20 死を貪りし魔神②
従者は気配がして身構えた。たき火は既に消してある。
今にも事切れるのではと思える息使いをして怪我を負った男性が、子供に支えられながら現れた。
男性は従者を見ると安堵の表情を浮かべた。
「…よかった。これで村が…助かる……」
男性は呟くともう足に力が無いのか、その場でくずれ倒れた。支えていた子供は、助からないのではと青ざめた。
「おい、奴隷! お前の主人に会わせろよ! このままじゃ、死んじゃう。助けてくれ」
子供は従者を存外な言葉で扱いつつも、男性の怪我口に手で押さえ少しでも血が流れないようにしていた。眉を寄せ、目を涙で潤ませている。
従者は亜人として魔力を持っていても、魔法は獲得していなかった。自分では傷を治せないと判断した。
直ぐにテントの側により、中に声をかけた。
「アリーナ様。お休みのところ申し訳ありません」
中から、もぞもぞと動く音がしたかと思うとテントの出入り口が開いた。
アリーナが切羽詰まった様子で心配した。
「カルロスが居ませんが、何かあったのですか?!」
「カルロス様は村の様子を確かめに行かれました」
アリーナと従者のやりとりを待っていられず、子供が助けを催促した。
「早く薬でも、魔法でも、なんでもいいから! 直してくれよ!!」
呼びかけられてアリーナは真夜中の訪問客に気付いた。
小走りに駆け寄ると男性の傷に手をかざして、治療の魔法を無詠唱で使った。温かな光が傷元に広がり照らした。みるみる傷は塞がり、顔色に生気が戻ってきた。
「今は寝ていますが、もう大丈夫ですよ」
完全に治癒したことを告げると、子供は嬉しさと安堵に涙と鼻水を流した。
「ありがどうっ…」
馬車内で寝ていた勇者は、すぐ近くで魔法が使われた気配に飛び起きた。
いつもの純白の鎧を着込み、外に出た。
アリーナは出かけようとしていた。
「勇者よ、起きましたか。今、村の救助に行こうとしていた所です。貴方もついて来なさい」
たき火後の近くで横たわる男と、心配そうな表情の子供を見て勇者は訪ねた。
「この者達は一体?」
「明日行こうとしていた村の住民です。詳しい話しは、行き道で話します」
アリーナは従者に向き直り命じた。
「では私達は行ってきます。結界を張って守りたいのですが、逆に魔術師にこの場所を悟られ兼ねません。いざとなったら、お逃げなさい」
従者は村の住民二人と馬達の警護のため、残ることとなった。
「わかりました。皆様のご武運を祈ります」
勇者は純白の鎧の下で眉を顰めた。知り合いの魔術師の魔力を感じていた。それはつまり、悲喜劇の舞台が村であることを予感させた。そして言うまでもなく、踊る役者は自分なのだと。
カルロスが通った道は雪が溶かされ、どの方向に行ったのかわかる。だが途中から雪が積もらない場所にたどり着いた。
「村の結界があったのでしょう。雪が積もってません」
アリーナが疑問に思うと、勇者が答えた。
「おそらく結界は村を襲撃した者が壊したかと思われます。 …国境近くで強力な結界の筈ですが」
国境近くの村や町を守るために、カラットにある冒険者ギルドが用意した結界。結界の魔法と一口に言っても様々な種類と獲得の難易度がある。壊したときに発動する罠さえも掻い潜る魔術師。決して生半可な相手ではない。
その事実を気付いているのか、あるいは王国で1.2の魔術師である勇者と自分がいれば問題ないと思っているのか。アリーナは心配事を嘆いていた。
「あぁ、カルロスが心配です。今頃、怪我を負ってはいないか」
ふいに寒気のするような魔力の高まりを感じ、二人は一点の方向に素早く顔を向けた。
アリーナはまさかと思い訪ねた。
「カルロスでしょうか。この魔力は」
勇者は冷静に分析した。
「いいえ、これは別の魔物…まさか、魔神…?」
「急いだ方がよさそうですね」
アリーナ達のいる場所に、村人が救助の願いをする少し前。カルロスは村についていた。
村の住民が無残な姿で殺され、道や家の中で横たわっている。生存者がいるかもしれないと、村を駆けた。
剣の交わる音が聞こえた。
自分の背に村人を隠すように、その人物は村を襲った盗賊団と対峙していた。
盗賊団の戦闘員達が叫ぶ。
「しぶとい奴だ! さっさと諦めろ」
「後ろにいる女と金を置いってったら、命は見逃してやるよっ!!」
「くそっ。おい早くしないと、魔神がやばい」
襲っている戦闘員のほうも戦力として不利なのだろう。4人掛かりでも、手こずっていた。
村人を守ろうとするその人物に、カルロスは見覚えがあった。
村人とその人物を助けるべく結界を張った。戦闘員の一人が気付いて振り向いた。
カルロスは相手に手刀打ちをお見舞いして、痛みで剣を離したところを奪った。
戦闘員の手に付けていた防具は、無残に壊れた。魔獣の中でも上位種の素材でできた、固い鉱石を思わせる鱗がまるで役に立たなかった。
「なんだ、こいつは?」
「魔物がなんで…」
「村の騒ぎに気付いて、やって来たのか」
前に亜人に襲撃されたときは、利き腕を切り落とし戦闘不能にした。しかし人族相手に同じ事をしたら、出血が酷く死ぬことも在りうる。亜人と人族では肉体の回復速度などが違う。
カルロスは出来れば気絶などの方法が良いと思っている。だが、魔物の腕力では相手の体に風穴を開け兼ねない。
どうやってこの者達を止めようかと、カルロスは悩んだ。極端に弱すぎる相手を力加減をしつつ、戦闘不能にする。結構これは難しい事である。
剣を奪われた戦闘員は剣が駄目ならばと、詠唱した。火の魔法で魔法弾を打った。
魔法弾の通ったあとは空気が乾き、地面は焼き爛れた。
火の魔法弾はカルロスにたどり着くと霧散した。
「俺に火の魔法は効かない」
うろたえる戦闘員をしり目に、他の3人と斬り合った。
斬り合ったと表現するが、実際には剣で相手の武器を叩き折っただけである。斬劇の余波で相手の防具に亀裂が入る。
3人が瞬きするより早く、自分の手に在った武器が壊れたと認識するよりも早く、決着はついた。
ものにして数秒の出来事だった。
「武器は壊した。魔法で応戦するか?」
カルロスが問うと、戦闘員4人は勝てないと踏み逃げ惑った。
(魔法が使えるなら、まだ戦えるだろ…)
逃げ去る後ろ姿を呆れながら見送った。あんなのでよく盗賊団として今まで生きて来れたな、と。
実際には、魔法が使えた戦闘員はあれが自身の最大級の魔法弾だった。込めた魔力もそうとうな量で、速さと威力は人族や弱い魔獣を相手に使うには申し分なかった。
しかし、相手が悪かった。魔族を相手にするには、正面からたった一発の魔法弾では足りない。
もっとも、乱発するほどの魔力が無かっただけである。人族が魔族を魔力量で押し勝つなど、在り得ないことだ。自分の魔法が通じないなら、殺される前に逃げるほうがいい。
「大丈夫か?」
カルロスは村人達と彼女達を守っていた人物に言った。
守っていた人物は見たことのある深紅の鎧を着ていた。ラキス国は街グスリルへと行く道中で、魔物を討伐するため襲ってきた冒険者である。
深紅の鎧の冒険者は目を見開いた。目の前の魔物が恐ろしく感じても、後ろにいる村人達を守るため逃げ出しはしなかった。
「あー。あのときは悪かった。そう怯えるな」
カルロスが謝ると、冒険者は驚いた。
後ろに隠れていた村人が訪ねた。
「この魔物を知っているのですか、冒険者様」
「手前が一度、戦ったことのある魔物です。為す術無く、返り討ちに遭った強敵」
冒険者に指示をした。
「お前らは、この先にいる俺の仲間に合流してくれ。国境検問所まで馬で駆ければ、この村の惨事も早く伝わるだろ」
「魔物の命令など、誰が聞くものか!」
威圧する冒険者。
カルロスは回復の魔法薬を持って来なかったのは失敗だった、と内心反省していた。冒険者の後ろに隠れている村人の中には軽傷を負っている者もいた。
「命令だと決めつけるな。現実を見ろ。村人を助けるには、どうしたらいいのか」
「くっ…」
言い負かされて言葉に詰まる冒険者をしり目に、カルロスは村人に聞いた。
「村を襲ったのはニンバスの盗賊団か? 服の紋章が情報と一致してた」
「えぇ、そうよ」
「親玉がどこに居るか知ってるか」
村人は村の中心を指した。
「広場にいると思う。檻を運んでいたのを見たわ」
深紅の鎧の冒険者が村人を連れて逃げるのを見送った。逃げきる途中で盗賊団にやられる可能性もある。しかし今のカルロスには、そこまで気を使う余裕が無かった。
カルロスは広場に向け歩き出した。
早く盗賊団を蹴散らさなくてはならない。騒ぎを聞き付けた者達が来る前に、自分の欲しいモノを得るためには。新鮮な内に頂きたい、と紅い髪の魔物は焦った。
精神と肉体が持つ性の不一致こそが、転生魔法が禁忌と呼ばれる所以のひとつである。そのことに気付いていても、本人にはどうすることもできない。ただひたすら、飢えを満たすために行動するだけである。
人の声が聞こえ、カルロスは足を止めた。
「余、の…邪魔、は、するな……」
広場へと続く道の向こうから、村人らしき人族が立ちはだかる。15名ほどの村人は、血を流し生気を感じさせない。
人族なら動けないであろう傷を負っている。それでも動けることに、カルロスは不信感を募らせた。
「どけ。広場に用がある」
村人の一人が話す。その様子は苦しそうで、言葉は切れ切れだった。
「この、怒り…どうして、くれよう……」
「お前ら、早く傷を直したほうがいいだろ」
村人がさらに喋ろうとしたとき―、
首がズレ落ちた。
それでも、何事も無いかのように話しを続けている。
「やは、り…人、は、脆い……」
じりじりと距離を縮める村人達。
油断なくカルロスは辺りを見渡した。魔法で対処できるが、囲まれるような事態は避けた方がいい。
「死体を操っているのか」
「余、の…魔法、でな……」
カルロスは村人が既に助けられず、なおかつ敵の魔法で操られていると分かると躊躇しなかった。
火の魔法で死体達を燃やしつくした。首だけになっても、話す事ができるほどの魔法である。念のため灰になるまで、火の魔法の勢いは止めなかった。
天空塔で使った火柱の5分の1にも満たない威力だったが、人族の体を燃やすには十分だった。
(人は脆い…か。ということは、魔法を使っている奴は、亜人か魔族だな)
灰の小山を避け、カルロスは歩きつつ思案していた。死体を操る魔法の使い手が、他にどんな魔法を使ってくるか。亜人ならば、魔族と違って魔法の種類が限られているという事はない。自分がこの場所に居るというのも、相手にはバレている。
(奇襲は成功しないだろうな。それなら…)
広場へと続く道を見た。
堂々と真正面から討つしかない、と考えた。相手が生きている者も操れるなら、結界の魔法で動きを封じつつ敵将を討つだけである。
カルロスは特に油断していた訳ではない。しかし、驚き目を見張ったのは事実である。
「な、なんだ…」
自分の足を掴むその手。それは、先ほどまで魔法で操られていた死体。
灰が独りでに集まり、元の形を取り戻している。外傷がなくなり火の魔法で焼き尽くした前よりも、健康的に見えた。
操られている死体達が笑い声を上げた。
「かはっ、はは、ははは……熱いのぉ」
カルロスは冷静に対応した。手に持つ剣は構えない。スキルの無い奪ったこの剣では、役に立たないだろうと判断した。
「操るだけでなく、再生させる事もできるのか。しかも…」
カルロスは片手を上げ、火球を飛ばした。火球は死体に到達すると霧散した。
あえて後ろ姿を見せた時に奇襲しなかったのは、対応できると相手が考えていることの裏付けである。
「耐性付いてるな。もしかして、死ぬたびに強くなるのか」
「今は弱くとも…少しずつ強くなれる、余の可愛い人形よ……」
剣を地面に刺して、両手を広げた。
「お前は魔法で操っていると、言ったな? なら、その人形じゃ俺の相手にはならない」
言うより速く、カルロスは断絶の魔法を使った。
死体は再生する前の状態、灰に戻った。
不幸にも操られてしまった村人を成仏させるかの如く、灰は風が空へと運んだ。
村の広場でその笑い声は響いた。
操られている死体の群れと、それに抵抗しようとするまだ生きている者の戦いが広場で続いていた。目を覆いたくなる惨事にも、逸脱した精神力を持つ魔神の前ではただの余興にすぎない。
「かははははっはっ!! なんと、ついに生まれたか! 断絶の魔力を備えた者よ!」
白い髪の魔神は高笑いした。
人族で例えるなら、10歳ほどにも満たない容姿である。笑い顔が良く似合う少女、といった印象を受ける。
操っていた15体の死体が一斉に滅んだ。それ自体は白い髪の魔神にとっては、些細な事である。無くなったら補充すればいいだけの話しだから。
広場の中央で自分を囚えていた檻の屋根に座り、考え深げに頷いていた。
「世界オールが出来て、3000年。早かったのう」
どさっ、と檻に何かがぶつかる音がして魔神は下を見た。
盗賊団の一人が恐怖で顔を引きつらせつつ、懇願してきた。凶暴な何かに襲われたのか、怪我を負っていて防具は既に壊れている。
「お、お願いだっ! 見逃してくれぇ!!」
その人物を取り囲むように動く死体の群れ。
死体は死に至ったが故に、損傷が激しいのもいた。だが今となっては感情無く動く、白い髪の魔神の人形である。生者を自分達の仲間に加えようとするべく、死体の群れは動いた。
「い、嫌だ! やめ―」
魔神は楽しい人形劇だと、微笑んだ。
「余の人形に加わることが出来て、お主も幸運な奴よ」




