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22 死を貪りし魔神④

 眼前にいる重罪人を葬りたいと武力を振るう、勇者。

 生きてる部下を逃がすため時間稼ぎを試みる、盗賊団の頭ザカリー。

 二人の戦いはすぐには決着がつかなかった。勇者が決定的な魔法による止めを、ザカリーの異常なまでの再生能力が補った。

 実験により痛覚が無く、損傷を想定以上受ければゼリー状になり回復する肉体を得ている。

 ザカリーが酸性の水球を魔法で創り飛ばした。それを難なく勇者は火の魔法で焼失させた。

 魔力切れが近づき魔法ではなく、短剣による接近戦のみに切り替えたザカリー。勇者は距離を取り、情報を聞き出そうとした。


「フルニ帝国は、また人体実験を始めたのか」

「さあな。やってても不思議じゃねぇが。俺は2000年くらい前の実験体だ」

「貴様は人族だろう?」


 勇者は手に持つ剣に付いている、相手の血を見た。

 そもそも上段から繰り出した剣を片手で受けとめた時から、勇者はザカリーがただの人族ではないと警戒はしていた。


「魔神の血を引く亜人なら、再生能力と長寿も納得できるが…」

「元は…いや、今でも俺は人だ。実験に成功しちまったから、こうして生きてる」


 ザカリーは自身の魔力を押さえ気配を絶ち、勇者の鎧による死角から剣技を叩きこむ。勇者は結界を張った。

 異なる魔法は互いに反発しあう。勇者の張った上級の結界の魔法は、ザカリーの張った聖魔級の赤い結界の魔法の中で、数秒しか持たなかった。

 天災級の雷の魔法を使うことから、他の魔法の程度も高いと思われがちだ。しかし、ダリア王国一の魔法の使い手である勇者でも、苦手な系統の魔法はある。勇者は全ての上級までの魔法は使えるが、特級以上の魔法となると結界・治療系は体得出来なかった。

 勇者は石の魔法で槍を作り飛ばした。それを短剣で真っ二つに切り落としていくザカリー。

 真っ二つになった槍を魔法で砂の盾に変え、相手の短剣からくる攻撃を防ぐ勇者。


「放った魔神がどんな魔法を使うか、事前に教えられていなかったのか?」


 捌き切れない槍は避けつつ、質問に答えた。


「誰が教えてくれるってんだよ」

「金髪の女性の永久奴隷が使者で、雇い主がいるのだろう? 僕の見当が正しければ」


 勇者の言葉に思わず、ザカリーの動きが止まる。


「…なんで誰かに雇われたと、思う」


 止まった隙に勇者は茨の魔法でザカリーの足を固定させ、剣を素早く振るい乱切りにした。

 ゼリー状になって再び戻る前に、氷の魔法で氷結させようとする。


(上級の氷の魔法では、無理か)


 ゼリー状になった物体は氷結しなかった。

 魔法の強さは、初級・中級・上級・特級・天災級・聖魔級・神級・界級となっていく。下位の強さが無い、特殊な魔法もある。

 再び戻る様子を勇者は何もせずに見守った。

 死ぬなという命令がある以上、結界で隔離された中で使える魔法の強さは精々天災級を小さく圧縮したものになる。

 大規模な魔法を使って自身に死傷をきたすのは愚策だろう。あるいは術者以外を葬るに最適な、神級以上の魔法になる。だが、神級ともなると魔力を大幅に使い乱発はできない。

 ザカリーは元に戻った体の調子を試すように、首を鳴らした。


「俺の体は天災級以上の魔法じゃなきゃ滅びねぇよ」

「ふん。わざわざ教えるとは、貴様も大概御人よしだな。死が怖くないか」

「死ぬよりも、生きてるのが嫌だと、実験で散々思わされたからな。俺達は」


 短剣を構え直すこともせず、言葉を続けた。


「それで、お前は俺達盗賊団を雇った奴を、知ってんのか?」

「知ってどうする。貴様はこれから僕に殺されるというのに」


 ザカリーは目を細め、静かな怒りと僅かな希望を口にした。


「メビウスに助けを乞い、俺達を駒に使った奴を滅ぼすっ、国ごとだ! ……まあ、アイツが神の裁断ときみたいに、激怒するかは賭けだなぁ」


 短剣の刃を握り自分の右手のひらを傷つけ、甲に小さな魔法陣を浮かび上がらせた。

 勇者は魔法が発動する前に、と剣で斬り掛かるが相手は左腕を盾に防いだ。

 魔法陣は明滅するとすぐに消えた。

 勇者は結界の外に気を張った。


(通信の魔法…メビウスを呼んだか)


 ザカリーは一仕事終えたとばかりに、肩をすくめた。


「さあて、時間稼ぎも終えたし、メビウスも呼んだから来る。俺の魔力も少ねぇし、どうしたもんかね」


 勇者は赤い結界内ぎりぎりの大きさの魔法陣を出現させた。

 魔法陣を見てザカリーは警告した。


「ちっ…おい、わかってんのか? てめぇ、これは転生魔法じゃねえか」


 母からの魂を扱う魔法はこの世界の神に探知されるから使うな、という警告は今は無意味になった。メビウスを呼ばれた以上、一刻も早く決着をつけるべきだと勇者は思った。


「理論を理解したから、使えるのが魔法。それより、貴様は転生魔法を知っているようだな」

「ああ、帝国の実験は転生魔法が主だったからなあ」


 答えつつザカリーは魔法が発動する前に抵抗しようと短剣で、勇者に斬りかかった。剣で受けとめつつ魔法を発動した。


「転生魔法で別の魂を入れ、拒絶反応で貴様を始末してくれよう」


 魔法陣が白く光った。

 ザカリーは崩れ倒れながら、言い放った。


「ハッ、ずいぶんと腹黒い方法だ―」


 特に害を与えられたようには見えないが、拒絶反応は確かに起きた。体を動かす核たる魂は破壊され、ザカリーは死を迎えた。

 転生魔法は特殊な魔法である。

 生物を動かす要素、体・魂・精神はそれぞれ相性がある。魂を入れる器たる肉体にすでに魂と精神が入っていて、しかも相性が悪ければ拒絶される。

 本来なら、死んだ者を生き返らす手段である転生魔法。だが使い方を変えれば、一撃必殺の恐ろしい魔法になる。

 もっとも、転生魔法の強さは神級以下はない。乱発は当然ながらできず、行使できる魔術師も少ない。


(腹黒い、か……やはり僕は…)


 赤い結界魔法がゆっくりと解かれた。

 勇者はアリーナが行った方向に、自分も行くことにした。魔神と思われる魔力も同じ所から感知した。

 神級の転生魔法を、勇者は己の魔力のみで無詠唱にて実行してみせた。他の魔術師なら数人がかりで詠唱して、魔石の魔力を頼ってようやくできる魔法である。

 勇者は村の中央へと移動しながら思案した。

 盗賊団の頭ザカリーとの戦闘で、かなり魔力を使ってしまった。この後、魔神と戦って封印となると出来るかどうか、彼ほどの魔法と剣の腕を持ってしても不安だった。

 村の広場へ行く道すがら、ふと勇者は疑問を抱いた。

 最初はアリーナが魔法で操れている死体の対応をしたのかと思っていた。だが死体は、操っている魔法が消えたかのように、横たわっている。外部からの干渉による停止ではない。

 カルロスとアリーナが心配になった勇者は、急いで広場に駆けつけた。

 そこで見た光景に、思わず勇者は言葉を漏らす。


「どうしてこんなことに…」


 近くで座り込み項垂れるアリーナが、勇者に珍しく弱音を吐いた。


「勇者よ、私は、どうずればいいのですか」


 勇者はその言葉に返事をしなかった。

 広場には、先ほどまで操られていた死体があった。家屋や地面は抵抗していた者達が使った魔法により、燃えたり破壊されたりと影響があった。

 中央にいる白い髪の魔神は、一際嬉しそうに笑っている。

 その中央にいる者に向かって勇者は魔法を使った。戦って封印など、もはや出来ない事は一目見れば分かった。

 広場の上空に赤黒い魔法陣が浮かび、轟音とともに赤黒い雷が落ちた。

 雷の落ちた下にいる者に向かって勇者は、恐ろしいほど冷静に冷たく言う。


「楽しそうだな―」





 時は遡ること十数分前―。

 アリーナと勇者が盗賊団達に出会う頃、カルロスは広場に到着した。

 白い髪の魔神はカルロスの姿を見ると、操っている死体達の動きを止め、道をつくるかのように整列させた。

 広場には、もはや生きている村人や盗賊団の姿はない。


「よく来た、断絶の魔力を備えた者よ」


 カルロスは整列した死体達を見ながら、それ以上は近づかないよう歩を止めた。


「お前の人形とやらは、今はもう魔族並みに強靭になってんな」

「かははは。分かるか? といっても、これからが正念場よ。優れた魔法の使い手ならこの程度、苦でもなかろうのう」


 白い髪の魔神は檻の上に座りながら、幼い足をパタパタと揺らしていた。機嫌かいいのか、笑顔で催促する。


「どうした? 早く余に、断絶の魔法を見せんか」

「奥の手ってのは、取って置くもんだろ」

「かっはっは。そうかそうか。サタンの奴があの子を止めるための、お主じゃったな」


 檻から軽やかに飛び降り、魔神は見透かすように目を細めた。


「断絶の魔法に制限が掛かっておるのじゃろう?」


 カルロスは手に持つ剣を構えるべきか悩んだ。相手は見た目が10歳ほどの子供である。


「お前は俺の事をどこまで知っている」

「かははは。そう険しい顔をするでない」


 指を2本立てて説明した。


「お主は、あの子の見方になるか。あるいは断絶の魔法で、あの子の全ての力を絶つかの2択よ」

「あの子?」

「この世界になってからは、メビウスと呼ばれとったの」


 白い髪の魔神は整列した死体の中から数体を選び、カルロスの前へと移動させた。


「そうじゃった、もう1択の選択肢をやろう。死んで、余の奏者の魔法にて人形となれ」

「断る。人形遊びに、他人の命を掛けるな」

「余は自分の全ても掛けておるぞ」


 指をパチンッと鳴らす音を合図に、死体達がカルロスへと襲いかかって来た。

 多対一で状況はよくない。

 何せ操られている死体達は元が人族とは思えないほど、素早く動き尚且つ頑丈だった。

 一体の死体の動きにカルロスは翻弄される。臣下の中で一番速い雪豹の魔物と肩を並べるくらいには俊敏だった。そして―


(剣が、折れた…)


 盗賊団から奪った剣は、強化された死体に斬りつけると砕けた。

 折れた剣は放り捨て、火の魔法でどのように対処するか考えた。

 カルロスは死体達の攻撃を回避しつつ、適度な空間ができると地面に向け火の魔法を使った。

 地面は高温により溶け、マグマ溜まりが出来る。そこに体術を使い、死体を抛り込んでいくカルロス。

 死体は火柱のときとは違い、元には戻れなかった。


「かはははっ。やはり元が悪いと、遣られてしまうのぅ」


 白い髪の魔神はこのままでは、持たなくなると思い至った。


(ふむ。巫蟲の魔法を使うかの)


 まだ整列させ残っている死体達を、蜘蛛の巣のような結界で覆った。そして互いに戦わせた。倒された相手は、倒した相手の肉体へと融合していく。最早、人族だった名残など感じさせない、おぞましい何かが出来上がっていた。

 最後の一体になると結界を解き、出てきた人形に向け魔神はにんまりと笑顔で答えた。

 カルロスは自分に向けられた死体達をマグマ溜まりに放りこみ終え、次の敵を見据える。


「あんなに居たお前の人形を、自分で少なくしていいのか」

「かはは。巫蟲の魔法といってな、弱いのを一つに纏めた方が強くなる。感覚共有は一体の方が、余も楽じゃからの」


 火の魔法を放つべく手をかざしていたカルロスは、その言葉に眉を顰めた。

 おぞましい人形が繰り出す攻撃を避けながら、反撃すればどうなるのか考えた。

 先ほど広場へと続く道で襲ってきたとき、自分を見つけたのは透視の魔法だと思っていた。そうではなく奏者の魔法による感覚共有なら、果たして相手はどこまで感覚を共有しているのか。


「かはは。動きが悪くなっとるな。まさか、疲れたなどと言うまい?」


 白い髪の魔神はその場から動かず、立ちつくして戦いを見ている。

 カルロスは疑問に思った。死体を燃やしつくした後、相手は「熱い」と言った。感覚共有は自ら無効にできないのではないか?そして村を襲っている間、その感覚は続いていたのか、と。

 カルロスは薄紫の結界を張って、おぞましい人形の攻撃を防衛した。


「なあ、お前の感覚共有はつらいだろ。止めないか?」


 結界を壊そうと拳を振り上げていた、おぞましい人形の動きが止まる。


「な、なんじゃと…」

「相手より操っている死体が強くなるまで、感覚共有で痛みも感じるんだろ。そんな戦い方は、お前の心を傷つけるだけだ」


 カルロスは相手の目を見ながら伝えた。


「人形遊びなんて言って悪かった。もう止めよう」


 白い髪の魔神は、言われた意味を理解しようと努めた。この世に生を受けどれほどの時が流れたか、そして今日に至るまでどれほどの死者を貪ってきたのか。目の前にいるこの紅い髪の魔物は分かっていない。奏者の魔法と巫蟲の魔法で多くの者が恐怖こそすれど、術者である自分を気使う者など今までいなかった事を。

 カルロスは相手が返事をしないのを見ると、人形に向け手をかざした。


「奏者の魔法による繋がりを絶ち切るだけだから、痛みは無いと思うが」


 と言いつつ、断絶の魔法を使った。

 おぞましい人形は、操る魔法が途絶え地面へと横たわった。

 薄紫の結界を解き、カルロスは相手へと歩き寄る。


「どうする? まだ戦うのか」


 カルロスの右手に付けている銀のブレスレットが光った。

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