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5 旅発ち

魔族が治めるエバル地方のとある場所で、集会は行われていた。周囲には魔物の能力を遮断する魔法陣が敷き詰められている。集会の内容が極秘なのは、集まった者達の立場からも十分に分かる。

トカゲの魔物が、忠義を示すように膝をついている。


「魔王継承の文字が現れて3日経ちました。後、2日ほどすれば魔王カルロスは外遊をするでしょう。暗殺の計画はいかがなさいますか?」


忠義を示された方の魔物達はお互いに考えを出した。


「竜の一族がめんどうだな。援護されては、暗殺も成功しない。エバルを出てからがいい」


蜂を思わせる目を持った魔物が、隣りにいる人魚の魔物に同意を得る。


「エバルでの暗殺成功は確定だね。だってカルロスはまだ十数年しか生きてないんだよ? 弱っちくてアタシ達の敵にはならないもの」

「それも竜の成長期がくるまでの話しだ。油断はするな」


人魚の魔物が尾ヒレをぱたぱたと動かして扇いだ。


「どう見てもサタン様よりの体してるのに、竜の成長期くるのかな」

「念のため、二手に分かれて行動したほうがいい」

「そうね」


会話がひと段落したところで、空色のローブを着た人物が口をはさむ。フードを目深に被り、顔は見えない。声の若さから、この人物が少年というのが分かる。


「現魔王が亡くなった後はどうするつもりかな? 君達以外から魔王を選んでも、文句は言わないでね」


この台詞だけでも、この人物がこの場にいる誰よりも立場が上なのは明白だった。

蜂の魔物は言葉を選びながら、ローブの人物に意見した。


「なぜ魔王という地位を継承制にしたのですか? 一番強い者がなればよいはずです」

「うーん、この世界ができたときの約束だから、としか言いようがないなあ」


ローブの人物はふと思いついたかのように提案した。


「そうだ。一度、カルロスに会ってみたいな。もしかしたら、ボクの見方になってくれるかもしれないし」


蜂と人魚の魔物はお互いに顔を見合わせた。話しが良からぬ方向に進みそうだと。


「アタシ達はカルロスを殺して地位を奪いたいのですよ。分かっていらっしゃいます?」

「だからボクが彼と話すまで手を出さないこと。いい?」


まるで赤子に言い聞かせるように、ローブの人物は魔物達を牽制した。

魔物達は逆らわず返事をした。


「わかりました。メビウス様」





魔王城は連日の魔物達の訪問で賑わっていた。

魔王就任祝いの様々な献上品で溢れかえった部屋を見て、カルロスは安堵した。

形だけでも自分が魔王という地位についたことに、一定の理解が魔族のなかであるということが分かったからである。

額に浮かんでいる文字は霞んできている。

鞄に精霊魔法をかけたぺリュトンが、傍らで恨めしげな目で見ている。献上品の中から旅に役立ちそうな物を詰め込んでいたら、予想以上に大荷物になっていた。それでも重そうにはしていない。


「体の中が空洞で、どうやって動いてんだ」


カルロスが疑問を口にするが、ぺリュトンは首を傾げて窓の外を見ていた。釣られてカルロスも外を見た。大小様々な竜の隊群が空を飛んでいた。城の壁には結界が張ってあり、音や衝撃に強く視界で捕らえるまで彼は気がつかなかった。

アリーナが心持ち楽しそうだった。


「カルロスの母君がようやく来られたのですね」


勇者がアリーナの呟きに返した。


「竜しかいないようですが?」

「あら? 言ってませんでしたか。カルロスの母君は竜です」


勇者がカルロスをまじまじと見た。

部屋の扉がノックされ、側近が来訪者の名を告げた。


「魔王様、紫焔竜が御見えになりました」

「今行く」

「私も行きます」

「アリーナ、外の竜よく見てから言ってくれ。俺らなんか一飲みできそうな、でかい口してるから」


空を飛び交う竜は小さいものでも5メートルほどある。とてもではないが、人族が生身で近づくには餌だと言っているようにしか思えないだろう。

側近と親衛隊を伴って庭に出た。

カルロスは自分の母親を見た。地に降り立ち翼を伸ばしている黒い竜は、全長100メートル以上はありそうだった。鱗の一枚一枚に紫色の模様があり、角は山羊のように先がくるりと巻いている。

卵生で孵化するまで魔王城に大事に守られていたため、親子は初の対面である。


「お初にお目にかかります母上」


紫焔竜は首をあげ、我が子を見ると大きな口を開けそのまま近づけた。

カルロスは微動だにせず母親の反応を待った。猫のような瞳孔は母親譲りだったのか、と黄色い瞳に映る自分を見ながら彼は思った。

いつまでたっても何もしてこないことに飽きたのか、紫焔竜がゆっくりと口を閉じようとしたところでカルロスは数歩下がって避けた。

紫焔竜は鳴き声をあげた。怪獣映画に出てくるモンスターの如く、ギャァアアーとかグルルゥルゥといった感じである。

周りの者からしたら分からない言語も、カルロスは理解していた。


『なんと小さい体。この紫焔竜にも似ていない。しかし魔王には継承しているのだから、認めよう我が子として』

「ありがとうございます母上」


カルロスの態度が気に喰わないのか、紫焔竜は尾を地面に打ち鳴らした。親衛隊が身構えたが、魔王が片手を上げて制止したので彼らは緊張状態を解いた。


「親衛隊が気を張るので、大げさな身振りは遠慮願いたいのですが」

『奴は親衛隊ではないのか?』


向けられた視線の先を見た。アリーナと勇者が部屋の窓際から、こちらの様子を窺っていた。


「いいえ違います。彼らは旅の供です。額の継承の文字が消えたら、外遊をしようと思っておりまして」

『どこまで?』

「主にタイム地方を回ろうと」


紫焔竜は目を細め考えた。


『ならば、ここから竜の平原まで送り届けよう。数か月は短縮できる』

「御迷惑ではありませんか。背に乗せるのは?」

『気にするな。かわいい我が子には旅をさせよと言う』

「感謝いたします」


紫焔竜は愛おしそうに鼻先でカルロスを突いた。

エバル地方での移動を短縮すれば、カルロスの成長期はタイム地方で向かえるということになる。それを見越して紫焔竜は申し出たのだ。到底、竜には見えない我が子ではある。しかし魔物である以上、必要になってくるモノがタイム地方では沢山手に入る。

これも一種の愛情なのだろう。だが、カルロスがこれからやってくる竜の成長期が、どんなのかを知っていれば決して受け入れはしなかった。





書斎で世界地図を広げて旅のルートを確認した。

地図を指でなぞりながらアリーナは安堵した。


「エバル地方は歩くだけでも危険とされる場所が沢山ありますから、短縮できるのは嬉しい誤算でしたね」

「アリーナは竜の背に乗るのは怖くないのか?」

「ここに来るときも捕虜として、乗って来ましたから平気です。あの時は縛られてはいましたけど」


アリーナは屈託の無い笑顔をカルロスに向けた。


「それに今回はカルロスもいますから、安心できるのです」

「そうか、ならいいんだが」


いよいよ明日に旅立つということで身の回りのことを整理していた。

側近にはいざという時に能力による連絡手段をとってよいという許可とその方法の確認。臣下達には自分が居ない間、城に人族を連れ込んで喰うなどとしないようにと言い聞かせ。前魔王の腹心の部下達には、これからも各所にて自らの役割を全うするようにと通告した。

カルロスはアリーナを見た。味気ない質素な服は、窮屈そうな胸元でサイズがあっていない。


「もしかしたら婦人服があるかも知れないな」

「魔王城にですか?」


別棟へと続く渡し廊下を歩きながら説明を続けた。


「1階のホールの肖像画の人物のために、この魔王城は創られたらしい。だから本来なら魔族が必要としない設備があるのはそのためだ。その人物が来ていた服があるかもしれない」

「でも1000年以上も前の方ですよ?」

「たぶん魔法がかかっていてボロにはなってない、と思いたい」


別塔の扉を開けた。内装はまるで新品で手入れが行き届いていた。

ケーキワゴンに置かれたティーカップや本棚にある魔道書など、まるで持ち主がすぐにでも手をつけて使えるかのように置かれていた。前魔王が肖像画の人物をどれだけ愛していたのか窺い知れる。カルロスは隣り部屋から服を何着か持ってくるとアリーナに手渡した。

アリーナは嬉しそうに鏡の前で服をあてがった。

カルロスは含みのある言い方で勇者に聞いた。


「いいよな?」


くるりと振り返った王女に勇者は、社交辞令ながら称賛した。


「よく御似合いですアリーナ王女」





翌朝。魔王城の庭には臣下達が魔王の旅立ちを見送るべく集まっていた。

魔王は臣下達に暫らくの間の別れの挨拶をした。


「留守を頼む」


側近が心配そうに声をかける。


「本当に護衛を連れていかなくて、よろしいのですか?」

「何かあったときには、お前の能力で頼るから心配しなくていい」

「くれぐれも万が一の事態が無いように、ご注意ください」

「ああ、わかってる」


旅の一行はカルロス・アリーナ・勇者である。鞄に精霊魔法をかけたぺリュトンを頭数に入れなければ、この3名になる。

竜の背に乗るとカルロスは魔王城をじっくりと見た。異世界に来てから、ずっと居た我が家を。

遠ざかり小さくなっても見ていたので、アリーナが声をかけた。


「寂しいですか?」

「いや、旅への好奇心のほうが強いな」

「好奇心もほどほどにしてくださいね」


竜の平原の先は亜人が治めるバーバラ地方に近く、タイム地方でも治安の悪い土地柄である。タイム地方は人族が治めている。広大な土地では管理規制が徹底できず、亜人や魔族が当たり前のように共存し生活している街もある。

魔法で寒さをしのぐ結界を張った。雲の中を時折入りながら高度を維持して、一行を乗せた竜の群れは一日も掛からずに竜の平原に着いた。

竜の平原を呼ばれる場所は、エバル地方から海を越えた隣接するタイム地方のラキス国の端にある。

カルロスは丁寧に体を折り礼を述べた。


「ありがとうございました。母上」

『礼などよい。また会おう、我が息子よ』


竜に見送られ一行はラキス国へと入った。

平原の向こうに森が広がっている。

森に入るまではアリーナはぺリュトンに跨っていた。カルロスが疲れるだろうからと進めたのである。


「なんだか魔力が薄いな。タイム地方は」

「カルロス止まらないで下さい。夜が来るまでに、村の宿に着かなくては危険です」

「置いて行きましょう、アリーナ王女」

「勇者よ、そんな酷いことは言わないでください」


カルロスはぺリュトンの背のファスナーを開けると、剣と魔石を取り出した。剣を腰に差すと、ようやく旅が始まったばかりなのだと気を緩めず歩を進めた。

森はうっそうと茂り、村に着くまでに数体の魔物と出くわした。屈強な竜のいる平原の側に、縄張りを持つ気骨のある魔物がいるはずもない。大抵はカルロスを見るなり、逃げた。


「なんで俺のこと見ると逃げるかな」

「これほどの魔力を持った魔物を、視認するまで気付けないとは。奴らの鍛え方は足りん」

「そうですね。勇者の言うように、魔力を持って生まれたならば鍛えて然るべきでしょう」


タイム地方で魔術師として名を馳せる勇者とアリーナは、あたかも当然のように呆れながら言い放った。誰だって鍛えて強くなれれば苦労はしない。生まれ持った才能の存在は、時に平凡な者をそれだけで傷付けることができる。そのことを、この者達はわかっていない。

森を抜けると宿があるかも怪しいくらい、小さな村があった。

カルロスは異世界で初めて見る人族の村をじっくりと眺めた。人と亜人が共存する村で、魔物が居ても気にする素振りもない。塗装されていない土道には、家畜の牛が歩いていた。

勇者はアリーナに一声掛けてから宿を探しに行った。

目を興奮で輝かせているカルロスを見て、アリーナは感想を聞いた。


「はじめてのタイム地方の様子はどうですか? ここは亜人に排他的な内地と違って、平和だと思います」

「ああ。異なる種族が共存し、質素でいて和やかに暮らしているように見える。いい村だな」


勇者が宿を見つけて帰って来た。


「申し訳ありません、アリーナ王女。宿は民宿になりますが、よろしいでしょうか?」

「小さな村ですから、泊まれる場所があるだけでも嬉しい事です」


民宿で夕食をとり、旅の一日目は何事もなく終わった。

部屋に一人、アリーナは不満げな表情で文句を吐いた。


「なんで一人ずつなのですか。いくら観光客や旅人が来ない辺境の場所で、一人一部屋など!私は、カルロスと同じ部屋が、よかったのに!」


枕にポスッポスッとパンチしながら心に誓った。


(次からは私が宿を探しましょう)


カルロスは月明かりの差しこむ窓際で旅の日記を書いていた。自分の名が呼ばれたような気がして耳を澄ましたが、気のせいだったと思い直し続きを書いた。


―魔物として長く生きるのだろうから、この旅もいつしか一瞬の出来事のように忘れてしまうだろう。思い出して懐かしむ旅の仲間は、自分よりも先に寿命で先立つ。きっと遠い未来で、この日記は自分自身を奮い立たせてくれるだろう―


と冒頭に書き記し、カルロスは日記を閉じた。

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