG世界とそっくり、という訳ではない。

 割と夢も希望も無いもので、魔術を行使するためには、まず「神代語」と呼ばれる言語を習得し、この世の成り立ちについて学習し理解し、為したい現象をこの世の理にそって「神代語」で記述した魔法陣を描き、そこに魔力を流し込んで、魔術発動の言の葉を放たねばならない。

 この世界の貴族は全て魔術が使える。というより、魔術が使えないと本物の貴族とは認めてもらえない。

 なにしろ魔術一発で奴隷百人分の仕事をこなせる世界なのだ。社会インフラという概念はまだ無いが、まあ人類社会を成立させ維持するための諸々を支えるには、魔術を使うのが最も効率が良いのである。

 そして、産業革命前の社会であるので、教育につぎ込めるリソースには限界がある。

 つまり人民全てに等しく教育を与えられる余裕がない。だから、貴族階級という投資効果の最も高い集団にリソースを集中して投下し、そこで育てられた人材をもって社会を支配させるわけである。

 私はそれを悪いとは思っていない。というより貧乏だから仕方がないじゃないか、とすら思っている。実際に大学院にまで進んだ身からすると、学問は本当に金と時間が必要なのだ。


『『世界は最初混沌であった』』


 お母さまの声にあわせて教典を「神代語」で朗読する。

 この世界の文字は、基本的にアルファベットのような音素文字である。見た目はアラビア文字か指輪物語のエルフ文字みたいな感じで、左から右に書く。

 日常で使われているのは「教典語」と呼ばれる言語で、「神代語」をずいぶんと簡素化して扱いやすくしたものだそうだ。


『『始まりの神はそれを良しとせず、時を動かされた』』


 今お母さまと一緒に朗読している教典は、神話時代の終りに成立した「教会」がまとめた神代の出来事の通史ということになっている。

 つまりは日本でいうところの古事記のようなものなのであろう。


『『動き始めた時によって混沌はへだたり、天界と地界と冥界に分かれた』』


 そして、私が今お母さまと一緒に勉強しているのは、単語と文法の記憶である。

 これは私が前世でやった勉強法なのであるが、欽定聖書の日本語版と勉強したい言語の聖書を用意し、ひたすら読み比べるというやり方がある。

 なんせ聖書の中身は基本的には同じなので、日本語さえしっかり理解できていれば他の言語もわりとなんとかなった。


『『始まりの神は自らを四つに分け、時の神、天の神、地の神、冥の神を産んだ』』


 というわけで「教典語」と「神代語」の教典を二冊ならべて、お母さまに続いて「神代語」の教典を朗読するののが毎朝の日課である。

 当然のことだが一回読めば理解できるほどチートな頭を持ってはいないので、予習と復習は絶対である。


『『天の神は天界を統べ、地の神は地界を統べ、冥の神は冥界を統べるべく各々それぞれの世界へとおもむいた』』


 さて、今お母さまと一緒に音読している教典の中身は、ごくごく最初の方の神話の始まりの部分である。つまり聖書で言うなら「光あれ」というあのあたりだ。

 ここから神話は一気に生々しくなる。

 それぞれの世界におもむいた神々は、ひとりぼっちに耐えられなくなり自分の伴侶を得ようとする。で、天界神と冥界神が目をつけたのが、地界神、つまり後の大地母神なわけだ。

 最初に大地母神に手を出したのは天界神となっている。それで生まれたのが神人族だそうだ。そして天界は神人族によって満たされ、二柱の神は仲睦まじく暮らしていたことになっている。

 ところがそれに嫉妬した冥界神が大地母神を誘拐し、無理矢理悪魔族を産ませてしまった。

 もっともこれは人類側に立った宗教の教典なわけで、魔族筆頭である悪魔族の成り立ちを良く書いていないのは当然といえば当然であろう。

 ちなみにお母さまは幽鬼族の高位魔族だそうだ。つまりリッチーやヴァンパイアやレイスやサキュバスといった眷属がいるのだとか。リッチーより上って、すごいな、おい。


『『天界の神と冥界の神は、大地の母となる地界の神を巡り戦いを始めた』』


 当然のことながら嫁さんを奪われた天界神が黙っているわけもなく、神人族を率いて冥界へと突撃し、激しい戦いのあと大地母神を奪い返して天界へと凱旋する。

 そして天界の入り口を護らせるために神竜族を産ませ、門の守護にあたらせたという。

 それに対して冥界神は自ら竜となって門番を欺いて天界に侵入し、また大地母神をさらって冥界へと連れてゆき、冥界の門を護らせるために韻龍族を産ませたそうだ。

 こうやって天界神と冥界神は、互いに大地母神を奪ってはおのれの眷属を生ませて争いを繰り広げたらしい。


『『天界と冥界の者達の争いによって大地は荒れ果て、世界はふたたび混沌に戻るかにみえた』』


 そして天界と冥界の勢力が均衡してきて、戦場は大地母神が統べる地上に移った。

 当然ながら大地はぼろぼろになって世界は滅びかける。

 ここで動いたのが時の神であった。


『『時の神は告げた。「天の神よ、そなたは天界より出ること許さず。冥の神よ、そなたは冥界より出ること許さず。地の神よ、そなたは陽の時は天の神の妻となるべし、月の時は冥の神の妻となるべし。我は今より全ての運命をつかさどるものなり」この時より全てには、始まりと終りという運命が定められた』』


 「教会」が信仰しているのは、基本的にこの「時と運命の神」である。

 この裁定の後、時と運命の神は大地母神に人間族を産ませ、大地に満たさせ地上の全てをつかさどるよう命じたとところで世界創生のパートが終わる。ここから先は、神々の加護を受けた英雄達がそれぞれの種族部族を率いて活躍する神話世界の物語となる。


「では書き取りね」

「はい、お母さま」


 さすがに二年間ずっと音読と書き取りを繰り返していれば、単語も文法も記憶してしまうというものである。

 ちなみにお母さまがおっしゃるには、二年で「神代語」をものにできるというのは普通は無理なのだそうだ。

 前世で受験勉強をこなした経験は無駄にはならなかったのがうれしい。覚えた中身は役に立たなくなっても、身につけた勉強のノウハウは役に立ってくれている。

 私は、蝋板に鉄筆でぐりぐりと今朗読したパートを「神代語」で書き始めた。



「弟が生まれるのですね。ありがとうございます、お母さま」

「どういたしまして、ヒルダ」


 お母さまは、いつもにこにこと穏やかに笑っていらっしゃる。少なくとも私が覚えている限りでは、声を荒げられたことすら見たことがない。


「弟の名前は決まりましたか?」

「お父様と一緒に考えているのよ。ヒルダにも何か希望はあるかしら?」

「んー、すぐには思いつきません。いにしえの英雄から、アムレートとかどうでしょう?」

「ふふっ、ヒルダは本当に神代の英雄が大好きね」


 それはもう、現在進行形で中二病に罹患中ですから。

 しかし、妊娠四ヶ月とは思えないスタイルの良さである。お母さまは、絶世の佳人というだけではなく長身で頭身も高くて、お胸は豊かで腰周りもきれいにくびれていてお尻は丸くひきしまっていらっしゃる。娘から見てもまことに眼福なお方である。ありがたやありがたや。


「やっぱり魔法ですか?」

「はい。お母さまは地界神の眷属の最上位種。大地母神の加護を最も強くうけていますもの」


 なるほど。豊穣の神の眷属だから新たな生命については人一倍敏感なわけですか。

 そこで私は、むむっと首をひねった。

 お母さまは幽鬼族の最高位魔族。なんで冥界神の眷属ではなく大地母神の眷属なのだろう?


「お母さまは、冥界神の眷属ではなく、大地母神の眷属なのですか?」

「はい、そうですよ」

「幽鬼族には、リッチーとかヴァンパイアとかレイスとかいますよね? その者達も皆大地の眷属なのですか?」

「よく気がつきましたね、ヒルダ。幽鬼族は、その魂が冥界に赴くのを拒んでこの地上界に残った者達の末裔なのよ。彼らがこの地にいられるのは、大地母神の加護を授かってのことなの」


 なるほど。というか、さすがに驚いた。

 確かに幽霊とか亡霊とかが出てくるお話は、土地に根ざしたものが多い。


「わたし、お母さまの出自をお聞きしたことがありませんでした」

「あら、そうだったかしら。私はキュベレ族の者ですよ」


 キュベレ。前世の神話では古代アナトリアの地母神で両性具有の神である。オリンポスの神々に去勢され、その傷跡からしたたった血のあとから柘榴だかアーモンドだかの樹が生えたとか。

 そういえば、インキュバスとサキュバスは表裏一体の存在で、サキュバスが集めた男の精をインキュバスとなって女に注ぎこむ夢魔だったか。

 それにヴァンパイアやレイスといった亡霊達の眷属の増える早さは、多産で有名なオークやコボルトなんかとは文字通り桁が違うわけで。

 大地母神は豊穣の神。幽鬼族に性や繁殖にまつわるエピソードが色々あるのも当然なのかもしれない。


「わたしの魔法の才は、やっぱりお母さまのキュベレの血のおかげなのでしょうか?」

「はい。そうだと思います。我らキュベレの者は大地から直接精を得て長き時を生きる一族です。吸血や吸精は、相手との交歓のためのものですから」


 ううむ、そうするとお母さまも両性具有なのだろうか。とはいっても私は、男性器は生えていない生粋の女の子である。

 なんか怖い方向に思考が向きそうだったので、無理矢理でも話をそらすとしよう。


「そういえば、魔方陣というのは別に円盤状のものではないのですね」

「そうね。円盤状にすれば、より少ない面積でより複雑なスコアを描けますけど、無くても魔術は使えますよ」


 最初私は、魔方陣と聞いてアニメやゲームのエフェクトで描かれる複雑な文様が幾何学的に並んだ円盤をイメージしていた。

 ところがこちらの世界の魔方陣は、何をどれだけどのようにどうするか、それを「神代語」で記述し、そこに魔力を流し込むものなのである。

 なんというか、こんなところでPC言語もどきを覚える羽目になるとは思わなんだ。いや、確かに前世で読んだラノベにはそういうネタのお話がたくさんあったけれどさ。

 ちなみに魔方陣を構成する要素は、(スコア)(コード)(ワード)に分かれていて、これらを記述するための文法も存在する。そのための言語が「神代語」なわけだ。

 ああ、キーボードが懐かしい。


「ヒルダは全ての魔力相が使えますから、魔方陣を使うのもそんなに苦労しませんよ」

「わたしは錬金術師になりたいのに、一番適正があるのが「光」なのが残念です」


 そう、私は「火」「水」「風」「土」「光」「闇」とある魔力相のうち、一番適正があるのが「光」なのだそうだ。ちなみにその次に適正があるのが「風」で、二つ合わせて電気を起こした時にはひどい目にあった。

 魔術を行使するときには、必ず安全対策をとった上で、先生に同席していただきましょう。自己流で魔術を使うのは事故の元です。


「「火」も「土」もヒルダは十分才能はあるのよ。ただ「光」と「風」の天才なだけで」


 ちなみに、普通の魔術師は使える魔力相は一つか二つである。三つも使えれば天才と呼ばれ、四つ使えれば歴史に名前が残るという。私が六つ全て使えるというのは、転生特典なのかもしれない。

 チート危ない、慢心しないよう気をつけないと。全て出来る、は、何も出来ない、と同義なのだから。


「お母さまの魔力相も、わたしと同じですか?」

「はい。キュベレ族は、悪魔族や神人族と同じ様に全ての魔力相を使う事ができるのよ。ヒルダがそうなのも、私の娘だからでしょうね」


 さすがだ。お母さま、ぱねぇ。

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