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18 動き出す者達

 食堂にいるアリーナを驚きの表情で見ていた冒険者は、その言葉に顔を再び勇者に向けた。


「つ、つまり―」

「つまり貴様は魔王を怒らせた」


 勇者は腕を組み納得している様に頷いた。


「噛ませ犬の二つ名は伊達ではないな」

「おいおい待てよ。魔王は腕が6本あって、あんな猫というかトカゲみたいな目じゃないはずだ」


 身ぶりをつけて抗議する冒険者に、勇者は説明した。


「今はあの紅い髪の魔物が魔王だ。 …前魔王サタンは僕が討伐した」

「魔神を殺すとか、流石勇者だな」

「魔王をこれ以上怒らせないほうがいい。貴様では、魔軍数万を相手にはできないだろう」

「わかったわかった。今度からは、ちゃんと相手を見てからやるからよ」


 勇者が組んでいた腕をほどくと、冒険者は襲撃の話しが一段落したとみた。昔馴染みに情報を提供した。


「ダリアの王女ってことは、帰国の旅ってことか? 御忍びの」

「そうだ。故に、貴様のような者が騒ぐと困る」


 勇者の発言を聞き流し、冒険者は顎を掻いた。


「北のニンバス国から盗賊団が南下してんだよ。鉢会わないよう気をつけな」

「うむ。貴様も実力以上の魔物を相手して、死なないように」


 勇者はその場を立ち去り食堂に戻ろうとした。それを冒険者は冷たい声で遮った。

 疑問と奇妙な違和感を察知した。


「あんな事が遭ったのに、なんで」


 冒険者は納得がいかないと言わんばかりに睨んだ。


「お前は生きてんだよ?」


 勇者は振り向かずに、どこか寂しそうに呟いた。


「……なぜだろうな」


 勇者が戻ると先ほどまでの出来事は無かったとばかりに、食堂は朝食の穏やかな雰囲気が漂っていた。勇者が口を開くよりも早く、アリーナが宣言した。


「すぐに荷物をまとめて街を出ましょう。この街では、いろいろと勉強させてもらいました」

「僕の昔の冒険仲間が―」


 勇者の謝罪を遮り、アリーナは言った。


「私としては、ですが。貴方に王国以外に居場所があったと、知ることができて良かったと思っています」


 アリーナがカルロスの方を見た。冒険者の発言に一番怒っていた人物だから、自分とは違う意見だろうと発言を促した。


「カルロスはどう思いますか」

「暴言を言われたお前らが構わないなら、それでいい」


 表情はまったく納得していないと語っていた。今も冒険者が行った食堂の出入り口を睨んでいる。





 街グスリルの教会にて―

 噛ませ犬と呼ばれた冒険者は木製の長椅子に無造作に座ると、膝をついて祈るシスターに声をかけた。意図して他の信者がいない朝食の時間帯を狙った。


「魔神サタンが死んだって初めて聞いたぜ?」


 シスターは祈りを終えると冒険者に顔を向け微笑んだ。


「噛ませ犬などと呼ばれ、死んでいないか心配していました。元気そうですね」

「うるせー」


 冒険者はいつもの調子で、自分を心配するシスターを存外に扱った。


「新しい魔王だが、なんだアレは。魔神じゃないな?」


 シスターは頷いて肯定した。


「しかし無事、世界の楔は断ち切れました。神様はようやく過去へと戻れるのです」


 冒険者は真剣な表情で語った。


「だが、まぁ後数世紀は掛かるだろ。全てを敵に回し勝つには、力が足りねぇ」

「そのために、魔王という地位を定めたのでしょう。配下の魔物が供に戦ってくれます」


 シスターの言葉に、冒険者は笑った。


「ハッ! 弱い魔物が居たって仕方ねぇだろ? 魔神、もしくはその血を引く亜人の魔術師…」

「サタンの子は、どうされていましたか」

「言っただろ? 魔神じゃねぇ、ただの魔物だって」


 シスターは冒険者を見つめた。まるでそうすれば聞きたい事が、冒険者は分かると言わんばかりに。

 冒険者は溜息をついた。


「1200年前に生まれた、魔神サタンの血を引く亜人か…。10年くらい前に実力を見たときは強いと思ったが。今はどうだろうなぁ」


 シスターは冒険者に説教した。決意を静かな声で掲げた。


「噛ませ犬と呼ばれ、道化を演じていられるのも今のうちだけです。私達は神様の見方になると決めたのですから」


 冒険者は教会の壁の壁画を見ながら言った。


「ああ分かってんだよ。んなことくらい。じゃなきゃあ、こうやって生きてる意味はねぇからな」


 その様子をシスターは慈愛の表情で見た。





 大陸の北にあるニンバス国は極寒の地である。アイスエッジがあるのもこの国であり、領土の半分は人族の住める環境ではない。

 山岳地帯が大半のフルニ帝国といえど、豊富な鉱石が他国との輸入貿易ができる。

 ニンバス国は自給自足が出来ない、貿易の資源は自ずと魔物や魔獣から取った素材になる。しかし素材など欲しければ、他の国は冒険者ギルドから買い取れる。わざわざニンバス国から輸入する必要はない。

 ニンバス国は年中飢えに喘いでいる。盗賊は何の資源もない自国ではなく、他国に攻め込むのが慣習となっていた。ニンバスの盗賊団の襲来は、街の露店商達は店を畳み、正規軍が動き出す事態である。

 通年なら不法入国など、凍死の危険がある冬にはやらない。ニンバスの盗賊団がなぜこの時季を選んだのか、隣国のラキスやカラットの領主達は頭を抱えた。盗賊団は通常の窃盗以外にも何か目的があるのではないか、と結論がされた。

 誰かに雇われたのではないか―と。


「で、いいかげん話してくんねぇかな。奴隷ちゃんよぉ」


 下品な表情の手下の一人が女性に聞く。

 火の放たれた街を眼下に盗賊団は今、街で奪った物品をせっせと荷馬車に運んでいる。その人数およそ150名ほど。遠征ということもあって皆武力の精鋭しかいない。残りの団員はアジトで待機していた。

 自分の金髪をいじりながら奴隷の女性はとぼけた。


「何を話せばいいのだ」


 盗賊団の頭が、木に寄りかかりながら問いただす。


「お前の主人が何考えて、コレを運ばせた」


 盗賊団の頭は手下達が運ぶ檻を顎で示した。檻の中には、白い髪の女型の魔神が特殊な鎖で拘束されている。檻の側壁には魔法陣が書かれ光っている。魔力吸収の魔法陣で封印され、中から出るのは至難だろう。

 頭が檻の方に目をやった時、魔神が微かに笑ったような気がした。

 奴隷は燃える街の方を見ながら、自分の主人の笑顔を思い出していた。


「彼は誰かが苦悩する顔を見るのが好き。そこに理由などない」


 頭は奴隷の胸倉をつかんだ。


「いいか? 大金と食料を貰っている以上、仕事はする。だがなぁ、見下されるのは嫌いなんだよ俺は」

「…全てを話せば、仕事を放棄するだろう」


 頭はもう片方の手で短剣を取りだした。永久奴隷の首輪が被ってない喉元につき付けた。


「言え」


 奴隷は大げさに溜息をついて話した。

 盗賊団の頭と一対で話しをする度胸がある女性だ。武器で脅されるくらいのことは、予め肝に銘じていた。


「はぁー…。なぜ盗賊とはこうも野蛮なのか。主人は魔神を勇者と戦わせたいのだよ」

「勇者? 冒険者で名のある奴か…。コレと戦わせて、勇者を捕らえるのか?」


 街の火に奴隷の金髪が怪しげに照らされた。


「違う」


 奴隷は人差し指で、宙に光の魔法で地図を描いた。


「今居るのが街ノートで、ここから転送の魔法を使う。勇者に先回りし、カラット国に魔神を放つ」


 頭は檻を荷馬車に仕舞う様子を横目で見ながら言った。


「どうやって国境を越えるつもりだ。こんな魔力くそ高けーのバレるに決まってる」

「そのための私だよ」


 奴隷はなぜ自分がこの計画の使者に採用されたのか心得ている。

 頭が一応納得し視線を戻すと、奴隷は再び計画の説明をした。


「魔神は自分を捕らえた怒りで辺りを荒廃させる。そこに現れるのが、王国の騎士である勇者。勇者の強さなら魔神を止められる。カラットはダリア王国に感謝の念を抱く…という思惑だよ」


 頭は喉元に付けていた短剣を下ろすと、近くの木に突き刺した。

 数百もの人数を抱える盗賊団の頭をしているだけあって、思考が鈍いわけではない。

 荒々しい声と鋭い眼光で頭は、奴隷を睨んだ。


「俺ら盗賊団に、罪を被せるつもりかぁ?!」

「もともと窃盗・殺害等で罪を負ってる奴らだ気にするな、というのが主人の言」


 奴隷の主人であり、国を相手に恩を売ろうと考えている人物。

 政界人もしくは豪商か、どのみちダリアの関係者ということは明白だった。作戦が失敗した時のリスクを考えれば、自ずとダリア以外の国の人物ではないと思える。

 カラットに猛威を振るったとき、軍事同盟を結んでいる大国ダリアが戦の狼煙を上げることになる。

 大国ダリアに対して宣戦布告など無謀なことをすれば、嘗てのカラット国のように魔法兵器を使われて一方的に蹂躙されるだけである。

 武力で互角のフルニ帝国がわざわざ、回りくどい事はしない。ラキスで魔神を奪いカラットで放つ、そんな労力をするくらいなら帝国は魔法兵器の研究をする。

 頭は考えながら言葉を発した。


「ダリアの奴なら…なんで帝国にやらない? 敵同士だろ。同盟国に恩を売るってことは…。つまり大臣じゃねぇ、商人だな? お前の主人は」


 奴隷の女性は首を傾げた。永久奴隷が主人の秘密である名や所属を口にすることはない。


「早く決めてくれ。勇者は計画を知らされていないのだから、待ってはくれない」


 頭は舌打ちを打った。


「ちっ…くそが」

「仕事を放棄するのか、しないのか」


 なによりも盗賊団を相手にたった一人の魔術師の奴隷を使者にした、という事実が恐ろしい。150名ほどの戦闘員よりも、この奴隷の方が強いと主人は考え采配を振るっているのだから。

 仕事を放棄して情報を持ったまま逃亡すれば、奴隷が手早く始末するという手筈である。

 唯一、この奴隷よりも強いもしくは対等に戦えるのが頭だ。奴隷の主人は戦力の程を把握して、他にも手駒は使っている。


「仕事を引き受けた時点で俺らの命運は、決まってたっつーことか」


 頭がぼやくと、奴隷は自分の首輪を撫でた。





 カラットの国境である、高くそびえる壁が立ちふさがる。

 一行は街グスリルを数日前に発ち、国境検問所で足止めを食らっていた。

 流石に魔王となるほどの魔物が近づく気配を察しできない警部兵ではない。大型の荷馬車が2列になって通れるほどの検問所の扉が米粒ほどの大きさで見えるか、というところで威圧的に警部兵が一行を乗せた馬車を止めた。

 今はアリーナと勇者が警備兵と、お話ししているところである。

 カルロスは外が騒がしく寝れないので、馬車の中で日記を書いていた。インクが切れたので、代用に魔石の溶解液を使っている。

 ぺリュトンは器用に羽を畳み足元で寝そべっていた。従者は外の様子を気にしている。


「私も馬車の中にいてよいのでしょうか」

「五月蠅い奴がいるかも知れないからな」


 書いている万年筆でぺリュトンを示した。


「だけど、なんでお前まで馬車の中にいるんだ?」


 ぺリュトンは馬車の中を見渡した。しらばっくれている。


「まあいいか、お前も旅の供だし。少し狭いが」


 カルロスは何気なく聞いた。


「冒険者のライセンスを取ったんだな」


 従者はぺリュトンの頭を撫でていた手を止めた。


「許可を頂かずに、ライセンスを取得してしまい。申し訳ありません」

「いいんだ。魔族の俺は冒険者のクエストが受けれない、変わりにお前が受けれる」


 カルロスは、にやっと悪そうに笑った。


「これでいつでも各地で魔石が手に入る」


 魔王がいきなり各地のいずれかに出現したら、今のように大騒ぎになるのではと従者は思った。

 ぺリュトンが諭すように首を振った。

 それから1時間ほどたったか、アリーナが馬車の扉をノックした。

 従者が扉を開けると、アリーナが声をかけた。


「話し会いは終わりました。馬車を出しますよ」

「入国の許可が下りたのですか?」


 馬車から降り、辺りの警備兵達の様子を窺いながら従者が聞いた。

 ぺリュトンも数時間の馬車内は窮屈だと分かったのか、降りてきた。

 アリーナは目線を合わせようとしない。


「ええ、至って平和に解決しました」


 勇者は何も言わず、いつもの自分の座っている席についた。

 カルロスは勇者とアリーナの様子から、お話しが解決した要因を突きとめた。


「お前ら魔法で解決したんだな?」


 従者は横に座る勇者を盗み見して、それから警備兵の遠くを見るような定まらない目と顔つきを確認した。

 勇者は明後日の方向に顔を向けた。


「カルロス貴様、人聞きの悪い事を言うな」


 アリーナも応じた。


「王都ではよくある局地的な現象が、起きるべくして起きてしまっただけです」


 こうして一行は何事も無く、無事に、カラットへと入国できたのである。





 およそ数時間後―

 検問所の警備兵達に掛けられていた魔法は、術者の指定した時間内だけ効力を発揮した。故に今は何事もなく彼らは仕事に従事している。もっともどんな魔法を誰に掛けられたかなど、記憶していないが。

 国境検問所の詰め所では、警備隊の隊長がやや緊張した面持ちで声をかける。


「こんな国境付近にまで、わざわざ起こし頂かなくとも…」


 目の前に座る男は肩をすくめる。


「平民出身は、こうして身を張って民を守るのが仕事と思うがね。警備隊隊長殿」

「しかし何も、冒険者ギルドのマスターである御方が来るほどではないでしょう」

「たまには巡回しておかなくては、昔の事に縋り付いているだけと陰口を言われる」


 苦笑する相手に、警備隊の隊長は首を振って否定する。


「まさか。王都の騎士と違って、警備隊は実力主義ですから。ブレイ様の偉業は、我々の憧れであり誇りです」


 隊長の言葉を聞き流し、男は詰め所の窓から差し込む夕日を見ている。

 後数時間で、自分の仕事がやってくるのを分かっていた。

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