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1 出会い

トラックに轢かれて死んだ少年は、転生後カルロスという名を与えられた。

肉体は魔族の長、魔王の血を引くものとして申し分のない魔力量と頑丈さを兼ね備えていた。黒い爪は鋭く、髪は血の様に紅い。瞳孔は猫のように縦に細く、色は黄色い。

異世界に魔物として転生して早15年がたとうとしていた。

巨大な魔王城は黒い魔石で作られており、岩山の上に存在感を発揮していた。内装は深紅を基調をしたもので、高級感がある。

窓の外では灰色の分厚い雲が時折、雷を落としている。

シャンデリアが青い炎を妖しく灯しているダイニングで、彼は眉間に皺をよせていた。

カルロスは左手で頬づえをつき、右手で皿の中の毒々しい赤紫色の動く何かを突いた。


「なぁ、これ喰えんの?」


コウモリとカエルを合わせたような魔物が唸る。この魔物は魔王の息子カルロスの側近である。


「カルロス坊ちゃまは舌が肥えておられますな。いやはや、こうなりますと人族の領地で食材調達せねばなりません」


カルロスは興味がでたのか身を乗り出す。


「人族の領地ってどんなとこ? やっぱりこの辺と違うのか?」


この世界はオールと呼ばれている。3つの種族、人族・亜人・魔族がそれぞれの領分を治める。

魔族が治めるエバル地方は豊富な魔力で常に満たされている。強い魔族はときに魔力を吸収して食の代わりに糧としている。必要となったら他の種族の治める地方を襲い、食料を奪う時もあった。

魔族と人族の混血の亜人が治めるバーバラ地方は、孤島の深い森の中にある。人族からの迫害を逃れてのことだった。

人族の治めるタイム地方は他の二つの地方よりも広い。タイム地方には7つの国や帝国がある。同じ種族間で常に争い続けるのが人族である。


「そうですねぇ…タイム地方は魔力が薄く、かつては豊かな土地が広がっておりました」

「今は違うのか」

「はい。魔法兵器で豊かな土地は荒れました。愚かなことです」


人族が魔法兵器を開発し、人同士の戦争に使った。その効力は凄まじく一つの国が滅びかけた。


「魔法で直せばいいのにな」


カルロスは右手で火の輪を作り、遊んだ。


「人族は魔力を持って生まれてくることのほうが珍しいようですので。亜人が手伝えば可能でしょうが、人は亜人を嫌っていますから無理でしょう」

「ふーん」


転生してから一度もこの城から出たことがない。父である魔王が止めたのだ。

カルロスはぼそっとつぶやいた。


「外でてみたいなぁ」

「駄目です坊ちゃま! 人族に見つかったら殺されかねません!」

「魔族だって人を殺してるんだから同じだな。俺が人なら魔族みたら殺すだろうし。城の生活飽きた」


側近は首を振って否定した。


「成りません。坊ちゃまは魔王様から実に1200年ぶりに生まれた御子なのですから。ご自愛くだされ」

「そういえば父上はどこ?」

「魔王様でしたら人が魔法兵器を使うとの報を受け、タイム地方に赴かれました」


カルロスは不機嫌さを隠しきれず、右の人差し指でテーブルをコンッコンッと叩いた。エバル地方でしか採れない、頑丈な鉱石でつくられたテーブルの表面が彼の鋭利な爪で傷ついた。

黒い鍵爪についたテーブルの欠片は手を振って払った。

立ち上がりダイニングから出るカルロスを側近が問う。


「坊ちゃま、どちらに?」

「部屋」


簡潔に答えると扉横にいるトカゲの魔物に頷いた。魔物は扉を開け丁寧にお辞儀した。

テーブルに並べられた料理の数々のほとんどが残っている。側近は深いため息をついた。自分の仕えている主人は肉体こそ魔族のそれだが、内面はまるで人のようだと感じている。

いつだったか人の肉を出した時は、周りの者に被害を及ぼさんばかりに怒った。

ある日は人族の本が読みたいと言いだし、臣下達の頭を抱えさせた。

1200年ぶりの魔王の子は変わり者とエバルではもっぱらの噂だった。





魔王城の4階はワンフロアが、カルロスの物として与えられている。

一室で雪豹の魔物の臣下に、剣の稽古をつけてもらっていた。

雪豹の魔物は、白い体毛に黒い斑点がある。見た目は2足歩行の獣人といったほうが分かりやすい。

魔族によっては人族と変わらない外見をしていたり、また衣食住も同様だったりする。

カルロスが素早く出す剣を臣下は軽く弾く。

何度か切り掛かるが、まったく相手になっていない。ストレス発散のために始めたのに、と彼はいらいらした様子で舌打ちした。


「ちっ」


カルロスはシャンデリアの火を魔法で消した。部屋が真っ暗になるが、カルロスの目には臣下の姿をとらえることができる。

臣下が関心したように暗闇の中で声をかける。見た目では分からないが、その声は凛とした女性のものである。


「流石ですカルロス様。相手を不利な状況に追い込む戦術は、剣の技術差を埋めるでしょう」

「そんなに声だしたら、居場所ばれるだろ」

「おやおや失敬」


音も無く移動する臣下を目で追いつつ思案した。剣は接近攻撃だ、暗闇にしたところで相手が上手なら、一撃で決めるつもりでないと反撃をくらいかねない。

カルロスは慎重に息を殺し、臣下の背後に回った。

肩に一撃くらわすつもりで振り下ろした剣を、相手はやすやすと避けた。そして臣下は振り返ると体重をかけて肘打ちをした。


「ぐっ…」


カルロスは無様に尻もちをついた。頭のすぐ横に剣がピタリと向けられる。

暗闇の中、臣下はからかった。


「いけませんなカルロス様。息は殺せても、魔力がただ漏れではありませんか」

「魔力は抑えられるのか?」

「我々魔族にはできません」

「なんだよ、暗闇の意味ないのか」


カルロスはシャンデリアの火を再び魔法で灯した。


「私もまだまだですな。眉間に剣を向けたはずでしたが、顔の横とは」


一人言のように呟いた臣下はカルロスを見た。

彼は自分の剣を戻し部屋を出つつ宣言した。


「よし次は魔法のトレーニングだ」


扉が閉まるのを確認してから臣下は言った。


「そんな調子ですから、剣の腕が上がらんのです」


カルロスはこの15年でいろいろなことに興味を持っては、才能が感じられず飽きたりしている。剣は比較的持っているほうだというのが臣下達の見解だ。しかしこんな城生活でそんな技術が必要かというと、答えはいらないにつきる。魔王城にやってくる敵がいたとしても、エバル地方に住む魔物およそ数十数万が行く手を阻むからである。

それでも教えているのは、身を守る術を体得してほしいからである。1200年ぶりの次期魔王が、なんてことない出来事で命を落としては目も当てられない。臣下達の誰かが謀反しないとも限らない、という魔王の経験からくる教育方針だった。


「なんで外行ったら駄目なんだよ、俺だけ」


寝室のバルコニーで嘆息した。

カルロスはバルコニーから地面までの高さを確認した。人だったころに4階から飛び降りたら重症を負いかねない。しかし今は魔物である。とくにそれらしい運動もしていないのに、怪力を揮える筋力があるのは血のなせることだろう。

人のいるところに行ってみたい、この世界の人達はどんな生活をしているのか。スポーツや漫画といった文化がないことは、タイム地方の人族が書いた歴史本でわかっている。それでもこんな城生活では味わえないものがあるはずだ。とカルロスはこの数年散々思っていた。

幸い父である魔王は遠征しているのだから怒られることもない。カルロスは目測した。


(ここから飛び降りて走って城門まで何分だ?)


「そうですねえ、カルロス坊ちゃまの足なら走って2分弱といったところでしょうか?」


カルロスは驚き振り向いた。

側近が首をかしげて考えていた。


「しかしそのあと岩山を降りて、森を抜けて、毒の湿地帯を通って、海を渡って、竜のいる平原を通って、となると今の部屋着では到底危険です」

「寝室に入るときは扉ノックしろよ」

「失礼ながら、危険なことをなさるのを止めるのが側近の務めの一つと心得ております故」


この側近の魔物は相手の意思を読んだり、自分の意思を相手に伝えることのできる魔族である。すでにカルロスが転生者だということも見抜いていた。見抜いた上で心が人であることに、ため息をついていた。

カルロスは赤い髪を掻いて悔しがった。


「1階のダイニングと4階のここなら距離あるからいけると思ったのに」

「心を読む魔族一の性能と自負しております。私めなら、例え世界の果てにいても読めますよ」

「はぁー…」

「そして先ほど世界の果てにいた魔王様から吉報です」


カルロスが興味なさそうにバルコニーの柵に寄りかかり夜風を受けた。

側近はそんな様子を気にもせず言葉を続けた。


「人族のフルニ帝国とダリア王国の戦争に横槍を入れることに成功。戦利品を持って帰還するとのことです」

「ふーん」

「人族の文化に興味がある我が息子に魔法兵器を持って帰ってくれるわっ、と魔王様は心情豊かでおられました」

「危険極まりない物もってくんの?」

「すでに魔王様の手で無力化済みです。そうでなければ臣下一同、卒倒ものです」


カルロスは魔法兵器に想いを馳せた。


(魔法兵器か…どこに飾ろう。やっぱり1階のホールか?)


「大きくない物でしたら、1階よりもこちらの寝室に飾るのもよろしいかと」

「勝手に心、を、よ、む、な!」

「これは失礼致しました」





数日後、魔王とその軍2万は帰還した。魔王は巨大な竜の背に乗り、魔族の長たる貫禄を見せつけた。

人族が同じルートを陸路と渡航でしようものなら、よほど時間が必要になる遠征。しかし速く飛ぶ竜に乗ってなら数日でつく。魔王率いる軍にちょっかいを出そうとする魔物がいるはずもなく、帰路は至って安全だった。

魔王謁見の間にカルロスはいた。普段来ている服よりも、刺繍やらが施された高貴なものを臣下が用意した。


「父上、無事帰還されたこと喜ばしく思います」


謁見の間には魔王の他に腹心が数名いる。玉座の階段下から横に並ぶようにいる。どれもこれも曲者の魔物である。

今回のような遠征のときに顔を見せる腹心。通常時は魔族が治めるエバル地方の各所にいて、不審な者がいないか目を光らせている。

魔王は玉座の上から鋭い視線を向けた。カルロスの見た目を70代くらいに老いた感じである。大きく違うのは、腕が余分に4本多いことくらいだ。威厳を感じさせる声は厳しいものがある。


「カルロス、城の守衛御苦労。先の遠征にて戦利品を得たので、報賞として一部をやろう」

「報賞を受け賜わりましたこと、深くお礼申し上げます」


魔王は深く溜息を吐いた。


「この世界が出来た時から、人族は変わってない。お互いに争いあい、他族を拒む。淘汰された種族に同情を禁じ得ない」


カルロスは神妙に拝聴していた。魔王がこんなにも長々と話しているのは、内容を自分の子供に伝えるというよりも、むしろ腹心の部下達に聞かせたかったようだ。


「嘗て世界は複数に存在していた。その中でも魔力を宿し生きる者は、我々しかいなかった。その純血も今となっては少ない、混血が進んでいるからだ。純血のもつ意味合いを理解しなくてはならない」

「人族を拒めということですか?」

「拒むか、受け入れるか、それを見極められる立場にお前はいるということだ」


カルロスは考え込んだ。

異世界に来て今だ人に会ったことなどなく、人族がどんな性格や思考なのかを知らない。ずっと城の中にいたからだ。本などの活字から、人となりが分かるはずもなかった。

その考えを見透かすかのように魔王は言葉を続けた。


「カルロスお前は、この世界が出来る以前から生きる者達から生まれた子。世界を創造した存在と対等に並べるだけの器は大事にしたい。分かってくれるか?」

「はい」

「うむ。用件は以上だ、下がるがいい」


謁見は至って簡潔な内容だった。

1階のホールに飾られた魔法兵器を眺めつつ、カルロスは隣りにいる側近に問う。


「俺、城の守衛とかぜんぜんしてないけど?」

「あれは腹心の手前だったので、適当な理由をつけられたのです。魔王様内心では、戦利品を気にいるかどうか心配なさっておられました」

「これはかっこいい」


魔法兵器は全長5メートルほどの大砲に歯車と魔石がくっついている。見方によっては不格好なガラクタに感じるだろう。


「他の戦利品は4階に持っていっております。生ものもありますので、早めに御確認されたほうがよろしいかと」


側近に連れられて螺旋階段を上っていく。途中、話し声が聞こえたので階段から見下ろした。魔王の腹心の部下が帰る所だった。2名ほどがこちらを見て殺気を放ってきた。カルロスは笑顔を作り、手を振った。他の部下が何かと言って2名の注意を引き、彼らは帰っていった。


(忠誠を誓っているのは魔王で、俺は邪魔者か)

(私めは、カルロス坊ちゃまに忠誠を誓っておりますよ?)


カルロスは肩を落として側近に嘆いた。


「心で会話するなよ…」


4階の書斎につくと満足そうに唸った。


「これが全部俺の物か」


剣、魔道書、薬草、人の食べ物、鶏に似た動物が数羽、通貨が数種類。それらが書斎に山積みになっている。

側近は紙に書かれた戦利品の詳細を読み上げた。


「他に人族を900ほど捕らえたが、50を城内の塔に保管。850は軍に赴いた者達に分ける。とのことです」

「保管?」

「生ものは傷みやすいので保管します。戦士ですから筋張っていて、あまり美味しくはありませんが仕方ありませんな」

「喰うなよ」

「カルロス坊ちゃまが魔王の地位に就かれましたら、魔族は従うでしょうな」


側近は人の食べ物に目線をやりカルロスに進言した。


「塔に保管する人族に食べ物を分けていただけませんか? でないと今すぐ処理しなくては、痩せて喰う所が無くなってしまいますので」

「なんで喰うんだよ。他に食べれるものあるだろ」

「なぜと言われましても、我々が魔族だからとしか言いようがありませんな」


カルロスはまだ何か言いたげだった。側近は言い直した。


「奴隷として従事させることもできますが、魔族の教育に人が耐えられません。それに敗残兵を戦利品扱いするのは、人族もやっていることです」


カルロスは眉間に皺をよせて、ぶっきらぼうに指示をだした。


「食べ物はやる。ただ、その、彼らの最後は、痛い思いをしないように、速やかにしてほしい」

「ありがとうございます。坊ちゃまの気遣い、胸が熱くなります」


カルロスは前世の最後を思い出した。トラックに引かれて、全身が痛んで気が遠くなる中、死んだ。敗残兵にはせめて楽に逝って欲しいと思った。


「なんか今日は疲れた。もう寝る」

「お休みなさいませ。カルロス坊ちゃま」


寝室は灯りが無く暗い。普段は睡眠を必要としていないので、臣下が世話する間がなかった。

カルロスは暗闇の中、目を細めた。夜目で確認すれば、床に何かがいる。

丸テーブルの上の燭台に、魔法で火を点けた。

なぜと、絶句する。

縄で口・手・足を縛られた少女がいた。

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