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28 貴方は貴方です

ぺリュトンはマスコット、はっきりわかんだね

 宿でカルロス、アリーナそして勇者は休息をとっていた。

 従者はまだ先祖返りの魔法薬の効果が切れていないので、森に居る。人魚の魔物はカルロスの命令で付き添いをしている。なぜかぺリュトンも一緒に付いているが。

 先祖返りの魔法薬は亜人が一時的ではあるが、安易に強くなれるので重宝される。ただし元の亜人の姿に戻れるには、効力が切れるまで待つしかない。おまけに時間を置かずに何度も服用したりすれば、副作用が出る代物である。

 カルロスとアリーナが泊まっている部屋で、3人はここ数日のことを話していた。なぜかというと、村で剣の攻撃を受けてからの記憶が曖昧だとカルロスが言ったから。記憶の補完をして自らの行いを客観的にも知り、それを日記に記していた。

 カルロスは紅い髪を掻き上げ、鏡で角を確認した。成長期が終わっても、身体的な特徴は変わらなかった。


「角、伸びてないな」


 アリーナは首を傾げた。


「そういえば、魔王城に居た頃から気にしていましたね。角のこと」

「角っていうか…竜に見えないのが気にいらないんだよ」


 カルロスは何気なく言った。


「竜の子だっていう見た目じゃないのがなあ」


 アリーナは慎重に言葉を選んだ。


「貴方の見た目を気にする方がいるのですか」

「数年前に父上の部下に竜がいたんだよ」


 カルロスは蒼い竜のことを思い出した。魔王城に頻繁に来ては、紫焔竜に似てないだの散々言っていた。背に乗せてくれたこともあった。自分も紫焔が吐けるそれが紫焔竜の子の証明になると言ったときは、蒼い竜は笑って突っぱねた。城の外に連れ出してくれた事も、一度だけあった。臣下や他の部下達とも違う、優しさがあった。ある日ふと気付いた、この竜は本来なら紫焔竜の番いだったのではないかと。聞くと蒼い竜は、お前は気にするなと語った。その声はどこか寂しげだった。

 アリーナは質問した。


「その竜は今どちらへ?」

「死んだ」


 カルロスは言いにくそうに声を絞り出した。


「俺が、初めて断絶の魔法を使ったときにな」


 アリーナはどんな言葉をかければいいのか悩んだ。自分とて、始めて使った魔法が失敗することはあった。

 カルロスは日記を書く手を止めた。


「いい奴だったのに」


 アリーナの首元のスカーフを見ながらカルロスは言った。


「俺は…誰かを傷つける只の害獣だ」


 アリーナは自らの手をそっと、日記を書くカルロスの手の上に重ねた。


「そんな事はありません。その日記に書いてある旅の思い出が、そうではないと分かるはずです」


 アリーナは振り返り勇者を見た。一緒に旅をしている他の者の口からも、伝えて欲しかった。

 勇者が鎧の上から顎を触り、考えこんでいた。


「…もしかしたら魔神になれば、あるいは身体にも影響があるかもしれん」


 カルロスは興味深げに聞き返した。


「魔神ってなんだ?」

「世界より創りだされし魔力の礎。魔法そのものたる権化」


 説明になっていないと感じて、もう一度聞き返した。


「もっと分かりやすい言葉でいうと?」

「魔力には性質があり、扱える魔法も限られる。人は魔神の魔力を分析して理論を理解し、始めて魔法としてその力を扱える。魔神が生まれることは、新しい魔法が生まれることを意味する」

「誕生とともに魔神ではなく、後天的に成れるのか?」


 勇者は首を振って否定した。


「普通は先天的に魔神として誕生する。断絶の魔法がそれを証明している」

「つまり今までには無かった魔法ってことか」

「うむ。貴様は両親とも魔神だから、本来魔神のはずなのだが…」


 勇者はカルロスを観察した。前魔王サタンとはかなり似ているが、誰が見ても彼を竜だとは思わない。


「貴様、本当に紫焔竜の子か?」


 アリーナがいきり立ち、詰め寄った。


「勇者よ、慰めるどころか追い込むとは何事ですか!」


 カルロスは伝えた。成長期で成り振り構わず、共喰いをしても見捨てず。こうして今まで通り接してくれてる者達だからこそ言えた。


「たぶん…本来魔神のはずなのに違うのは」


 一旦言葉を切り、2人の顔色を窺いながら真実を告げた。


「俺が転生者だからだ」


 アリーナが口に手を当てた。


「では貴方は、もしかして…生前は魔族ではなかったのですか?」

「ああ、人だった。それに世界も違う。俺はこの世界に来て初めて、魔族や魔法に触れた。空想の出来事が現実になっていて驚いた」


 勇者は努めて冷静な声だった。


「なるほど。魂と精神が本来のと違うから、魔神ではないのか」


 カルロスは落ち着いている勇者に聞いた。


「冷静なんだな」

「冷静なのは貴様のほうだろう。人の精神で、よくこれまで耐えれたものだ」


 カルロスは肩をすくめ、肯定とも否定ともとれない仕草をした。心を読める側近の魔物がいて、いろいろと気を使ってくれた。ずっと城にいたからこそ、防衛としての心構えも身につけれた。それは今まで生きた十数年の事だ。魔族の寿命は桁違いである。


「これからも耐えれるかは、分からない」


 表情は孤独と寂しさを伝えていた。


「お前らが老いて死んでいっても、俺はきっと今の姿のままだろうからな」


 そんな表情のカルロスを、アリーナは優しげな声で問う。


「カルロス。この世界で初めて魔法に触れたとき、どう思いましたか?」

「嬉しかった」

「魔王城から出た貴方は嬉しさに、顔を綻ばせていました。きっとこれからも、その機会はあるでしょう」


 カルロスはアリーナの温かさを感じた。


「…お前らと別れてもか?」

「世界は広いですからね」


 アリーナは紅い髪を撫でながら頬笑んだ。その手には銀のブレスレッドが嵌められている。


「貴方は貴方です」

「アリーナ、ありがとう」


 勇者は2人の会話が一段落した所で、アリーナに申し出る。


「アリーナ王女、申し訳ありません。カルロスと2人で話しをしたいのですが」

「あら、では私は宿のレストランで軽食でもとっています」


 アリーナが部屋を出ると、勇者は深いため息をついた。


「情報が散見していて事実が掴みにくいが、貴様に忠告しよう」


 勇者はことさら深刻な口調で続ける。


「アベルのことだが、いや恐らくは偽名ではあろうが…奴には気をつけろ」


 アベルとは従者の名である。

 カルロスは眉間に若干皺を寄せて抗議する。


「なんでだよ? あいつは俺を討伐しようとした軍を止めようと、魔法薬まで飲んでくれた奴だ。馬車の従者として買い取ったのもお前だろ?」

「馬車の従者として買うよう、奴隷商から言い包められた。それは僕の落ち度だ。認めよう」


 勇者は頷き肯定しながら、話しを続ける。


「貴様を懐柔するための布石、とブレイが言っていたか。しかし…」


 勇者が言葉を切るのをタイミングよく、部屋のドアがノックされる。

 人魚の魔物が入ってくる。後ろには元の姿に戻った従者、それとぺリュトンがいた。


「魔王様、ただいま帰りました」


 カルロスと勇者の雰囲気が穏やかではないのを察したらしい。

 人魚の魔物は焦ったように聞く。


「あ、あの…アタシが何かやらかしましたか…?」


 カルロスが従者の方を見ながら言う。


「そうだな。これから何かやらかすのなら、聞く必要があるな」


 従者は予め覚悟を決めていたのか、手短に返事をする。


「…はい」


 人魚の魔物が申し出る。


「それじゃあアタシは暫らくの間、席を外しますね」

「いや、お前も居ていい。内容によっては他の部下にいろいろと、やって貰う事があるかもしれない。その伝令役を頼みたい」

「うっ…魔王様までアタシを使い走りに…」

「文句言うな。主に汚名返上できる機会だと、前向きでいる方がお前のためでもある」

「分かりました。でも…アタシにもやる事があるんで、伝令役は氏族の手下にさせます」

「やる事ってなんだ?」


 人魚の魔物は勇者達を見渡してからはぐらかす。


「えーとっ…後で詳しく説明しますね」

「そうか」


 部屋のソファに座るのは、カルロスと人魚の魔物だけだ。

 従者にもカルロスは座るよう促したが、自分の釈明の場なのを弁えてか断った。

 勇者は従者の後ろの壁際に立っている。もし仮に従者が何かしようものなら、その剣で素早く葬るつもりである。そんなピリピリとした空気がまとわりついている。

 カルロスは従者の性格もある程度、旅をしている間に把握しているつもりである。


「そんな暗い顔すんな。俺から言う言葉は、今の所ひとつだ。軍を止めようと動いてくれた礼を言いたい。ありがとう」


 カルロスの言葉に、従者は驚いたように目を見開く。

 予想とはだいぶ違う言葉に、どう返事を返すのがいいのか迷っている。そんな狼狽とした口調である。


「い、いえ。主人の盾になるのは、この身分では、当然の事と認識しております」

「まあ、お前がそれでいいのなら、この話し合いは終わりだ」


 カルロスは聞く事は聞いたといわんばかりの態度で、ソファから立ち上がろうとする。

 そんな様子に、勇者が驚いたように咎め止める。


「カルロスそれだけか?」

「他に何か……ああ、そうだ。すごく気になってた事がある」


 座りなおしたカルロスが、従者に視線を移す。


「先祖返りの魔法薬を、いつの間に手に入れてたんだ?」

「それはカルロス様が床にふせってらした時に、この街で手に入れました。主人の資金を勝手に使い、申し訳ありません。言い訳に聞こえるのは重々承知ですが、必要と判断したようですので…」


 詫びる従者に、カルロスは魔法薬を買う判断をしたのが本人でないことに驚いた。


「必要な物があれば、金を使って構わないと言っておいたからな。というか、お前の判断じゃないのか」

「はい。ぺリュトンです」


 カルロスがぺリュトンを見る。

 部屋の隅で事の成り行きを見守っていたぺリュトンは、慌てて顔を逸らす。


「怪しいな、お前。精霊魔法か……調べてみる必要があるな」

「ぺリュトンが怪しいわけがなかろう。アリーナ王女が陣を描かれ、貴様が魔力を込めた精霊だろう。今はアベルについて聞くべきだ」


 勇者の詰問に、カルロスは呆れたように深いため息を吐いた。


「…はぁー。いい感じに話しが逸れていたのに。お前、脳筋か? そうかそうか、脳筋か」

「なっ!? 貴様、仮にもあ……い、いや、そうではなく。なぜ話しを逸らす?」

「あぁ…あれだな。“勇者”というのは、“魔王”を倒す存在だもんな。俺は倒れそうだ。頭がいたい、お前の無責任な追求に」


 カルロスはこれ以上は無用だといわんばかりに、手を振る。誰に引きとめられる事なく、部屋を出た。向かう先はアリーナがいる宿のレストランである。

 残った面々は気まずそうに互いを見る。

 勇者は暫らく考えていた。結論を出すと、従者に告げる。


「疑って悪い。僕はアリーナ王女を無事に王国に送り届ける以上、他の者を警戒する必要がある。王国側から貴様が居た奴隷商辺りを調べさせてもらう」


 勇者でなくとも達する結論である。

 数か月前、ダリア王国とフルニ帝国は戦争をしていた。それを止めたのが前魔王である。

 帝国の皇帝と面識ある人物が、現魔王の奴隷に対し、懐柔するための布石と言った。

 拮抗する両国のどちらかに魔王という巨大な力が加わったら、その後の情勢は一変する。

 故に従者は追求を当然のことと受けとめた。事実がどうあれ。


「いいえ、王国の騎士であられるのなら、私は疑われても仕方ありません」

「…剣の事を話す時、貴様はブレイの事を知らないように言っていたが。奴も偽名だったのか」


 従者はなるべく表情に出さないように努め、無言を貫いた。

 そんな従者の態度を、勇者は諭すように言う。


「秘密や情報を口外しないのは、仕える者の基本的な心構え。魔法による契約に基づくのなら、その関係は絶対といってもいい。だが、信用は別の問題だろう。貴様はいいのか、カルロスが一方的に解釈する事に?」


 従者は自分の気持ちを正直に伝えた。


「拾って下さった前の主人も、側に置いて下さる今の主人も、私の恩人です。どちらか一方を選ぶ事はできません」


 従者の言葉の含意に、勇者は納得したように頷く。

 先程までの追求していたときの口調の固さはなく。同情に似た感情が、雰囲気にも表れている。


「貴様の主人は、どちらかというと他者の命を重んじる性格だろう。しかし、アリーナ王女を傷付けた者に対しては、容赦無い一面もある。カルトでの事例がそうだ」


 一旦言葉を切ると勇者は含みのある言い方で問う。


「ところで、カルロス自身はアリーナ王女を傷付けた事を、どう思っているのだろうな。……いいのか、独りで行かせて?」


 従者はハッとしたように表情を変える。


「カルロス様の様子を確認しに行ってきます」

「うむ。行ってくるがいい。僕にはできない事だ」


 従者が出ていった後を見ながら、勇者は返事を期待しない独りごとのように話す。


「存外、上に立つ者というのは心が繊細なのだろうな」


 勇者が部屋に居る者へ向き直る。人魚の魔物が驚いたように肩を一瞬跳ねる。

 勇者は何か言おうとしたのか、しかし思いなおしたように首を軽く振ると無言で部屋を出た。

 ぺリュトンはそんな勇者の様子を、ひたすら見ていた。

 従者は部屋を出た後、宿の1階ロビーの端でカルロスとアリーナを見つけた。

 1階へと降りていく階段の中ほどで止まる。

 見るに、カルロスは眉を寄せ顔を伏せて、アリーナは笑顔で片手で何かを否定するように軽く振っている。もう一方の手でスカーフを弄っている。

 自分は邪魔してはいけない。そう従者は判断すると二人のやりとりを、笑顔が向けられる先が変わらない事を、見ていた。

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