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3 招かざる客

魔王城1階のホール。

正面に位置する壁には、大きめの肖像画が掛かっている。白いドレスに身を包んだ美しい女性だ。

アリーナは眉を寄せた。


「どう見ても人ですが…なぜ魔王城に飾っているのですか? まさかカルロスの母君?」


近くにいたカルロスの側近が怒って説明した。


「それは1200年前、魔王様の寵愛を受けた人族の肖像画だ! カルロス坊ちゃまが亜人なわけなかろう!! 坊ちゃまの母君は、屈強なる紫焔竜である」

「俺は屈強な竜の翼も、父上の剛腕も受け継がなかったけどな」


ホールに置かれた魔法兵器をいじっていたカルロスは自虐的に笑った。

両親の身体的特徴を受け継げなかった次期魔王を、嘲笑う魔物もいないわけではない。実際には細かい所は受け継げているのだが、魔族は短絡な思考の者が多い。


「気に病む必要などありません、カルロス坊ちゃま。魔王様は坊ちゃまに大変期待しておられます」

「そうか?」


魔法兵器に付けられている魔石の一つをとると齧った。ガリガリという音がホールに小さく響く。


「やっぱり魔石は美味いな。しかもこの兵器には黒のしか付いてない」


魔石には数種類ある。山にあるもの、天空塔にあるもの、海底にあるものなど。採れる場所とその空間の魔力濃度によって、魔石は取り込んでいる魔力が変わる。当然ながら人族が採取するには途轍もないリスクを伴う。黒の魔石は最高ランクの魔力保有量を持つ。拳ほどの大きさの黒の魔石なら王国で一生遊んで暮らせる資金になる。

アリーナは魔法兵器を憎々しげに睨んだ。


「これほど黒の魔石をつけないと発動できないのです。こんな兵器が量産できたら、国内外が阿鼻驚嘆になりますよ」

「魔力を持っている亜人や魔族なら、魔石の変わりになって発動できそうだが?」

「その点は考慮されていて、いろいろと細工がしてあります」

「ふーん」

「無力化されていますね。外装の魔法陣が消されてますし、歯車がいくつか無くなってます」

「父上が無力化したんだよ。危険だから」


カルロスはさらに魔石を取ろうとして手を伸ばすが、思いとどまって下げた。


「あら? もっと召しあがったらいいじゃないですか」

「魔石食べ過ぎるとアレがでるの忘れてた」

「アレ?」

「焔が」


アリーナは不思議そうにカルロスを見た。


「どこからですか?」

「口から。ゲップみたいなもんだ」

「なんか汚いです」

「我慢しようと思えばできるんだが、仕方ないな。うん」


カルロスは一人納得したように頷いた。

アリーナも魔石を齧ってみようとした。しかし人族の歯と顎の力で、噛み砕けるほど柔らかくはない。歯が折れる前にアリーナは諦めた。その様子を可笑しそうにカルロスは見ていた。

別棟からその様子を魔王は腕を組んで見ていた。

臣下が魔王の様子を窺った。


「御子息はいかがなさいますか?」

「焦る必要はない。腹心の部下達に連絡を、魔王の座は絶対であると伝えるように」

「はい。魔王様」


臣下は恭しく頭を下げた。

魔王は言っておきながら、実は自分が一番焦っているのだと自覚していた。


(地位を受け継ぐあの子を認めさせる手段も講じないまま、今日に至るか。部下達がカルロスの暗殺を企てなければいいのだが)


部屋の扉が慌ただしくノックされ親衛隊が入ってきた。


「魔王様っ! やはり奴はこの城に向かっているようです!!」

「その時は謁見の間で丁重に応対しよう」


魔王は1階のホールに飾ってある肖像画の女性を思い出した。まだ世界が平和だった頃の約束を。人の身でずっと長い間、そばにいて理解してくれた者の名を静かに呟いた。





4階の作業用の部屋でカルロスは数冊の本と材料を広げた。

アリーナは材料に目をやって、彼が何を作るつもりなのか推測した。


「魔法兵器に付いていた魔石とエバル地方に自生する木。杖を作るつもりですか」

「初めて作るから失敗するかもな」

「魔族は個体によって、扱える魔法の種類が限られているはずです。そもそも杖の補助がなくても魔法を使えるのが魔族でしょう?」

「俺が杖を使うわけじゃない。アリーナに遣ろうと思って。臣下達に喰われそうになったら、反撃する手段が必要だろ?」

「反撃したら余計に身の危険が増すと思います」

「そこは、ほら、俺がかけつけるまで粘れ」


アリーナは額に手を当てて嘆息した。

カルロスはそんな様子に気にせず杖作りを始めていた。本を見て手順に間違いがないか確認する。


「魔石を装着する木の窪みに魔法陣を書き込む…材料は魔石の溶解液もしくは魔族の血。これは俺のでいいか」


鋭い爪で自分の掌に傷つけ、血を小壺の中へとやる。そうこうしてる間にも掌の傷は自己治癒でみるみる塞がった。

細い筆と取り、小壺の血を付けると慎重に小さな魔法陣を書いた。


「できた。たぶん間違ってはいないはず」


カルロスは本に書かれている魔法陣と自分が書いた魔法陣を見比べた。

木の窪みに魔石を取り付ける。魔石から強い光が溢れた。木から2本の小枝が生え魔石を押さえるように巻き付いた。


「おお! 成功か?!」

「そのようですね」


カルロスはアリーナに出来たばかりの杖を渡した。身の丈ほどの杖にも関わらず重さを感じさせなかった。


「なんか魔法使ってみて」


アリーナは水球を作りだした。本人の意図したものより、やや大きくなった。率直な感想を述べた。


「魔法が発動するまでの時間がほとんど無いです。魔法の効力が強くなるようで、慣れるまでは大変でしょう。使用する魔力量が減らせるスキルがあるようで、使用者の負担がありません」

「一言でいうと?」

「とても素晴らしい杖です」


アリーナは笑顔で応えた。

ダリア王国王女に取り入ってもらうため、貴族から様々な物を寄贈されてきた。しかし自分で作った物を渡す気骨のある人物は今までいなかった。渡す理由も、ちっぽけな家名を守るためではない。

カルロスに対する好意が高まるのをアリーナは感じた。


「でもそのままだと不格好だから、なんか装飾するか」

「私は特に気にしませんが?」

「俺の暇潰しも兼ねているからな」


アリーナはくすくすと笑った。


「そうですね。では貴方の美術品に対する価値観を、見せていただきましょうか」

「嫌なこと言うなよ。技術と美意識は別ものだろ」

「うふふ。完成された感性は技術の一つです」

「なんだそれ」


アリーナが王宮で使っている会話術にカルロスはついていけなかった。

その日の夜、寝室でカルロスは杖の装飾を静かに行っていた。

アリーナは寝たふりをしながら観察していた。ちょっとハードルを上げすぎてしまったかもしれないと心の中で反省した。

月明かりに照らされる彼の横顔を、眠気が限界になるまで見ていた。


「まあ! 見違えましたね」


朝食の席でカルロスは昨晩装飾を終えた杖をアリーナに渡した。

木材は魔族が治めるエバル地方に生えているものを使用。魔力濃度が高いこの地方で育った木は魔法耐性が強い。

魔石は魔力保有量が最高ランクの黒の物を使用。大きさは拳4つほどであり、濁りが無く溜めこんだ魔力の質の高さが窺える。

装飾の裏側にも魔法陣が書かれている。いくつかの魔法陣をひとつの魔法道具に収める技術は、製作者の発想の柔軟さが垣間見える。

魔法陣を書くにあたって使われた魔族の血は、魔王血族のものである。

異世界の事情に詳しくないカルロスと、常に最高級の品をごく普通に与えられてきた王女アリーナは分かるはずもない。この杖は見るものが見たら国宝級の物であると。

実際にこの杖は後に国宝になった。戦争を続ける人族の治めるタイム地方を統治し、平和へと導いた象徴として。なぜなら統治した人物達が、杖を製作した者と杖を送られた人の間に生まれた子供達だからである。

そんな未来を知らないカルロスとアリーナは、杖の品評会もそこそこに終わらした。


「暇潰しでしたら、外遊などはどうでしょう?」


4階へと続く階段の途中アリーナはふと思いついたことを口にした。

カルロスは足を止めることなく返答した。


「城の外に出るのは許可されていない」

「御忍びで行くのですよ。私も昔やりました。後でちょっと御父様から小言を言われましたが」

「俺の場合、小言では済まされなかった」


先頭を歩いていたカルロスは振り向かずに言葉を続けた。


「あれは痛かった。すごく」


側近が慰めた。


「カルロス坊ちゃまが魔王の地位を継がれたとき、享受されればよろしいかと」

「あとどれほど、掛かるかな…」


アリーナが恐る恐るといった様子で尋ねた。


「まさか…生まれてから、ずっと城の中で軟禁状態なのですか?」

「そうだけど」

「たしかに外は危険かもしれませんが、何もそこまで…常に暗殺の危険があるわけではないでしょうに」

「1週間くらい前に俺のこと殺そうとしたの誰だっけ?」

「うっ…」


アリーナは反論できなかった。


「まあそのことは、どうでもいいとして。そろそろ剣の稽古の時間だ」


臣下との剣の稽古をアリーヤは見物していた。

もとより見物といっても魔物の動きが速すぎて、理解できてはいなかった。カルロスと雪豹の魔物が繰り出す剣が残像となって、辛うじて目で追えている。

小休止のとき感想を述べた。


「速いのですね。私の目では残像が見える程度です」

「俺の動きに合わせてくれてるだけ。本当はもっと速いのに」


雪豹の魔物はアリーヤを試すように眼を細めた。剣を鞘に戻すと、姿勢を正した。

カルロスは注意した。


「動かないように」


アリーナは魔物がいつ剣を抜くのか見ていた。

はらはらといった調子で前髪が何本か落ちた。いつの間に剣をとって、そして再び戻したのか。アリーナはまったく認知できなかった。

魔物は口の端を歪めて笑った。


「人族は遅い。カルロス様こんな鈍いのを側に置いといては、臣下どもに喰われてしまいますぞ」

「俺はお前が今にも喰い殺さないか心配だ」

「食べませんよ。(人族の肉は)臭いので」


アリーナは絶句した。

王女として生まれ育ってきた17年間で一度も受けたことない暴言に、どう言葉を返していいのか頭が回らない。言葉を詰まらせながらもカルロスに聞いた。


「く、臭いですか? カルロス、わ、私は?」

「臭くないよ。体臭のことじゃなくて、喰ったときのこと言ってんだよ。…なぁ?」


カルロスは臣下に言質を問いた。臣下は頷いた。

アリーナはカルロスの返事を聞いていなかった。イスから立ち上がると宣言した。


「カルロス、湯浴みに致しましょう」

「まだ稽古終わってな―」

「湯浴みです」





魔王謁見の間。

魔王は玉座から見下ろしていた。純白の鎧に身を包んだ招かざる客を。

張りつめた空気が、謁見の間に漂う。

親衛隊が声を荒げた。


「貴様っ!! 今さら、なぜ来た!」


窓の外は暗雲が立ち込め、雷鳴がとどろく。間に一瞬強い光が雷によって照らされ、純白の鎧がそれに答えるように輝く。

鎧の隙間から覗く目は強い決意が宿っていて、それは決して後悔しないというものだ。

招かざる客は無言で剣を抜くと、切っ先を魔王へ向けた。

魔王は静かに目を閉じ、ここには居ない人物に詫びる。


(メビウス、すまない)

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