24 街マータイト
「精霊王」「黒いバンダナの女性」は今後、転生旅行記には出ません。彼女達は他の物語(プロット段階)に出てくる人物です。ふと登場させたくなってしまったのです…
カラット国はミグラス領の街マータイトに一行は着いた。領主の屋敷のある大きな街である。
国境検問所で強力な魔族が通過したとの情報で、冒険者ギルドのマスター自ら出向いた。そしてほどなく赤い鎧を着た冒険者が、近くの村で盗賊団が魔物を放ったと報告した。ギルドマスターであるブレイは直ぐに村へ向ったが、首謀者である盗賊団は大半が既に死亡。逃走した者を数名捕らえ、事実関係を聞き出している。
「―ということです」
アリーナは豪華なテーブルの対面に居る女性に説明した。
女性はどこか間延びした話し方だった。
「まあ、それは災難でございますわねぇ」
アリーナが今要るのはミグラス領の領主の館である。
部屋の中は調度品が置かれ、他国から取り寄せた紅茶は客をもてなす。
「叔父様が居らっしゃらないとは…、宿を取るのが難しくなりました」
「御父様は外出されましたのでございますぅ。宿はこちらで手配させて頂きますの」
女性が部屋の片隅で控えているミグラス家の執事に視線を向けると、執事は改まって礼をした。
「アリーナ王女へ、街で最高の宿を手配してくださいます?」
「畏まりました。フリージアお嬢様」
「それと、ディナーの用意もお願いします。王女をもてなすのでございますから、手を抜いては駄目ですよぉ」
「招致いたしました」
アリーナが少女と執事の会話を遮る。
「宿の手配ありがとうございます。ですが、ディナーは遠慮します」
フリージアと呼ばれた女性は目を丸くする。
「あら、なぜですの? 久しぶりの従姉妹の対面でございますのにぃ…」
アリーナは無表情で紅茶を飲む。
「彼らは招かれないのでしょう?」
フリージアは視線を窓から見える馬車に向けた。
馬車の中ではカルロスと従者がアリーナ達を待っている。
「魔族のペットは良くても―」
「彼はペットではありません」
アリーナがやや語気を強めて言うが、フリージアは無邪気に言葉を続ける。
「永久奴隷など怖く汚い物を、邸宅に招きたくないのでございますぅ」
その言葉に、アリーナの後ろで控えていた勇者が微かに身動きした。
アリーナは従姉妹であり領主の子供であるフリージアを試すように、自分の考えを伝えた。
「民が罪を犯すような状況を作り出す政治こそ、怖く汚いと思いませんか?」
「わたくし難しい事は分からないのでございますぅ」
呆れたように息を吐くとアリーナは話しを変えた。
「はぁー…貴女と話しをしていると溜息が出ます。ところで、国境検問所に魔術師を配置するよう進言なさい」
「それはどうしてですの?」
「今回の村襲撃事件でわかった事があります。並みの兵では、いくら装備を良くした所で幻術の魔法に掛かるという事。国境付近の村町を守護する結界の修復に、素早く対応する人材の必要性です」
フリージアは近くにいる使用人に命ずる。
いつの間にか執事は宿の手配を済ませているらしく控えている。
「アリーナ王女の仰った事を、御父様と大臣に伝えておいてほしいのでございますぅ」
アリーナがさらに提案する。
「できればダリアの魔術兵団を派遣して、結界の強化もしたほうが良いでしょう」
「流石アリーナ王女ですわぁ。盗賊団が兵にかけた幻術を解析するだけでなく、今後の事も思案なさるのでございますからぁ」
「いいえ、兵に幻術をかけたのは…」
アリーナは兵に幻術をかけた真犯人を言おうとして、口をつぐんだ。
フリージアは不思議そうに問う。
「幻術をかけたのは?」
まさか自分達だなど言える筈もなく誤魔化した。
「誰なのでしょうか。…さて、他の旅の連れを探す時間も惜しいので、この辺で失礼します」
フリージアは執事に視線で合図を送る。
執事は使用人が開けたドアを手で丁寧に案内しながら言う。
「それではアリーナ王女様。宿のほうへご案内申し上げます」
規模の大きい街の高級な宿というのは、身分の高い者の突然の来訪にも対応できるように常にいくつか開いている。領主館からの要請ならば尚の事、宿側が断ることなどない。
館から出て先導する馬車の後続を走りながら、一行を乗せた馬車も街道の景色に溶け込む。
案内された宿は、街で最高の所をというフリージアの要望のままであった。
客もその辺の小金持ちなどではなく、きちんとした服装と装飾を身に付けている。そして服に着られているといった形容が似合う者と違い、仕草や言葉使いに気品を感じる。カルロス達一行もその中にいても違和感のないもので、しかもそれが普段からの言動である。
相手が王女とその一行で領主館からの要請だから、宿でも街を一望できる最上階である。
一見でしかも永久奴隷をも敷居を跨がせることに嫌な顔一つせず、尚且つ他の客と同様に持て成す。接客業では当たり前に思える事でも、差別の激しい内陸ではこの事ができない宿も少なからずある。
宿のベットで寝ているカルロスの髪を撫でながら、アリーナは心配そうに表情を曇らせた。
「剣のスキルの効果で、体力と魔力が奪われたようです。いつもなら起きている時間ですが、中々回復出来きないようで…」
従者が考えるように顎に手を当てた。
「帝国にある名刀のスキルに似てます」
勇者が説明を付け足す。
「冒険者をやっていたときに、聞いた事がある。なんでもフルニの皇帝から授かった代物だとか。恐らく本物だろう」
従者はその言葉に何やら思う所があるのか、軽く眉を顰めた。
「ということは、今帝国にある名刀は偽物ということになります。フルニとカラットは敵国同士の筈ですが…」
「まだブレイがギルドマスターではなく、一般の冒険者だったからだろうな」
「それは何時の事でしょうか?」
「20数年前だ」
さらに考え込む従者に、アリーナが聞いた。
「名刀が重要なのですか?」
「いいえ。ブレイという方が今でも皇帝と繋がりがあるかないかが重要になるのでは、と思いまして」
アリーナが指摘された事実に頷く。
「帝国とダリアは数百年間も敵対しています。同盟国のある一定の権力を持った者が、帝国の皇帝と繋がりがあるとなると…確かに重要な事です。事実関係を確かめましょう」
勇者が念の為釘を指す。
「アリーナ王女、まさかブレイから直接聞き出すつもりですか」
「冒険者ギルドのある街までは遠くないので、今から行けば夜までには戻れるでしょう」
昔ほどではないが、アリーナは行動派だ。周りの者達の苦労も多かれ少なかれはある。
勇者は諭した。
「皇帝はたった一回の魔法で、大陸に亀裂を走らせることができる程の魔術師だと言われています。直接刺激するような行動は避けた方がいいでしょう。ブレイについては、王国の者達に伝えて探らせます」
アリーナはまだ納得がいっていないのは表情でわかる。
「カルロスをこんなに傷付けたあの方に、文句を言っていませんが…仕方ありません。村で別れたきりのぺリュトンを見つける事にしましょう」
「それについては、精霊王に聞いて居場所を見つけます」
部屋を出ようとする勇者にアリーナが尋ねる。
「あら、精霊魔法を使うだけなら、この場所でも十分でしょう?」
勇者は言いにくそうに誤魔化した。
「相手は精霊の王で、使う魔法は神級になるので…」
「では私も付いていきます。精霊王、一度お会いしてみたいです」
アリーナと勇者が部屋を出た。自分も続こうとして従者は振り向いた。
今、仕えている主人を見る。
そして自分の首についている永久奴隷の首輪に触れると、ぼそっと呟いた。
「なるほど…」
廊下からアリーナが自分を呼ぶ声が聞こえると、従者も部屋を出た。
従者は悟った。
(カルロス様に仕えることになったのは、偶然ではないのですね)
街の広場は村のそれとはやはり華やかさが違う。中央には噴水があり、その周りは腰掛けられるようになっている。店のある通りが交差する中央に広場があるので、人の行きかう賑やかさに活気を感じられる。
アリーナはこれまでの旅とは違い笑顔が消え、供に旅した者達なら分かる通り不機嫌である。
視線の先の光景が原因であるのは明白だった。
「あんな重そうな荷台を曳かせて…」
年端もいかない子供の永久奴隷が、数人がかりで荷台を引いている。
荷台の中は野菜や果実が積まれていて、本来なら馬などに引かせるべきところだ。
馬を買う金の無い者が、孤児を捕まえて奴隷にすることは戦争の多い地域では珍しくもない。
「だからといって、帝国のように永久奴隷になったら即戦場へ放りこめ、と言っているわけではありません」
勇者も応じる様に話す。
「どこからか攫ってきたのでしょう 。あの年頃の子供が、一生奴隷になるような罪を犯すとは思えないです」
「それは同感ね」
アリーナと勇者は不意に後ろから声をかけられて驚き振り向いた。
黒いバンダナを首元に巻いた女性が立っていた。
女性の隣りにはぺリュトンがいる。
「この子達が君の仲間なんでしょ?」
女性が聞くと、ぺリュトンは首を縦に振った。
アリーナが女性に礼を言う。
「ありがとうございます。ここまで連れてきて下さったのですね」
「お安い御用よ。それじゃ旦那様が待ってるから、もう行くわ」
女性は宿が軒を連ねる道へと歩き去った。
ぺリュトンは一行を見渡すと首を傾げた。アリーナが説明する。
「カルロスは宿で休んでいますよ。さて彼方がみつかったので、精霊王を呼ぶことも無くなりましたね。戻りましょうか」
ぺリュトンが首を振り否定する。従者の袖を噛むと引っ張って、様々な店が並ぶ通りへ誘導した。
アリーナが従者へ伝える。
「カルロスが心配なので私は戻ります。貴方はぺリュトンへ付きあってあげなさい」
その後数時間、従者はぺリュトンの買い物に付き合わされる破目になる。
宿の部屋で目覚めるとカルロスは近くに居た人物を見た。
アリーナはカルロスの顔色を見て、もう心配するほど体調は悪くないと判断した。
アリーナはベットから起き上がらせるべく、手を差し伸べる。
「カルロス目覚めましたか、皆は夕食を取りに行きましたよ。私達も今から行きましょう」
カルロスは彼女の手首を掴むと強引にベットに引き寄せ倒した。覆いかぶさるように位置を変える。アリーナの頬に手を当てると、大事なものを愛でる様に撫でた。
驚き赤面しつつもアリーナは釈明した。
「あ、あの逢瀬でしたら、私もいろいろと、準備がありまして。その、心のとか」
カルロスは目を細め薄笑いを浮かべた。
アリーナは凍りついた表情になった。首すじから血が垂れた。目の前にいる魔物の黒く鋭い爪に引き裂かれたからだ。
傷に口を寄せ血を舐めると、紅い髪の魔物は嬉しそうに呟いた。
『美味い』
魔物の言語は分からなかったが、現状を理解したアリーナは力なくベットに体重を預けた。
肉を食らおうと口を開け魔物らしい尖った歯を見せる想い人に、過去の台詞を伝えた。
「カルロス、人食しないと言ったではありませんか」
紅い髪の魔物はその言葉に僅かながらに動揺した。自分の口に手をやり、ついたアリーナの血を見つめた。ゆっくり起き上がると、無言で部屋を出た。
アリーナは一人ベットの上で身を起こすと、治療の魔法で血を止めた。自分を抱きしめるように身を縮めて、震えた。
首に付けられた傷ではない。息もできないような胸の苦しさを覚えた。




