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17 銀のブレスレット

 街中で冒険者が襲撃してきた。

 カルロスが気付いて結界を張るのとほぼ同時に、従者が動き冒険者を組み伏せ地面につけた。


「御二人とも、お怪我は?」

「ない。というか、お前速いな」

「討伐依頼は掛かっていない筈ですが…」


 カルロスは呆れつつも冒険者の性に関心した。


「魔物見たら討伐するのが冒険者だからなぁ」


 アリーナが冒険者を鋭い目つきで射ぬいた。


「冒険者よ、ギルドの決まりで街中で武力を使うのは禁止されています。失念しておりましたか?」


 冒険者は身をよじりながら答えた。


「うるせぇ! イカれた女だ。なんで魔物なんかと仲良く歩いてる? 金と素材が歩いてんだぞ?!」

「街に居る他の方の被害も考えなさい」


 アリーナは落ち着いて相手を説得したが、無視された。

 冒険者は自分を押さえている従者に暴言をぶつけた。


「永久奴隷なんかが、触ってんじゃねえ! 離せっ!! 意地汚く生きてる罪人がっ」


 結界を解き冒険者に近寄った主人の表情を見やると、従者は何も言わずに放した。

 紅い髪の魔物は冒険者の胸倉を掴むと、持ち上げた。


「なあ、お前五月蠅いな。 ……喰ってもいいか? いいよな」


 冒険者がナイフを取り、斬りつけた。

 抵抗の意思があると確認すると紅い髪の魔物は、勢いよく冒険者を民家の壁に投げつけた。

 頬についた傷を気にせず、衝突で呻き声をもらす相手を見下げた。


「…我慢の限界も、そろそろだ」


 手を伸ばそうとするところで、アリーナが呼び止めた。


「カルロス、脅すのもその辺で止めましょう。さあ、冒険者よ立ち去りなさい」


 冒険者が落ちて転がった自分の剣に手を伸ばした。紅い髪の魔物は足で踏み、剣を二つに折った。決して脆くはない剣を折るその脚力は、人とさほど変わらない見かけではあるが、十分に魔族としての地力の違いを見せつける。

 冒険者は魔物を睨らみ魔法を詠唱しようとしたが、辺りを見渡し止めた。

 街の住民が騒動の成り行きを遠巻きに見ていた。


「ちっ、分かったよ。立ち去ればいいんだろ」


 冒険者が見物人を大げさな身振りで掻きわけ立ち去った。

 アリーナが従者にいたわり声をかけた。


「気にすることはありませんよ。償う姿勢が汚いなどとは、あの方が傲慢なのですから」


 従者が口を開いて何か言うよりも先に、アリーナはさっさとカルロスの頬の傷を治しに行った。





 図書館の個室に着くと、カルロスはソファに深く座ってもたれた。

 勇者はアリーナからざっくりと街中であった出来事を知った。


「教会のシスターから貴様に伝言がある。神の仲間になるとよい、いつでも助けを乞えるから。だそうだ」

「そうか…」


 カルロスは生返事で寝始めた。

 従者はアリーナに向き直り、告げた。


「アリーナ様、飴です」


 数日前に飴と鞭で心を奪えば良いと言われたが、結局決心がつかなかった。その後は相手がクエストに出かけていて機会が無かった。

 アリーナは旋律したように恐る恐る言葉を発した。


「しかし、善いのでしょうか」

「はい」


 従者が説明口調で話し、勇者を急かすように個室を出た。

 各個室の前には護衛の職員が待機している。貴重な本を取り扱い、観覧する者も名のある役職者が利用することもある。時には執筆者自ら製作活動のために個室を利用することもある。不審者は絶対に個室へは無断で入れない。


「勇者様と私は馬車の手入れに行き、数時間は戻ってきません。図書館の個室なら安全です。では、行って参ります」


 アリーナは扉が閉まるなり、そわそわ落ち付かなくなった。ソファで寝ているカルロスを見て、立ち上がると隣りにゆっくりと腰掛けた。窓越しから勇者達の出かける後ろ姿が小さくなって見えなくなるのを確認すると、ボソっと呟いた。


「良い天気ですね」


 個室にはカルロスとアリーナしかいない。

 彼女は真正面の壁を見ていた。耳を側立てていると、隣りから静かな寝息が聞こえた。

 アリーナは深呼吸した。自分の動悸が早まるのを感じながら、顔を寝ているカルロスに近づけた。

 口を重ねようとしたとき―

 外で鳥が鳴く声を聞いて、ハッとして上体を起こした。

 熱くなった頬に両手で叩いて情調を正した。


(いけません。そんな寝込みを襲うなどと、はしたない事は!)


 魔王城ではいつもアリーナが寝ている傍らで、カルロスが本を読んでいたり物を作っていたりしていた。

 城にいた十数日の間に寝顔を見たのは一度だけだった。

 妙な違和感を感じつつアリーナは、もう一度カルロスの顔を見た。


(最近よく寝ていますね)


 閉館間際になってようやくカルロスは起きた。


「アリーナ」


 ティーカップを持ち外の景色を眺めていたアリーナが返事をした。


「なんでしょう?」

「前に言ったと思うが、旅のことで…」


 カルロスはどのように伝えればいいのか頭を掻いた。

 今の状況を説明すればわかってくれるのだろうか。

 港町カルトで攫われた時も、冒険者に出くわして襲われた時も、原因は自分だった。本来負う筈の無い危険に、アリーナをさらしてしまっているのをカルロスは責任を感じていた。

 前にそれとなく別れを口にした時は、嫌だの一辺倒だった。しかし、あの後にいろいろあり今は思い直したかもしれない。


「魔物と旅をするのは、人族にとって危険だというのが分かった」

「何事にも危険は付き物です。恐れていては何もできません」

「そうだが。冒険者でも信用できる奴なら、護衛を任せられる。まだ見ぬ土地も在るが、俺の旅はもうそろそろこの辺でいいと思う」


 アリーナは窓の方に顔を向けたまま言った。


「…魔王城に在った魔法兵器ですが、使用した場所がカラット国の街フランにあります。そこまでは一緒に来てくれませんか?」


 一番星が空に輝き始めた。外は薄暗くなり始める頃だ。


「巨大な力は意図も容易く、弱者を責め苛むことができます。外のことを知りたいと言った貴方に見てもらいたいのです。悲劇の場所を」


 ティーカップを窓枠に置き、静かに彼のいるソファに歩み寄った。

 話しの流れでは言う場面ではないと思いながらも、アリーナは旅をまだ続けたいもう一つの動機を伝えた。側にいたいと願う、行動原理の根本にある感情―

 真っすぐに見詰め告白した。


「カルロス、私は貴方のことが好きです。もう少しだけ側に居させて下さい」


 カルロスは視線を逸らすと相手を傷付けないように言葉を選ぶ合間、沈黙が個室にはしった。

 たった少しの時間だが、アリーナには長く感じた。

 個室の部屋がノックされた。


「そろそろ閉館の時間になりますので―」


 図書館の職員が閉館の知らせにやって来て、告白の返事をとうとうアリーナは聞けなかった。





 宿ではぺリュトンが暇そうにして、一行の帰りを待っていた。

 カルロスはクエストから持って帰ってきた革袋の中身を広げた。魔石の他にも防具や武器がいくつかある。

 返事をくれなかった事は仕方ないとアリーナは諦めた。嫌いなら一緒に旅はしてくれないだろうし、遊びならそもそも添い寝だけとはならない筈だ。相手は魔族でこれからいくらでも時間がある、たった100年足らずしか生きれない人族とは感覚が違うのだと納得した。


「クエストで行ってきた所にあった物だ。スキルのついた魔法道具もあるんだが…」


 カルロスは2つのブレスレットを取りだした。


「魔力を込めると、対になってるブレスレットの場所が分かる。まだフランまで街と村があるから、離れた時に役立つだろ?」

「離れたくありません」


 ふくれっ面でアリーナが抗議すると、カルロスはブレスレットを持ちぺリュトンの角に掛けようとした。


「要らないなら、ぺリュトンに着けてやるか」


 アリーナがひったくるようにブレスレットを受け取った。


「要らないとは言ってません。頂きます」


 細身の銀で出来たブレスレットを手に通すとかざして見た。


「うふふ。カルロスと御揃いです。名前もあると良いのですが」

「名前?」

「アリーナ&カルロスという風に」

「それじゃあまるで…」


 最後まで言おうとしてカルロスは口を閉じた。アリーナの嬉しそうな表情に負けた。

 手に通していたブレスレットを一度返してもらい、黒く鋭い爪を立てた。


「内側にな」

「はい!」


 嬉しそうに元気よく返事をするとアリーナは、名前を彫る様子をじっと見ていた。





「カルロスと御揃いです」


 満ち足りた様子のアリーナは従者に、手に付けたブレスレットを見せた。


「とても御似合いです。アリーナ様」

「そうでしょう。カルロスが内側に名前を掘ってくれました。世界にこれしかない、2人だけのブレスレットです」

「指輪でなくてよいのですか?」

「仕方ありません。強請るのは重い女だと思われかねませんから」


 翌日朝食の席で自分の食事が冷めるのも構わず、アリーナはブレスレットを自慢していた。

 従者は奴隷であるが故に、アリーナが食べるのを待っていた。腹がへっているのか、主人に救いの視線を投げたが気付いてもらえなかった。

 勇者が地図から顔を上げた。向かいに座っていたカルロスは、魔石を齧りながら地図を見ていた。


「指輪だったら王国の騎士として一言、言わねばならん」

「王国の騎士じゃなかったら?」

「……すまん、どこからカラットに入るかの話しの途中だった」


 勇者は再び地図に目を向けた。


「陛下から頂いた手紙の紋章を見せ、入国は問題なくいく筈だろう。問題は2つある。道中で魔物を狩る冒険者に出くわすこと、差別の激しい内陸で宿を取れるかということ」

「最悪野宿だな」

「その心配はありません」


 2人が顔を上げると、アリーナがいつの間にか従者との話しを終えていた。


「村を一つ越えた先にあるミグラス領は、叔父様が治めておられます。話しは通るはずです」


 カルロスが疑問を感じ質問した。


「叔父ってことは王家の人物だろ? なんで同盟国で領主やってるんだ」

「叔父様は陛下との覇権争いに敗れ、左遷されたのです」


 王位継承権があっても他国に追いやれば、内政に手出しできなくなる。ダリア王は確実に自分の子に次期王が継ぐようにしていた。他国にいながら継承権があるのは、先代国王の発言力が今だに強くあるからだ。仮にダリア王の弟が次期国王に即位した場合、領主の座は一人娘に譲られる。

 アリーナは食事をする手を止め遠くを見た。兄レオナードが覇権争いに勝ち王位を得た時、どんな仕打ちをしてくるかは予想できない。自分の見方にもそれは及ぶだろうと思うと、アリーナは食事が酷く不味く感じた。

 カルロスはアリーナの様子を見ると、思わず考えを口にした。


「逃げないのか? お前は覇権争いから」


 アリーナは横に座るカルロスに顔を向けると、力なく笑った。


「私は逃げてはいけないのです。野蛮な兄を王にはできませんから」

「わるい。気をわるくするような事を聞いた」


 自分の小麦色の髪を撫でながら、アリーナはうつむき加減に目を伏せた。


「でも…女の子は誰もが思うのです。自分のこんな状況に、手を差し伸べてくれる男性はいないのかと」


 カルロスが慰めるべくアリーナの頭を撫でようとした。食器が落下し割れる音がそれを止めた。

 宿の1階にある食堂に敵意のある声が響いた。


「魔物てめぇ、こんな所にいたのか!!」


 先日の冒険者が驚き立っていた。足元に落とした朝食の在り様には気にも留めず、腰の剣に手を伸ばした。


「どうりで気配が近くにあるわけだ。宿のババアは何考えてる?!」


 食堂がざわつき始めた。他にも冒険者がいるが皆、紅い髪の魔物が居ても気にしていなかった。なによりも勇者という存在が討伐を思い止まらせていた。その状態が崩れようとしている。

 食堂で突如起きた出来事に、宿の女将は腰に手を当て怒鳴った。片手にはなぜかフライパンを装備している。


「何を考えてるかだって? 他のお客と喧嘩しようとするのを、止めようとしてんだよ!!」


 フライパンが冒険者の後頭部にヒットした。

 落とした朝食の食器類は、既に宿の従業員が片付けていた。


「いいかい! 食器の弁償は宿代に付けるからね!」


 それだけ言うと恰幅のいい女将は厨房へと戻っていった。

 膝をついて鈍器で殴られた後頭部を押さえる冒険者に、勇者は呆れた。


「噛ませ犬」


 噛ませ犬と呼ばれた冒険者は、その言葉に顔を上げた。


「げっ! なんで勇者がこの街に戻って来てんだよ」

「相変わらず貴様は、魔物を探知するのだけは上手いらしい」


 腕を組み勇者は冒険者を睨みつけた。


「僕が同行しているこちらの方々が、先日冒険者に襲撃された。…まさかとは思うが、貴様ではなかろうな?」


 冒険者は勇者の言葉遣いに引っ掛かりを感じた。


「こちらの方々? おいおい、何媚び売ってんだよ? 勇者ともあろう奴が」

「僕の質問に答えてもらいたい。先日の襲撃者は貴様か?」


 冒険者は自分の今の装備を思い出した。魔法耐性の高い装備で、大概の魔族からの攻撃にも耐えれる。だが勇者の魔法の強さは直に目で見て知っている、紙のように打ち砕かれるのは確実だ。


「悪かった。魔物は見かけたら、討伐するのが癖になっちまってるんでね。昔馴染みの縁だ、許してくれ」

「いつものように、暴言など吐いていなかろうな?」


 勇者と冒険者のやりとりを聞いていたカルロスの動きが止まった。頬杖をつき、もう片手の人差し指でテーブルをコンッコンッと叩いていた。

 勇者は振り向き皆の反応を見た。

 アリーナはコーヒーカップに視線を落とし、スプーンでくるくるかき混ぜていた。従者は顔をそむけ外の景色を見ていた。二人とも無関心を装っているが、耳を澄まし話しの成り行きを気にしている。


「…噛ませ犬、こっちに来い」


 勇者は立ち上がり、食堂を出ると宿の隅で冒険者に話し始めた。


「貴様が昔一緒にクエストに行ったことがある仲間でなければ、僕は剣を振るっていた」

「だぁーからっ、悪かったって言ってんだろ?」


 勇者は声量を落とした。周りには誰もいないが、話しを聞かれないよう配慮した。


「女性はダリアの王女であられる」


 冒険者は口の動きだけで「まじかよ」と言うと、食堂の方を見た。


「僕は王国の騎士であるから、襲撃犯を捕まえなくてはならんが…。後で僕から王女には謝り許しを乞う」


 勇者はもう一つの事実も告げた。


「そして、紅い髪の魔物は魔族の王である」

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