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38 魔王VS勇者

 町アゲットの宿の部屋でカルロスは本を読んでいた。

 王国から使者コイルが、魔族が近くに居るのを拒否している。なので夕食の時間、こうやって独りで時間をつぶしているわけだ。


「遅いな……夕食に一時間もかかるか?」


 本を閉じながら独りごとの疑問をぶつける。


「何かあったか? いや、それは無いな。あいつが付いているんだ」


 町にある一番良い店に夕食を取りにいった。勇者も同行しているし、コイルの護衛の者達が居る。もしも何かあれば、大事になる前に方が付く。

 カルロスは腕に嵌めた銀のブレスレットを弄る。

 気になり皆が行った店に行こうと階下に降りると、宿のカウンターにいた女の子が話しかけてきた。


「あっ、置いてかれた魔物だ。あのね。コイルって人が教えてくれたんだけど、女の人ね戦犯なんだって。だからね、魔物はここに置いてくんだって」

「ダリア王国に行ったのか?」

「わかんない。でもあの人達こわいから、ついてっちゃだめだよ」


 使者であるコイルの護衛は重装備で目立つ。子供から見れば、威圧を感じる。

 カルロスは情報をくれた子供に礼を言う。

 町を出ると、魔法道具のスキルを使った。銀のブレスレットが光って、光の粒子でできた矢印が対のブレスレットの場所を示した。

 ダリア王国とカラット国を隔てる大河ルピンウス。その大河を挟む山に、対のブレスレットはある。なぜ大河を渡す橋ではなく、離れた場所にあるのか。アリーナ達はどこに向かうつもりなのか。

 カルロスは前に立ちはだかる人物に眉を顰めた。

 ダリア王国の騎士である勇者がそこにいた。

 勇者は左手に持つ物を見せた。魔法道具である、銀のブレスレットだ。


「アリーナ王女から、お借りした」

「アリーナが戦犯だと聞いた。どういう事だ?」


 勇者はブレスレットをしまいながら答えた。


「アリーナ王女は糾弾する隙を作ってしまった。僕が思っていた以上に、王国では動きがあったようだ……」


 勇者は剣に手を添えながら、魔王に問う。


「ところでカルロス。貴様はまさか、アリーナ王女を追うつもりか?」

「追うに決まってる。アリーナは帝国の捕虜で、その後魔王軍に捕まったんだ。魔王に脅されたと思うだろ。それを戦犯なんて、納得できない」


 カルロスは睨んだ。同じく旅をしてきたのに、なぜ立ちはだかるのか。この数カ月で楽しい事ばかりではないとはいえ、人となりを理解していたと思っていた。


「お前は納得しているのか、王国の判断を?」

「納得など要らん。僕はただの駒なのだから。戦犯といえど、重罪が科せなれることはなかろう。魔力を封じ離宮で幽閉されるくらいだろう。国にいる他の魔術師に対する、見せしめの意味はなく。王族としての処遇で通る筈だ」

「いつも以上に長々と話すんだな」

「それはそうだろう? 僕は貴様の足どめだ。武力で突破するなら反撃して、話し会いで解決しようなら長引かせる。そういう役目を担っている」


 カルロスは剣を抜きながら吐き捨てた。


「ならさっさと武力で突破する。お前の考えがみえないのが嫌なんだよ」


 勇者も応じるように剣を抜く。


「ダリア王国の騎士として、魔族の進行を阻止する」


 カルロスが地を蹴り、間合いを詰めた。大振りな剣を難なく勇者は避けた。

 速い、剣も一級品の物であるから、当れば相当な痛手を追う。だが苛立ちによってカルロスの剣筋は、単調で難なく読まれていた。

 急所と成りうる胴体ではなく、四肢を狙っている。しかも初手で断絶の魔法で命をとっていない。

 そのことに勇者は、カルロスらしいと思った。前魔王サタンも現魔王であるカルロスも、暴君だったのなら楽だったろうに。

 数度剣を振るが避けられる。これでは本当に、ただの足どめをされてるだけになってしまう。カルロスは火の魔法を使って戦術の幅を増やすが、相手のほうが一枚も二枚も上手だ。使える魔法の種類も多彩で戦闘経験も豊富。

 避けれないくらいの範囲の魔法を使うしかないのか、とカルロスが身構えた。

 遠くで花火が上がった。コイル達が無事、王国の結界内に入った合図である。

 勇者はその合図を見て、鎧の下で口元に笑みを浮かべた。

 アリーナが無事王国に帰れるよう警護しろ、という指令は果たせた。あとは自らの思惑を実行するだけだ。


「十分に役目を果たせた。だからといって、僕が道を譲るつもりはない」


 勇者は思惑通りにことが運ぶように、言葉をあえて選ぶ。


「どちらかが屍になるまで戦うのも、一興だと思わんか?」


 カルロスは剣を握る手に力を込めた。


「前にアリーナに言ったことがある。兄妹で争うのは寂しくないかと」


 勇者が石の魔法で飛ばした杭の束を、火の魔法で溶かした。だが全てを避けることは出来ず、手で掴んだ。


「でもな、実際に自分がそうなると寂しくはない。怒りしか湧かない」


 火の魔法の玉で素早く反撃した。カルロスは掴んだ杭を投げ返していた。それが紛れて、勇者の鎧にぶつかった。

 頭部の鎧が剥がれ落ち、勇者の赤い髪が覗いた。抑揚の無い調子で告げた。


「貴様を弟だと思ったことはない」


 カルロスは鎧の下に隠された事実に驚いて、攻撃の手を止めた。


「何を驚いている。父親が同じなのだから、髪の色くらい似る」


 勇者が雷の魔法で電撃を放つと、カルロスは結界を張って防衛した。喉から絞り出すような無念さを滲ませた声で、事実を確かめようとした。


「なんだよ、お前は…」


 勇者は自分の首元に視線がいっているのに気付き、剣を持っていない左手の指でそれを叩いた。


「これか? 見れば分かるだろう」


 目を閉じれば思い出せる。

 白い体毛に黒い斑点のある魔物が、自分の腕の中で眠っている。近くには仲間の遺体。

 手についた血は、もはや誰のものかも分からない。

 あの日の生々しい感覚は、忘れることはできない。

 自由から一番遠いところで彼女の安寧を願い、身代わりになることを選んだ日のことを。

 勇者は絶念気味に笑いながら打ち明けた。


「僕は永久奴隷だ」


 カルロスは先ほどまで感じていた怒りが消え、悔しさを覚えた。生前父親がなぜ、奴隷契約について詳しく話していたのか理解できた。

 魔王城を襲撃したときなぜ前魔王は反撃しなかったのか、愛した女性との子に手を掛けたくなかったからではない。永久奴隷となってしまった子が、命令違反で死ぬことがないよう自らを犠牲にした結果である。

 勇者は剣に魔法で白い炎を纏わせた。


「兄弟だと教えておきながら、奴隷だとは言わなかったのか家臣達は」

「俺はどうすればいい」

「ここより先に進みたければ、僕を殺すなりすればいい」


 勇者は静かに深呼吸した。

 勇者を中心に足元、そして上空に魔法陣が浮かぶ。


「僕には僕の罪がある。自分の身勝手な行為の結果だ」


 魔法陣が光りを帯び始める。

 それをカルロスは断絶の魔法で打ち消す。残像を残し、粒子となって魔法陣が消える。

 カルロスは勇者の言動から、自分にどうしてほしいのか理解していた。いくつかの疑問もあるが、それも主人からの命令と己の心の葛藤。その板挟みでの事ならと、納得できた。


「剣を構えろ、カルロス」

「嫌だと言ったら、お前は止めるのか」


 勇者は一呼吸分置くと、表情を変えることなく淡々と述べた。


「僕はアリーナ王女を暗殺し損ねた」


 カルロスは永久奴隷の首輪を見て察する。


「それは命じられて、仕方なくだろ。お前の意思とは関係なく」


 一向に剣を構え直さないカルロスに、勇者は痺れを切らしたのか今度は嘲る。


「好きな女を裂く感触はどうだった」


 カルロスの顔が強張る。

 勇者は構わず話しを続けた。

 ギロチンの刃は自動で降りたりしない。誰か他者がいて初めて罪人は裁かれる。

 そして執行人が罪悪感に苛まれないよう、ひたすらこの罪人は本心を隠しながら喋る。


「人族は柔らかい。その手に残る感触は忘れまい? 魔神は固かった。心臓を一突きしたのに、長々と喋りかけられた。ところで知っているか、魔神には主従契約が効かない」


 何も無い中空に小さな魔法陣が出現した。亜空間創造の魔法である。冒険者達からは、アイテムボックスと呼ばれている魔法だ。

 勇者は魔法陣へ手を伸ばし、中から小瓶を取り出す。よく見える様にと、目の高さまで上げた。


「……先祖返りの魔法薬の効果の間だけ、僕は自由だ。仮初めの魔神ではあるが」

「それなら、ずっと飲み続ければいいだろ。自由が手に入る」


 勇者は内心溜息が出る想いだった。どうやら決定的な事を言わないと自分を殺してくれないらしい、と。


「僕の主人は、アリーナ王女を守りそして貴様の足どめをせよと命じた。だが、それも保留にできる。もう一度言おう」


 勇者は先祖返りの魔法薬の小瓶を、口元まで持ってくる。


「僕はアリーナ王女を暗殺し損ねた」


 火の玉が勢い良く飛んでくる。

 勇者はそれを認識しながら、避けなかった。顔を舐める火に一瞬顔を顰めるが、所詮は中級程度の魔法だ。勇者の血筋なら、暫らくすれば自己回復で完治する。

 小瓶が落ち、カチャンという音。そして中身の液体が地面に染みわたる。

 カルロスは剣を構え、何か小さく呟いた。


「お前は――が――――だよ…」


 勇者は、なぜもっと強力な火の魔法を使わないのかと考えていた。呟きも耳に入ってこない。

 カルロスが距離を詰めるべく駆けた。

 それを勇者は口の端を笑みで若干上げて、待ち構えた。せめて無駄な抵抗をしているという風を装うか、と剣を振るう。

 剣と剣が交わろうとする瞬間―

 勇者は唐突に思い出した。


 “――――”


 守りたかった彼女が、自分の名を呼び、そして続いた言葉。

 勇者は剣に込める力が、若干弱くなってしまったのを感じた。


 “――――。独りになろうとしないで”


 勇者の剣は弾かれ宙へと放り出て、交わる筈だった剣が胴体へと切りこむ。

 相手の剣が鎧を突き破るのを感じた。


「……っ!!」


 衝撃とともに激痛が勇者の体を走り、よろけながら仰向けに倒れる。

 カルロスが悔しそうに歯ぎしりをして、先ほどの呟きを再びした。


「お前は演技が下手なんだよ」


 言葉を続ける。視線は剣で斬り付けた傷口と、血だまりのできている場所とを彷徨う。相手の剣を叩き折り説得するための攻撃の成り行きに、その傷の具合に、動揺が視線となって現れている。


「旅している間いつでも暗殺できただろ。魔法薬を持ってたんなら、自由になれる時はあった。お前のその手に残る感触が罪悪感なら、家族に押しつけて死のうとするな」


 勇者の視界がぼやけ始める。

 カルロスが顔を伏せ、踵を返し立ち去っていく。それを勇者は、ただ黙って見ているしかなかった。


「お前、急に力抜いただろ。深く切りすぎた。治療の魔法を自分で使って、ちゃんと治しとけよ」


 大河を渡す橋が、見下ろせる場所にきた。カルロスはアリーナが乗っているであろう馬車を探す。しかしどれだけ目を凝らしても、見当たらない。

 戦った場所まで、戻るべきかと考えを巡らす。だがその考えは直ぐに消えた。

 奴隷になった経緯もその苦悩も、自分は知らない。手を差し伸べても払われるなら、あえて相手の心境が変わるまで待つ。これがカルロスの出した結論だった。

 カルロスはこの後どうするか考えた。アリーナは王族としての処遇で通る。一度王国に戻って、御墓にご報告をしたい。この2つから今すぐに迎えにいくのではなく、ある程度猶予があると踏んだ。





 カルロスが居なくなって直ぐにオクラは現れた。

 いくつかの魔法を使って、戦いとは言い難い様子を終始見ていた。

 オクラは地面に仰向けに倒れる勇者に聞く。手を笠して勇者の傷を、治療の魔法で治していく。


「もっと他に、効果的な魔法を習得しているだろう? 相手を殺すことなど容易の筈だよ」


 勇者は震える両手で顔を覆った。

 傷の痛みではなく、精神的なものによる。


「………僕が奴隷になった経緯は、知っている筈だ」

「あぁ、知っているよ」

「彼女にあった。魔王城で…僕を見ても気付かなかった。記憶も、戻っていない様だった。でも…」


 勇者は嗚咽を噛み殺しながら、吐露する。


「何不自由なく過ごす彼女を見て、良かったと思った…。魔王の下にいて、もうあの時の罪を…彼女を罰する者はなにもないと、安堵した。その途端…」


 顔を覆う両手の隙間から、透明な液体が零れる。


「僕自身の罪に苛まれた…死にたいとっ!! 親、子を殺した罪を償いたい。これ以上っ……罪を重ねたくない…。」

「なぜレオナードが私達に自害を禁じたか、理由は簡単だよ。私達を必要としているから。物ではなく」


 オクラは優しげに微笑んだ。


「なぜ魔王が貴方に止めをささなかったか、貴方に生きていて欲しかった。家族だから」


 膝丈くらいの白いのっぺりとした人形が、木の陰から戦いの終始を、勇者の想いを見ていた。

 ダリア王国とカラット国を隔てる大河ルピンウス。その大河に架かる橋を渡った先で、コイルは勇者を待っていた。

 馬車は2台あり、片方の馬車の窓からコイルが顔を覗かせ驚いた。王国一の実力を誇る勇者が、負傷した様子で帰ってきたのだから。


「勇者殿、戻られましたか」


 勇者は詮索されないよう、促がした。


「コイル殿、先を急ぎましょう。アリーナ王女が目覚められる前に、王国に着いたほうがいい」


 コイルはもう一台の馬車を睨みながら言った。


「もうすでに起きてますよ。勇者が戻られたら、こちらの馬車に来るよう伝えて下さい。と言伝です」

「わかりました」


 簡素に返事をすると勇者は、用意されていた馬車に乗った。

 中にはすでにアリーナが待っている。本来なら侍女やらがいるものだが、人払いをしていた。


「頭部の鎧、どうしましたか」


 勇者は一瞬躊躇ながら、対面に座った。


「壊されました」


 アリーナは馬車が動き出すのを待ってから、静かな口調で話しを続けた。


「そして、カルロスに永久奴隷だと知られたのですね」


 勇者は今、首元を布で隠している。奴隷の首輪は見えないはずだ。


「いつから、存じておられたのですか」


 アリーナは外の流れる景色を見ていて、一向に答えないのかと思われた。

 ようやく昔話しをするかのような口調で語りだした。


「王都には様々な書物があります。その中には、古の魔術も記されています。幼い頃私は魔神を呼び出し、真実を知ることができました」


 外に向けていた目を勇者に移した。


「10年前、王家暗殺をしたのが貴方だと。そうですね?」

「はい」


 勇者は詫びることなく、簡素に返事をした。

 アリーナはさらに聞いた。


「命じたのは所有者であるレオナード・クロッカス・ダリアですね」


 勇者は答えなかった。それを肯定だとアリーナは受けとめた。


「それにしても、齢12ほどで生まれたばかりの弟を暗殺しようとは。お兄様は怖い人です」

「殿下は懼れていたのかもしれません」

「何にですか?」


 勇者は一呼吸置いてから、罪の清算を願いでた。


「僕を処刑して下さい」

「嫌です。貴方には待っている人達がいるのですから」


 アリーナは勇者の顔と髪を見ながら呆れた様な、あるいは同情するような調子だった。


「しかし、貴方がカルロスの御兄弟だとは思いませんでした」

「兄弟ではありません。僕は永久奴隷ですから」

「カルロスが聞いたら哀しみます」


 勇者は困ったように顔を歪めた。

 戦い勝敗が着いた後、立ち去る時に見せたカルロスの表情。


「……泣かせてしまいました」


 アリーナは再び外に視線を移しながら、目の前の人物と自分の兄に向けて言った。


「不器用な兄ですね」

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