34 復讐の獣③
闘技場から出たログは丁度、街全体を囲む壁にある門から馬車が入ってくるのが見えた。
門は4つあるが、その内3つは利用できないように塞いである。1つしか残されていない門は、ミグラス公の手中の者によって警護されている。街の中での事が露見しないように、手まわしがされている。
ログは馬車の御者台に座る男に声をかけた。
「よっ! どうした?」
男は被っていた外套のフードをずらし、顔を覗かせた。
「ああ、ログ。新たに荷物を仕入れたから、ここに持って来たんだ」
「おいおい…まさか、アゲットから攫ったとかじゃ、ないよな…?」
「違うって。仲間を信用しろよな」
「はぁ……。お前は大事を小事って言う奴だからな…」
盛大に溜息をしつつログは、男が乗っている馬車の荷台を見た。帆が掛けられているのは、道中で何を運んでいるのかを知られない為である。
「中を確認してもいいか?」
男は両手を顔の前で合わせて、頭を軽く下げる。
「すまん。脅したら何故か、馬車内で勝手に―」
「ああ、わかった! お前がそういう奴だってことは、わかってた」
ログは館のある方向を指した。
「さっさと館へ運んどいてくれ…。馬車は自分で掃除しといてくれよ」
「おう。任せとけ。ピッカピカにしとくぜっ!」
男が馬車を操り館の方へ行くのを、ログは違和感を抱いていた。
「あいつ今、掃除を任せとけって言ったな……。珍しい事もあるんだなぁ」
それは途切れ途切れにしか思い出せない記憶。
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亜人の少女は弓を射ると、見事に獲物を仕留めた事に拳を握り喜んだ。
「やった! 今日のごはんだっ!!」
人族ならうっそうと茂る森で、獲物を見つけることすらできない。すぐれた視力が、木にとまる鳥を見つけることができた。
麻袋に獲物を入れ、手に持ち村に戻る。
樹海にひっそりある村は平凡だった。少女だけでなく、村人全員そう思っていた。少なくとも、その日までは。
「な、なんだよ……」
少女は遠目から村の様子を見て絶句した。
数人の人族が村人を襲っていた。襲撃していた人族は、こういった事で生計を立てているプロだった。いくら人数差があっても、事前に用意周到にされていては逃げれなかった。
「うわっ…痛てぇな! 何するんだ!!」
少女は自分を背後から押し倒した相手を、身を捩って言い放つ。
相手は人族だった。村を襲った者達の仲間が、逃げる村人の待ち伏せをしていたのだ。
「んー? お前、女か」
「放せっ!!」
少女は尚も抵抗しようとするが、喉元に剣を突き付けらせて黙る。刃には既にべっとりと、血糊が付いていた。
「動くなよ? 傷付いたら、売値が下がっちまう」
相手は素早く、少女を気絶させた。
次に少女が目覚めたのは、酷く狭い檻の中だった。手には枷が掛けられていた。
薄暗い部屋の中には、同じような檻が並べられている。
「ここどこだ? おい! ここから出せよっ!!」
少女の声に気付いて、少女を捕らえた男と肥えた奴隷商の男が話しを一旦止める。
肥えた奴隷商が、近くで控えていた下朗に指示を出す。
下朗が檻の鍵を開け、少女を出した。
肥えた男が、所々へこみのある使いこんだ鉄製の棒を少女へ振り下ろす。
捕らえた男が呆れたように、奴隷商に言う。
「おいおい。折角、傷無しで捕らえたのによ」
「こういうのは、最初のっ、躾が、大事なんだ」
捕らえた男は溜息をつき、奴隷商に忠告する。
「金はさっき決めた額にしてもらうぜ。アンタが勝手に、商品を傷付けたんだからな」
捕らえた男は別の部屋で、奴隷商が戻って来るのを待っている。
下朗に文句を言う。
「お前らのボスは何やってんだ、遅いな。早く金くれよ。金」
部屋の扉が開き、赤い液体を滴らせた少女が入って来た。扉近くに居た下朗が気付いて、少女を捉えようと手を伸ばす。
少女はその手を掻い潜り、懐に飛び込む。鉄製の棒を下朗の喉に突き刺す。引っこ抜き、次の獲物に対峙する。
「奴隷商を殺したか? 折角、普通奴隷で売ってやったのによ。次は永久奴隷だな」
男の問いに少女は答えない。身を折るようにしながら走る。的を小さくすることで、男からの攻撃を避ける狙いだ。
男は机を蹴って盾にし、少女に死角をつくった。その僅かな隙に、男は懐から癇癪玉を取り出す。
方手の袖で鼻を覆い、少女が飛び出してきたところを狙う。少女の足元に癇癪玉を破裂させた。もうもうと煙が立ち込め、煙をもろに嗅いでしまった少女の視界は大きく揺れる。
最期の足掻きで少女は、がむしゃらに鉄製の棒を振るう。
男は冷静に距離を取って、棒を避ける。煙の効果が効くまで、防戦の構えだ。
少女がまたも眠らされた。次に体験したのは、一言でいうなら、地獄だった。
時は過ぎていく。
「キリック? 聞こえてる?」
少女は歳を重ね、女性と形容する見た目に成長していた。
自らの恩人で新たな主人のミゲルへ答える。
「御主人。オレこういう所にいると、その、昔のこと思い出して…」
キリック達が居るのは、とある豪華な屋敷の中だった。
ミゲルの仲間が気を利かして、扉の方へ親指で示す。
「おめーは、外で待ってろや。こんな趣味の悪い部屋じゃ、誰だって気分悪くなるべ」
部屋の中は剥製が、これでもかと並べられていた。剥製は魔族と、人族からかけ離れた容姿の亜人だった。
キリックは頷き扉へと向かう。
仲間がミゲルに注意する。
「いくら普段は平気そうにしても、痛みっつーのは忘れられねぇんだよ。可愛がってばかりじゃ駄目だべ」
「ごめんなさい。私の不注意だったわね」
「さて。屋敷の主が帰ってくる前に、仕事するべ」
キリックは見つけてしまった。
ミゲル達の会話が遠くに聞こえ、吐き気がこみ上げてくる。
それは亜人の剥製で、他の物と変わりない。どれも怒りや苦痛を浮かべて、見るものを呪おうとしているかのようである。
その亜人をキリックは知っている。
生まれ育った村の住民だ。
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闘技場の壁に寄りかかりながら、キリックは昔の記憶を思い出していた。
やりきれない感情が言葉となって、吐き出される。
この場に彼女以外に誰もいなく、返事などあるはずもない。
「なあ、ログ。オレは……オレだけが、幸せを感じてもいいのかな…」
館の広い廊下で、魔物は獲物へと近付いていた。
勇者は攫われた人族が、どこに捕らわれているのか探していた。町アゲットでミゲルの仲間から聞き出した情報は、元領主の館は敷地内のどこか。
金に物を言わせていた領主の、館敷地となると狭くない。
魔法や道具で調べても分からなかったのは、それらを阻む専用の場所があったから。断絶の魔法で絶ち切ろうにも、先程街に張られていた結界を消すのに使ってしまった。少数での潜入故に、相手が逃げる前に目的を達成しなければならない。今回の目的は、攫われた人族の救出である。
広い館は隠し通路や部屋があってもおかしくない。
丁寧に探していた勇者は鞘から勢いよく剣を抜くと、振り向き様に横に薙ぎ払った。
剣はガキンッと音を立てて止まった、固い牙に阻まれたからだ。
ライオンの体に蛇の尾を持つ合成獣の魔物、ミゲルが現れた。
蛇の頭で喋った。隙あらば噛みつこうと伺っている。
「こんにちは。侵入者さん」
合成獣の魔物が、純白の鎧に身を包んだ騎士へと話しかける。
「貴様がミゲルだな」
ミゲルは警戒したように歩を止めた。合った事のない人物から、顔を見て名前を言われた。自分の情報がどこまで相手が握っているかは分からない。
勇者が一撃で仕留めない理由は2つある。ミゲルから攫った人族の居場所を吐かせるため。彼らが捕らわれているのが館内だった場合、広範囲の魔法は被害が及ぶ可能性があるため。
勇者は構わず話しを続ける。
「攫った人族は、どこにいる?」
「やだよ。教えない。ところで、あなたは誰?」
「ダリア王国の騎士だ。町アゲットに居た仲間から聞き出し、貴様らの行いは露見された」
ミゲルはライオンの顔を歪めた。
「……仲間に何をしたの」
「貴様が言わないのなら、他の者を探すのみ。町に居た仲間と、同じ目に合う事になるだろう」
合成獣の魔物が、ライオンの口を開けた。雷の玉が勇者へ放たれる。
勇者は横へ素早く回避した。先程までいた場所は、えぐれて床材と埃が舞った。
合成獣の魔物が蛇の口を開けると、だらだらと唾液が垂れた。垂れた唾液は床にあたると、ジューと音をたてて溶けた。
怒りで目を血走らせて、魔物は静かな怒りを表した。
「私の仲間に、酷い事しないで」
ミゲルが雷の魔法をまたも吐こうと身構えると、勇者は結界でミゲルを囲った。
雷は結界の内側を舐めるように、バチバチッと這った。
蛇の口から酸液を飛ばし当てる。すると結界は、水面を打つように揺れ結界に穴ができた。揺れが収まらない内に突進し、結界を壊す。
勇者は一気に距離を詰めてきた魔物に、石の魔法で槍を作り飛ばした。
廊下という場所で、全てを避けるのは不可能だった。急所への槍だけを避ける。残りは雷の玉で撃ち落すが幾つかは当たった。
反撃をしようとして身をかがめた。だがミゲルは何かに気が付いたように、後ろに大きく飛び下がった。目を大きく開き、何かに驚いたように窓の外を見る。
勇者はフェイントかと思い、つられ見る事はしない。だが、神級の魔法がそう遠くない所で、使われる気配はたしかに感じた。
「なるほど。貴様の仲間が反撃にでて―」
言い終える前に、勇者は腕で目を庇いつつ自身に結界を張った。
ミゲルが体を眩しい程に光らせた。
魔物が叫ぶ声が、勇者の耳に届く。
叫び声と光が止んだ。強い光に当てられまだ回復しない視力、心もとない結界。勇者は魔法陣を展開し、いつでも攻撃できるように構えた。
魔物は獲物を勇者から、別の者へと移した。窓を破り、外へと出た。




