32 復讐の獣①
休載期間が長くなってしまいました。連載を再開します。
ダリア王国とカラット国を隔てる大河ルピンウス。
フルニ帝国皇帝が放った一発の魔法で、大陸に亀裂が走りそれが元となり大河になった。この出来事は神の裁断と呼ばれ、強力な魔術師として今にも伝わっている。
大河ルピンウスを渡す橋は、両国間の交通の要として厳重な警戒がなされている。
大河の両側には山がそびえ立っている。なるほど大陸に亀裂が走る以前は、ここは山脈があったのだと、少し見れば分かることであった。山から程なくしてカラット国の町アゲットがある。
町アゲットへと続く道を、その者達は馬を使い常歩で進んでいた。
亜人の永久奴隷キリックは、その姿を隠すように分厚いフードの外套を目深に被っている。商隊用の大型馬車の近くを、馬に乗って並走していた。方手で顔を仰ぐ。冬の寒い時季だが、魔族の血が濃い亜人には大した気温ではない。
「あーちぃーよ。なんでオレが、こんなの着なくちゃいけないのさ」
キリックの前を走る馬に乗った亜人の仲間ログが答える。
「なんでかって? そりゃあ、自分の姿を鏡で見てから言うんだな。キリック」
キリックは牙を見せるように、表情を歪めた。
「うるせぇ! 馬鹿にすんな! お前が、同じ亜人でもアイツは抱けないって言ってんの、知ってんだからな!」
「はぁー…見かけの話しじゃないんだがな…。まあ、いい。もうすぐ町アゲットに着く。奴隷は大人しくしていてくれよ」
「ログ、亜人は大人しくしなくていいのかよ?」
ログは乗馬中ではあったが、方手を広げ自分の姿を誇示するようにした。
「俺のことか? 見ろよ、人族と変わらないだろ。内陸でも差別の対象にならないんだなぁ、これが」
「ちっ、くそが」
町アゲットは旅人や商人が、カラットからダリアへ行くための中継地点としての機能面が強い。宿が多く、娯楽施設が無い。
宿に着くとログは荷馬車の幌を僅かにずらし、中を覗く。
「あちゃー。これは、お家に着くまで持つかな…。まあ、直ぐは平気だろう」
ログは指を折って数える。
「俺らの飯に、こいつらの飯に、あと道中で埋める時用に道具が必要っと…。金かかるなぁ…」
ログは他の仲間に指示を出した。今回の運搬のリーダーであるログの指示に、手早く仲間は動いた。
キリックが当たり前のように言う。
「解体したの食わせればいいだろ」
ログは彼女から数歩離れた。
「おいおい。まさか、食わせたことでもあるのか…?」
「いいや、御主人が食ってるからさ。もったいないって思った」
ログは奴隷のキリックを憐れむように言った。
「そりゃあ、キリックの主は魔族だからな。ミゲルさんには普通の事でも、俺には無理だ」
「御主人だけじゃねぇよ。オレを売ってた人族のくそ商人も、食わせてたぜ?」
「うへー。よくまぁ、そんな所にいて気がおかしくならなかったな…」
ログは荷馬車の幌をぽんっと叩いて、苦笑した。
「まっ、俺らもこいつらを似たような状況にさせてるけどよ…。ああ、そうだ。この中を掃除しといてくれ」
キリックは顔を思いっきり顰めた。
「やだよ! こん中、糞尿くせーもんっ!」
「だから、掃除を頼む」
そう言ってログは、もうひとつの荷馬車からバケツとタワシを取り出して渡した。
「外れ宿の裏手だから通行人はいないけど、それでも幌は取るなよ? それと…ミゲルさんにも言われたろ。俺の指示に従うようにって」
キリックは受け取り嘆げきながら、中へ入っていった。
「なんで御主人は、オレを……。うっ…うべぇー!! 無理っ!」
ログは、その場から離れた。
「まんま人族にしか見えない俺より、キリックの方が威圧できるからなぁ…」
宿に入ると人族の亭主が出迎えた。
宿は町の中では並といった格で、木造の2階建である。町に違和感なくあるごく普通の宿で、他の宿と一見すると違いなどない。
ログは亭主に気軽に声をかける。
「よっ! 儲かってるか?」
亭主はログの顔を見ると、わざとらしく溜息をつく。
「ハァ…儲かるわけがないでしょう? 俺達専用の宿なのに。暇死するところでしたよ」
「いやー…思ったよりも荷物が嵩張って、遅くなった」
「ミゲルさんに怒られるのだけは嫌ですからね? 人族の俺なんか、頭からがぶりとやられかねませんよ」
「はっはっはっ! ………あり得るな」
亭主は焦ったようにカウンターから身を乗り出す。
「ちょっとログさん! 真面目な顔で、あり得るなんて言わないで下さいよ」
「ごめんごめん。それで会議はどこの部屋だ?」
「201号室です。ログさんの泊まる部屋はこの鍵のところです」
亭主の渡した鍵を受け取り。付いてある板に描かれた数字から自分の部屋番号を確認した。ログは自分の泊まる部屋へ行くよりも先に、201号室に行った。
この宿は魔族のミゲルが指示の下、用意させた物である。一般の客が泊まることはない。そもそも町の外れにあり不便でその分通常なら代金は安い、部屋数も見かけの通り少ない。満室ですと亭主に言われれば、納得して客は別の宿を探すのである。
大陸の内陸にあたるこの町でも、当然のように差別はある。
もちろんログのように見ただけでは、人族とかわらない場合、誤魔化して宿を取れる。しかしながら彼の仲間の亜人達は、概ね外套などで姿を隠さなくてはならない。遠目に見ても亜人だと分かる外見をしているからだ。そもそも人型ではない亜人の仲間もいるが、その者達はミゲルとともに行動していた。
宿を取れないだけなら、野宿をすればよい。彼らはそうやってここまで来たのだから。だが流石に、何台もの馬車を停めて一ヶ所で話し合うには、目立ちすぎる。故に、宿という隠れ蓑を用意しているのである。
隠れ蓑を用意しなくてはいけない理由が、彼らにはある。
「俺らがどん尻っぽいんだよな…」
2階へと続く階段を音をギィギィと言わせながら上り、ログは嘆いた。
宿の裏手には既に何台かの馬車が停まっていた。ログ達が引き連れてきた荷馬車と同様に、中に荷物が入っている。
201号室の扉をノックし返事が返ってきたので、ログは中へと入った。
扉をノックする必要性などないのである。彼ら亜人で五感に優れた者なら、階段を上る音で気付いただろうし、宿に入ってきたときの匂いで分かる。ただ礼儀としてやったにすぎない。
ログは部屋の中を見渡して、中に居た者達へ詫びた。
「すまん、遅れた…。これで全員だよな」
中に居た亜人は3名である。その内の一人がベットに腰掛けながら答える。
「待たせた分だけ、頭数揃えてればいいさ。で? ログ、お前はいくつだ」
「18」
ログは空いている椅子に腰かけて手短に言う。本当ならば長時間の乗馬で尻が痛くて、座りたくなどない。だがそんな事を言えば「お前は人族か?」と嘲笑の対象になる。ログは自らの肉体の能力が、どちらかというと人族似であることに嫌気があった。
ベットに腰掛けてた亜人は、窓際に立っている亜人に顔を向ける。
「これで全部で、いくつだ?」
「40と少し。200匹には到底 足りないな」
ログは仲間の挙げた数に眉を顰める。
「ちょっと待て。1人頭10も揃えなかったのか…」
ベットに腰掛けてた亜人が詫びれも無く答える。
「わっはは。ちょっと脅したら、勝手に死んじまってな!! なんなら、この町から補充すればいい」
「それは駄目だ。ただでさえ搬入に目立つのに…。近くの町で事件があったら、公爵が庇えなくなる」
「公爵なんか、どうでもいいって! ミゲルさんと技術を持ったシルク女史が、円滑にやり遂げればな」
ログは声量を押さえて自問するように言う。
「…なんでミゲルさんは、人族を信用するんだ」
窓際にいた亜人が同意する。
「ああ、帝国の実験を流用して、ミゲルさんに何かあったらと思うと怖い。けれども、ミゲルさん自身が決められた事だ」
ログは椅子の背に体重を預け、宙を見た。
種族差別の激しい内陸で、細々と生きてきた。ある日、亜人だと発覚して有りもしない罪を着せられそうになった。逃亡先でログを助けたのがミゲルである。その時にミゲルの強さを魅せつけられた。
「ミゲルさんは何で、人族に成りたいって思ってんのかな…」
その後、ログ達は荷物の搬入に関しての詳細を話し合った。
ログは会議が終わると自分に割り当てられた部屋へ行こうとして、はたと思いだす。
(馬車の掃除させた事、まだ根に持ってるかもな…)
ログはいったん宿を出て、町の広場の露店を眺めた。何を買うか真剣に迷っていた。ぶつくさと文句を言ってたキリックのご機嫌を取るためである。
町の広場の露店で売っている物は、おもに食べ物が多い。旅商人が売れ残った商品が駄目になる前にと、町で売りさばくのである。
ある露店で果物を選んでいたログは、ふと気付く。隣りで同じく商品を選んでいた茶髪の女性に、なぜか見覚えがあったような気がするからである。女性の後ろでは、永久奴隷が控えていた。
女性はフード付きのポンチョを被り、顔が見えないようにしていた。しかし小さな露店の店先故に、距離は近い。女性はログの視線に気づかない。
ログはどこで見た顔だろうかと悩む。
そんなログの様子をどう思ったのか、店主が声をかける。
「見るのはタダだからって、そんなに見てたら穴空いちまうよ」
急に声をかけられたログは慌てて返す。
「えっ? ああ、そうですね。それではこの果物買います」
「はいよー」
ログが硬貨を渡す時に、店主は顔を寄せて小声で話す。
「綺麗だからって、ずっと見てたら相手に悪いぜ?」
ログは曖昧に笑った。
そして宿に帰ってきてから気付いた。果物を買うのを促すために言われたのかと。果物の値段はどう考えても相場よりも高かった。
ログは扉をノックした。部屋の中からキリックが返事をする。
「はぁーい、はい。どちら様ですかー? 先程まで馬車の掃除をしてて、臭っさい奴隷のオレに何の用でーすか?」
「まだ怒ってるのか…」
「その声はログかっ! 入ってこいよ。直接、愚痴聞かせてやる!」
ログは鍵のかかっていない扉を開けた。
「なんて威勢のいい奴隷なんだ…」
ログは扉を開けたその格好のまま固まった。
部屋にはキリックしかいない。
そこには何一つ纏わない姿の亜人の女性がいた。床には水の入った桶が置いてあり、手には体を拭くためのタオルを持っていた。
「なぁログ。オレは―」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
ログは声にならない絶叫をすると、勢い良く扉を閉めた。
扉を背に、ずるずるとしゃがむとログは目を瞑った。キリックの姿が焼き付いて離れない。
キリックの姿は、人型の魔族そのものに近い。肌は青く、くるりと曲がった羊のような角がある。白目にあたる部分は黒い。種族差別をする者達なら、彼女の姿を見て嫌悪する。
キリックは戦闘をする事もあり、鍛えられた肢体には程良く筋肉が付いている。女性特有の膨らみ、くびれといったものも勿論ある。
ログは頭をわしゃわしゃと掻き、情けない声で小さく呟いた。
「くそぅ。夜寝れなくなったら、どうしてくれんだよ…」
キリックは永久奴隷である。
誰かの所有物に手をつけてはならない。ましてや、逃亡先で助けてくれた恩人に、仇で返すような真似はできない。
だからログは酒に酔ったある日、周りの者達に言ったのだ。
どんなに惚れようとも―アイツは抱けない―と。
キリックはログの閉めた扉を不満気に見つめた。
「なんだよログの奴。そんなにオレの姿が気色悪いかよ」




