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6 林での戦い

 朝、村を出た一行はラキス国の次の街を目指した。林が点在する丘は、温かな日差しとほどよい風を運んだ。

 勇者はアリーナに弁明した。


「次の街で馬車を購入できれば、ご足労かけてしまう事もなくなります」

「ぺリュトンに乗っているので、足は疲れません。問題は宿です。次からは私が決めます」

「わかりました」


 このまま順調にいけばラキス国の隣、カラット国で大河を渡ってダリア国に入れる。整備された道を馬車で進めば、旅路はいたって安全なものになるだろう。

 しかし、旅とは不運からくる突発的なイベントで旅人を困らせるものである。

 突如、雷の魔法が一行の歩く付近に落ち進行を阻んだ。

 勇者は魔法で石ナイフを作り、殺気を感じた草陰へと投げた。そして腰の剣を抜くと素早く辺りを見渡し、アリーナの周りに結界を張った。

 カルロスも剣を抜きつつ、襲撃者の人数を数えた。


「魔物が1、亜人が7人、人が1人の計9人か?」

「人など見当たらないが」

「林のずっと向こうにいる」


 襲撃者の亜人は雑魚らしい態度で、言葉を勇者へ浴びせつつ登場した。


「よお、カッコいい騎士の旦那よ。女と金、魔物を置いていきな。死にたくなかったらな!」


 発言者と勇者は対峙した。勇者は明らかに余裕そうな戦いぶりである。一人二人となぎ倒していく。襲撃者もそれなりの武術の心得があるようだが、格が違うのが目に見えて明かだった。

 カルロスは唯一いる魔物に話しかけた。


「俺らの正体がわかっていて、やっているのか?」


 話しかけられた魔物は、構えた武器を下ろすことはなかった。


「もちろんでございます、魔王様。我々の目的は勇者だけですので、どうか傍観なさっていてください」


 抵抗するな、と暗に言っている。

 勇者が7人いた亜人の内5人を葬ったところで、残りの2人が魔物へ喚き始めた。


「話しと違うぞ! 白騎士殺すだけでいいって、強すぎるだろ!」

「テメェも早く加勢しろ!!」


 魔物は林の向こうに視線を一度向け、覚悟を決めたように魔法を使って加勢した。

 魔物の使う雷の魔法は流動的で避けづらいが、勇者は難なく結界の魔法で防いだ。初級の結界魔法は便利ではあるが、内側から魔法を放つことができない。ここぞという時以外は使わずに、攻撃手段をとったほうがいい。

 魔物も勇者もお互いに剣と魔法を使って、遠近戦を巧みに繰り返している。

 カルロスと亜人2人が交戦した。1人の片腕を切り落とし足蹴りで気絶させたところで、残りの1人が武器を手放し降参した。


「降伏する。命だけは見逃してくれ。な?」

「お前ら亜人は魔物に雇われたのか? それとも、林の向こうにいる人に雇われたのか?」

「魔物に雇われた。勇者は天空塔の魔法を知っているから殺せと言われてる。人なんざ知らねぇ」


 カルロスは降参した亜人から剣先を下げたが、警戒心は解かなかった。ここから人の居る場所まで距離がある。走って捕まえようにも逃げられるだろう。あの人物が魔術師で、仲間を巻き込みつつ遠距離から攻撃してくるのなら最適な位置だ。

 勇者は魔物を倒し、悠然とした足取りで亜人2人の元へとやってきた。気絶している亜人の首を、なんの躊躇もなく跳ね飛ばした。

 カルロスは驚きつつ咎めた。


「なんで殺した!?」

「悪は滅びて然るべき」


 降参した亜人は、ヒィと叫んで慌ててカルロスの後ろに隠れた。

 勇者は剣を振り、付いていた血を払った。


「どけ」

「降伏した者まで殺すことないだろ」


 勇者は短く詠唱した。

 叫び声が聞こえて、カルロスは後ろを振りかえった。

 亜人が地面から伸びた茨の魔法に貫かれて死んでいた。





 この日は小高い森の中で野宿となった。次の街までは数日間歩くことになるので、襲撃されたが進行としては問題なかった。

 カルロスとアリーナは、勇者が降伏した者まで葬ったことに不信感を抱いていた。アリーナは勇者の剣の間合いに入らないよう、できるだけ避けるようになった。

 手ごろな滝壺を見つけるとアリーナは体を拭くため、勇者を追いやりカルロスに近くの護衛を頼んだ。

 五感を使って感じとり、カルロスは剣を上げた。


「林の向こうから様子を窺ってた人族だな。出てこい」


 空色のローブを着た人物が出てきた。


「やっぱり気づいていたか。はじめまして、カルロス。会えて嬉しいよ」

「お前は俺のこと知ってるようだが、一体何者だ?」

「君の言うように人だよ」


 さり気無い調子で人だと言う相手に、さらに言及した。


「ただの人が、魔物越しに亜人達を使って殺しをするのか」

「勇者の抹殺は、協力してくれた魔物の裁量だよ。ボクの本命は優秀な仲間の獲得だから」


 ローブの人物は握手を求めるかのように手を差し出した。


「カルロス、唐突だけどボクの仲間にならないか?」


 カルロスは嫌悪感を隠さずに突っぱねた。


「断る。お前の正体も目的も分からないのに、信用できない」

「そうだよね。じゃあ、言い方を変えよう」


 ローブの人物は差しだした手を下げつつ、提案した。


「自分を転生させた張本人に会ってみたくないか?」

「なんで俺が転生者だと知ってる」

「転生させた張本人から聞いたから」


 話しが長くなると感じたのか、ローブの人物は近くに腰を下ろした。


「他者への転生魔法は禁忌だけど、アイツとサタンは計画の上で必要だと感じて使ったんだと思う。メビウスに捕らわれない魂は貴重だから」


 ローブの人物の説明の大部分を理解できず、カルロスは慎重に質問すべきことを選んだ。


「父上も俺が転生者だと知っていたのか。計画とはなんだ?」

「計画とはボクの行動を妨害すること。それで、アイツに― 転生させた張本人に会ってくれるかな?」

「会ってどうしろと」

「これ以上、転生者を生みださないよう通告してほしい。ボクに対抗する人材を呼びだしたいのだろうけど。守りたいはずの世界が、転生の魔法の影響で先に壊れてしまう」

「…遠まわしに言ってるな。要するに、お前は世界を壊すのが目的か」

「そうだよ。やり遂げたい事に、この世界は邪魔なんだ」


 カルロスは目の前の人物の、無邪気な破壊衝動に寒気がした。

 人族は自分の持つ魔力を押さえ、隠すことができる。自分とローブの人物との魔力差が分からないが、人と魔物なら結構な差はあり優勢だろうと判断した。

 魔法兵器のような物まで存在する世界だ。例え魔力が無かろうが少なかろうが、地形を変えて生きている者達を脅かすことは十分できる。


「ああ、転生の魔法を使った張本人には会って忠告してやる。お前の目的を改めさせた後でな」


 剣先を向けられると、ローブの人物は立ち上がりながら宣言した。


「ボクは必ずやり遂げるよ。例え、万人から邪魔されようとも」


 周りの木々がざわざわと動きだす。不自然なこの動きは、木の魔法によるものだ。

 カルロスは確認するように問う。


「改めるつもりはないんだな?」

「説得される程度の決意じゃないんだ」


 上空に魔法陣がいくつか浮かぶ。相手の魔法が発動する前に、カルロスは駆ける。

 魔物は大抵の人族よりも強い。一部の魔術師を除く、絶対な食物連鎖の上にいるのが魔族である。

 協力関係にあるというのは、異様に聞こえる事である。

 魔族の肉体をもってして無意識の内に、カルロスは警戒していた。自分よりも遥かに上の存在の危険性を、まるで怯えた獣のように。





 カルロスは目を開けると、レンガ創りの部屋にいることに気付いた。

 固いベットの上で寝ていた、顔を動かすとぺリュトンがこっちを見ている。


「俺どれくらい寝てた?」


 ぺリュトンはフンッと鼻を鳴らした。

 相当な日が経っていたと、カルロスは推測した。最初に訪れた村から歩いて数日掛かる、次の街についていた。


「俺が寝ている間、お前が背に乗せて運んでくれたんだろ? ありがとな」


 ぺリュトンの頭を撫でながら感謝した。

 起き上がり、窓から街並みを見下ろした。寝ていた部屋は宿の3階だった。街はそこそこの人口があり、バーバラ地方からの亜人の旅人などが行きかう。屋台で食べ物を売っているのか、風に乗って香りが漂う。

 カルロスは空色のローブの人物が言った事と、一方的で容赦がない戦闘で使っていた魔法を思い出した。


(俺を城に軟禁していたのは、奴に会わせたくなかったからか)


 前魔王がなぜあんなにも自分を城に閉じ込めたかったのか、ローブの人物に対抗しうるくらい強くなるまで保護したかった。そうカルロスは結論づけた。


「カルロス! まだ起き上がってはいけません。傷も癒えてないのに」


 振り向くとアリーナが困ったように怒っていた。買い物が終わり部屋のドアを開けてみたら、重症人が起きていたのだ心配もするだろう。


「迷惑かけたな。もう大丈夫だ」

「大丈夫なわけがありません。貴方は私の治療魔法でも目覚めなかったのですよ? いったいどんな相手と遭遇したのですか」

「なんか腹減ったなー」

「話を逸らさないでください」


 アリーナはカルロスの肩を軽く叩いた。一瞬、顔を強張らせたのを見逃さなかった。


「ほら。まだ癒えてないでしょう?」


 カルロスは渋々ベットに腰掛けた。


「貴方はこの街ウインドウに来てからも、目覚めませんでした。今、私は買い出しに出かけ帰ってきたところです。勇者は馬車の調達に出かけています」

「馬車…馬か」


 紅い髪に隠れた角の付近を掻きながら、何気なく言った。


「馬刺し食いたいなぁ」


 ぺリュトンが背を向けてきた。カルロスはファスナーを開け、中から魔石を取り出すと3つほど租借した。

 アリーナは一通の手紙を差し出した。


「倒れていた近くにありました」


 封もしていない手紙をカルロスは読んだ。

 ―少し強めに攻撃したから、肉体が回復により活性化して成長期が早まってくれたと思う。目的を改めるつもりはないよ。もし、件の人物に会いたくなったら天空塔に行くといい。―


「貴方に傷を負わせた者が書いたのですか?」

「だろうな。天空塔っていうのは、どこにあるんだ」


 アリーナは地図を取り出すと指した。


「今いる街がここです。天空塔は大陸から海を渡った島にあります。領土権はアネモネ国です」

「ダリア王国へ行く道筋を外れるな」


 ローブの人物は仲間になれと言った。断ると“言い方を変えて”転生させた張本人に会えと促した。そして、天空塔にその人物がいる。もしかしたら、天空塔に行くことが仲間になることへのフラグの可能性がある。だが、転生させた人物から話しを直接聞きたいと思っている。カルロスは腕を組んで考え込んだ。


「なあ、俺は天空塔に立ち寄りたい。だからここで一旦別れ―」

「嫌です」

「最後まで聞いてくれ」

「嫌です。貴方が居なくなれば、私は一人でダリア王国に帰らなくてはなりません」


 アリーナはドアが閉まっているのを確認して、声量を落として囁いた。


「勇者は第一王子派に属します。お兄様が王国の騎士へと計らったからです。もし王女暗殺を命じられたなら、迷わず実行するでしょう。私の見方は、貴方しかいないのです」


 カルロスの手を握った。捨てられた子犬が鳴くような、か細い声でアリーナは頼んだ。


「お願いします。私を見捨てないでください」

「天空塔でなにが待ち構えているかも分からない。危険だ」


 アリーナは何も言わず俯いた。





 勇者が馬車の調達から帰ってくると、今後の予定を話した。


「天空塔に立ち寄る? アリーナ王女、寄り道している暇はありません」

「勇者よ、王女の決定に不服ですか。それなら、お独りで国へ帰りなさい」


 勇者はカルロスを威圧した。


「カルロス、貴様がアリーナ王女に何か言ったのか?」

「俺とアリーナが話し会った結果だ」

「それは魔王と人族の王女が、という意味か? 貴様何を企んでいる」

「企みなどない。旅なら観光したほうがいいだろ?」


 アリーナは手をひらひらと振った。


「勇者よ、貴方は自分の部屋へ戻りなさい。私は買った荷物の整理に忙しいのです」


 ぺリュトンが急かす様に、角で勇者を追いやった。

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