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8 街ノート

 ラキス国の街ウィンドウは朝市が開かれ賑わっていた。

 谷間が覗く大胆なワンピースを着たアリーナは、道行く男の視線を捕らえていた。しかしそんな色欲の目を、本人はいたって気にする素振りはなかった。寧ろ彼女は斜め後ろを歩く、紅い髪の魔物が自分を見ているか気になるようだった。


「カルロスどうですか、この服は?」


 いきなり振り返って聞かれたので、カルロスは慌てて視線を胸から外した。


「え? ああ、いいんじゃないか。似合ってるよ」

「そうですか。よかった」


 アリーナは安心したように笑った。

 そんな二人の会話などお構いなしに、先頭を勇者は目的の場所まで歩いた。

 朝市から外れた開けた場所まで来た、馬車を扱う業者が一行を出迎えた。

 勇者が手で示した。


「購入した馬車はこちらです。アリーナ王女」


 4人で乗ってもゆったりと座れる大型の馬車だった。


「ダリア王国まで使うので、御確認ください」


 アリーナは内装を見て手招きした。


「ぺリュトンこちらへ」


 ぺリュトンは馬と鼻先をくっ付けて挨拶していた。アリーナに呼ばれると寄ってきた。

 筆と先日買った魔石の溶解液を取り出すと、内装に細工しはじめた。


「内装に魔法陣を書いて防御性能を上げましょう」

「…アリーナ、見えそうなんだが」

「この程度の魔法陣なら見えても構いませんよ? 城下町にいる魔術師なら普通に知っている類の物です」


 アリーナは馬車内で、座席に膝立ちで天井に書いている。王女としての気品など感じさせない行為だが、昔からアリーナはこんな調子である。


「アリーナ俺らは魔法陣が書き終わるまで、向こうに行ってる」

「あら。ここに居てくださって構いませんよ」

「下着、見えそうだ」


 アリーナはハッとして辺りを見た。

 勇者はぺリュトンを伴なって、従者に声を掛けに行っていた。

 馬車を扱う業者が鼻の下を伸ばしながら、アリーナのワンピースから覗く太ももを見ていた。

 魔石の溶解液入り瓶を業者に投げつけた。


「見ないでください!!」


 街ウィンドウを出たのは昼も過ぎた頃だった。魔石の溶解液の補充のために、店が開く時間になるまで待っていたからだ。

 ぺリュトンは馬と並走していた。

 馬車内はカルロスとアリーナの2名。勇者は襲撃者が来た時に素早く動けるように、従者の横にいる。


「カルロスが私を見てくれると思って、この服を選びましたのに」

「そうだな」

「日記書くのに忙しいからと、相槌が適当ではありませんか」

「忘れない内に書いとかないとな。次の街は本屋あるか?」

「恐らくはあると思います」


 アリーナは旋律したように震えた。


「まさか、その、本屋でいかがわしい書物を買って、嗜なものと…?」

「違う」


 カルロスはポケットから魔石を取り出し、飴玉を齧るかのように食べた。


(竜の成長期ってやつを調べないとな)


 街を出てから数時間がたった。夕日が山の間から見えた。

 野宿のためのテントを張る従者を見ながら、聞かれないような小声でアリーナに尋ねた。


「あの奴隷の首輪は外せないのか? 可哀そうなんだが」


 普通奴隷はお金があれば、買い戻して平民に身分を戻せる。しかし永久奴隷の者は最低身分から脱却することを許されない。首輪は強制で付けさせられる。もし、主人の命令に逆らったら首輪の魔法効果で自滅するようになっているからだ。

 首輪にはガラス玉のような石が付いている。


「首輪は身にくいこんでいるらしく無理です」


 夕食のスープをかき混ぜるアリーナの手は怒りで震えた。

 王女という立場なら普通は給仕係や毒見係が居るものだが、今はいない。アリーナは自分が口を付ける物は自分で用意していた。


「帝国がよく戦で永久奴隷の者達を使っていました。到底勝てないであろう戦を強引に持ち込んでは、口減らしも兼ねて奴隷達を戦場に置きざりにするのです」

「置きざりにされたら、戦場から逃げればいい」

「戦線離脱するな、捕虜になるなと命ずるのです。主人の命令が全てですから」


 カルロスは従者を見た。

 命を物として扱う制度に手の平が汗ばんだ。実行できないような命令をしたら、その途端にこの者は死ぬ運命が決まるのである。魔王城で捕虜のことから目を逸らしたが、目の前にある命ならそんなこともできない。

 そんな心境を見透かすように、勇者は様子を窺っていた。

 食器を取りだそうとするアリーナにカルロスはさり気無く言った。


「食事は皆で食べたほうが楽しいよな」


 アリーナは意表を突かれたように目を開いた。


「ええ、そうですね」


 夕食のスープを食す面々とは違い、カルロスは野生動物の生肉と毒草を食べた。いつまでも資金変わりとなる魔石を消費するわけにはいかない。

 地図を確認しながら、日程と立ち寄る街を確認した。


「カルロス、毒草など食べて平気なのですか?」

「俺にとっては香辛料みたいなもんだ」


 手にとって毒草を確かめるアリーナに事実を告げた。


「俺は魔物で、お前は人。食べるものが違うのは当たり前で、食って確かめようとか思うなよ?」

「も、もちろんですよ。それよりも魔王城に居た時よりも、よく召しあがっていますね」

「なんかエバルと違って魔力が薄いからか、腹が減ってしかたない」

「渡航中は食材の調達が難しいので、港街で仕入れるしかないでしょう」


 渡航に掛かる日数は、港街カルトからアネモネ国まで3日ほど。そのあとアネモネ国から天空塔のある島まで数時間。何かしらの非常事態も考慮しなくては、数食断食することになる。魔物や亜人の口にあう食事を、人族が経営する渡航組合がわざわざ用意してはいない。

 港街カルトへといくまでに、2つの村と3つの街を通ることになる。

 村と街を1つずつ超えたところで問題が発生した。

 幅の狭い川が、先日降った大雨で氾濫していた。勇者が魔法で難なく馬車が通れるようにしたので、進行はこのまま順調に行くかと思いきや。


「川には流木に交じって、家の建築に使ってるレンガがある」


 カルロスが思案顔で川を指した。


「川の上流の街に被害があったんだな。行くぞ」


 従者に馬車の進行を変える旨を伝えるカルロスに、勇者が怪訝そうに聞く。


「一体どこに行くつもりだ?」

「被害にあった街に」

「ここはラキス国だ。勝手なことをしたら、領主にどんな因縁をつけられるかわからん」

「ちゃっちゃっと助けて、お偉いさんが来る前に街を出ればいいんだよ」


 アリーナも満足そうに頷いた。


「そうですね。これだけの魔力を持った面々が集まっていながら、見捨てるなど愚の骨頂です」





 被害にあった街には、その日の内についた。

 家を失った者がたき火を囲んでいた。山の中腹にあるこの街ノートは、私欲の肥えた領主が統治している。復興は領民が、自力でなんとかしなくてはいけなかった。

 カルロスは家があった敷地に魔法陣を書いていた。建材を両手で持って運んでいる従者に聞いた。


「なあ、アイツ見捨てるのかと思ったんだが。一番張り切ってないか?」


 勇者は流れた土砂を土の魔法で押し戻し、塀を築き上げた。木の魔法で家畜の建物を作り直した。魔力の底がつくのでは、と心配になる働き具合だった。


「皆さまの領民を思う心に、胸が打たれる想いで御座います」

「お前、当たり障りのない事しか言わないな」


 従者の言葉に、カルロスは苦笑した。

 ぺリュトンは荷台を曳いて建材の山を運んだ。馬車の馬達はこの後も旅で人を乗せるため、休ませている。


「敷地に誰もいないな?」

「はい」


 領民に確認してから魔法陣を発動した。

 魔法陣の上に置いた建材が一人でに動き積み上がっていく。3階建の立派な家ができた。

 領民が刈り込んだ頭に手を当て、目の前の光景に驚いた。


「なんてこった。一気に建てちまうとは」


 カルロスはその作業を30回ほど繰り返した。それでも魔力が尽きる気配がまるでない。

 アリーナがいる建物まで歩く道も、勇者の魔法で綺麗になっていた。

 杖に体を預けるようにしながら、吐息した。


「ふぅ」


 怪我を負った者達をアリーナは治療魔法で治していた。さすがに魔力の限界がきたのか、疲労感が体を被う。


「お疲れ」


 カルロスが温かい飲み物を持っきて渡した。


「カルロス、何時の間にいたのですか」

「少し前から」


 アリーナは魔力切れの兆候が表れても、休まずに真剣な顔で治療に専念していた。邪魔をしては悪いだろうと、終わるまで待っていた。

 彼女がまだ話しをする体力があるか顔色を見ながら、今後のこの街について話し合った。


「傷は治したし、住むところも十分整った。あとは食べ物と職だな」

「仕事はこの街の特産である陶器と鉱山採掘ですから。そちらは被害がなかったので、すぐ始められるとのことです」

「詳しいな」

「体の傷を治すだけが治療魔術師ではありませんから」


 なるほどカウンセラーも兼ねているとは、とカルロスは感心した。

 特産品を売れば資金を得られ、自ずと食料も手に入る。

 街ノートの領主は自分の住む屋敷が被害に遭わなかったとなると、復興には見向きもしなかった。鉱山が無事なのだから、人材はよそから奴隷を仕入れれば良いと考える者だ。わざわざ領民のために外交などしない。


「領民と話し合って他にも手伝えることは、やっておきたいな」


 窓枠から外で街の子供を乗せ遊んでいるぺリュトンを見た。元々が鞄だからか、疲れを見せることがない。

 肩に頭がもたれてきて横を見た。アリーナが疲れからか、座ったまま寝始めた。山の気候は涼しく、そのまま寝たら風邪をひきかねない。

 カルロスは従者にかける物を取ってくるよう命じた。従者は畏まって命令を受けた。

 賑やかな気候の朝にアリーナは目を覚ました。

 大分寝ていたのか、太陽は一番高いところにあった。


「んー…よく寝ました」


 伸びをしながら一人言を発した。

 外から怒鳴り声とそれに応じる話し声が聞こえた。


「なんでしょう?」


 部屋を見渡すとドアの前で従者が待機していた。ぺリュトンは窓の近くで丸まってる。


「カルロス達はどこですか?」

「外に居られます」


 アリーナは立ち上がり、自分も外に行こうとした。


「アリーナ様はこちらでお待ち下さい。カルロス様からの仰せです」


 従者はドアの前から離れなかった。

 その間も外の怒鳴り声は止まない。


「外で何やら怒れる御仁がいるようですね。何があったのですか?」


 従者が答えようとしたとき、外からドアを叩く音がして横にどいた。

 カルロスが困った様に笑いながら部屋に入り、中を見渡した。


「よし!皆居るな。この街から、さっさっと出よう」


 ぺリュトンはアリーナを背に乗せると外を駆けた。その横をカルロスと従者も走る。

 途中、肥えすぎた男が怒鳴った。キラキラ光る宝石だのを、いたる所に身につけている。


「貴様らっ! このまま逃げれると思うなよ!!」


 男の周りを取り巻くように領民達が押さえ、声を張った。


「領主と領軍は、俺らが押さえときますんで!」

「どうか御無事で!」


 カルロスは走りながら肩越しに振り返り、詫びた。


「迷惑かけたな! 領主に負けずにな!」


 領民達が口ぐちに礼を述べた。


「迷惑だなんて、とんでもない!」

「本当にありがとうございました」

「必ず復興してみせます!」


 道を走り馬小屋に行くと、勇者が馬車を待機させ待っていた。

 馬車に乗り込み走らせると、勇者が口を開いた。怒りをぶつける相手がほしいのか、カルロスの前に座った。


「なんなんだ、あの領主は! 領民を飢えで殺すつもりなのか!」

「はっはっ。あそこまで酷いと、もう笑うしかないよな」

「あげく、街の娘を自分の都合で永久奴隷にさせるとはっ!」


 カルロスは改まった表情になった。


「ああ、あれは間に合わなかったのは悔しい。お前が領主を殴ろうとするから、まいった」

「あんな欲の塊など、殴っても殴り足りん!」


 アリーナは二人の様子から、自分のいない間に何があったのか察した。

 勇者は落ち着きを取り戻したのか、アリーナに弁解した。


「アリーナ王女、今晩は休まず馬車を走らせます。ノートの自警軍が追ってくるでしょうから」

「わかりました。しかし、なぜ逃げる事態になったのですか?」


 勇者は今朝の出来事を短的に話した。

 街の様子を見に来た領主が、異変に気付いた。被害がまったく見当たらない事に。なぜかと近くにいた街の娘に聞くと、純白の騎士が数名連れて復興に貢献してくれたからだと答えた。

 領主は純白の騎士を呼んだ。来るのを待っている間、領主は身目が気にいった街の娘をいつものように自分の奴隷にしようとしていた。その場面を見た勇者は怒りのあまり、殴りかかろうとする。カルロスが勇者を押さえて、領主への暴行罪は避けた。

 許可も取らずに魔法を領内で使った、という名目で領主は罪状を言い渡し大金を要求した。

 それを聞いていた領民は怒った。私腹ばかり肥やして何もしない領主とは違い、彼らは自分達を救ってくれたのだと。大金を手に入れても、どうせ賄賂や身を飾る物に使うだけだろうと糾弾した。

 そこから領主と領民の言い争いに発展した。


「―というわけです」

「なるほど。そんなことでしたか」

「アリーナ王女、そんなこととは」

「ダリアや同盟国のカラットでは、そこに身分差別が加わりますからね。もっと悲惨です」


 勇者は悔しそうにしていた。心当たりがあるのか、言い返せなかった。

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